しばらくぼーっとした後にアニは医務室のベッドから出て、先生にお礼を言った後に食堂に向かった。記憶が流れ込んだ後遺症からかまだ少し痛む頭を押さえながらアニが食堂に入ると、彼女が入室してきたのを目にした同期たちがわっと駆け寄ってきた。
「アニ!?」
「もう大丈夫なの?」
エレンとクリスタが心配そうな表情でアニに近づいてきて、アニの顔を覗き込んだ。
「あ、ああ……まだ頭はちょっと痛いけどね。今日は早めに寝させてもらうよ」
アニは自分の分の膳を受け取り、机の左端に座った。その隣には心配そうにしているクリスタとユミル、反対側にはエレン、ミカサ、アルミンの幼馴染三人組が座る。
「アニ、確か明日洗濯当番だったよね?起きられそう?」
「……分からない」
今日のメニューであるシチューをスプーンで掬って食べながら、アルミンの問いかけにアニは首を傾げた。
「だったら俺が代わる。原因は分からないって先生が言ってたけど、もし俺のせいだったら悪いし」
「そうかい?じゃあ……よろしく。次のエレンの当番は私が代わるから」
アニはエレンの申し出を有難く受け、アニはひょこりと頭を下げた。
「おう、任せとけ!」
「それにしても……どうしてアニの頭が突然痛くなったんだろう?アニ、心当たりはある?」
(あるけど……突拍子もなさ過ぎて話せないよ、アルミン)
アニは静かに首を振った。彼女たちの周囲の机に座る親しい同期たち(ライナー、ベルトルトら)も耳をこっそり向けている
「いや……ないけど」
「そっか……」
落ち込むアルミン。アニの隣に座るクリスタは人差し指を顎に当て、可愛らしく首を傾げた。
「でも心配だよね、また頭痛がしたらアニも困るし」
「あー……確かにな」
ユミルも一見適当に言っているように見えたが、実は心配してくれているのをアニは知っていた。
「ま、その時はその時さ」
アニはそう言って最後の一掬いを口の中に入れ、自分のトレイを持って立ち上がった。
「あれ、もう行くの?」
「ああ、私はもう寝るよ。おやすみ、皆」
アニはトレイを片付けた後、食堂のドアの所まで歩いていき、振り返って微笑んだ。そして後ろの喧騒を気にすることなく、アニは自分たちの寝室へと戻って行った。
ちなみに何故同期たちが騒いでいたのかというと、アニがはっきり笑う所を初めて見たからであった(同郷のライナー、ベルトルト含め)。
「アニ、あんなかわいく笑えるんだね。ね、アルミン?」
「……」
「アルミン?」
「かわいかったなあ……」
「……クリスタ、今のこいつに何を言っても無駄だよ」
「……ライナー」
「ど、どうしたベルトルト?」
「僕、この任務が終わったらアニと結婚するんだ……」
「!?」
アニは真夜中にふと目を覚まし、自分のベッドから頭を上げた。アニたちが現在暮らしている訓練兵団の寮は勿論男女分けされており、二段ベッドで上ではサシャが大きないびきを立てている。アニは他の子たちを起こさぬようそっとベッドから抜け出してドアをゆっくり開け閉めした後、寮の外に出た。この日は晴天であったため、アニの頭上には満天の星空が広がっている。
「星空……」
アニの自意識は現在、先程流れ込んで来た『来栖亜里沙』の意識と完全に融合し、その記憶と意識を己のものにしていた。
亜里沙の記憶から自分たち『マーレの戦士』の行動が巡り巡ってエレンによる『地鳴らし』の遠因となってしまい、また、今も共に暮らす仲間たちを大勢死なせることを知ったアニは、その役目を実行することを躊躇してしまっていた。
「私たちが巨人をおびき寄せたことでエレンの覚醒を促し、その心に憎しみを蓄積させてゆく……」
アニには今後どうすべきが全く分からなかったが、今の彼女には一つだけはっきり分かっていることがあった。それは…。
「世界が違えど、星空は美しい、か……」
迷う一人の少女が暮らす残酷な世界を、今日も星空が美しく照らす。