錬鉄の赤龍帝   作:ら・ま・ミュウ

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聖処女は純血に染まる
プロローグ


俺、兵藤一誠は幼少期の事故によりそれ以前の記憶がない。

唯一覚えているのは自分じゃない見知らぬ誰かの記憶――正義の味方を継承するという誓い。

魔術回路の作成と強化魔術という守る為の力だった。

 

 

 

 

 

夏休みも終盤となり、精密検査やリハビリをクリアした一誠は退院の許可を貰って自宅に帰って来ていた。

 

 

「――はぁ、ダメだな。やっぱり鈍ってる」

 

何ヵ月も筋肉を動かしていなかった弊害か、身体は鉛のように重く、走ろうとすればものの数秒で息が上がる。

 

医者には徐々に身体を慣らしていけと言われたが、あの翼の男と女がまたいつ自分達を襲ってくるとも分からない。

幸いにも自分が入院している間に奴らが両親を再度襲いにくるようなことはなかったが……それは自分が狙われていたからだと一誠は考えていた。

あの力……魔術とは勝手の異なるジンギという未知の理。

魔術では全く歯の立たなかった翼の男の腕をいとも簡単に殴り飛ばしたあれを、一誠は明らかに使いこなせていなかった。それであの威力だ。極めたらどれ程のものになるか想像もつかない。

 

これは一誠の勘だがアイツらは自分がこの力を持っていることが好ましくなかったのではないか。

だから一誠は一撃で仕留められそうになって両親は気絶させられるだけで済まされた。なら、何故入院時に仕掛けてこなかったかだが、それは分からない。

単にあの怪我で助からないものと思っていたからかもしれないし、入院先が分からなかったとも、事情が変わって自分に用がなくなったとも取れる。

 

それでも、用心に越したことはない。

一誠は失ってしまった体力を取り戻すべく、早朝に起きてジャージへと着替えると駒王町をジョギングしていた。

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ、」

 

やはり、ブランクの長かった影響は酷い。

全身の血が巡り悪く、歯茎が引っ張られるような痛みと膝の鈍痛が一誠を襲う。まるで、運動をろくにしたことがない帰宅生がいきなり陸上部の練習に参加させられたようだった。

 

「……くそっ!」

 

たまらず足を止めた一誠は水筒の水をがぶ飲みする。

腕時計を見ると走り出してから五分も経っていない。半年も寝たきりなら仕方ない気もするが、基礎体力あっての魔術。この様では魔術回路を造ることすらままならない。

 

「なるべく、……そうだ。ゆっくりでいい。ゆっくり走ろう」

 

ジンギの存在証明が不明瞭である以上、過度な信頼は出来ないし、いざ頼りになるといえば強化魔術において他にない。

 

そして一誠は不幸中の幸いにも、あの戦闘で強化の対象を無機物から己という有機物にも向ける事が出来ることを知った。今までは紙やプラスチックの外装を強化して耐久性と強度をあげる事に重きをおいていたが、人体となると単純な固さのみならず俊敏性や五感、傷の治り具合だって強化することが出来る筈だ。

 

発想の転換だった。一誠は物質を強化する際に神経をなぞるようにして造り上げた魔術回路を体外に広げて、その対象を侵食するイメージを抱くのだが、強化魔術の主な失敗事例は侵食の失敗であり、体内で限定するなら強化魔術の成功率をぐっと上げることも不可能ではないように思える。

例えジンギが使えなくとも強化魔術の汎用性を広げれば翼の男に上手く立ち回ることも可能ではないか。

 

「はぁ、はぁ、」

 

何れにしえも検証するには最低限の下地が必要である。

自分という死体を引きずっているような倦怠感をおして、一誠は鼓動が聞こえそうなぐらい脈打つ心臓を抑えながらトボトボと歩きだした。

 

 

 

 

 

 

――廃墟と化した教会

神の加護から離れて久しく、鴉の身を寄せる闇の温床に成り果てたそこは血の海に沈む。

 

「……ぐ、は」

 

初めに倒れたのは外敵からの警戒を任せていた魔術師であった。

彼は緑色の光球に触れて弾けとぶ。

 

「魔女様……、これは如何にして?」

 

レイナーレは余裕のない笑みと一筋の汗を浮かべながら問い掛ける。

かつては蝶よ花よと甘やかされた神器(セイクリッド・ギア)ありきの人工聖女。

聖人ではなく、ただただ善悪の区別もつかない無垢な小娘として育てられた教会の使徒あり、愚かにも悪魔に手を貸したという大罪を犯して追放された哀れな魔女。

それがどうした。聞いていた話とはまるで違うではないかとレイナーレは眉を潜める。

 

「ふふふ……、あはは。どうして…?

どうして殺したのかですって?

聞きたい……なら、教えてあげましょう!私の愛しいご主人様が願われたからです!」

 

爛々と輝かせた瞳にだらしなく口から溢れ落ちる涎。聖職者とは思えない秘部を強調する扇情的な衣装は己よりも布面積は少ない。

貧相な胸の先端にはシールが貼られててあり、伝えに聞く情報とはあまりに解離しているものだからレイナーレは偽物であることを疑った。

だが、アーシア・アルジェントを名乗る狂人は治癒の神器を使い、その治癒暴走によって何人もの手下を殺してみせたのだから事実、彼女は魔女アーシア・アルジェント本人であった。

 

「何故、追放された貴方を庇護する我々に牙を向けるのです?」

 

まさか薬に手を出して脳がやられたしまったのだろうか。

ご主人というのは幻覚か?

 

「べつに、ご主人様以外の誰がどう死のうたって、どーだっていいんですよ」

 

「……へぇ、冷たいのね貴方」

 

アーシアの言葉にレイナーレは下手な善人を取り繕うのを止めた。

どのみち神器を抜き取るのに同意なんて必要ない。どんな精神状態であれ生きていればいいのだ。

 

問題はこの女が魔術師らを惨殺したせいで神器を抜き取る術式は中途半端に終わり、それまで地下牢にでも閉じ込めておかなくてはならなくなったこと。

レイナーレはあまり小手先の技は苦手としている為、瀕死になるまで痛め付けてやろうかと考えたが、彼方は治癒系統の神器(セイクリッド・ギア)の中でも最高位にある『聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)』の持ち主。治癒暴走などという変則的な技を使う所から鑑みて神器を使い慣れている。

自身の回復など片手間で済ましてしまうだろうと彼女は判断した。

 

「やりにくいわ。貴方」

 

「ご主人様、ご主人様……ご主人様!」

 

あの緑色の光体を長時間浴びれば自身でも危ういだろう。

医学に聡くないレイナーレだが知識はある。治癒暴走とは回復系の神器の用途から転じて起こす、過剰回復だ。

本来生物は負傷した場合、失ったパーツの周辺にある細胞を分裂して増やし、穴埋めして馴染ませることで回復する。

神器(セイクリッド・ギア)による回復行為の殆どがその細胞分裂の速度を補佐して、高速で穴埋めを行うということ。生物が細胞の分裂できる数に限りがある以上、多様すれば大幅に寿命を縮めることになる諸刃の剣だ。

 

長寿である堕天使には一見問題ないように見えるが、用途を転じる――つまり、細胞に誤情報を与え、余分に細胞分裂を強いること。

例えば血液内の血小板を際限なく増やされ続けたとしよう。それは水を限界まで入れたペットボトルの中で水の体積が二倍、三倍と増えるような話で、恐ろしいことにレイナーレは内から破裂する可能性があった。

 

(だからこそ、その力を欲したのだけれど。敵としては最悪ね)

 

所詮アーシアはか弱い人間に過ぎないので殺すことは容易い。だが、神器(セイクリッド・ギア)……悪魔や天使などと比べ脆弱な人の為にと唯一神が残した力は持ち主が死んだ時点で次代の後継者へと転送させる。

 

レイナーレは裏をついて人間から神器を奪う手段を手に入れたが、例え術式が完成していたとしても即席に成せるものでなかった。

 

「まぁ、いいわ。遊んで上げる」

 

下手をするとショック死するかもしれないが四肢を切り落としてしまおう。

そうレイナーレは産み出した光の槍を投擲した。

 

 

「」

 

「」

 

「」

 

 

「こんにちは、一誠先輩」

 

翌日。体力作りの一環として朝夕に分けて走り込みを行う道中、白髪の少女に呼び止められた。

 

「君は、塔城ちゃん?」

 

「小猫でいいですよ」

 

部活帰りなのか制服姿に少し疲れた様子の彼女。

何気なしに並走して歩くと、一誠はふとリアス先輩のことを思い出して問い掛ける。

 

「そう言えば、リアス先輩から何もなかったけど」

 

「……リアス先輩はお家の用事で海外に赴かれました」

 

「海外に……?

そっか、大変なんだなあの人」

 

気品のある人だと思っていたが、家柄からしてそういう教育をされているのだろう。まだ学生なのに夏休みを利用して海外の仕事に付き添うことになるとは忙しい人だ。

 

「身体はもう大丈夫ですか?」

 

「あぁ、だいぶ筋肉も落ちてるけど万全だってさ」

 

医者はあと少しでも治療をするのが遅れていたら死んでいたかもしれないと言っていた。何らかの後遺症が残る可能性もあったが、それも問題なく、本当に紫藤には感謝してもしきれない。

 

「それでジョギングですか……納得です」

 

「おう」

 

出会ってそんなにたっていない間柄だから、恐ろしいほどに会話が続かない。女友達なんて一人ぐらいしかいない一誠には、今時の女の子がどんな話題で盛り上がるのか分からなかった。

 

「それではこれで」

 

「またな」

 

少し運動するだけのつもりで手持ちもなく、別に商店街を歩くつもりもなかった俺たちは住宅街で当たり障りのない会話をしながら十字路で別れた。

 

 

「……うん?

何か身体の調子がいい気がする」

 

その日は何故か運動後の倦怠感もなく、少しだけ身体が軽くなったように感じた。

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