中華ファンタジーみたいな世界に転生したら可哀想な人しかいない   作:胡思乱想

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藍飛燕

 

 修真界___古代中国で、仙人となることを目的とする修行者たちの世界。

 

 玄門___仙門や道教など、正統派の仙術を研究し修行する世家・門派全体の総称。

 

 仙門___主に仙術を修行する世家、門派の通称。

 

 世家___血族を中心として構成される一門。「地名+姓」で呼称されることが多い。

 

 仙府___各世家の本拠地。

 

 宗主___世家の長。

 

 また、古代中国では、個人の名前には「姓・名・字」の三つがあり、その他に「号」も呼び名として使われた。

 

 姓___家族・一族に受け継がれる固有の名前。

 

 名___本名。家族や目上の人、親しい相手以外が呼ぶのは失礼に当たる。

 

 字___成人する際につける通称で、「姓+字」で呼ぶのが一般的。

 

 号___身分や功績、世間からの評判などを表す称号。

 

 

 

 昔はこの修真界、頂点に岐山温氏(きざんウェンし)がありその下に姑蘇(こそ)藍氏(ランし)雲夢(うんぼう)江氏(ジャンし)蘭陵(らんりょう)金氏(ジンし)清河(せいか)聶氏(ニエし)の四家があったが、十数年前の“射日の征戦”にて、自らを太陽とし傲慢に振る舞う岐山温氏(きざんウェンし)は他四家によって滅ぼされた。以降は仙督という謂わば玄門世家の代表を選び統治した。

 

 

 そしてもう一つ有名な戦いがある。乱葬崗殲滅戦(らんそうこうせんめつせん)だ。これは乱葬崗(らんそうこう)に籠った夷陵老祖(いりょうろうそ)という極悪非道が服を着て歩いたような人物を討った戦いだ。

 

 夷陵老祖(いりょうろうそ)は仙門世家のおよそ三千(噂によっては五千)の名士を一晩で全滅させたと言われている。 魔に魅入られ邪悪に染まった夷陵老祖を人々は恐れ、討伐されてからもしばし話題に上がった。それには畏怖の念だけではなく、呆気なく死んでいった彼への蔑みと嘲笑がありありと浮かんでいた。

 

 

 僅か3歳の当時、周りの大人達のその話を聞いて藍飛燕(ランフェイイェン)は出来過ぎた話だと思った。

 

 岐山温氏には因果応報だとしか言い様がないが、夷陵老祖魏無羨(ウェイウーシェン)の話には違和感を禁じ得ない。仮に事実だとするならスムーズに事が()()()()()()()魏無羨(ウェイウーシェン)が魔道を極めた残虐非道な人物だとしても、師姉[同じ門派の姉弟子]やその道侶を殺した理由が分からない。この世界では家族を大切にするのが普通である。そして金鱗台(きんりんだい)での虐殺も腑に落ちない。

 

 乱葬崗に籠城した方がよっぽど現実的なのにわざわざ四家が決起会を行った不夜天に姿を現したのも変だ。そもそも魏無羨(ウェイウーシェン)は乱葬崗で温氏の残党を匿っていたと聞く。

 

 やはり、その裏には大義名分を騙り仙門世家を煽った人物が居るのではないか。と、藍飛燕(ランフェイイェン)は推理する。

 

 

 何故これ程幼い頃の話を覚えているのかというと、それは生まれた時から自我がはっきりしていたからに他ならない。

 

 実に突飛な話だが、藍飛燕には前世の記憶があった。古代中国のような修真界とは別の現代中国の貧民街で生まれた記憶が。そこで彼は卓越した身体能力と頭脳を持っていた。

 

 藍飛燕は姑蘇藍氏の門弟の一人である。雲深不知処(うんしんふちしょ)に本拠地とする姑蘇藍氏は世家の中でも厳格な門派だ。その家規は三千以上あり、守らなければ懲罰を受ける。

 

 

 姑蘇藍氏は殆どの公子が見目麗しいが、藍飛燕も例外ではない。すっと通った鼻筋に涼し気な目元、まだ幼さの残る中性的な顔立ちながら眉目秀麗で人目を惹く。ただ一つ残念な点を挙げるとすれば、死んだ魚のような目をしていることだろう。台無しだ。

 

 それから藍飛燕にはやる気がない。素行や態度が特別に悪いわけではないが基本的にやることなすこと積極性が皆無なのだ。その割に門弟の中で浮いていないのは痒いところに手が届く性質を持っているからであった。

 

 基本的に人に押し付けられる事は押し付けるが、頼み事をしようとすれば既にそれを解決させていたり、さり気なく助言をして立ち回ったりするので厭われることはなかった。

 

 そして門弟の中に面倒見の良い者がいたことも大きかった。藍飛燕は自分から話し掛ける性格ではないが、気立てもよく落ち着いた物腰の藍思追(ランスージュイ)やお調子者の藍景儀(ランジンイー)とはそこそこ仲が良いといえる。

 

 

「飛燕。支度はできた?」

 

 藍思追(ランスージュイ)が小首を傾げて尋ねてくる。それに藍飛燕は相変わらずの光のない目で頷きを返す。その姿からは気怠さが滲み出ていた。

 

夜狩(よかり)に行くんだからしゃっきりしろよ?」

 

 その態度を見て藍景儀(ランジンイー)が呆れたように言う。

 

 多くの仙門世家は、あちこちを旅して妖魔を退治することを「遊猟(ゆうりょう)」、もしくは妖魔が夜に出没することから「夜狩」と風雅な名前で呼んでいた。

 

 

 姑蘇藍氏の門弟達は莫家荘(モーけそう)という地域で大量の彷屍(ほうし)の噂を聞いてそこへ向かう所だった。

 

「彷屍」は、最もよく見かける低級の屍変者の一種だ。死んだ目で、歩く速度も遅く殺傷力も低いが、一般人からすれば十分恐ろしいし、その腐敗臭は桶一杯は吐けるほどだ。

 

 

 先程まで野営地としていた場所を振り返り忘れ物などがないかを確認すると他の門弟を放って歩き出す。

 

「お前って動きが早くなきゃ彷屍みたいだよな。特にその目とか」

 

「景儀」

 

 揶揄うように言った藍景儀を藍思追が窘めるが言われた当人である藍飛燕は全く気にすることなく歩を進める。

 

 藍景儀が藍飛燕の気力のない目を揶揄うのは今に始まったことではないし、何も本気で言っている訳でもないことは藍思追も分かっているが形だけは窘めるようにしている。

 

 藍飛燕は喋ることすら億劫に思っている節があるので、余り言葉を話さないが性格自体は陰鬱ではなくさっぱりしていることを姑蘇藍氏の門弟達は知っている。

 

 野営をしつつ暫く歩き続けて(モー)家荘が見えた時、藍飛燕は不意に足を止めると藍思追に言った。

 

「嫌な予感がする」

 

 その短い言葉に門弟達は眉を寄せる。藍飛燕の勘はよく当たる。それは前世から引き継いだものだ。

 

 

 前世で藍飛燕は貧民街で生まれた。中国の貧困差はそれは酷いもので彼の生まれは最底辺と言える。実際、彼は地べたを這いずり泥水を啜った。そんな環境で生きていく為には盗みなどの犯罪も必要だった。

 

 藍飛燕の暗い目もその時から変わらない。ただでさえ環境が悪いのに藍飛燕の前世の両親はろくでもない奴らだった。虐待は日常茶飯事で自分達より弱い者は老若男女構わず嬲った。

 

 ある時、藍飛燕より大きな子供が自分のクソみたいな父親の怒りをかって殺されそうになっている場面に出くわした。子供の怯えきった瞳と目が合うと彼は迷わず手近にあった人の頭ほどの大きさの石を拾って父親に殴り掛かった。首が人体の急所だと無意識に知っていた彼は子供を殴る為に屈んでいた男の頸椎を体重をかけて強く打った。

 

 当たり所がよかったのかふらついた男の頭を再び容赦なく殴る。凶器だけでなく自身の手まで赤く染っていくのを気にせずに何度も何度も殴り続け、男が動かなくなって暫くしてようやくその手を止めた。あの子供は彼の恐ろしい幽鬼のような形相にとっくに逃げ出していた。

 

 その日初めて彼は人を殺した。

 

 ただ、彼は殺人鬼に成り下がった訳ではない。無闇に人を傷つけることはなかったし、困っている人に手を差し伸べさえした。けれど彼は自ら陽の当たる道を歩こうとしなかった。

 

 それが彼が10歳に満たない頃の出来事だった。彼なりに必死に生きていた。そんな時に彼に転機が訪れた。とある凄腕の拳法家が彼に声を掛けた。生きる術を教えてやると。そうして暫くその人に師事した彼は、以降は殺し屋として生きていくことになる。

 

 彼を育てた師匠の教えは今もなお彼の中で強く心に残っている。それは例え殺し屋という命を奪う職業であっても、決して“命を軽くみてはいけない”ということ。それと同時に彼は殺し屋という職業の中で失っていい命は無いが、死んだ方がいい人間がいるということも知った。

 

 彼が殺し屋として手を掛ける対象は専らそういう人種だった。人の命を軽んじる者、生きているだけで周囲に不幸を撒き散らす者などなど。

 

 彼は自分が義賊だとも狂った人間だとも思わなかった。手はとっくに血に塗れて汚れていた。自身が酷く醜く歪んだものだと知っている。命を奪う行為を正当化するつもりもなかった。

 

 

 もし死んで生まれ変わることがあったなら誰かを救う人生を歩みたい。

 

 彼の願いはどういう訳か叶ってしまった。

 

 この世界に生まれ直した時、彼はしばし呆然として数年掛けてようやくその事実を認めた。そして新たな人生を歩む覚悟を決めた。今度こそ彼は自身の為に生きることが出来る。

 

 2回目の人生で彼は両親にも恵まれた。生まれて初めて無償の愛を貰ったのだ。その2人も13年前には亡くなってしまったけれど、彼は元から自我があったので愛された記憶をはっきりと覚えていた。

 

 

 仙門世家の本家の血筋に産まれたのも運が良かった。お陰で彼はこの世界で生きていく術を学べた。

 

 彼の眼は相変わらずハイライトが入らず真っ暗だが、彼の心持ちは以前とは全く異なっていた。楽しいことも嬉しいこともあった。仲間と共に笑顔を浮かべることも確かにあった。

 

 今の彼は殺し屋ではない。誰かを救う術がある。

 

 

 そんな内面をおくびにも出さず、藍飛燕は(モー)家荘に足を踏み入れた。

 

 

 

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