アニは自分の分のパンをかじりながら、エレンを挟んで座る少女、ミカサ・アッカーマンの顔を見やった。
(こうして見ると、美人な普通の少女って感じがするな)
ミカサは寡黙な性格をしており、家族を幼い頃に失っているため己の命を救ってくれたエレンとアルミンを家族のように大切にしている。特にエレンには依存気味であり、彼のためには命を懸けることを厭わない。
(あの未来でミカサが私に殺意剥き出しで向かってきたのも当然だ……一番大切な人を奪おうとしたんだから。……いや、もう既に奪ってたか)
四年前のあの日、アニが導いた巨人の一体、ダイナ・フリッツがエレンの母にしてミカサの母代わりであったカルラ・イェーガーが命を落とし、その後に後を追うようにエレンの父グリシャ・イェーガーもエレンに喰われて命を落としている。
(本当は私には……アンタらの友人で居る資格はないのに)
アニは改めて自分たちがしでかした罪の重大さを悟り、その表情に影を落とす。エレンはちらりとそんな彼女の顔を見やり、その変化に気が付いた。
(またアニの奴、暗い表情をしてやがるな。あの日からずっとこうだ……)
数日前に悲鳴を上げて倒れた後、アニは傍から見ても少し変わったように見える。以前までは人と触れ合うのを避けていたが、倒れた後はクリスタやユミル、ミーナといった女性陣と話すようになっていた。エレンが見かけた時も楽しそうではあったのだが、どこか苦しそうな、辛そうな顔をしていた。
(一体何があったんだ、アニ……)
アニは自分の分を食べ終えると、あることをしようと思い立ちミカサに声を掛けた。
「ミカサ、私と一本組手をしてくれないかい?エレンの手本にしたいんだ」
「……いいけど」
ちょうど食べ終わった所であったミカサはそれに応じ、立ち上がって少し離れた位置に移動し、アニに相対した。
「遠慮なく来な」
「……言われなくても」
アニはいつも通り両腕を上げて顔を防御するように掲げ、ミカサは拳を突き出すように構えた。不意に生じた闘いの空気に、エレンがごくりと唾を飲み込む。
「しッ!」
―それは唐突だった。先に仕掛けたのはミカサ。構えていた右拳を出すと見せかけて左拳をアッパーカット気味に突き出し、アニはそれを予期していたようで体を若干揺らしただけで拳を躱す。が……。
(拳圧だけで空気が揺れた!?やはりアッカーマン、侮れない)
(避けられた……やっぱり訓練でエレンをあしらう実力は本物)
(すっげー……アニの奴、ミカサの拳を避けやがった……)
三者三様に反応を見せるが、勿論これで終わるはずがない。今度はアニから仕掛けた。腕の構えをノータイムで解くと突き出されたミカサの左腕を脇で抱え込み、
「せいッ!」
「ぐッ……」
「うおッ!?」
アニが吸収したのは勿論未来に起きるであろう出来事に関する知識だけでなく、前世の自分が習っていた柔道の技術も含まれている。その技を己の格闘術に組み込み、更に戦闘力を上げていた。だがミカサも負けてはいない。倒された状態からアニに足払いを掛け、アニの体勢を崩す。
「ちいッ……!」
アニは咄嗟にミカサの手を放してバク宙を決め、一回転して着地し、もう一度構……えることなく両腕を下ろした。
「ここまでにしよう。今日は休日だからね、これ以上続けて怪我でもしたら教官にどやされるよ」
「……」
いい様にあしらわれ、押されていたミカサは不満そうな顔をして無言でアニを見つめる。しばらくミカサと視線を合わせていたアニだが、溜息を吐いて呆れたように言った。
「はあ……分かった。次の訓練で相手になるよ。それでいいかい?」
「……それだったら」
アニは呆れた表情をしながら、訓練場を去ってゆく。
「じゃあね、二人共。訓練は程々に」
アニは足早に去りながら、ある決意を固めていた。
(地鳴らしは、絶対に阻止してみせる。あの子たちから、もう何も奪ってはダメだ)
翌週のある平日の深夜。いつも通りアニはライナー、ベルトルトと丸太に腰かけて秘密の話し合いをしていたがライナーとベルトルトの表情は硬い。ここ最近の彼女の様子が何処か可笑しいことに二人も気づいていたのだ。あの日を境にアニが深夜の調査をぴたりと止めて同期と女子たちと楽し気に話すようになり、男子との会話も避けなくなった。その上明らかに二人との間に壁を作るようになり、今日の話し合いも渋る様子を見せていた。二人は顔を見合わせてどう切り出すかタイミングを計っていたが、やがてライナーが意を決してアニに話しかけた。
「なあアニ、一体どうしちまったんだ?最近のお前はどこか可笑しいぞ」
「……可笑しい?何が?」
「いや、明らか俺たちを避けてたじゃねえか!人を避けるのも止めて……。まさか、あいつらに情が移ったんじゃないだろうな?あいつらはあく……」
「
アニは下げていた顔を上げ、ぎろりとライナーをねめつけた。その視線はいつも以上に鋭く、二人が見たことがないほど怒りに満ちている。思わずたじろぐ二人。
「ア、アニ?」
「ベルトルト、ライナー……。アンタたちにももう分かってるはずだ。悪魔はあの子たちじゃない。私たちだ」
「「なッ……」」
二人は絶句して驚愕の表情でアニを見やる。アニが口にしたのは、幼き頃から教えられてきたマーレの教えをはっきりと否定するものだったからだ。
「考えてもみなよ。私たちが壁を破壊しなければ、エレンもミカサもアルミンも家族を失うことはなかった。それだけじゃない、もっと大勢の人が家族や大切な人を奪われて、巨人に対して恐怖と憎しみを抱く……彼らは壁外の他の国の人たちと同じだよ。巨人の圧倒的な力を前にして怯える人々……質が悪いのは今の彼らには巨人に対する知識がほぼないことだ。未知の存在故に、その恐怖は他のどこよりも大きいだろうね」
「アニ、本気で言ってるの!?巨人の力を使って世界を恐怖に陥れたのはエルディアなんだよ?同じことを今度は僕らが……」
「やり返してるだけだって?それが質が悪いのさ。復讐はただ憎しみを生むだけだよ。それじゃ永遠に争いは終わらない……。一体いつまで終わらない戦争を続ければいいんだい?」
「だ、だからこそ俺たちが始祖の力を奪還して英雄に……」
「英雄、ね……。人々の命を奪ってまで、私は英雄になりたいとは思わないね。それに始祖の力は元々彼らのものだ、私たちはそれを強奪するんだよ」
反論を試みる二人の言葉を途中で遮り、冷静な口調で……それでいて怒りを隠そうともせず淡々と言葉を重ねるアニ。アニには父親のことがあるものの、既にその腹は決まっていた。
「私は反対だよ、四年前にも言った通りね。もしもやるってんなら、アンタら二人でやりな」
「おいアニ、待てよ!」
「……ライナー、自分の心に聞きな。『俺たちのしたことは正しいことだったのか』って。ベルトルトも、戦士としてじゃなく一人の人間としてもう一度考えな。アンタらの腹が決まるまで、話し合いはしないよ。頭を冷やしてじっくり考えな」
アニは困惑する二人を残して、その場を去った。
アニはこうして、マーレと袂を分かつことに決めた。ここからアニは、地鳴らしを阻止すべく足掻き始める。
アニメを見返していると、エレンが悪魔に見えてきてしまいます。避けられないことではありますが、エレンには立ち止まって欲しかった……。
この小説では人々の関り合いを中心に描いていく予定です。戦闘は要所要所でありますが、基本的にはアニが壁内を駆け回り、地鳴らし阻止のために奔走するお話です。調査兵団のみならず104期生にもスポットライトを当ててゆく予定ですので、お楽しみに。