それからアニは他人と話すことは話すものの、以前のようにあまり喋らなくなってしまった。これは同期たちと話し込んでいると心のダムが決壊しそうになってしまうためであり、それを防ぐために訓練や勉学に打ち込むようになった。傍から見ても異常と思える様子であったものの、下手に刺激することを恐れて遠巻きに見ることしか出来なかった。
(どうすれば……私は、どうすれば……)
深夜に目を覚ましたアニはふらふら体を揺らしながら、夢遊病のような様子で宿舎の外に出た。最早彼女の精神状態は限界で、いつ破綻してもおかしくはない。既に彼女の中で結論は出ているのだ。
―『同期や調査兵団の力を借りなければ世界を救えない』と。
それでも彼らを巻き込みたくないという感情が、アニに自分の中で抱え込ませてしまっていたのである。
「……」
アニは外に出ると、黙って空の星を見上げた。美しい星空。その美しさは、マーレでもパラディ島でも変わることはなかった。
(何処で生まれたか、たったそれだけの違いで私たちは互いに憎み合い、殺し合う……。世界を救うには憎しみを捨てなければいけないけど、そうする勇気を持つ人はきっと少ない)
「……知っているのは私だけ、か」
唯一未来に関する記憶を持つアニは、空を見上げたまま自嘲するように呟いた。彼女は返答を期待してはいなかったが―それに応える人物が居た。
「何を知ってるの?」
「……アルミン……」
姿を現したアルミンに、アニは目を見開いた。アニが一番会うのを避け……会いたいとも思った人物だ。アルミンはアニにとってある種他の同期の面々とは違った感情を持つ人物であり、彼の人柄を知るアニは言葉を交わせば彼に縋ってしまうことを自覚していたため、アルミンを徹底的に避けていたのである。
「どうして、ここに……」
「君が宿舎を出るのが見えたから。……皆に頼まれたってこともあるけど」
「え……?」
「色々とね。アニ、最近食べ終わったらすぐ食堂出ちゃってたでしょ?その後に皆と話し合ってたんだ」
ある日の夕食後。食堂で黙りこくって食べていたアニが食事を終えると、直ぐに出て行った。
「……」
それを確認したアルミンは、彼が集めた親しい面々に向き直った。エレン、ミカサ、ジャン、マルコ、サシャ、コニー、ミーナ、クリスタ、ユミル。アニが特に親しくしている面々である。
「ごめん皆、時間取らせて」
「……気にしないで、アルミン」
「皆まで言うな。……アニのことだろ?」
ミカサとジャンの言葉に頷いたアルミンは両肘を長机について話し始めた。
「この間の休息日……というかクリスタたちと出かけてからだよね?」
アルミンに話を振られたクリスタはこくりと頷くと、先日の一件を話し始めた。
「パイのお店にユミルと出かけた時にコニーとサシャと一緒に来たのを見つけて一緒に食べてたんだけど、私とユミルが何があったのか聞いたら泣き出しちゃって……」
「多分それからだと思います。アニの様子が更に可笑しくなったの」
クリスタと補足したサシャの言葉を受けて、今度はマルコが語り出した。
「ライナーとベルトルトにも聞いてみたんだけど、『すまん』『ゴメン』の一点張りで……何も教えて貰えなかったんだ」
「私も同じ。アニに聞いてみたけど、『……ゴメン、皆には関係ない』としか」
ハア、とため息を吐くマルコとミーナ。アルミンは予想通り、とばかりに一つ息を吐いた。
「やっぱり答えてくれないか……」
「……強情すぎだろ、あの三人」
「ユミル、だからってほっとけないだろ。特にアニは、このまま行くと壊れちまいそうだ」
エレンの言葉に同意するように、集まった皆が頷いた。誰の目から見ても、このまま放っておくとアニが壊れてしまいそうなのは明らか。重そうな問題であることは分かるが、誰かが何とかしないといけないだろう。
「……やっぱり放っておけねえよ。仲間だろ、俺たち。少しぐらい頼ってくれてもいいだろ……」
「コニーの言う通りだ。アニが時々皆を見てるんだけど、彼女の目がこう言ってる気がするんだ。―『助けて』って」
「アルミン、頼む。アニを助けてやってくれ」
「……出来るのは、あなたしかいない」
エレンと……意外にもミカサがアルミンにアニのことを託した。アルミンはそれに応えるように、力強く頷いた。
「……分かった。アニのことは僕が何とかするよ」
「……皆、お人好しすぎだよ」
アルミンから話を聞いたアニは、脱力するように丸太に腰を落とした。
(私には、そんな資格はないのに)
「……それで、何を知ってるの?」
向かい側の丸太に腰掛け、アニの目をじっと見ながら微笑むアルミン。アニは彼の視線に耐え切れず、思わず視線をふいと逸らした。
「……話したくない」
「駄目だよ、アニ。このまま抱え続けると、君が壊れてしまう」
「……いいよ、別に」
「良くない。皆本気で心配してるんだ、僕が失敗してもエレンたちが来るよ」
「……壊れたって構わない」
飽く迄もアルミンを拒み続けるアニ。次の瞬間、彼女は暴発した。
「ア……「あんたたちが巨人に喰われて死ぬよりは、いい!」え……?」
「このままいけば皆死ぬ!トーマス、ミーナ、ナック、ミリウス、サムエル、フランツ、ハンナ、ダズ、トム、フロック、マルロ、マルコ、ユミル、ベルトルト……皆死んじまうんだよ、私のせいで!」
「アニ、それって……」
アニは観念したように、己の犯した罪を語り出した。
「……四年前、壁を壊した鎧の巨人と超大型巨人を覚えてるかい?」
「覚えてるけど……」
「あれは……ライナーとベルトルトだ」
「なッ……」
「巨人に変身できる人間が居るんだ。私たちは壁の外から来た。……人類は、普通に世界中に居る。私たちは『マーレ』出身だ。とある任務のためにライナーとベルトルトが巨人に変身して壁を壊した。そして……その二体とは別に無垢の巨人を誘導していたのは私。―『女型の巨人』だ」
「アニが……巨人!?」
流石にこの展開は予想していなかったらしく、アルミンは言葉を詰まらせた。
「冗談みたいな話だけど……事実なんだよ」
「……今言われてみると、納得出来る話だ。特に鎧は、ライナーの面影がある」
「……流石に気付くか」
アルミンの流石の観察・洞察能力にアニは舌を巻いた。
「でもアニ、何で具体的な死ぬ人の名前を……?」
「……私が頭痛で倒れただろ?あれはエレンと触れ合った時に未来の記憶を得たからなんだ」
「未来の……記憶」
「ああ……もしこのまま行けば一年後ぐらいにまた壁を壊す。それを皮切りにして私らの同期が大勢命を落とし……最終的に『進撃の巨人』であるエレンがここを守るために世界を滅ぼそうとする」
「エレンも巨人に変身できるの!?」
「今の彼は何も知らないよ。……けど、ローゼの件から私たちの存在を知り、私たちが大切なものを奪ったせいで憎しみを蓄積させていき……世界を滅ぼしてでもここパラディ島を守ろうとするんだ」
「……そっか、こんなことを知ってれば話せないよね……」
アニから衝撃の事実を聞かされたアルミンは、一見冷静そうに見えて実は色々混乱していた。……それはそうだろう。彼の友人たちが実は巨人に変身出来て、彼の大切な家族を間接的に奪った存在だったのだ。そこに加えて滅びていなかった人類や滅亡の危機に陥る凄惨な未来の記憶の話も加われば、混乱するのは当然であろう。
「……まあでも、今の私にはそんなことに加担するつもりはないよ。間違っているやり方だってもう分かってる。だから、その未来を止めたい。けど、頼りたくてもアンタたちには頼れない。私は、アンタたちから大切なものを奪った仇だ。特にアルミンやエレン、ミカサには私を裁く権利がある」
アニはそう言って俯きながら儚げに、何かを悟ったような自嘲の笑みを浮かべた。……許されるはずがない。許さなくていい。そう願っていたアニだったが、アルミンはアニの予想を裏切る答えを返した。
「……確かに君たちがしたことは許せない。カルラおばさんや爺ちゃんの命が奪われたのは紛れもない事実だ。だけど……」
アルミンはそう言ってアニの両肩を掴み、アニは思わず顔を上げた。すると、そこには……。
「アニが僕たちの仲間だってことも事実だ。一緒に二年間苦楽を共にしてきたから分かるんだ。アニたちは悪いやつじゃない」
目尻に涙を浮かべながらも、満面の笑みを浮かべたアルミンの姿が。
「けど、私は……」
「アニが自分を許さなくてもいい。けど、僕は許すよ。他の誰がアニを否定しても、僕は許す」
「……ほんとうに、いいの?」
「……勿論」
アニが耐えられたのは、そこまでだった。次の瞬間アニはアルミンに抱き着き、彼の胸に顔を埋めて泣きじゃくり始めた。
「……あああああああああああッ!」
「……もう、大丈夫だよ」
アルミンは一瞬驚いたものの、直ぐに微笑んで両腕でアニの小さな体を抱きとめてあやし始めた。
二人は満天の星空の下、アニが泣き止むまで静かに抱き合うのだった。
アニを許すアルミン。これは彼がまだ訓練兵団に居たからこそですね。もし卒業後兵士になった後だったら、また違ったことでしょう。
最新話見ました。……えげつないのを良くNHKで放送出来たなと思いました。でも、成長した調査兵団の皆、かっこよかったです!