「行かないでよ。○○○」
懐かしい夢を見た。それはとてもとても昔、私が6歳ぐらいの頃、紅魔館の主(ぬし)で私の主(あるじ)お嬢様に拾われた当時の記憶だ。思い出……いや、想い出……ただの小さな思いじゃない、想い。
お嬢様、狂気の安定している妹様、パチュリー様、美鈴、小悪魔が全員で紅魔館の門の前に立っていた。
あれは、確か満月の終わった十六夜の夜だった……
私達は誰かを見送っていた。その誰かとは誰だっただろうか?
でも、私の言った後半が聞こえない、人の名前を言っているのだろうが……聞こえない。
「ほら、咲夜。泣かないの」
お嬢様に頭を撫でられ、美鈴にぐずっている私……幼い頃の小さい私。
何であんなに泣いているんだろうか?
「行っちゃ嫌!!」
幼い私が誰かに向かって叫ぶ。その誰かは口を開いて言った。
「そりゃあ、流石の咲夜からの頼みでも聞けないなぁ……」
若干ふざけたように言う誰か……一体誰だろう?思い出せない……一体、誰だったろうか?
「まったく、咲夜をこんなに泣かして……帰って来なかったらグングニルで刺すからね。おまけにフランのレーヴァテインもね」
お嬢様の真剣な、遊びの無い言葉。笑ってはいたのに目が笑っていなかった。
「おいおい、レミリア……帰ってきてないのにどうやって刺すんだよ」
お嬢様が困ったような顔をする。
「ねぇ、また遊んでくれる?○○○」
妹様が寂しそうな声で誰かに言った。
妹様の言った誰かの名前も聞こえない。酷いノイズが走るような音でしか名前が分からない。
「ああ、相手になってあげるよ。でも、ちゃんと俺の居ない間も練習はするんだよ?」
「うん!!」
妹様が誰かに言われた事で元気になる。
「じゃあ、帰って来た時はいつもみたいにお話をしてね!いつもみたいな話じゃなくてお土産話だよ?○○○の話は面白いから」
「いつも話してるのは殆ど嘘ばっかりだし、面白い事も無いと思うが……分かったよ」
「わぁーい!!」
そう言えば、薄らとではあるが妹様が自主的に自分の力を練習し始めたのはこの頃だったような気がする。
「私にはその序でに美味しいお土産も頼むよ」
「どさくさに紛れてそう言う無茶を言ってくれる…………」
「分かった?持ってきなさいよ?」
「はいはい、了解」
誰かはその後、他の美鈴やパチュリー様、小悪魔に一言づつ言ってから私の前に来る。
誰かが何か言う前に幼い私は言った。
「…………や」
「困ったなぁ……このまんまじゃ、流石に駄目だしな……」
誰かは私を真っ直ぐに見る。再び幼い私が言う。
「…………絶対に……や」
「じゃあ、これをあげよう」
誰かは幼い私に何かを渡した。それは私が今も使っている純銀で作られた鎖の付いている懐中時計だった。今、私の使っている少し輝きの薄れた懐中時計とは違いキラキラに輝いている懐中時計だ。
「これが、俺と咲夜を繋ぐ物だ」
「ほんと?」
「ああ、本当だ。出来るだけ早く帰って来るよ。咲夜が大人になる頃にはね」
「……約束?」
幼い私は小指以外を握った手を誰かに差し出した。
「ああ、約束だ」
誰かは同じく小指以外を握った手を差し出し、小指同士を絡ませながらそう言った。
「ん…………」
誰かと私は同時に手を離した。
「じゃ、皆行ってくるよ。何か用事があった時は皆に渡してある魔導石で頼むよ」
誰かはそう言うと背を向けてどこかへ飛んで行ってしまった。
「じゃあねー!!○○○!!」
最後に聞いたのは幼い私が言った誰かへの叫び声。
そして夢の最後に見たのは淡い青色の光だった。
・―・―・―・―・―・―・―・
今日は何故か寝起きの悪い私が珍しく普段よりも2時間ほど早くスッと目覚めた。その代償は、夢の謎だった。
「あれは、誰だったのかしら……?」
顔は黒インクで塗りつぶしたように見えず、名前の部分だけが酷いノイズで聞こえない。
「……磨導石…………」
咲夜はベッドから降りると時間を止めて自分の部屋ありとあらゆる引出しや収納スペースを探し、夢の中で聞いた『魔導石』を探した。
「これかしら…………」
部屋を散らかしながら小一時間ほど探して見つかったのは引出しの最奥にあったのに色褪せていない銀色の石だった。
私は散らかった部屋を片付けて、ついでにメイド服に着替えて身なりを整えてから時間の停止を解く。
「……これ、どうやって使うのかしら……?」
私は部屋にある椅子に座り、テーブルに頬杖をつきながら銀色の魔導石を眺めた。
「……すこし霊力を込めてみましょうか」
私は霊力をコントロールし魔導石に霊力を込めるが何も起こらない。
「…………」
更に多くの霊力を込めるがやはり何も起こらない。
「……あっ……!!」
何となく懐中時計を見ればまもなく朝食の時間だった。
「大変!!」
私は急いで厨房に向かうがそこには先客が居た。厨房からはいい匂いがしてきており料理をしているようだった。
「…………ん?もしかしてメイド長の方?」
そう聞いてきた人は髪が真っ白だった。
「ええ、そうですが何か」
「んじゃ、咲夜なんだね?」
「ええ、紅魔館のメイド長を勤めている十六夜 咲夜です」
その人は何かを焼いていたのか火を止めてフライパンに乗っていた物を皿に乗せてからこっちを向いた。
肌は驚くほどに白く、髪も真っ白で目は紅かった。俗に言うアルビノと言う奴だろう。
「貴方は?」
「あれ?覚えてないか?」
「見覚えがありませんね」
「んー……あんときゃ美鈴にぐずるほどに俺が行くの嫌がってたのになぁ……
しゃあないか、俺は水無月 澪羅だ」
「水無月……澪羅……」
「ま、以後お見知りおきをってところだな」
彼は作ったのであろう料理を全てカートにのせて食堂に運んだ。
食堂にはすでにお嬢様に妹様、パチュリー様、小悪魔、美鈴まで座っていて飲み物を入れるグラスもナイフ、フォーク、スプーンも用意してあった。彼が1人で全て用意したのだろうか?
彼はカートで持ってきた料理を運ぶと同時にグラスに飲み物も注いで行く。お嬢様と妹様には人間の血を、他の者には彼が見て上物だと思われるワインを。用意してある血のお替わりも36度前後のお湯に浸していて、ワインも冷やして置いてある。料理からテーブルマナー……何から何まで分かっているようだった。
「さて、咲夜。椅子に座りな?レミリアが始めるそうだ」
「え……?」
「メイド長の席はあっちだ」
水無月様が指したのはお嬢様の左斜め前の席だった。
訳の分からないまま私は椅子に座り、彼は何時も空席だった私の前に座った。
「じゃ、私の親友であり執事長である『水無月 澪羅』の帰宅を祝って……乾杯!!」
『乾杯!!』
お嬢様がそう言ったので私は訳の分からぬままワインの入ったグラスを挙げてワイングラスをぶつけないように乾杯をした。
本日の朝食メニューはビーフシチューにローストビーフ、サラダにフランスパン(恐らく彼の自作だと思われる。理由は昨日在庫を確認したが無かったため)だった。さらに個人メニューでお嬢様と妹様には人肉ステーキ(量的に400グラムほど)、パチュリー様と小悪魔、私と水無月様は牛肉ステーキ(私は300グラムでパチュリー様、小悪魔は350グラム、彼は400グラム)、美鈴には北京ダック(鴨1匹丸ごと)が置いてあった。しかも、お品書きまで用意してある……恐ろしい用意周到さ加減ね……。
照明は普段は蝋燭を使っているのに今回の朝食は様々な所に配置してある淡い青色の光を放つ立体魔法陣で部屋を照らしていた。
「綺麗……」
「咲夜、手が進んで無いけど具合でも悪いのか?」
「え……あ、大丈夫ですよ」
「なら、良いけど」
彼は立ち上がって飲み物を乗せたカートから血液の入ったボトルを手に取り、
「レミリア……ん…………お嬢様、血のお替りは如何ですか?」
「前と同じで良いわよ。疲れるでしょう?はっきり言って堅苦しい敬語は咲夜だけで充分よ」
「そうか?なら、良いんだけどさ……
レミリア、血のお替りは?」
「貰うわ」
「あいよ」
彼は慣れた手付きでお嬢様のグラスに血を注ぐとカートに血のボトルを戻し、カートを押して妹様の所にまで行って……
「フラン、血のお替りは?」
「頂戴!!」
「はいよ、承ったよ」
妹様のグラスに血を注いだ。
「ありがとう!!」
「どういたしまして。それで力の制御はどうなった?」
そこでパチュリー様が入る。
「一番結界強度の低い1枚目を破らないほどにまで制御出来るようになったわ。」
「良くやったな、フラン」
水無月様が妹様の頭を撫でる。
「わーい!!」
妹様が喜んでひっくり返りそうになるのを水無月様が止める。
「フラン、後ろに勢い良くよっかからない。倒れたら危ないだろ?」
「はーい」
その次はパチュリー様の所へ行き
「ワインのお替りは?」
「ええ、お願い」
水無月様はパチュリー様のグラスにワインを注いだ。
「ありがとう」
「こあは?」
「あ、お願いします」
水無月様は小悪魔にもワインを注ぐ。
「ありがとうございます」
水無月様は今度は私の方に来て
「咲夜、ワインのお替りは?」
「あ、私は良いですよ」
「そうか」
彼はカートを置いてから元の席に座った。
「で、咲夜は憶えていてくれた?」
「どうせ咲夜の運命見て分かってるんだろ?」
私の話をしているようだけど……話が見えない。
「……まぁ、認めたくないけど」
「じゃ、チップ寄越せ。俺が行く前に決めた事だろ?」
「うぅ…………」
お嬢様は自分の服のポケットの中から青い石を出した。
「渡したくないけど……」
「はい、頂きました」
水無月様はその石を受け取ると床に置いていたバッグから何か銀色の塊を取り出して、魔法陣を展開したのを見て私は椅子を倒しながら立ち上がりスカートの中にあるナイフを取り出すが……
「咲夜、そこを動くんじゃないよ。澪羅が親友である私に危害を加えるわけ無いだろう?」
「信用出来ません」
私は彼にナイフを突き付ける。
「言っても無駄だ、分かってるだろ?レミリアならさ…………
俺の首筋にそのナイフを突き付けながらで良いから、このまま続けさせろよ」
彼はそう言って続ける。
お嬢様から受け取った石と銀色の塊の一部を切り出し宙に浮かべる。その2つは徐々に近づくと1つの立体魔法陣に囲まれて形が変わっていく。
最後に一瞬だけ強く光るとそこには青色の石が嵌め込まれた銀色の指輪があった。
「はい」
水無月さんはお嬢様に指輪を渡した。
「ありがとう」
「どういたしまして」
レミリアは右の人差し指にその指輪を嵌める。
「ま、何だ?遅くなったお土産って所だ」
「ありがと。それより、咲夜に掛けた魔法解いてあげたら?」
「ま、それもそうだな」
彼はそう言って指をパチンと弾いた。
その瞬間、様々な小さい頃の記憶と私の澪羅への想いが戻ってくる。
「え…………あ…………」
私は今の状況を把握する。
澪羅を憶えていない私が澪羅が魔法陣を展開したため臨戦体制に
↓
澪羅にナイフを突き付ける
↓
澪羅がナイフを突き付けられながらお嬢様の指輪を作る
↓
お嬢様に指輪を渡す
↓
ナイフを突き付けられたまま澪羅が私に掛けていた魔術を解く←今ここ
私の顔が真っ赤になっているのが見なくても分かる、そうなっていると感じる。
「あ……あ……あ………………」
私は恥ずかしさから時間を止めてその場から逃げた。