獅子の娘は心臓を捧げる   作:ASNE

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獅子の娘は受け止める(前編)

調査兵団本部の一室を借りて一夜を過ごしたユミルとヒストリア。翌朝借りた寝間着から訓練兵団の制服に着替え、指示された通りに食堂に向かうと、そこには如何にも精鋭部隊、といった感じの五人の兵士が。

―リヴァイ率いる精鋭、リヴァイ班である。

「おい、何で訓練兵がここに居やがる?」

「オルオ、聞いてなかったの?特例で調査兵団に籍を置くことになった訓練兵よ。そうですよね、リヴァイ兵長?」

「……そうだ。あの二人ともう一人、ハンジに捕まってる奴は最重要の機密情報を持っている。あいつらの身柄を保護する代わりに、人類を救うために存分に働いてもらう。……このことは他言無用だ」

四人は訝し気にしながらもリヴァイの言葉に頷き返した。

「お待たせして大変申し訳ございません。ヒストリア、ユミル訓練兵、只今出頭いたしました!」

「……御託はいい。座れ」

リヴァイが指示したのは、エルドの隣のペトラの隣と、オルオの隣のグンタの隣の席だ。二人がそろそろと座り、会釈をするとリヴァイがそれぞれに畳まれた服を放った。―調査兵団のジャケットである。

「そいつに着替えろ。目立つだろうが、所属を明らかにしておくためだ」

ヒストリアとユミルは訓練兵団のジャケットを脱ぐと、調査兵団のジャケットを羽織った。……心なしか、嬉しそうな二人。

(これが、人類の希望となる自由の翼……)

(柄じゃないが……ま、悪くはないか)

その様子を見たリヴァイはハンと鼻を慣らし、四人はかつて新兵だった自分たちを思い出して懐かしさに浸る。……とそこにエルヴィン団長が姿を現した。

「待たせてしまったかな」

『エルヴィン団長!』

慌てて敬礼をしようとしたユミルとヒストリアを片手を上げて制止し、席に着くエルヴィン。

「さて、まだ聞いていない者も居るので改めて伝達する。これから私とリヴァイはこの二人を伴って南開拓地の訓練兵団に向かい、とある訓練兵三人を回収する。詳しいことはまだ話せないが、ここには居ないアニ・レオンハートやヒストリア、ユミルと同じく最重要の機密事項を知る者たちだ。思う所はあると思うが、ここはこらえて欲しい」

『はッ!』

エルヴィン以外の面々は一斉に心臓を捧げるポーズを取り、慌ただしく自分の分の朝食を受け取って済ませた。そしてその後に、念のためハンジの班の部屋に行き、ドアを開けると床に並んで魂が抜け落ちたかのように気絶しているアニと第四分隊の面々。どうやらいつも以上に興奮するハンジの暴走をモブリットだけでは抑え込めず、他の面々も地獄に引きずりこまれたらしい。対照的にハンジは昨晩以上に元気そうに、喜色満面であった。その光景を見て察したリヴァイ班は遠い目をし、ヒストリアとユミルは慌ててアニを抱き起した。

「アニ、しっかりして!」

「……駄目だ、気を失ってやがる。つか魂抜けるって……どんだけだったんだ」

 

「やりすぎだぞ、ハンジ。モブリットたちは兎も角、アニはまだ訓練兵だ」

「あはは、ゴメン。ついついヒートアップして……色々面白いことを聞けたよ。後は実際に検証して確かめるさ」

「……そうか。我々は一旦南開拓地に向かう。これを彼女に渡しておいてくれ」

「了解。戻ってきたら直ぐに呼んでおくれ」

エルヴィンはアニの分のジャケットをハンジに託し、他の面々を引き連れて馬車に乗って南開拓地に向けて出発した。

 

 

 

アニが借りてきた馬車はリヴァイ班が使い、ヒストリアとユミルは団長が使う馬車にエルヴィンとリヴァイと共に乗らせてもらっていた。ヒストリアは馬車に揺られながら、ふと窓の外の風景を見やった。すでに南開拓地に入っており、長閑な田園風景が広がる。

(懐かしい……あの頃はお母さんもフリーダ姉さんも居て、本当に幸せだった)

幼き頃の日々に郷愁を馳せるヒストリア。母の死から自分を取り巻く環境は一変してしまったものの、今の訓練兵としての日々もまたヒストリアにとって大切なものである。……それが失われると知り、ヒストリアは黙っている訳にもいかず己の過去に向き合うと決めた。

ヒストリアは視線を正面に戻すと、正面に座るエルヴィンに彼女が疑問に思っていたことを尋ねた。

「あの……エルヴィン団長」

「何かな」

「どうして、アニの話をあっさり信じてくださったのですか?私が言うのは何ですが……大分荒唐無稽で嘘っぽい話だと思うのですが」

エルヴィンはフム……と顎に手を当てた。

「確かに我々もまだ半信半疑だが……もし情報が本当なら我々壁内の人類に希望が見える。分が悪い賭けだが……私は賭けるべきだと判断した」

「……情報が本当なら、くそったれの巨人どもに対して有効な手が打てる。死んでいった奴らの手向けにはなる」

リヴァイもまた、エルヴィンに同調するように言った。……エルヴィンもリヴァイも、調査兵団や壁内人類のために、雲を掴むような賭けに乗ったのだろう。

 

 

 

 

(一体どこに行ったんだ、あいつ等)

エレンは座学の授業中、肘を机について若干苛立っていた。

―アニ、クリスタ、ユミルの三人が消えた。そのことに気づいたのは、昨日の朝。同室の女子が目覚めると忽然と三人の姿がベッドから消えており、皆大騒ぎに。敷地内を隈なく探しても見つからず、キース教官に報告すると外出許可も届けられていないことが発覚。捜索は一旦打ち切られ、特に親しかった面々は心配して気をもんでいた。

「……であるからして……」

担当の教官が黒板に今日の座学の内容を説明しながら書いていると、突然教室のドアがガラリと開けられた。

「すみません、失礼します!」

「……失礼します」

教室に入ってきたのは、姿を消した三人の内クリスタとユミル。その二人は―調査兵団のジャケットを纏っていた。

『!?』

「あれって……」

「調査兵団の制服!?」

ざわめく仲間たち。その中でただ一人、思った以上に驚いていない者が。―アルミンである。彼は何かを悟り、嬉しそうに頷いた。

「おい、お前らどうして……」

エレンは授業中であることに構わず立ち上がり、訳を尋ねようとした。だが……。

「ピーピーわめくな、ヒヨッコ共」

調査兵団最強と謳われるリヴァイと、現団長のエルヴィンが教室に入り、一気に静まり返った。エルヴィンは教官に断りを入れると教壇に立った。

「授業中すまない。調査兵団団長、エルヴィン・スミスだ。……諸君の中から三名、少しの間借りることになる。キース・シャーディス訓練団長には既に許可を取ってあるので、問題ない。―エレン・イェーガー、アルミン・アルレルト、ミカサ・アッカーマン。以上三名は、ここに」

「「「は、はいっ!」」」

エレン、アルミン、ミカサの三名は慌てて立ち上がり、エルヴィンの前に直立して心臓を捧げるポーズを取った。

「……よし。アニ・レオンハートが呼んでいる。訳は調査兵団本部で話す」

「「「!」」」

エルヴィンはそう囁いた後、教官に向き直った。

「お騒がせしたな。では、我々はこれで」

「じゃあな、ヒヨッコども」

「みんな、ごめんね。また後で!」

「またな、お前ら!」

エルヴィン、リヴァイ、クリスタ、ユミルがそう言って去っていき、エレンたち三人は首を傾げながら彼らの後を追った。

 

 

 

 

 

帰りの馬車。リヴァイ班と入れ替えでエレン達訓練兵はアニが借りた馬車に乗り、クリスタとユミルが操って調査兵団の本部に向かっていた。

「なあ、クリスタ。どうして俺らが呼ばれたんだ?」

クリスタ―ヒストリアはユミルに馬車の操縦を預けると、ひらりと御者台から馬車内に移り、エレンの向かい側、ミカサの隣に座った。

「それは……結構重たい話になるよ。―その鍵、地下室の鍵だよね?」

「「!」」

ヒストリアが指さしたのは、エレンが首からかけている鍵だ。エレンとミカサは、自分たちしかしらないはずのことをヒストリアが知っていることに驚き、目を見張る。

「どうして……クリスタがそれを」

ヒストリアは顔を顰めた。アルミンは彼女のその様子を見て、助け船を出した。

「アニ……だよね」

「うん……エレン、アニを責めないであげて」

「?お、おう……」

エレンは首を傾げながらも頷いた。ヒストリアは寂しそうに微笑むと、御者台に戻った。

 

 

 

 

「はい、どうぞ」

「すみません、ハンジ分隊長」

アニはハンジが淹れてくれたお茶のカップを受け取り、眠気覚ましに飲んだ。エルヴィンたちが南開拓地に向かった後、意識を回復させたアニはジャケットを受け取って着替えた後、ひとまず休息を取っていた(ハンジの班員は仮眠をとるために帰宅)。

「しかし、外は本当に進んでいるんだねえ。おかげでワクワクしっぱなしだよ」

「まあ、私たち巨人化能力者に対抗するためでもありますが……。―ハンジさん……本当にありがとうございます」

「何だい、急に改まって」

「いえ、私の話を信じていただけたので……」

「実物を見てないから何とも言えないけど……君の話に矛盾点はなかったしね。そういうのに携わってきた私としては、信じやすい面もあった。エルヴィンとリヴァイは……まあ賭けに乗っただけだと思うけど」

同じくお茶をすすりながら、ハンジはアニが覚えている限りで見せたマーレの正式銃や、対巨人砲の設計図が書かれた紙をひらひらさせた。

「君の話が本当なら、私たちは生きるための活路を開くことができる。……私も本当なら、人を傷つけない発明がしたいんだ。それへの第一歩だと、私は思ってる」

「ハンジさん……」

ハンジが垣間見せた本音に、アニは言葉を詰まらせた。

「ハハハ、気にしすぎだよ。アニ、君の方こそ大丈夫かい?多分その、エレン君に殴られるかもしれない」

「……構いませんよ。私たちのせいで、カルラさんは死んだんだ。それぐらいは、甘んじて受けますよ」

「……そっか。……さて、そろそろエルヴィンたちも戻ってくる頃だ。行こう、アニ」

「はい!」

アニとハンジは研究室を出て、別棟の今日使う予定の空き部屋へ向かった。するとその道中で……戻ってきたエルヴィンたちと出くわす二人。

(エレン、ミカサ……)

アニはこみ上げてきた罪悪感から思わず目を逸らしてしまい、ずらした先でアルミンと目があった。

(大丈夫だよ、アニ。僕がフォローする)

(アルミン……)

アルミンとアニはアイコンタクトをして会話を交わし、勇気をもらったアニは再びエレンと向き合った。

「アニ、お前まで調査兵団の……」

「……必要なことなんだ。別にズルはしてない」

「いや、そうは言ってないけど……」

エレンの言葉を遮るようにハンジはパンパンと手を叩き、いったん中断させた。

「はい、そこまで。続きは部屋に入ってからだ。……あ、私はハンジ・ゾエ。よろしく、エレン、ミカサ、アルミン」

「「「よ、よろしくお願いします!」」」

 

 

全員が空き部屋に入って丸椅子を各々が取り、席に着いた(エルヴィンとハンジは机も)。向かい合ったアニとエレン。見守るミカサ、アルミン、ヒストリア、ユミル。アニは早速、本題に入ることに。

「エレン……まず謝らなければならないことがある」

「何だよ」

「四年前のあの日、壁を破壊した鎧と超大型巨人がいただろ?それ以外に、巨人を誘導した女型の巨人がいたんだ。……それは、私だ」

「―え?」

「私は、巨人化能力者だ。……私が誘導した巨人のせいで、アンタの母親は死んだ」

そうアニに告げられた瞬間、エレンの脳内に蘇る忌まわしき記憶。己の目の前で真っ二つにされ、巨人に喰われた母親。……その巨人を、誘導した?誰が。アニが……。エレンは瞬時に理解した。目の前に座るこいつが、母さんを殺したッ!

エレンは怒りに打ち震え、誰かが制止する間もなくアニの顔面を殴り飛ばした。アニは避ける間もなく鼻っ柱にエレンの拳を受け、鼻血が大量に噴き出す。椅子を倒しながら床に倒れたアニに馬乗りになりながらエレンはさらにアニを殴った。

「ああああああああッ!」

エレンは狂ったように雄叫びを上げ、アニを殴り続けた。……アニは、抵抗しなかった。アニの整った顔がみるみるうちに腫れ上がり、痛々しいまでになっていく。エレンの拳も、アニの血で真っ赤に染まる。

「お前が、オマエガ、オマエガッ!」

エレンが高々と拳を振り上げる。次の瞬間、二人が飛び出してエレンを止めた。一人はアルミン。もう一人は……ミカサだった。

「止めなよ、エレン!アニを殴ったって、カルラさんは帰ってこないんだ!」

「止めるなよ、アルミン!こいつの、せいで……」

「……止めて、エレン」

「……ミカサ?」

「アニだって、そんなことはわかってる。だから、あんなに苦しんでた。……エレンだって、知ってるはず。アニは、悪人じゃないって」

ミカサは、泣いていた。……エレンと出会った頃のように、優し気な顔で。

「……」

「お願い、エレン。こんな貴方は、もう見たくない」

エレンは振り上げた拳を力なく下ろし、茫然としながら涙を流した。

「……分かってるさ。俺だって、アニが悪い奴じゃないって知ってる。……でも、俺の母さんは……」

「……ご、めんなさい。エ、レン。私のことは、許さなくていいから」

アニは腫れ上がってしまった顔で苦労しながら、エレンに微笑んだ。

「……アニ……」

エレンがアニを殴ることは、もうなかった。

 

 

 

 

 

 

 




……エレンの試練は、まだ終わらない。
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