4分33秒のソナタ   作:かしうり

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実験、およびそれに付随するカシ

時はそれなりに流れて本日は日曜日である。

 

そう、週末である。

決行時期である。

 

朝比奈まふゆの味好み実験は昼前に行われるため、それまでに準備を終えなければならない。あらかじめ買ってきたお茶っぱを沸かすためにケトルの電池を入れ、彼女の来訪を待つ。

インターホンが鳴る。

なんだかんだ隣人であっても朝比奈まふゆを家に入れたことは数えるほどしかないし中学生以降過度な干渉はしていなかったので緊張する。

玄関ドアのカギを外し、ドアを開ける。

 

 

ドアを開けた目の前に立っていたのは朝比奈まふゆだった。

 

「おはよう、文人くん。約束通りお茶をいただきに来たよ。」

「おはよう、朝比奈さん。狭いところだけどどうぞ上がってくれ。お茶はもうすぐ君が来るだろうと思って今沸かしているからリビングで少しの間座っていてほしい。」

 

そう入ることを促し、彼女をリビングへと招き入れる。幸い家族はいないので多少の問題はこちらでどうにかできるだろう。

実験のことだが、お茶会に誘った後自分が無反応を見せて()()()()()で終わるだけでは足りないことが分かった。何かもう一つ、追加が必要だったのだ。

 

 

この実験では最初、苦いお茶を対象と俺がのみ、片方が無反応なことで無反応になるか。という考えから起きていた。それと同時に何かをすることで俺が大きな反応をした場合、相手が反応をするか、という考えも必要であったのだ。

 

だから私はこの辺で誰もが絶対に甘いというお菓子を帰りに買い込んだ。実験終了後は自分で食べる予定だ。

 

決してこのクソ苦いお茶が苦すぎて他の味覚を欲しがったわけではない。決してそうではないのだ。

 

 

さてなんだかんだあったが無事お茶を入れ終わった。 実験(ティータイム)の開始である。

 

「おまたせ、はいどうぞ。これが最近手に入ったお茶だよ。飲んでみるといい。」

「うん、ありがとう。それじゃあいただきます。」

 

まず一口互いに飲む。うん。苦い。

だが今日のために味覚を破壊したのだ。耐えられないはずがない。

検証結果を、促す。

「どうだい?このお茶。」

「うん。ちょっと苦いけど()()()()ね。」

 

自然と背筋が伸び、肩が強張る。

心の中では彼女はきっと苦いと反応してそれを謝り終るはずで済んだのだ。それをある意味想定内であり予定外の方向へ彼女は踏み出した。

まだ希望はある。単純に彼女自体が苦みに強いのかもしれない。ならば甘味である。最早私の中の平穏はただこのひたすらに甘いお菓子に託されている。

 

「苦いもの飲んだらお菓子食べたくなっちゃった。食べてもいいかな?」

「あぁもちろん。君に食べてもらうために買ってきたんだ。是非遠慮せず食べてほしい。」

 

必死にお菓子を促し、自分も食べる。苦いものを無理に飲んだからか、緊張からかわからないがあまり味がしない。まるで自分が味覚障害に陥っているようだ。

しかし少なくともこれはほぼ砂糖で構成されている。甘すぎるというのがこのお菓子のキャッチフレーズである。そのおかげか少しだけ気分がよくなった。ただ祈るように彼女の返答を待つ。

 

「うん!()()()()ね。」

「あぁ。そうだな。」

 

背筋が凍り、冷や汗が出る。だが頭の中はかなり冴え渡り実験結果を報告している。

もうそんなはずはないとはいえる余地はなかった。

 

 

あぁ。つまるところ、実験は失敗してしまったのだ。

 

決して氷解してほしくない事実ではあったかもしれない。

ほかならぬ完璧美少女には思わぬ()()ができていたのだ。

このような極端な味を得てもそれだけの感想しか出てこないのは味覚障害に当たるのだろう。

 

しかし、何が原因か。味覚障害は病気のほか、ストレスが原因とされがちだ。その点、ご両親は確実にその一因ではあるだろうがきっとそれだけなら外で不満をこぼすだろう。なにか彼女が外でも言えなかった原因がある。だが彼女との記録は小学生で止まっている。そんな私に何ができようか。

 

「・・・?どうしたの文人くん。ずっと何かを考えているみたいだけれど。」

 

 

お前のことだよ。と素直に言えればどれだけいいだろうか。少なくともそれができるほど私に勇敢さはない。しかし決意した以上、この状況から手を差し伸べてやりたい。

それが数年間放置した愚かな幼馴染としてできる事なら。

 

「いいや、少し考え事をしていてね。朝比奈さんは今日この後何か予定があるのか?」

 

嘘は言っていない。時間があれば話したい、とそれぐらいの雰囲気を醸し出すことしか私にはできない。実に愚かだ。

「うーんと。これからお母さんたちとお買い物に出かけるんだ。」

「なるほど。どれくらいには出なきゃいけないとかはあるか?」

「まぁ時間になったら呼ばれると思うから大丈夫だと思うよ。それにしても、いつになく真剣だね。悩み事でもあるなら聞こうか?」

 

賭けをするか、それとも事実だけを知って鳴りを潜めるかこのどちらかの選択を迫られている。

彼女のとの関係を壊したくはない。彼女の微笑みのベールがはがれた素面は何を言ってくるか何一つわからない。

しかし、これ以上彼女にストレスがかかるには避けたい。彼女には不満の叫び先がいない。自らを殻に込めるしかない。もちろん私だってその殻に込めさせた一因となってしまっている。

ならばこの関係を壊してでも彼女を救うしかあるまい。

 

完璧美少女の初めての()()()になってしまってもそれはそれで誇らしいかもしれない。

 

「なぁ、朝比奈さん。聞きたいことがあるんだ。」

「なに?どうしたの?」

「・・・・そのお茶。黙ってたけど日本で1番苦いお茶なんだ。君が平然と飲んで見せたそのお茶は僕のクラスメイトにも飲ませたが苦すぎて叫んでいたほどだ。」

「・・・あらそうなの?初めからそうって言ってくれればいいのに。私、実は苦いもの平気なんだ。結構最近気が付いたの。」

 

もちろんそれだけでは降伏しないことはわかっている。

だからお菓子を食べさせたのだ。

 

「なんならお前が平然と食べたそのお菓子。甘すぎると評判が悪いんだ。その内容物のほとんどが砂糖で構成されている。甘いものがそれなりに好きな私からしても甘すぎると感じるほどだ。それについてはどう思う?」

「・・・・。」

 

目の前の美少女から微笑みが消えた。いや、()()()()()()()、という方が正しいだろう。

その下から見えたのは感情のない顔。光のない目。そして威圧感。

最早関係を壊すのなら臆さず言えるだろう。

「あぁいや。不快にさせたのなら謝ろう。軽率に君を謀って申し訳なかった。でも私が思いつく限り君の症状を理解するにはこうしかなかった。だからこそ、申し訳なかった。

もっと別の方法を用いるべきだったとも反省している。

 

でもね、朝比奈さん。君はこの味覚障害に数年悩んでいるのではないかな。いつからかはわからないけど。」

 

彼女の眼を見ながら伝える。たとえ彼女に反応がなくても正しく伝える。自覚がない場合もある為だ。 

 

「なんでもいいんだ。君の言葉で今君が何に悩んでいるのかが知りたい。」

 

幼馴染という関係以外無関係な私だからこそ、と言葉をつなげる。

元より返答は期待していない。半分自棄になっていた。このまま帰られても仕方がない。

 

やがて数分の沈黙の後、彼女は口を開いた。

 

「よく、わからないの。」

 

感情の読み取れない顔で彼女はわからないといった。

 

「・・・なにが?」

 

「自分の好きなものだとか、嫌いなものだとか。なにもわからないの。」

「だから、みんなの前では()()()になるの。その方がきっと正しいから。その方がきっと間違ってないから。その方がうまくいくから。」

「でもそれをするうちに私は私がわからなくなった。皆が『いいこの私』を求めて私は私が・・・」

 

彼女の携帯のコールが鳴る。彼女のお母さまからだ。どうやら時間切れらしい。

 

「・・・ごめん。もう行くね。」

 

そう言って無表情のまま彼女はこの家を去っていった。

 

余ったお菓子が先ほど食べた時よりもさらに甘くて、ふと窓を見ると空は恨めしいほどに蒼かった。

 

 

なにより今の私にこのお菓子を食べる元気など殆どないだろう。

 

ただ空を仰ぎ見て、彼女の置かれた環境を呪うことしかできなかった。

 




思ったより素のまふゆさんを書くのって難しいですね・・・。

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