錬鉄の赤龍帝 作:ら・ま・ミュウ
風に森が靡いている。
生ぬるい風だ。強くもなく弱くもなく草木を揺らす真夏の風、それ自体は何ら不思議なことではない。
だがどうしてだろうか、風に運ばれた匂いの中に鉄錆びのようなものが混ざっている。
「…………?」
兵藤一誠はざわめく森を見上げた。
『……嫌な予感がする 』
『……はやく買い物を済ませないと』
「……嫌な予感がする」
気付けば一誠は、街並みを外れ雑木林の生い茂る森の中を突き進んでいた。
明確な理由があるわけでもないのに、ざわつく心に突き動かされて、木々を掻き分ける。
鉄錆びの匂いは進むごとに強くなった。
もうそれが鉄錆びではなく血の匂いであると確信できるほどに豊潤な香りとなって、随分と古い教会のようなものが見え始める。
あそこに、何かあるのだろう。
一誠はふと止まって身体強化の魔術を施す。
そして辺りを見渡して、太い木の枝を見つけるとそれを握り締めた。
「よし」
拍子抜けするほど簡素だが、今の俺に出来る最高の武装だ。
欲を言うなら枝にも強化を施したい所だが、元々成功率が低いのに加え身体強化に魔力の流れを割いている以上まず欲張るべきではない。
何らかの事件性を伺わせる暗い教会に鼓動を早め、滲み出る汗を拭き取って、むせ返るような血の匂いの発生源と思わしき教会の中へ恐る恐る忍び寄る。
ステンドガラスから覗かせる陽日に仄かに照らされた薄暗い教会。
錆び付いているのか見た目に反して重々しい扉を肩で押して開けた。
「な、ッゥ!?」
その扉を開いた時に紅色の壁紙かと錯覚したそれが鮮血の跡であることなど誰が理解出来ようか。
飛び散る肉片と骨らしきもの。見覚えのある黒い羽が乱雑に撒かれ、幾つもの人間の生首が転がっていた。
まさにこの世の地獄のような光景だった。
「あ、ああああ……」
なんだこれは。何なのだこの光景は。
青ざめる一誠は長椅子から零れ落ちたように床に附す金髪の少女に視線が吸い寄せられた。
彼女は一糸まとわぬ姿で血のような赤い液体の中に浸っていた。
強姦か、虐待か。
少なくない犠牲者の山となったこの惨状……とても口には出来ぬようなおぞましいことがあったに違いない。
一誠は一瞬、彼女も亡骸かと思って顔を背けるも僅かに上下する胸元に目を見開く。
「だ、大丈夫か!?」
護身用の木の枝を横に投げ出して飛び出すように少女を抱き寄せて呼び掛ける。
「……あ」
それに反応したのか少女はか細い吐息を漏らした。
「生きてる!」
歓喜の声をあげる。
この絶望的な状況の最中、見つけることが出来たたった一つの命。
彼女は光のない瞳をうっすらと開いて、左手を一誠の頬へと伸ばす。
――似ている。
炎に焼かれた大地の上で力尽きようとする赤毛の少年とそれに救いの手を伸ばした男の背中。
くしゃくしゃになった表情に確かな安堵と悲しみを抱える不思議な男だった。
『あ、ああ生きてるッ!』
それがあまりにも嬉しそうだったから、
まるで救われたのは俺ではなく、
男のほうであったのかと思ったほど。
そうして、死の直前にいる自分が羨ましく思えるほど、
男は何かに感謝するように――ありがとうと言った。
一人でも、助けられて救われたと。
赤毛の少年はまるでその涙を拭いてあげるように手を伸ばして、届かないのかと思ったその時に男の大きな手のひらに掴まれる。
――とても温かな手だと少年は思った。
使い古したフィルムのように途切れ途切れの記憶の断片がフラッシュバックする。
「―――ッゥ」
伸ばされた手は途中で力尽きたように地面へと傾いて、一誠は咄嗟にその手を掴んだ。
「……待ってろ、直ぐに助けてやるからな!」
力強くそう訴える。
彼女は最後の力を振り絞ったのか気を失ってしまったらしい。
一誠は自らの上着を脱いで彼女に被せ、背中に乗せた。
素人がむやみやたらに病人をつれ回すのは悪戯に体力を消耗させるだけかと躊躇われたが、流石にこのような場所に彼女を放置して助けを呼んでこようとは考えれなかった。
その背に伝わる温度は驚くほど高い。
見かけ上損傷はみられなかった為にあの血液が少女のものではないと安堵したが、こんな高熱では命に関わる。
一誠が携帯を持ってくれば良かったと後悔したのも束の間、
「……病院は、だめ」
絞り出すようなか弱き声が耳元を擽った。
アーシア・アルジェント
魔術回路/質-
魔術回路/量-
魔術系統/-
かつて聖女とされたもの。