――――始まりはいつだっただろうか。
そこにはきっと、誇りがあった筈だった。それはもう積み重なった記憶のページの向こう側に隠れて見えなくなったが、少なくとも、災いあれ、そんな妄念が始まりでは無かっただろう。確認のしようなどもうないが。
けれど、始まりの思い、それが正の方向にあったとしても、時間という流れはそこに様々なものを付随させてくる。それが正しい方向にあった時、それを人は絆と呼ぶのだろうが、生憎と、私が辿った道筋は紛れもなく負の方向だった。
例え真っ当な志の元行った行為であろうと、過ぎた力は容易く人の心を捻じ曲げる、私も、そして恐らく――――私を作り上げた誰かもきっと、それに気付かないでいた。
過ちというならば、それが最も大きな過ちだった。
象は足元にいる蟻を踏みつぶしたところで、気にも留めない。だがもし、それが毒をもった蟲ならばどうだろうか。気付いた時には、毒は既に私の総身を蝕んでいた。
――世界を巡る。私が道先を示すことなく。
――知識を求める。数多の命も同時に啜った。
――力を求めた。私に狂わされた数多の人々が。
そこに悪意は無かった。ただ、致命的に間違えていたのだ。
過ぎた力は身を滅ぼす。そんな当たり前のことを、私に関わる誰もかもが失念していた。加えていうならば、その関わり方というのが、私から押し付けることだったのだから、一層性質が悪い。
これで道を誤らないなど、無茶ぶりもいいところだろう。破滅は必然のこととして、絶え間なく起こり続けた。
これで終わりにしてくれ、そう願い続けても、無作為に選び出してしまう誰かを生贄として、幾度となく地獄の釜は口を開く。
そこに進展という物は何も無く、ただ、場所を変え人を変え、同じ惨劇が起こり続けるだけ。ならば私は止まっているも同然だったのだろう。
起点と終点は共に破滅。同じ道行きをループし続ける私は、進みながら止まっていたのだろう。円環を回り続ける機械人形。終わりを望みつつもその終わりこそが、次の始まりだったのだ。
――もうたくさんだった。
――焔の剣に切り裂き焼かれ、灰の一欠片になった死体も。
――鉄鎚に押し潰されて、肉片となった死体も。
――臓腑を引きずり抜かれ、苦悶の表情を浮かべた死体も。
――狼の顎に食いちぎられ、軛に串刺しにされた死体も。
――そして顕現した地獄の一切合財を、跡形もなく虚無へと飲み込む光景も。
自ら死ねたならば、どれほど楽だっただろう。けれど私にそんな機能は無く、できたとしても地獄の振り出しに戻るだけ。
私は一体、どれだけ終われば終わりになれる? 永劫? 無間? そんなものはたくさんだ。
だから、願うことなど唯一つ、
――――唯一無二の、終焉こそが欲しい。
こんな投げ売りする様な、塵芥の様な終焉ではなく、これ以上地獄を生み出し続けないためにも、唯一無二の、至高にして絶対の死こそを望む。
この出来の悪い狂った悲劇に、幕を引いて欲しいのだ。
あぁ、そして、「■の書」などという怨念の籠った名では無く「■■の書」と呼んでくれたならば、その真実の名を今際の際にでも呼んでくれたならば、それだけで私は救われる。
煉獄のまどろみの中、そんな那由他の彼方の奇跡を願い続けた。手も足も、目も耳も口も、四肢の一切、五感の一切動かせる自由など私には無いから、そうして都合の良い願いを祈り続けた。――――それしか、できなかったのだ。
■■
でも、那由他の果ての新生の果て、奇跡の様な確率で、私は彼女と出会ったのだ。
いや、それはきっと、奇跡だったのだろう。
私という強大な力に揺らがぬ強い心を持って、それを形に出来る絆に巡り出会えた彼女と、私が出会うことは運命だったのだ。
「――――名前をあげる。■の書何て名前やない」
それは、永劫の地獄が崩壊する瞬間。奇跡の様に巡り合った唯一無二の
あぁ、この時をどれだけ待ちわびただろう。いくつ夜を超えただろう。
「夜天の主の名において、汝に新たな名前を与える。
強く支える者。幸運の追い風。祝福のエール。
――――■■■■■■■」
この刹那、私は救われたのだ。唯一無二の終わりを授けてくれる彼女から賜ったこの名前を、私は心の奥底に刻みつける。消えぬように、無くさぬようにと。
そして、やがて夜は明けた。地獄の具現、災禍そのものと言える暴走体を打ち倒し、水平線から登る朝焼けと共に、私が巡り続けていたループは途切れた。終点と始点は切り離され、ようやく私は真の一歩を踏み出した。
あとはただ、この永い永い旅の果てに終わりをもたらすのみだ。私の両肩にのしかかっていた数多の嘆き、数多の怨嗟、数多の絶望も、それで解き放たれると信じて。
正直な想いを吐露するならば、私を救ってくれたこの小さな主のこれからを見守っていたい、という思いはある。
けれど、私が終わりを迎える場所は、きっとここなのだ。終わるべき場所を踏み越えて、みっともなく足掻いていては、元の木阿弥、地獄の繰り返しとなるだろう。そんな結末は断じて認められない。
「■の書」はこの地で完全に消滅し、この小さな主は「■■の書」の主として未来に繋がる道を歩む。その傍には、叢雲の騎士たちが永久に付き従い主を支えてくれるだろう。ひょっとすれば、私の最後の願いの通り、私と同じ名を冠した妹がいるかもしれない。
――――あぁ、それはなんて幸せな
私の生は、最初から間違っていて、同じ過ちばかりを繰り返していたけれど、この出会いがあった、この刹那があったのだ。それだけで、私は幸せだったと胸を張って言えるのだ。
■■
どことも知れぬ施設の中。幾多の培養槽と複雑な機器が所狭しとあるそこは、単純に想像するならば研究施設、なのだろう。照明は弱く、うすぼんやりとした暗さの中に幾多の研究機器が発する毒々しい光が浮かぶその光景は、どこか正道に反している印象を与える。
実際、培養槽の中、溶液に浸されている研究資料は各種生物だった。肉片であったり、或いは欠損なく丸ごと標本としていたり、そしてその中に人間がいるとすれば、ここはおおよそ真っ当な研究をしていないのだとすぐに知れる。
邪道、外道、左道、非道、魔道、そういう言葉が相応しい場所なのだ、ここは。比喩的な表現ではなく、本質をとらえた表現として。
そのような場所に、一人の男がいた。
如何にも研究者然とした白衣を纏った男、無造作に整えられた紫色の髪が揺らめくその奥には、魔性の宿った金色の瞳が浮かんでいる。
その視線は病的と言えるほどに歪んでいて、真っ当な感性があるとは到底思えない。
事実、男がこのような穴倉で行っている行為と言えば、違法な薬物に違法な技術、それらを惜しげもなく多種多様な生物に行使する違法な研究だ。一言で言えば、人体実験。マッドサイエンティスト、などという言葉通りのことを行っている。
だが、男の脳裏に良心の呵責、などという言葉は存在しなかった。
生命の探究、そこから迸る無限の知識欲が常に脳内に蠢き、一切の動揺なく誰かの精神と肉体を切り刻む。丹念に、丁寧に、骨に付いた肉の一欠片でも無駄にはしまい、と貪り喰らう様に。
そう、男は決して、自分の観点から言えば命を無駄に散らせているという感覚は無かった。あくまで、男の脳内に規定した規律に従い、血の一滴まで無駄にするものかと外道の限りを尽くしていた。
生命を探求する。男に原初から備わっていた目的を遂行することは、男にとって呼吸を行うのと同様、止められないし止めようとも思わない、生きることそのものだったからだ。
――そして男の視線が、一点で止まる。
とある研究資料が収められた培養槽。男にとっては御馳走に等しい代物が収められた宝箱だ。
中に眠るのは一人の女性。純白の肌に白銀の髪、今は眠る様に瞼が閉じられているが、その奥には血のように赤い瞳がある。
死体、ではない、だが、生きているとも言い難かった。
なぜならば、彼女はとうに死んでいる筈だからだ。時空管理局の公式資料でも、聖王教会の公式資料でもそのように記録されているだろう。
正確に言えば、死にゆく彼女を男が、誰にも気取られること無くかすめ取っていったのだ。
彼女は人間ではない、今はもう製法が失われた古代の遺物――ロストロギアそのものであり、その身の内には男がどれだけ貪り食っても食いきれないほどの大量の知識が備わっている。
本来ならば、手は出せない筈だった。それは破滅しかもたらさず、制御しようなど考えることがそもそも間違っている。
それでもだ、その存在に対して男の食指は動きを示していた。破滅? 災厄? それがどうした、私はこれを
あぁ、ならばどうすればいい。如何にすればこれを解剖できるのだ、と男は思考を巡らせ、一つの考えに至り付く。
――――単純なことだ。誰かにこれを屠殺してもらえばいい。
魔法など関係なく、極々単純で一般的な話として、獣を生きたまま喰らう馬鹿などいまい。適切に殺し、適切に不純物を取り除き、そうしてようやく食卓に供されるのだ。
その一連の流れ、その全てにおける技術を完璧に保有している者等そうはいないだろう。――殺すということは難事だからだ。
だが、食卓に供された物を横から掻っ攫うなど誰にでもできる、子供がつまみ食いをやらかすのはさほど難しいことではないからだ。
さぁ誰だ、誰があの獲物を屠殺する? 時空管理局? 聖王教会? 次元世界のどこかの勢力? 或いは――――
そうして男は網を張り続け、じっと息を潜め続けた。
やがて、男が待ち望んでいた瞬間が待ち受ける。英雄譚の果て、災厄が無害なデータの欠片に還元される――――男の言葉を借りれば屠殺されるその瞬間、彼は誰にも気付かれること無く、それを回収した。強大な力を持つ守護騎士も、強固にして絶大な防御を持つプロテクトも、その瞬間には意味がない。あっけないと言えるほどに、男は容易く大願を成就させた。
そうして手に入れた残骸を無邪気に捏ね繰り回し、形を整えたのがこうして眠りについている彼女であった。
生きているというには死に近すぎ、死んでいるというには現世に残り過ぎている存在。さしずめ、フランケンシュタインの化け物というべきか。
電極を繋がれ、電撃を流し込まれて意思なく活動する死肉の化け物。そんなものが齎す結果など唯一つ、惨劇のみだ。
それでも男は笑っている。常人なら目を背けるようなその所業も、男にとっては必然として行う行為。本能に根差した邪智暴虐だ。
――許せない。
――許せない。
――許せない。
――――よくも私の
故にその、声無き怒りは誰の耳にも届かない。――――今はまだ、誰の耳にも。
……マッキー激おこ待ったなし(迫真
いや、書いてみて思ったけど境遇がかぶり過ぎてるどころの話じゃなかった。まんまだ、これは。
そんでもって敵の方は原作まんまというわけではなく、色々と設定を加えている状態です。
マッキーの対極、宿敵となれるようなキャラ付けてどんな感じになるだろうと考えて、ある意味では柊聖十郎が対極なんじゃなかろうかという発想が出て、そうしたキャラ付けをぶち込んでおります。