知っているだろうか。春が終われば夏が来る。夏が終われば秋が来る。秋が終われば冬が来る。そして、冬が終われば春が来る。
え? そんなことは知っている? では、なぜ冬が終われば春が来るのか、なぜ冬の次が春なのか、あなたはその理由を知っているだろうか。私は知らない。
幻想郷では、厳しい冬がようやく終わり、目覚めの春を迎えていた。冬の間眠っていた草木や生物たちが一斉に起きだし、幻想郷中が生気にあふれていた。
今年の冬は本当に長かった。例年であれば、三月ごろになれば寒さも和らぎ、梅や桜の花が咲き始めるのだが、どうにも四月になっても咲かない。それもそのはず、雪がまだ積もっているどころか吹雪いているのである。植物だろうが動物だろうが、今だ雪舞う氷点下の娑婆に踊りだしたくはなかろう。俺は嫌だ。間違えて時間通りに起きてしまったカエルが、雪の上でひっくり返って死んでいるのを見かけた。賢い生き物たちは、今年に限って終わらない冬に若干の恐怖を抱きながらも、冬眠冬ごもりを続けるのだった。
一方の人間たちは、少々焦りを覚えていた。里の人間たちは、秋のうちにいろいろ必要な物を蓄えておく。食糧、燃料、その他消耗品。たいてい一冬分は溜めておく。むしろ、冬のために一年間蓄えておく。しかし、冬が長引いたため、その消耗品が尽き始めたのである。それでも節約や助け合いによって、なんとか命をつないでいる状況だった。晴嵐もそれに漏れず、自宅で家族と囲炉裏や火鉢をを囲って寒さに耐え忍び、里の人との協力でなんとかやっていた。そんな中、一つの事件が起こる。説教好きの教師が「足りなくなってはいけないから薪を取ってくる」などとほざいて吹雪の山へ向かい帰ってこなくなったのだ。晴嵐は真っ青になった。その説教好きの教師には、晴嵐も随分と恩があったので、探しに行かないわけにはいかなかった。結果、その教師は無事泣きながら帰ってきた(霜焼けパラダイス)。山の開けたところで凍えながら動けなくなっていたところを発見されたのだ。帰ってきてから、健康マニアの友人や幼なじみの古道具屋にこっぴどく叱られ、三度泣いていた。
そしてその救出劇の一番の功労者である晴嵐はといえば、その捜索がたたり大風邪を引いてしまっていた。頭痛咳痰高熱で否応なく寝込んでいた。熱が引いた後も(寒いせいで)なかなか完治せず、結局寒さが和らぐまでこの風邪はずるずる引きずることになる。
五月ごろになって、ある日を境に突然気温が上がった。二尺三尺積もっていた雪も、一日で三分一ほど解けてしまった。明らかに、今までの凍て付く空気の中、刺すように差していた陽光とは違った春の日差しが降り注いでいた。空には初春恒例のリリーホワイトという春告精が飛んでいた。なぜ突然、急激に春へと向かっていったのか。いつものやつらのおかげである。異変を嗅ぎつけた博麗の巫女、普通の魔法使いと悪魔のメイドらの活躍により、春が来ない異変は解決されたのであった。その後一週間ほどですっかり暖かくなり、暑がりで有名な肉屋の親父などはもう半袖で店頭に立っていた。狩猟や農業もようやく始めることができるようになり、そちらの方の仕事をしている人たちも、冬にほとんど食べ尽くした食糧を確保するために忙しく働き始めた。にわかに人里は活気づいていた。
そんな中、冬からずっと体調を崩していた晴嵐だけが急な温度変化に耐えられず、またもや高熱を出し寝こむことになる。また二週間弱の間引きずることになり、結局最初に風邪を引いてから二ヶ月もの間床に伏せっぱなしになってしまった。もともとそこそこ自信のあった体力も、随分と落ちてしまっていた。暖かくなり、調子が戻ってきてからも、なんだか働く気が起きず、のんびりとニートする日々を送っていた。
「ああ、それでもそろそろ体動かさないと、筋肉が溶けてしまうかもしれないな」
朝、目覚めた直後、第一声でそんな言葉が出てくるあたり、随分と晴嵐も変人である。ただ、晴嵐が変人だからといって、その家族まで変だということはない。晴嵐は四人家族である。父、母、晴嵐とそれと弟がいる。祖父母は晴嵐が物心ついた頃には既に亡くなっていた。
「晴嵐、起きたの? ちょっとご飯並べるの手伝ってちょうだい」
「分かったよ、母さん」
変ではなくても、息子が起きたことを直感で感じ取るほどには超人的であることもある。というか変である。
「今日はぶれっくふぁすとを作ったわよ」
「ぶれっくふぁすと?」
「霖之助さんが教えてくださったのよ。特別な料理なんだって」
「へぇ、紅魔館に泊まった朝にこんな感じの食べたよ。特別な料理だったんだな」
「吸血鬼のお友達だっけ? 今度会ったときお礼を言っておきなさい」
「そうするよ」
実際に礼を言って恥をかくことになるとは、このときの晴嵐には知るよしもなかった。
その後、家族でブレックファスト(朝食)を食べ、父と弟は仕事、母は家事、そして晴嵐は一日を掛けた散歩に出かけた。
ここで勘違いしないでいただきたい。他の人々は各々自分のやるべき仕事をこなしているのに、晴嵐だけ遊び歩いている、というわけではない。晴嵐は自警団に所属している。里を守ることが仕事なのである。つまり、警邏(という名の散歩)は仕事の一つであり、決して遊んでいるわけではないのである。まぁ散歩が晴嵐の趣味の一つであることは否定出来ない事実であるが。
「しかし本当に暖かくなったな。少し激しい運動でもすればすぐに汗ばんできそうだ」
冬から春になっただけではなく、一気に五月並みの陽気が降り注いできたため、暖かいというより、暑いといったほうがいい日もある。
皆さんに人里を回って安全確認をする仕事の経験があるかは分からないが、警邏順路というのは大体決まっているもんである。効率良く各地を見回ることができるよう、ある程度決めておくのがよろしい。だがしかし、今日の警邏は散歩も兼ねているので、効率などよりものんびりした風景を眺めつつのんびりした速度でのんびり終わらせることのできる程度を見回る。一応警邏などと銘打っているが、実際特に意味もなかったし、春目覚めたばかりの妖怪たちというのはまだまだ活発さにも欠けるものも多いため、大して気負うこともなく村の周りの街道をのんびり見回っていた。
歩いてゆくのだが、休み気分も抜けず、また春の暖かい空気に気持ちがのんびりしているせいか、すぐに警邏などどうでもよくなっていた。そういえば、桜並木のきれいな場所があったな、と、村からどんどん離れていったのである。
「ぼーっとしていたら既に昼なわけだが」
太陽はほぼ真上に登りきり、日差しも若干強く感じてきた。あまり日光に当たっていてもアレなので、逃れるために、近くにあったはずの大きな木陰へと向かった。
そしてまさかそこに先客がいるなどとは思ってもみなかった。普通はここで見かけることもない、紅魔館のメイド長が木陰に座りおにぎりを食べていた。
「あら、晴嵐さん。お久しぶりですわ」
「咲夜ちゃんか。どうしてこんなところに」
「人里へ買い出しに行っていたのですが、お腹が空いてきたのでピクニック気分でお昼ごはんを」
「主人の飯は作らなくていいのかい」
「お嬢様は最近夜起きてらっしゃるので今は就寝中です」
「なるほど。隣いいかい」
「あっ、どうぞどうぞこちらへ」
晴嵐は咲夜の隣に腰をおろした。その際距離感をはかりかねて近くに座り過ぎたが(十センチ)、咲夜がなんだか顔を赤くして気にしているようだったのでそのままでいた(ドS)。
「素朴な疑問なんだけど、その座り方だと下着直接地面についてるよね。嫌じゃないの」
「スカートを下に敷くと皺がつきますので」
(行動原理はメイドだな)
「あとこのスカートはこのように板が入っているので、敷いて座ると前の部分が上がって丸見えに」
「丸出しだね」
「晴嵐さんもお一つどうですか。おにぎり」
「悪いね」
咲夜の前に置いてあるブリキの弁当箱から、遠慮なくおにぎりを掴む。里では技術的に木の弁当箱が一般的なので、どうやって作ったのだろうという疑問が飛び出しかけたが、聞くのも面倒だったし、どうせ外からもってきたものであろうので噛み砕いた。おにぎりは何の変哲もない様子で、どうやら塩だけで味付けしてあるようだった。
「塩のおにぎりか。シンプルでおいしいな」
「ありがとうございます」
(……ああ、そうか。咲夜ちゃんが握ったのか)
女性が握ったおにぎりのほうが、科学的においしいと説明しているテレビ番組を昔見た気がする。俺が。晴嵐はない。というか、幻想郷にテレビ塔がない。テレビはある。
「晴嵐さんはどうしてこんなところに?」
「里の周辺警邏」
晴嵐も、息をするように嘘をつく類の生物である。ちなみに、屁理屈を言っている人がたまにいるが、本当のことを言わないのも嘘の定義にはまる。知っていることを偽っているのだから。
「そういえば自警団員でしたね。しかしこの辺りはもう人里から随分離れて周辺というにはほど遠いかと」
「ついでに散歩してるからね。つい景色の良い方へ行ってしまうんだよ」
「なるほど。確かにここらあたりはのどかで良いですね」
果てしなく続くわけでもなく、少し先に森林が見える草原。松だか銀杏だかが無造作に植わっている街道沿い。地面に絨毯のように生えている雑草は柔らかめで、そのまま座っても痛くない。
「やはり春と秋の景色が一番綺麗に思えるよ。この間までひどい地球寒冷化だったろう?」
「あれは本当に局所的なものだったんですけどね。とある亡霊が春を集めていたんですよ。桜を咲かせるために」
「……」
「どうされました?」
「春を集めるってわけわかんねーな」
「いやまぁその、私も結局最後までよくわからずじまいでした」
この時の晴嵐には、物理的に春を集めるという地味に難しいことをやってのけたとある亡霊と話をしてみたい、という欲望が既にむらむらと起こってきていた。
「そういえば咲夜ちゃんも異変解決に関わってたんだよね。霊夢から聞いたよ」
「霊夢から」
「霊夢とはよく会うんだ。そうだな……家族みたいなものだから」
「そうなんですか……。」
「咲夜ちゃん、結構強いらしいね。まぁ時を止められるんだからむしろそれなりに強くないと面目丸つぶれだけど」
「はは、大したことはないですよ。それなりに」
「うん。しかし、そうなると、その亡霊がいたところは春だったのかい」
「ええ。白玉楼というところで、まぁ冥界なんですけれども」
「冥界か。そういえばどうやって冥界に入ったんだい。あそこは境界に通じているやつでも越えるのが面倒な面妖な結界が張ってあったと思うんだけど」
「なんだかよくわからないんですが、道すがら妖怪や騒霊をぶちのめしていたらスッと入れました」
「結界ってなんだっけ」
「しかし、白玉楼の桜はなかなか美しかったですよ。ただ、一番大きな桜は満開になることがないようですが」
満開になってもらっても困るものなのである。結構色んな人が。
「そういえば、結局ここらあたりの桜は咲かずだったな。いつもなら、もうちょっと入ったところの桜並木が一斉に咲いて綺麗なんだけど」
「へぇ、私は街道しか通らないので気づきませんでした」
「もっと寄り道した方がいい。意外なところに意外な発見があったりするのものだよ」
「お嬢様に怒られます」
「怒られればいいさ。面白いから」
「そんな無責任な」
「僕は一生責任を取れない男なのさぁ~」
「本当に適当な人ですね。見損ないました」
「嘘つけ」
「早くも見破られてしまいました」
「真実よりも花を見ていたほうが心が安らぐよ」
「そうですか」
「うん」
「……」
「……」
実は晴嵐は、話好きであるのは周知であろうが、それにしても無口だったりする。咲夜もそこまで口数が多い方でもない。そんな二人が集まってここまで会話が続くというのが、ある意味で奇跡である。奇跡には違いないが、別に珍しいことではない。珍しくない奇跡である。というか無口ではあるが、晴嵐は口数が少ないわけではない。
しばし無言でおにぎりを頬張る二人だったが、少したったあたりで咲夜が動揺しはじめた。何かを言おうか言うまいか迷っているようだったが、しばらくして腹を決めたようで、ついに切り出した。
「来年は……二人でその桜を観に行きませんか」
「やだ。僕あれ一人で見るのが好きなんだよね」
「まさかこの雰囲気で断られるとは」
「なんか咲夜ちゃんさー。前から僕のことちょっと気になってるみたいだけど、男は選んだほうがいいよ」
「まさか何も言わないうちから断られるとは」
「別に容姿端麗頭脳明晰運動万能なやつと結婚しろとまでは言わないけどさ。ダメな男ばっか選んでるとアレらしいよ。龍也が言ってた。だめんずうぉーかーとか言うらしいよ」
「だめという言葉の響きが嫌ですね」
「ダメダメダメのタメの同級生だよ」
「ちょっと気になってたってのは本当ですが。恋とかそういうのじゃないですよ。アレです。近所のお兄さんになんかよくわからないけど年上の魅力的なものを感じてあこがれを持つみたいな」
「わかるわかる。小さいころって、なんか年上の異性に憧れを持つことあるよねぇ」
ラブコメの漫画やライトノベルでよくあるパターンである。小さい頃は「お姉ちゃんと結婚するぅ」などと言って年上幼なじみをたぶらかしておいて、成長すると煙たがって冷たくあしらう系主人公(ただしなんだかんだいってお姉ちゃん大好き)である。
「思ったんですけど、冷静に見て晴嵐さんって容姿端麗頭脳明晰運動万能ですよね。性格がちょっとだけちょっとですが」
「確かに冷静に見るとそうだな」
「自分で言わないでください」
「咲夜ちゃんは僕のどんなところが好き?」
「それ恋人でもないのに聞きますか」
「ないの?」
「ええっと、軽くサディストなとことか。なんというか、適度にいじめてもらえると支配されている感があってちょっと良いですね」
「君はどこまでいっても従者向きの性格なんだな」
「ありがとうございます」
「褒めてないよ」
「そうですか」
「貶してる」
「はっきり言いますね」
「だいぶ馬鹿にしてる」
「もうちょっとオブラート的な何かに包んでください」
(ばーか)
(こいつ、直接脳内に……っ)
実際、冷静に見て容姿普通頭脳普通運動普通である。極々普通である。
「僕が思う咲夜ちゃんの好きなところは……」
(ドキドキ)
「ないね」
「ないんですか!?」
「総合的に見て悪い人じゃないだろうと推察できるのでまぁ付き合っているだけで特に咲夜ちゃんのこと好きじゃないからね」
「あなたはなぜそういうことを本人の前で言うのですか」
「体質だね」
「もうちょっと人の気持ちも考えて下さいよ」
「めんどい」
「ひどい」
「雨樋」
「くどい」
「あ、そうだ」
「?」
「悪い人じゃないけど、いい人でもないよね」
「それは否定できませんね」
幻想郷に善人は少ない。正義は多いが。
「ところでちょっと聞きたいんだけど」
「なんでしょう」
「さっき言ってた亡霊の人の名前。教えてくれないかな」
「名前ですか。確か西行寺幽々子とか」
「白玉楼の西行寺幽々子さんね。分かった」
「会いに行かれるんですか」
「うん」
「やっぱり。気になった人にはすぐに会いに行きますよね。晴嵐さんは」
「我慢してもメリットないしね。強いて言うなら我慢強さが上がるよね。あと時間が余るから別のことに使えるよね。あと人に会わなくなるから情報量も減ってより多くものごとを覚えられそうだよね。あとそもそも会いに行く面倒が省けるね」
「結構メリットありますね」
「これらを全て覆す『会えない』というデメリットがあるからね。面白そうな人には会って面白そうな話を聞くべきだよ。面白いし」
「割と興味本位で動きますよね」
「興味本位とはちょっと違うかな。もともと明確な目的があるし。おしゃべりするっていう」
「ってそれは興味本位なのでは」
「あの白黒と一緒にされるのが嫌だ」
「ひどい言い草ですね」
話しているときりがないので、区切りをつけるため晴嵐は立ち上がった。
「じゃあ、ちょっと白玉楼に行ってみてくるよ」
「はい。いってらっしゃい。気をつけてくださいね」
「奥さんか」
「おっ、奥さん?」
「動揺すんな」
「してないです。早くどっか行ってください」
「はいはい」
晴嵐は、向きを百度ほど変えると空へと飛び立った。普段なら歩いてゆくのだが、冥界への入り口は空にあるので、しかたなく飛んでゆくのである。
冥界に向かった晴嵐がどうなったかは、また次のお話。
咲夜との恋愛フラグを立てて折る作業です。
具体的には咲夜との恋愛フラグを立てて折りつつ、次話の前振りです。霊夢、魔理沙、咲夜の三人との関係が割と個性的にイメージされているのでそれができればなと。咲夜がそれなりの好意を持っていることをほのめかしたかった。まぁぶっちゃけ恋愛には発展しないです。本人が言っているとおりで、「大好き(ただしお兄ちゃんだからである)」みたいな関係であって、たとえセックスをしたとしてもなんだかんだで恋人とかにはならないような距離の関係です。そんな感じです。というか割とお兄さんキャラになってるんですがもうちょっと情けない感じにします。これからします。できれば。