ジークリンデの中身が戦車になったようです   作:三段腹肉之介

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第三話

 

 

 

 それは、ジークリンデとヴィクターが出会ってしばらくたってのことだった。

 彼女達古代ベルカから続く名家、それも武門として名を馳せた家系の場合、固有の魔法資質や技術を受け継ぐと同時に、伝来の魔法発動補助媒体、つまりはデバイスを受け継いでいることが多々ある。

 勿論最新鋭の機材と交換するなど、現代に合わせたアップグレードは随時行っているのが通例で、古来より何も変えずに伝わっている、というわけではない。

 それならば、最新の技術で一から作り、使い手に合わせたワンオフのデバイスを作り上げるほうがよいのではないか、と思うだろうが、こうしたデバイスの一番の意味は、継承の証拠である。

 つまりは、家伝の技術、資質を損なうことなく次代へと引き継がせた何よりの証拠、というわけだ。

その点で言えば、若輩ながらジークリンデは<殲拳>を使いこなしているので、そうしたデバイスを譲渡されるための条件を保有していた。

 

「へぇ、それがエレミア家に伝わるアームドデバイス<鉄腕>なのね。ナックルガード……いえ、ガントレットといった感じかしら」

「…………」

「どうしたの、ジーク? いつにも増して無言じゃない」

 

 その為、譲渡自体はつつがなく遂行され、興味津々と言った感じで様子を見つめるヴィクターの前で、ジークリンデはデバイスを展開する。

 

 

――――ちなみにジーク、という呼び方はヴィクター発案である。仲を深める一環としてあだ名で呼び合うことを提案したのだ。

 

 

 そうして展開され、ジークリンデの両腕の掌から肘まで包むようにして展開されたのは、ヴィクターの言い表わした通り、ガントレット型のアームドデバイスだった。

 黒光りする漆黒に染められたそれは、<鉄腕>の名称通り、鋼鉄でできた腕を想起させる外観だ。

 そう、鋼鉄の腕である。

 その奇妙な程の符合こそが、いつにもましてジークリンデの口を閉じさせている原因だ。

 鋼鉄の骨格に、オイルが流れる血管、動くたびに軋みを上げる歯車、心臓代わりに鼓動を刻むエンジン。

 生者の血と肉はそこには無く、見る者に怖気を誘う無機質さが、薄皮一枚の裏側に敷き詰められていた。

 蠱毒の果てに残った魂の器として用意された代物は、生気の欠落した金属の集合体であり、戦場で曝け出す鋼鉄の腕は、その象徴と言えるものだった。

 

「趣味が悪いと感じただけだ。……気にするな」

「へぇ、あなたにもそういう感性があったのね。意外だわ」

 

 ヴィクターの揶揄を聞き流しながら、ジークリンデは<鉄腕>に包まれた腕の感覚を確認するように、指先や肘を動かしていく。

 違和感は無い、まるで自分の体のように感じるほどしっかりと調整されたのだろう。だが、その違和感の無さが返って不快だった。まるで、未だ自分はあの時のまま、機械仕掛けのヒトガタであるかのような錯覚を与え、そのまま腕を動かせば、歯車の軋みが聞こえてくると思ってしまうほどに。

 

――――くだらん。

 

 不快な妄想を振り払うように、ジークリンデはパンチを放った。標的は無く、空に向けてのものだった。

 拳を無心で振るうたびに、自分自身に対して言い聞かせる。あれはもう過去なのだと。仔細はどうあれ、理由はどうあれ自分は進んでいる。かつてのように、止まったままに戦場を歩み続けてはいない。

 

――――俺は、弱くなったのだろうか。

 

 少なくとも、かつての自分には迷いという物が無かった。揺らがず、惑わず、戦友との決着を付けるために己を鍛え続けた。

 しかし、今のジークリンデは迷いが無いとは言い難い、こうして、過去と今を比較してその差異に思いを馳せる、ということ自体がそもそもなかった。

 決着を付け、救いを得た。求道者として極まっていたからこそ、その根幹を成す思いに決着を付けたことが、何よりジークリンデを変えていた。

 こうして“ジークリンデ・エレミア”と生きる決意をし、安易な死に逃げないと決意したのは、勝ち得た救いに対する義務であり、決して目的ではない。

 求道者とはただ一つの目的へと至る道を只管に突き進む存在、ならば、その目的に辿り着いてしまったとして、そこから先はどうすればいいのか。

 

「――――聞いてますのっ!!」

 

 煩悶し始めたジークリンデの思考を、ヴィクターの怒声が断ち切った、思考に集中し過ぎたようだと自省したジークリンデは、無意識に続けていた<鉄腕>の確認動作を止めた。

 

「もう、デバイスの確認に夢中になるのはわかりますけど、無視はされたくありませんわっ!!」

「……すまん」

 

 どうやらヴィクターの中では、意識が内側に閉じこもっていたのをデバイスの感触を確かめるのに夢中になっていたから、ということになっているようだった。

 正直に言えば、そう捉えてくれるのはありがたかった。

 さほど長い付き合いでは無いとはいえ、こうして会話をしていればヴィクターという少女は善性の持ち主なのだとすぐにわかる。

 自分にかせられた責務に挫けることなく、規律と良心にしたがって生きる古き良き貴族そのもの。赤騎士や戦乙女に通じる部分がある。

 その真っ当さが、ジークリンデには眩しいと感じてしまうのだ。

 

 

――――ねじ曲がらずに、いてほしいものだ。

 

 死者としても生者としても半端な場所に立つ己が、彼女に歪みを与えることがないようにと、切に思う。

 その感情は、揺らいでいるジークリンデの内心にあって、唯一そうだと揺るぎなく言える感情だった。

 

 

                    ■■

 

 

「……何故俺はこんな場所にまで引きずり出されている」

「決まっているでしょう、模擬戦ですわ!!」

 

 そうしたやり取りの後、ジークリンデとヴィクターの二人はダールグリュン家所有の試合場に足を運んでいた。ダールグリュン家の屋敷の敷地内にあるそれは、敷地面積だけで言うならばDSAA(公式魔法戦競技会)の試合が開催できそうなほどの代物だ。

 現行の時空管理局の法律によって、一般市民の魔法無断使用が厳に禁じられている現在、こうした魔法が使用可能な、それも広大な場所を民間で保有していることはダールグリュン家の資産と政治力が確かなものである証でもある。

 

「私もつい最近家伝のデバイスをもらいましたもの、手合わせの一つでもしてみたくなりませんこと?」

「手合わせ、か」

「えぇ、あなたが暇さえあれば鍛錬に励んでいることは聞き及んでいますわ。――――純粋に、あなたと、そして自分自身がどういう場所に立っているのか気になりますわ」

 

 そう言い放ち、ヴィクターは戦斧型のアームドデバイス、<ブロイエ・トロンべ>を構える。

 形状で言えばハルバードに近く、子供の体には大ぶりに過ぎるそれを難なく構え、先端にある穂先をジークリンデに向ける。

 同時に、一族伝来である電撃の魔力変換資質を発動させ、その穂先に雷光を纏わせる。

 見る者が、特にジークリンデの様に極まった武を持つ者から見れば粗はある。しかし、未だ10歳の子供にしては間違いなく、武術も魔法もかなりの練度にあることは見て取れる。

 

「生真面目だな、お前は。そういうことならば否は無い、一手付き合おう」

 

 自信はあるのだろう、だが、それ以上に向上心が溢れている姿だった。

 ならば、と、ジークリンデは拳を構える。後進の指導など考えたこともない彼女だったが、そうした青臭さと言えるものが嫌いではなかった。

 故にヴィクターの頼みを快く引き受け、そして、――――自分は手加減などしたことがあったか? と疑問に至った。

 考えても見てほしい、かつての彼女、黒円卓第七位としての彼は基本的に、黄金の獣が作りだした魔城に囚われていて、そこで只管に決着に至る為の鍛錬を繰り返していた。

 そして、その場合大抵の相手は自分と同格である大隊長、黒円卓第九位の赤騎士と、黒円卓第十二位の白騎士であった。双方火力と速度に特化した魔人である二人は、例え鍛錬とはいえ手心など考えぬような性格であり、加えて、魔城は修羅道の具現、幾度死のうとも無限によみがえり、無限に戦い続ける地獄であった。

 そうなれば鍛錬、手合わせとは名ばかりの実戦のみが繰り返されることとなり、そこにはあって然るべき加減という物が欠落していた。それが彼にとっての常だったのだ。

 

「……殺さぬように、加減はしておいてやる」

 

 余計な言葉だとはわかっていても、そうして口に出しておかなければ色々とまずいことになりそうだった。

 

「それはこっちの台詞ですわっ!!」

 

 当然、侮られたと感じたヴィクターは<ブロイエ・トロンべ>を突き出しながら高速移動魔法を発動させ、突撃を敢行する。当時に障壁魔法を発動させながらの突撃は、攻防をきちんと考慮した手本の様な一撃であった。

 

「狙いと握りが甘い」

「――えっ!?」

 

 それをジークリンデは軽く払う様な動作で雷光を纏う穂先を払いのけた。穂先と<鉄腕>の甲の部分が擦れ火花を散らし、同時に隙だらけとなったヴィクターの脇腹をジークリンデの左拳が突き刺した。

 無論、全力ではない、障壁魔法に阻まれる程の軽い一撃だ。

 言葉通りの加減を考慮した攻撃だった。

 

「まだまだぁっ!!」

 

 言葉通り手加減したジークリンデか、それともそれだけ実力に差がある自分に向けてか、憤怒の表情でヴィクターは払い流された<ブロイエ・トロンべ>の刃を返し、横薙ぎの二撃目を放つ。

 

「攻撃に意識を割き過ぎる」

 

 元より<ブロイエ・トロンべ>の様な長柄の得物は、そのリーチこそが最大の利点である。それは裏返せば、密着した間合いにおいては不得手ということだ。

 ジークリンデの指摘通りとにかく反撃することのみに意識が向けられたその攻撃は、ヴィクターの懐に隙を作っていた。ジークリンデの拳が<ブロイエ・トロンべ>の柄を掴みとり、もう片方の拳がヴィクターの顔面に突きつけられる。

 

「――っ!?」

「唸る暇があったら動き続けろ」

 

 突きつけられた拳に硬直してしまったヴィクターに、ジークリンデの、まるで押し出すような一撃が加えられる。

 強制的に間合いを引き離され、ようやく思考が現状に追い付き始めたヴィクターは、深々と息を吐き出した。

 

「これほどとは思いませんでしたわ。……言いたくは無いですが、経験の差という奴かしら?」

「……そうだな、そういうことにしておいてもらおうか」

「なんだか奥歯に引っかかる物言いですこと」

「気にするな、この場には関係の無いことだ」

 

 くぐってきた場数の差、動作一つ一つにおける技量の差。それがあまりにも隔絶していた。当たり前の結果である。いくら魔法の素養に溢れようが、近接格闘という物は修練の差が物を言う。その点だけを見ればヴィクターに勝ち目は無かった。

 屈辱を感じるであろうその結論をヴィクターは素直に受け止め、格闘戦をすっぱりと切り捨てた。

 

「ともかく格闘戦は分が悪すぎる、ということは理解しましたわ。――――ならばこれはどうかしら、四式『瞬光』!!」

 

 開けた距離のままに術式を発動させる。選択した手段は砲撃術式。本来は魔力付与によって威力を底上げした刺突を放つである型にアレンジを加え、刺突からの砲撃を放つ。

 特性としてはミッドチルダ式の電撃砲撃魔砲<サンダー・スマッシャー>に近いそれを、ヴィクターは有り余る魔力量を生かし、次々と矢継ぎ早に放っていく。

 飽和攻撃による面制圧、それがヴィクターの選択した手段だった。

 地面と水平に放たれる稲光が、みるみる間に地面を抉り取っていく。粗削りで、力任せにも程がある戦術だったが、まだまだ未熟な身であるヴィクターに取れる最善の手段だった。

 

 

――――愚直な程の正面突破だった。

 

 

鍛えに鍛えた二つの拳こそが何物をも打ち砕くと、全霊を賭けて信仰している。

そう思えるほどに、そこには欠片も遊びが無かった。

迫りくる雷光の悉くを、いかに<殲拳>という一撃必殺の術式を発動させているとはいえ拳一つで打ち砕く様は、間違いなく常軌を逸した光景であった。

一つ間違えれば大威力の砲撃を真正面から喰らうかもしれない、そうした恐怖一切感じていないのではないかと思うほどに。

 

 

                    ■■

 

 

 結局、二人の間で行われた模擬戦は、ヴィクターの繰り出す攻撃の悉くを、ジークリンデが表情一つ変えずに打ち砕き続け、ダメージは然程ではなくても彼我の実力差をこれでもかと痛感させられたヴィクターの、降参という形で幕を閉じた。

 

「参りました、としか言えませんわ」

 

 彼我の実力差をまざまざと見せつけられ、さすがに気落ちした様子でへたり込むヴィクター。

 その様子に、アドバイスの一つでも送ってやろうかとジークリンデは思案に耽る。

 やがて、彼女の口から出た言葉は――――

 

「――――視点を変えるといいのかもしれんな」

「……へ?」

 

 突然の言葉にヴィクターは目を白黒させるが、ジークリンデはそれに構わず言葉を繋げた。

 

「先の戦いぶりを見る限り、お前は手を変え品を変え、色々と試していたようだったからな。器用とも言っていい。魔力量の多さに任せた部分はあるがな」

「……それがさっきの言葉とどう繋がりますの?」

「俺のようにただ一つのことに純化しているのとは違い、お前には選択肢が多々ある。そうなれば必然、求められるのは最適を選択できる思考、俯瞰して物事を見つめられる視点だ、……兵卒ではなく指揮官といったところか」

 

 ジークリンデの脳裏に浮かぶのは、赤騎士こと黒円卓第九位、エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグの姿だった。単一の渇望を十全に使いこなして応用し、多種多様な攻撃を繰り出してきた姿に、ヴィクターが少し、ほんの少しだけ重なった故のアドバイスだった。

 

「……指揮官、ね」

「人にものを碌に教えたことの無い奴の言葉だ、話半分に聞いておけ。所詮は子供の戯言だとな」

「でも友達の言葉でしょう? 大いに参考にさせてもらうわ」

「……好きにしろ。模擬戦ぐらいならば付き合ってやろう」

「いいの?」

「戯言をほざいた詫びだ。構わんよ」

「そう、吐いた唾は飲み込めませんわよ」

 

 気落ちした様子から一転、気持ちを切り替えやる気を迸らせるヴィクター。

 そんな彼女の行き先がこれからどうなっていくのか、それが少しだけ楽しみだとジークリンデは感じていた。

 

 

 

 




 悲願を成就させ、望む終焉を迎えて、そしてあり得ざる“次”を迎えたらいくらマッキーだって多少は迷うよな、と感じる作者です。
 神咒神威神楽の場合は只一人戦う戦友がいたからこそ、死を選ばなかったのですが、この話の場合だとそういった目的すらありません。
 必然、渇望すら揺らぐことになるので、例え聖遺物が手元にあったとしても創造は使えません。
 けれどマッキーの戦闘経験はそうでなくたってチートの極み、きっとエレミアの戦闘経験より濃密なんじゃないかなぁ、と思う次第です。
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