「……」
エレンは茫然として両手を投げ出して床に座り込み、彼の背中にアルミンとミカサがそっと手を置いた。
「……痛い」
「ったく、少しぐらい抵抗してもいいだろ」
「でも、それがアニの優しさなんだよ」
アニも上体を起こし、ユミルとヒストリアがその背中を支える。
……そして、見るも無残な状態になったアニの顔から蒸気が立ち上り、傷が徐々に治癒していく。その様子を見たハンジたちは目を見張った。明らかに普通の人間には無い力だ。
「傷が……」
「治ってるね……」
「……これが、巨人化能力者の特徴です。異常なまでの回復能力……頭さえ無事ならたとえ四肢を欠損するような重症からも回復できます」
アニはそう説明しながら、顔の怪我を治癒していく。
「なるほど……デメリットはなんだい?ここまで強力な力だ、何かしらの副作用的なものがあるはずだ」
「流石です。……怪我の治癒が終わるまで、我々は巨人に変身できません。それに、体力も無限ではないので治した分巨人化出来る時間も短くなるかと」
「ふーん……」
「この特性を利用した形で、復活した人間が未来に居ました」
「誰なの?」
「アルミン」
「え゛」
まさか質問した自分自身が対象だとは思っていなかったアルミンは変な声を出して固まる。アニはそっと目を伏せた。
「本来の歴史でアルミンは、超大型―ベルトルトの攻撃を喰らって瀕死の重傷を負い……巨人化薬、無垢の巨人に変貌させる薬を打って巨人化し、ベルトルトを喰らって一命を取り留めました」
『!?』
その場に居た皆(リヴァイ班も巨人化能力者が居る、ということは聞かされています。未来のことは初耳)が目を見張り、エレンを含むアニの同期たちは絶句し、女子たちは両手で口を抑えた。……自分たちが敵味方に分かれて殺しあうことを悟って。
「班長、未来って……」
「事実だ。……お前らが知る必要はない。聞きたくないもんを聞かされることになるぞ」
リヴァイはアニが自分の部下たちに向ける視線から罪悪感や悲しみを感じ取り、彼らの運命を悟っていた。だからこそ、彼らを敢えて突き放すような言い方をしたのだ。ペトラは食い下がろうとしたが、エルドが肩に手を置き、ゆるく首を横に振った。
「このまま行けば、私たち『マーレ』を含めた世界各国とパラディ島の間で戦争が起きる。そしてエレンは……パラディ島の皆を守るために『地鳴らし』を起こす。『進撃・始祖・戦槌』の巨人の継承者として」
「……え」
「アンタが、世界を滅ぼそうとするんだよ。エレン」
アニはしっかりとエレンと視線を合わせながら、真実を告げた。そのあまりの重さに、思わず茫然とするエレン。
「俺……が?」
「ああ。……アンタも私も、このままいけばどうしようもない罪を犯すことになる。……私は四年前、壁内に侵入した巨人たちを誘導して大勢が死ぬきっかけを作った。それに……」
アニはそこで一旦切ると、ちらりとリヴァイ班の方を見やる。……アニが本来なら、手にかけてしまう人たちだ。絶対に、死なせてはならない。
「本来なら私は、リヴァイ班以下多数の調査兵団の人間を手にかけてしまうはずだった。……だけど私はそんなことはしたくない。もう間違いだって分かっているから。間違いを犯すのは……一度でいい」
アニの言葉を聞いたリヴァイ班は今にも飛び出しそうだったが、リヴァイとハンジが制止している。
「なぜ止めるんです!今の話が本当なら我々は……」
「確かにそうだけど、アニがしたのはもしもの話だ。今の彼女は、そんなことはしないよ」
「あいつもお前らに責められることを承知でここまで来たんだ。手出しはするな」
ハンジとリヴァイに制止され、四人は口を噤んだ。その横ではエルヴィンが顎に手を当てて、アニたちのやり取りを見守っている。
(おそらく犠牲者は、リヴァイ班やその他の精鋭にとどまらないだろう。私の推測が正しければ、私とハンジも命を落とすだろう。……折角糸口が見えてきたんだ、死ぬわけにはいかない)
アニはエレンに近づくと背中を向けた。アニの顔からはまだ蒸気が噴出している。
「触ってくれ、エレン、アルミン。多分二人は私の記憶が垣間見えると思う。ミカサは……『アッカーマン』だから弾かれるだろう」
エレンはアルミンと顔を見合わせ、アルミンはエレンに頷き返した。そして同時に背中に手を触れさせると、二人の脳裏に未来の記憶が浮かび上がった。
エレンの脳裏には次々と命を落とす仲間や初めての巨人化、女型の巨人や鎧の巨人との激闘、マーレとの戦争……そして、地鳴らしを発動させて大勢の命を踏みにじる悪魔のような巨人となった己の姿。―そして、失われていた父の最期や、父やその前任者の記憶が、アルミンの脳裏には女型との邂逅やアニを罠にはめる自分、そしてベルトルトを喰らい、超大型の力を受け継いで大勢の人を殺戮する自分の姿が見えた。
「「……」」
あまりの残酷な記憶に言葉すら出ない二人。アニはそっと顔を伏せ、ミカサは見たことがない表情を見せる二人に衝撃を受けていた。
「アニ……二人は何を見たの?」
「進撃を続けた……その残酷な結果だ」
「……俺は、生きてていいのか?」
エレンの顔は絶望で染まり、その瞳には生きる気力すらない。……死にたい、とさえ思ってしまった。己が突き進んで仲間たちを置いていった結果……その仲間たちの命を奪ってしまうかもしれない。それ以前に……自分は父親をその手にかけてしまったのだ。その父親も……クリスタ/ヒストリアの家族を奪っている。彼の心には、虚脱感しか残っていなかった。
アニはそんな彼を見かねて立ち上がり、口を開こうとしたが……ヒストリアが彼女よりも先にエレンと目線を合わせて、思いっきりビンタした。
「……?」
「しっかりしろ、エレン・イェーガー!貴方が見たのは未来の記憶でしょう!?だったら変えればいい。私たちみんなで!」
「でも……俺は、父さんを……それに父さんはヒストリアの家族を……」
「……確かに貴方のお父さんは私の家族を奪った。でも、それは人類の未来のためだ。未来の貴方の姿を見て、人類の運命を貴方に託した!だったら託されたことを成し遂げろ!背を向けるな!貴方の苦しみは、私や皆も一緒に背負う!見つけよう……私たちの未来を」
エレンは顔を上げ、ヒストリアの目を見た。ヒストリアは涙を浮かべながら、エレンに頷いた。エレンは周囲を見渡した。アルミンが、ミカサが、ユミルが、アニが、ハンジが、リヴァイが、エルヴィンが、エレンの背中を押すように頷いた。
「俺は……生きていてもいいのか?」
「当たり前だろ、エレン。一緒に海を見に行こう……それから、色んなことをしよう。戦うだけが、未来を創るんじゃないよ」
「もちろん。エレン……私も一緒に背負う。一緒に泣いて、笑って……エレンの傍を絶対に離れない」
「お前は生き急ぎ過ぎたんだ……ちょっとは立ち止まってもいいんじゃねえか」
「私が言えた義理じゃないけど……一緒に未来を変えよう。私は幾らでも、アンタに力を貸すよ」
「行こう……エレン」
エレンにとって大切な仲間、家族がエレンにそっと寄り添い、エレンを抱きしめた。
(あったけえな……俺はこの暖かさを、もう少しで踏みにじるところだったのか……)
エレンは涙を浮かべながらそっと仲間たちの背中を抱き返した。
エレンは本作では主人公ではありません。彼は本当に突き進み続け、大切な者を失いながらも未来を掴もうとあがき続けました。
せめて……この世界では救いがあってもいい。大切な仲間たちと一緒に、生き抜いてほしい。そういう思いをこめて、今作では主人公からは外しました。そのため本作のタイトルには『進撃の巨人』を入れていません。
本作のタイトルにある『獅子の娘』は苗字に獅子の意味を含むアニ、そしてライオンのカラーである黄金、すなわちもう一人の金髪の少女、ヒストリアを指します。
アニ、ヒストリア。この二人が中核となり、未来を切り開いてゆくでしょう。