「危ないっ!」
ふとガキが緊張と焦燥感を孕んだ声で叫んだ。
その声に気が付いた私はまるでばね仕掛けが勢い良く動き出したかのように、とっさに身を机の影になるように伏せる。
その直後だった。けたたましい銃声と、鉛玉の雨が教室を襲ったのは。
一発でも掠ればそれなりの傷は負いそうな弾丸の嵐の中、ゆっくりと伏せながらも私は机の上に置いた刀袋を手にする。
やがて、銃弾が止み、静けさが戻ると窓の奥には布面積の少ないウェットスーツの様なものを身に着け、その上から何やらSF映画にでも出てきそうな独特な機械武装をまとった女たちが上空に滞空したままこの教室の中を見ていた。
「【ハーミット】は、まだこの中に?」
「逃げの一手しか取らないアイツにとっては珍しいですよね。まぁ、攻撃してこないという点に限ればあんまり変わらないですけど」
「にしても、精霊の反応があったから警報で人々を避難させた後に私たちが出動ってのも大分珍しいケースですよね。いつもだったら空間震発生後に精励討伐に駆り出されるはずなのに」
全く何を話しているのか私にはわからなかったが、あの藍色の髪のガキがハーミットという名前なのか、そういう名称で呼ばれていると言うのだけはよく解ったが。それ以上に…
「海老で鯛を釣るっていうのは、こういう事か」
内心、心躍っていた。こんなにも面白そうな相手がいるのだから。きっと血肉が沸き上がるほどの決闘を久しぶりに行えるだろう。
そう思うと体が動きたくてウズウズしてくる。今すぐそのありとあらゆる力をねじ伏せて斬り伏せてやりたい。
そう思い、喜びに歪んだ顔を相手方に見せようと伏せた状態から立ち上がろうとすると…
「だ、ダメですっ!あなた、も、あの人たちに、痛い事を…!」
…と、ガキに止められた。いつの間にか安全な場所を探して、見つけたのが此処だったのか私の傍で伏せていた。
いや痛いもなにも、今から殺し合うんだからそんな生易しい言葉で済むはずはないのだが。
とりあえず何かしらの理由をつけないとさらに面倒なことになりそうだった。
だから…適当に嘘を吐くことにした。
「いいから、私はあいつらの敵、つまり今のところはお前を守ってやれる都合のいい護衛みたいなもんくらいに思ってくれればいい」
【ちょ、ちょっとぉぉ!?ま、まさか、あの人たちと戦う気!?生身で!?】
「そのまさかだけど?」
【や、やめときなよぉ。一瞬でボコボコにされちゃうよ?ここはいったん退散するまで待つのが賢明だとよしのんは思うんだけど】
「いいから、いいから、要はボコボコになる前にボコボコにしてしまえば早い話なんだろ?単純明快な事で、スマートなやり方って言ったらこれしかないじゃんかよ」
【いや、それはスマートなやり方じゃなくてむしろ脳筋って、よしのんは思うんだけど】
そんなことを話していた時だった。
体がざわつく様な感覚に襲われた。慌てて窓の外を向く、するとそこには先の機械装備の集団がいなくなっていた。しかし、それなのに体がやけに緊張感で強張る。何かが来る、何か、見えない何かが、いや、敵意が来ると、私の第六感が囁いていた。
刀袋に隠していた一振りの刀の鯉口を切り、しゃがんだままではあるが左腰元に刀を持っていき居合でもこれからするかのように息を潜めながらただじっと、待つ。
長く長く思えるような時の流れの中、私の第六感が感じた違和感を斬り伏せるため静かに時を待ちながらも違和感を探る。
そしてそれは来た。
凝縮されたエネルギーの塊、小さく、だが固く、大きな密度をもって、まるでライフル銃から発射された弾丸のように静かに空気を切りながら超高速度で進む塊。当たれば間違いなく体は四散するだろう。掠った程度でも腕や足は持っていかれる、間違いない。
当たれば絶死、そんな死というモノを表したかのようなものが、確実に着実にガキの方に、ハーミットの方に狙いを定めて飛んでくる。
一瞬だけハーミットの方を見ると、自分を狙って飛んでくる弾に気が付いたのか、とっさに身を縮こませる。
だが、そんなもの当たるはずがなかった。
―なぜなら私がいるから。
鯉口を切った日本刀を掴んだまま腰を左方向に捩じる。その姿のままただじっと時が来るのを待つ。
まだ、まだだ。まだ振る時ではない。
ぎりぎりまで弾をハーミットに引き付ける。
弾の光が窓ガラスを激しく照らす。
やがて、窓ガラスを貫き、いよいよ弾がハーミットの脳天を狙い飛ぶ。
次の瞬間、鯉口を切り、いつでも出せる状態だった刀身を勢いよく右斜め上に振り上げる。
白刃がむき出しになった次の瞬間、弾と刃が激しくぶつかり合い火花を散らす。
刀身が弾と削り合い、やがて、肉が刃にめり込むかのような感触が鞘越しに私の手に伝わる。
時間にしてわずか数瞬、だが私にとっては長い長い時間研ぎ澄まされた感覚で、弾を真っ二つに削ぐように斬った。
あらぬ方向へと軌道を変えた弾は、前方と、後方の扉を貫いて爆発四散。ハーミットの身体を終に捉えることはできなかった。
「あ…え…?た、弾が…斬れて…!?」
時間にしてわずか数瞬、ハーミットが屈んだと同時に弾は私によって両断された。
ハーミットが信じられないものを見たかのように驚きに満ち満ちた視線を私に送る。
だが、それに応えてやれる時間はどうやら無さそうだ。
三つの甲高く空気を激しく吸い込む吸引音に近い音が、空を駆けながらこの場所に近づいている。
「い、一般人!?あ、あの弾幕の中を生きていたっていうの。ああ、もう兎に角そこの貴女!危ないから避難しなさい!今すぐに!…って、隣にハーミット!?あぁ、もう一体どういうことなのよ!?」
イラつく様にいち早くこの場に着いたヘンテコ機械隊の女が何か叫んでいる。
まぁ、私には特に用がないらしい。そう判断しておこう。
「おい、ハーミット」
小声でそう呼びかけると、タイミングを見計らってこの場を脱するように扉の方に指をさし、小さくアイコンタクトをとる。通じたかどうかは定かではないが。念のため、逃げ出すタイミングを示すように刀も居合の様に構えてそのあとに扉から逃げ出すように指を指したから大雑把ではあるが通じたと信じたい。
「ちょっとそこの貴女!聞いてるの!?今すぐ避難を!」
「うっせぇなぁ…そんな喚き散らさなくたって聞こえてるっての」
ホントに煩わしいものだから、目をつむってため息ついて全力で聞く気がありません、とアピールをするが相手にとってはとっても不服だったらしく、さらにイラつきが増したのか額に青筋が。おお、怖い怖い
「ちょっとアンタ!ふざけてないで今すぐここから避難を‼」
「はいはい、致しますよ。ただ...てめえらをぶった斬ったあとでなぁ!」
そう言い放つと、四散した窓を飛び越えそのままベランダの手すりに足を駆けてそのまま跳躍。空飛ぶ機械隊よりも高く跳ぶ。
機械隊の女たちは皆一様に驚きに目を丸めてひょうきんな顔面を浮かべ、ただ空の上で停滞していた。
とても刀身が届かない位置まで相手と開いてしまった。故に、空を蹴る。すると面白いくらいに自重と、蹴りの力によって打ち出されたかのようにそのうちの右側にいた女に一気に斬りこむ。
栗色の髪を小さく左右に分けた髪形をした女は、とっさの事に驚きながらも自身の獲物であるSF映画にでも出てきそうな刀身が何かしらのエネルギーで実体化した剣で私の一振りを受け止めようとするも。
―鋼鉄が激しく軋むような音を出した後、激しく甲高い音を散らしながら、脆い剣は私という刀によって文字通り粉々になった