黒板には大量の誹謗中傷が書かれており、見たところ俺の机も同じようになっていた。
「おい、化け物が来たぞ。俺たちもボコボコにされちゃうよ」ニヤニヤ
「やめろよ、聞こえるだろ。ボコボコにされたらどうすんだよ」ニヤニヤ
「ホントよ。ねぇ皆?」ニヤニヤ
『.....』
なるほど、あのニヤついてる奴らが犯人っぽいな。その他大勢は怯えは本当だがこの件には無関係のようだ。
「おい化k、五十嵐!あの時の気持ち教えてくれよ!」
「そうだぜ化けm、五十嵐!」
中途半端に言い直してるせいで化け物って呼ぼうとしてるのバレバレだし。やかましいヤツらをスルーして机の中身の確認をした。教材とかにも書かれてたら困るからな。
「おい!無視してんじゃねぇよ化け物が!」
よかった、中身までは手を出していないようだ。
「こっち向けよ化け物!」ブンッ
振り向くとアンチその1が物を投げてきていたので、
キイイン! ドスッ
『!?』
顔面スレスレを通るようにベクトルを弄って丁寧に返してあげた。向かってきた速度とぶつかった時の衝撃をそのまま返しているので、速度は向かってきた時より上がっている。
あぁそうだ、言うのを忘れていたが、昨日の夜になんちゃって一方通行からちゃんとした一方通行に進化させた。昨日は反射して当たったのが強盗だったからよかったが、これからも反射するたびに人を傷つけるかもしれないので、ちゃんとベクトルをいじれるようにしたのだ。いつか「三下ァ!」って言ってみたい。
「.....何でこんな事を?」
「あ..、あぁ...」
「!お、お前が気に入らなかったんだよ!ずっと無口でクール気取りやがって!そしたら昨日の事件があった!お前みたいな化け物と一緒に居たくねぇんだよ!」
俺の反射を喰らって震えてるやつの代わりに、アンチその2が説明する。みんなニュース見てたってことか。それで、俺に不満を持ってたやつらの感情が爆発したらしい。アンチその3の女何もしてないな。にしてもクール気取ってるったってなあ...
「.....ただ、話すのが苦手なだけなんだが...」
「うるせえ!そんなこと信じられるかよ!」
うーん、そりゃそうか。嫌ってるやつの言うことなんか信じたくはないわな。
「.....他にそう思ってたやつはいるか?特に何もしないから、正直に手を挙げてほしい」
俺がそう言うと3人が決まづそうに手を挙げる。他は本当に思っていないかわからないが、今のところアンチ組含めて6人らしい。そんじゃあとっととやるか。こういうのは早い方がいいし。
「.....自分が紛らわしい態度をとってしまったせいで誤解を招き、不快な思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした」
6人に対してきれいな90度を作って、頭を下げた。
『!?』
「お、お前、何言って...」
俺が謝罪するとクラスにいるやつ全員が驚いていた。6人も理解できていないようだ。
「ちょ!五十嵐君!それでいいの!?」
「.....何がだ?」
「だって明らかに理不尽な言い分じゃん!なのに五十嵐君が謝るなんておかしいよ!こんなひどいことした人たちに!」
その他の内の一人の女子が俺に聞いてきたので何がかを聞くとそんなことを言ってくるが、え?ひどいこと?
「何を言ってるんだ?こんなのひどくもなんともないだろう?」
『....え?』
義昭と同じクラスになった人は、最終的には大半が彼のことを"無口で真面目な優しい人"と認識するようになる。
自分の見た目や前世での経験もあるため、人と話すことが少ないが、話し掛けるとちゃんと反応するし、掃除の時間で他がふざけている中で1人黙々と掃除していたり、授業もちゃんと受けていたりという真面目さもある。更に成績優秀なので、試しに分からないところを聞くとちゃんと理解できるまで、丁寧に優しく教えてくれたのだ。ギャップが良いという女子がいるほどである。
その彼から発せられた言葉に、一同は理解が追いつかなかった。
「...ごめん、なんて言ったの..?」
「?.....こんなのひどくもなんともないだろう?」
唯一再起動した委員長が聞くが、返答はさっきと同じだった。
「.....机もボロボロじゃないし、教科書とかも無事だ。上履きと椅子にも画鋲が仕込まれていない。机の上に花瓶も置かれていない。暴力はさっき受けかけたが、これだけっていうのは相当に優しいぞ?」
全員がおかしいと思った。明らかにイジメに分類されるような精神的ダメージを与えるものなのに、それを無表情で見て優しいと言ったのだ。
「...何かそう思われる心当たりとかあるの?」
「.....特に無いな」
「じゃあ何で謝ったの?心当たりも無いのに...」
「?....俺の周りで起こったことは全部俺のせいって教えられたからな。なら俺が謝るのが普通だろう?」
『っ...!』
意味が分からなかった。それと同時に、彼は今までどのような事を経験してきたのだろうと戦慄した。
もちろん彼の言う経験は全て前世での事である。今世では普通の子供と変わらない生活を送っている。そのおかげで女性不信はどんどん治ってきており、コミュ障も僅かだが改善されていっている。だが、義昭は自分の事を誰にも話していないので、クラスの人々は知るはずも無かった。
「...だから、すまなかった。許してくれないか?」
「も、もういいよ!もういいから...」
「...俺たちも、悪かったよ...変な難癖つけて....」
「?....悪いのは俺だろう。お前らが謝る必要は無い」
『っ....』
アンチ組は、謝罪が受け入れられないのはこんなにも辛いのかと思った。その他の人も、義昭の常に自分が悪いと言う発言に思わず目を背けてしまう。
俺が謝ったらみんな黙ってしまった。why?よく分からない空気になったが、取り敢えず許してもらえたようなので一件落着だなと思っていると、
「あ!いた!」
「.....ん?」
謎のオレンジ色の髪をサイドテールにした女の子が現れた。
よし。
話す
>逃げる ピッ
義明は逃げるを選んだ。
「あのさ!」
しかし回り込まれた。
「.....なんだ?」
「助けてくれてありがとう」
「ーは?」
突然お礼を言われ、よく分からずにちょっと間抜けな声を出してしまった。いきなりどうしたのこの子?大丈夫?
「昨日の銀行にアタシも居たんだ」
『!?』
「.....そういう事か」
「彼処にはアタシの家族も一緒に居たんだ。両親を守らなきゃって思ったのに体が動かなかった...。だからお礼を言おうと思って朝から探してたんだ。うちの学校で見た事のある顔だと思ったからさ。だから改めて、」
「アタシを、アタシの家族を助けてくれて、ありがとう」
その女の子は、真剣な顔で感謝を伝えてきた。だが、
「.....俺は自分の親を助けることしか考えていなかった。他の人のことを考えていなかったんだ。だからお前が感謝する必要はない。」
俺は完全に自分のために行動したのであって、そこに”他の人を助ける”という気持ちははっきり言って一ミリも存在していなかった。そんな相手にわざわざ感謝をするのはおかしいだろう。
「うぅ..そっか...」シュン
ちょ、そんな顔しなくても。この女の子はかなり上の美人の部類に入るほどの容姿なので、シュンとした姿だけでも精神的に来るのだ。黒板と机に書かれてる誹謗中傷より何倍も心が痛い。
「.....まあ、その、なんだ...」
ポフッ ナデナデ
かわいそうに見えてきたので、女の子の頭に手を置いて撫でる。
「.....無事でよかったな」
「!...うん!フフ♪」
かわええ。なんやこいつ。....だんだん顔が赤くなってきたな。怒ってるかもしれないからやめておこう。
フッ
「あ...」
「....ん?」
「!な、何でもなっ!!何これ!?」
俺の追及を拒むように顔を背けるとギョッとしたような反応をする。俺の机と黒板を見たようだ。
「誰がこんなことしたの!?」
『.....』
「黙ってないで何とか「おい」っ何!?」
「.....これはお前が来る前に終わったことだ。話を蒸し返すな。」
「だけど「いいな?」っ...分かった。だけどアンタはいいの?あんな事言われて」
「ー慣れてるからな」
『!?』ゾクッ
「な、何...?慣れてるって...?」
「.....そんなことより、そろそろ名前を教えてくれないか?ずっとおいとかで呼ぶのは大変だ」
「...分かった。じゃあアタシからいくからアンタも教えてね。
アタシは拳藤一佳。よろしくね!」
「.....五十嵐義昭。よろしく」
あの後はあまり時間がなかったため、拳藤は少し話してから連絡先を俺に渡して帰っていった。その時にクラスの男子は嫉妬と羨望が入り混じった視線を俺にぶつけていた。わかるよ。拳藤美人だもん。そりゃモテるわ。
そして、そんな男子たちに対する女子たちの視線が冷ややかであったことは、胸にしまっておこうと思った。
アタシは自分の家で彼について考えていた。
「...慣れてる、か...」
自分が直接話した時のことと、五十嵐と同じクラスの友達から聞いたことを思い出しながらソファに倒れる。まだ関わり始めたばかりだが、拳藤はこれだけは確信していた。
あいつはどこかが壊れている、と。
慣れてると言ってた時のあいつの表情ははっきり言ってヤバかった。何もかも諦めたような顔をしていた。友達から聞いた話も異常だった。あの数の誹謗中傷を見て、これだけなら相当優しいと言ったらしい。その後も理不尽な相手に自分から謝ったり、自分の周りで起きたことはすべて自分のせいだから自分が謝るのは当然だとか言ったりしたようだ。さらに自分の言ってることは何もおかしくないと思っている顔をしていたそうだ。正直信じられなかったが、あの顔を見てしまったら信じざるを得ない。
「...あたしが支えてやらなきゃ...!」
何でこんなことを思ったのかはわからないが、アタシは強く意気込んだ。
....そういえば、あいつに頭撫でられたんだよな、アタシ...。あの時、なんだか安心したんだよな。
「....///」カァ~
アタシは自分の手を頭に置いた。...何かが違う。
「....何やってんだろ...」
あいつは今まで会った男子とは全然違う。騒がないし嫌な視線も感じない。大人しいやつも過去にはいたが、あいつの落ち着き具合は桁が違う。それでいてあの見た目であの身長なので、少し背の低い大人っていえば通用しそうだ。
「..んん..」
考えていると睡魔が襲ってきたので、そのまま睡魔に身を委ねた。最後に頭に浮かんだのは、アタシの頭を撫でていた時の無表情でありながらなぜか困っているように見えた顔だった。