三度目の正直   作:瓶ラムネ

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三度目の正直

この国を救いたかった。

誰にも、どんな思想にも屈しない、みんなが安心して生活できる。そんな祖国を取り戻したかった。

 

人が盗みを働かねば生きていけない現状を変えたかった。恫喝と殺人と汚職に塗れて腐った古い国を新しく綺麗にしたかった。

 

若者が未来を見据えて前を向ける国にしたかった。

 

自由と平和な生活を手に入れる。本当にただ、それだけで良かったのだ。

本当にささやかな夢。だからみんなが集まって立ち上がり、旧政府を打倒しようと足並みを揃えて邁進し始めた。

みんなの力を集めれば、絶対に手が届く、そう誰もが信じたのだ。

 

 

朽ち墜ちる。

国家の顔として、この国のトップとして君臨する大統領のその執務室。

 

独立した1つの国家として、西側にも東側にも舐められないよう奮起し、最高級の大理石で出来た部屋を荘厳な装飾で施されたその部屋はもはや朽ちて堕ちていた。

 

あれほどまでに輝いて見えたこの部屋を眺める誰もが、倦んだような瞳を浮かべ、諦めた顔をする。

 

古きヒルトリアという名前を捨て、クナーアン共和国という名前をつけられたこの国は、もうどうしようもないほどに朽ち果て、国際社会から見捨てられた忌み名となり果てていた。

 

かつて活気にあふれていた街中は完全に冷え込み、今や冬を越すための薪にすら困る有様。

若者はまともに生きていけない祖国に瞳を濁らせ、そしてついには見捨ててどんどんと国外に流出していく。

 

金に困った男が自分の臓器を売り飛ばして食い繋ぎ、身売りされるように出稼ぎに出る女たち。

 

──こんなはずじゃなかった。

 

居並ぶ閣僚全てが手で目頭を抑え、天を仰ぐ。

 

前政権が残してくれた時間的猶予という大きなプレゼントを受け取っておいてのこのザマ。

誰もが口には出さないが、これならば、こんなことになるのであれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

莫大な借款が、前政権の頑張りで猶予されて10年。破綻してもう10年。

 

共産主義世界、誰もが手を抜くことを当然という空気が蔓延り、競争力という言葉が死に絶えていた祖国にこそ民主制を導入し、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、そう思っていた。

そんな風に自由と平等を愛する言葉を紡いですぐ、その言の葉は枯れ落ちた。

 

自由競争市場という劇薬をブチ込まれた祖国は、意見の猛烈な対立と自由な競争で追い散らされた人間たちが各地で暴動を起こし、国中が散り散りに四散するように団結の輪が崩された。

 

若者たちの視点から見れば、自由で平等に扱われるというのはありがたいことで、心から欲するものだったがしかし、その時点で国の市場を支えていた人間たちにとっては劇薬ではすまなかった。

当然だ。今まで保護され、ぬくぬくと温室で微睡んでいた人間たちがいきなり野生の競争社会に放り出されたりすれば遠からず死に絶えることになる。そんなことは至極自明の理だ。

 

確かに、中には奮起して努力し、立ち直った人間も居たには居た。

しかし、世の中はそんなスーパーマンでは溢れていないのだ。

 

国内の大多数の社会人が死に絶える寸前に陥る。

そうなれば反発から暴動が起きるのは当然で、彼らの家族も一緒になって立ち上がるのもまた、当然だった。

 

燎原の火が燃え広がるように、あっという間に反民主主義の炎が祖国を火達磨に変えた。

 

もちろん、当時の彼女たちが手を拱いて見ていたわけではない。

だが、悲しいかな。彼らは()()()()()()()()だった。

 

国を立ち上げてから最初の選挙で反民主主義の火は既に尻に火がついていて、与党といいながらギリギリ2/3の議席を確保できていたに過ぎないギリギリ崖っぷちの弱小与党。

対面には1/3近くも票を確保した共産党の残党がいて、今まで国内をまとめ上げていたノーメンクラトゥーラたちに突き上げをくらいながらの政権運営。

 

自由の美旗の名の下に、現在への不満から民族同士が団結する。鎮火したはずの民族主義が轟々と燃え盛る。

 

焦った軍部が勝手に民衆を無理やり鎮圧し、かつて自分たちがされて怒り狂って革命を起こすきっかけになったこと、それを今度は自分たちが民衆にやっているという自己矛盾。

あれほど一緒の道を歩めると、硬く手を繋いだ同志たちがバラバラに散り、次にあったときにはこちらに銃口を向けているという現実。

 

だからこそ、嗚呼、だからこそ。

自分たちは失敗していないと虚勢を張ることしかできなかった。

 

振り返ってみれば、自分たちの失敗を直視せず、まだなんとかなる挽回できると虚空に叫ぶ姿は、なんと醜く無様だっただろうか。

これではあれ程憎んだ共産党の青い血、ノーメンクラトゥーラどもと大差ないではないか!!

 

ふと我が身を振り返ってどれほどまでに醜い姿になっているか、それに気づいたのはもう、大分手遅れになってからだった。

 

大統領、彼女が昔に愛していた彼は、既にこの世には居ない。

その昔、この青空の下の国がヒルトリアと言われていた頃。抗癌剤と呼ばれた自殺用の毒、それを飲んで自宅で眠るように死んでいた彼。

彼が残したもうこんな現実は見たくないと泣き言が綴られた遺書、その文面を読んで全身から力が抜け、酷く失望した時にようやくそこに彼女は思い至った。

 

しかし、もう遅い。もう遅いのだ。

 

あの時、兄の静止を聞き入れていれば。そう思ってももうどうにもならない。

せめて兄の心の内をきちんと聞いてからの決断だったらば良かった。

 

あの時の自分たちは、所詮共産党ごとき、ノーメンクラトゥーラごとき、そう心の底から彼らを見下していたのだ。

だから()()()()()()()()()()()()()当時の国家主席に、無様に西側に逃げていく兄に、なんの疑いも持たず快哉を上げて自分たちの勝利を寿いだのだ。

 

彼らがどれだけ祖国を思い、そこに住う人間を真に大切に思っていたか。それを彼らが残した莫大な量の資料から突きつけられても、彼らの前の政権が残した巨大というのにもおこがましい負債を必死に削り、押し留めようとした軌跡を見ても、自分たちの革命こそが正しいと信じて蹴り飛ばした。

 

真実を知っても誰も信じようとしなかった。

 

そんなザマだったから失敗したのだ。

そう、今なら誰もが思い知っている。

 

所詮は勘違いした学徒運動の成れの果て。まだヒルトリア共産党の方がマシだった。民主主義国家の面汚し。

 

世界中から呆れ果てられ、見下げはてられた祖国の現状を、しかしどうにも出来ないという虚無感。

 

会議は踊らない。誰も、口を開こうとしない。

国家の支柱たる閣僚のその姿が、何よりこの国の現状を言い表していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

意識が覚醒する。

 

長い長い微睡(まどろみ)から覚めたかのような感覚。

外からはチュンチュン野鳥が囀り、今が朝なのだと教えてくれる。

怠く重い体をベッドから起こし、床に足をつける。

 

──あれ、こんなに自分の足は華奢だったか?

 

ふと疑問がよぎる。

ひんやりと冷たい地面の感覚が急激に自分の思考をクリアにしていき、しかしどんどんと自分の呼吸が荒くなっていく。

 

手。

──ずいぶんと小さい。子供の手だ。

 

足。

──ずいぶんと短く華奢だ。どこからどう見ても子供の足だ。

 

服。

──どこか懐かしい、故郷の家で昔々、子供の頃に来ていた寝巻きだ。

 

部屋に置いてある鏡に自分の顔を写す。

そこに写っていたのは果たして自分の顔。

 

齢、およそ7歳。

子供の頃の自分の姿。

 

都合()()()のタイムスリップだった。

 




正直あのエンドでヒルトリアが上手くいくとは思えないんですよね。
3回目のダーヴィドならやれるよ、きっと。
今度こそ完膚なきまでのハッピーエンドにしてくれ、という願いを込めての投稿でした。
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