・まぞでもなくて
・三十路でもなく
・ロリコンでもない
ただちょっと毒舌気味なイケメン執事という感じなのでご安心を
――新暦75年。
雷撃と轟音が響く。ダールグリュン家の練習場は、今日も今日とてそんな戦争の如き様相を呈していた。
降り注ぐ雷霆が地面を抉り、剛腕の連撃が大気を震わせる。まるで戦争を思わせる激しい光景だったが、それを成しているのは二人の子供、それぞれ12歳と13歳になったジークリンデとヴィクターだった。
「あぁもう、少しは直撃を喰らいなさいっ!!」
ヴィクターの周囲に無数の魔力スフィアが展開し、電撃を帯びた魔力弾が連続して打ち出される。
数を頼みに当てずっぽうに放たれているのではない。ある魔力弾はジークリンデの進行方向を塞ぐように、ある魔力弾はジークリンデの視界を遮る様に。そのどれもが戦術的な意味を持って射撃であった。
そうして機関銃の十字砲火の如く撃ち出された魔力弾は、あくまで本命となる魔力砲撃の発射のための時間稼ぎ、隙を打ち消す布石に過ぎない。
次の瞬間<ブロイエ・トロンべ>の穂先から迸る雷光が、大気を一直線に焼き貫いた。
「……間抜けに直撃を喰らう程、お前を見縊るつもりはない」
圧倒的な数の魔力弾による十字砲火に晒されながらも、命中軌道にある物だけを機械の様な的確さで防御し、<殲拳>――打ち消す属性を帯びた術式<イレイサー>を纏わせた拳で本命の雷光を消し飛ばすジークリンデ。
その拳二つのみで、ヴィクターの構築する弾幕をいなし続けるその様は、まさに鉄壁の要塞のようであった。
――指揮官の目線を持つといい。
かつて、ジークリンデが呟いたその言葉、存外ヴィクターには当て嵌まっていたらしかった。
それまでの彼女の攻撃方法は、莫大な魔力量、それに支えられた重装甲、それを生かした近距離での格闘戦だった。甲冑で完全武装した槍兵といったところか。実際それでもかなりの実力があり、十二分に通用するはずだった。
性能が並外れていれば、力任せこそが最大の効率を発揮する。それは間違いない。
だが、それは自分以上の性能を発揮する相手がいない、という前提に基づく理論だ。
自慢の甲冑を容易く撃ち抜く火力を有する相手に対しては、あまりにも分が悪かった。加えて、ジークリンデが前世から保有している極限まで磨きあげられた体術の技量は、彼女の体の成長と共に、ゆっくりと、且つ確実に取り戻されつつあった。
そうなれば必然、火力と装甲重視のヴィクターにとって、ジークリンデは些か以上に相性が悪すぎる相手だった。
火力で力押ししようとも、単純な威力で言えばジークリンデの持つ<殲拳>が上、格闘戦に持ち込めば隔絶した力量の差で完封される。そうなれば遠距離砲撃戦に活路を見い出すしかなくなるのだ。
無論、それとて無暗矢鱈に砲撃を撃てばいいという物ではない。砲撃と砲撃の間にある隙を的確に突かれるか、重戦車の如く正面から突破されるのが落ちだ。
――求められるのは的確な配置。
――威力の大小。射線の軌道。各種の弾頭。
――それらを的確に使いこなし、組み合わせ、配置する。
自らの資質を生かし、ジークリンデに対抗するためにヴィクターはそうした方向性を選択した。それは奇しくも、指揮官の目線と告げたときにジークリンデが思い浮かべた女性――黒円卓第九位、狩猟の魔王、魔操砲兵。それの戦闘方法に似通った物だった。流石に“焦熱の剣”を開眼するには至っていないが。
結果として、ヴィクターはベルカ式の魔導師としては珍しく、遠中距離戦を得意とするようになっていった。
勿論、振るう得物である<ブロイエ・トロンべ>は戦斧型のアームドデバイス。
「――はああぁっ!!」
裂帛の気合を乗せ、弾幕を目晦ましにした隙を付いてのランスチャージを行うヴィクター。高速移動魔法を発動させた彼女の体が一個の砲弾となって、ジークリンデにすれ違いざまの斬撃を見舞わせる。
轟音。そして大爆発。
濛々と舞いあがる土煙が二人の姿を包み込み、数瞬の後、何がしかの落下音が決着を雄弁に物語っていた。
「……今の攻撃は悪くなかった」
先の攻撃、そこに至るまでの流れの構築をそう評しながら、拳を振り抜いた姿勢で止まっているのは、無傷のままのジークリンデである。
「だったら少しは喰らってみてもいいんじゃありませんこと?」
片や<ブロイエ・トロンべ>を振り抜いた姿勢で止まっているヴィクター。ただし、戦斧を握りしめている筈の両手には何も握られておらず、先の落下音の音源の方にこそ<ブロイエ・トロンべ>はあった。
つまりどういうことかと言うと、先の交錯の一瞬、膨大な魔力を帯び、自身の持つ運動エネルギーの全てを乗せて高速で飛翔する戦斧、その刃面を、ジークリンデの拳が過たず打ち抜き、空へと弾き飛ばしたのだ。
タイミング、拳筋、それら諸々が僅かにでも狂っていれば成し遂げられない絶技である。
しかし、ジークリンデの表情にはそうした絶技を成し遂げたことによる表情の変化など無く、これはあくまで容易く成し遂げられることでしかないと、暗に示していた。
■■
――頂は未だ遠く、か。
内心でそう嘆息しながら、ヴィクターは弾き飛ばされた己が得物を地面から抜きとる。
視線の先には、あれだけの戦闘を繰り広げながらも、息切れ一つ見せない幼馴染の姿がある。
最初の出会いから三年ほどがたった。そして今だヴィクターはジークリンデとの戦いにおいて一勝どころか一つの有効打すら勝ち取れないでいた。
彼我の間に横たわる圧倒的な差。
どれほど修練を積んでも、その背中、その影すら見えそうにない。
果たして自分はこの高みに追い付けるのか、そうした疑問はヴィクターの中にずっと居座っているものだった。
そうした疑問を、ヴィクターは一度だけジークリンデへとぶつけたことがあった。
何故それほどまでにあなたは強いのか、と嫉妬交じりにだ。
――俺の強さは、真っ当さを取りこぼして得た強さだ。誇れるようなものではない。
――お前は違うだろう。……お前は、真っ当に強くなれるだろうよ。
返ってきたのは、そんな言葉。
字面だけをとれば、嫌味と過ぎた謙遜としかとらえられないような言葉。
けれど、そうした小細工を弄するのはあまりにもジークリンデには似つかわしくなく、何より、取りこぼし続けてきたであろうものの大きさを鮮明に伺わせる空虚さが、その言葉にはあった。
果たして、彼女が何をとり零したのか、それはわからないままであったが。
「――ところでお嬢様」
「エ、エドガー!? いつからそこにいましたの?」
「模擬戦が終わってから、お嬢様がもの想いに耽っておられる間、ずっとここにおりましたが。――それよりも、執事として苦言を弄させてもらうならば、毎度毎度この練習場を壊さんばかりに魔法を行使するのはご遠慮いただきたいところなのですがね」
ヴィクターの追憶を断ち切ったのは、いつもと変わらぬ執事服に身を包み、いつもと変わらぬ冷静な様子で小言を述べるエドガーだった。
「ここ最近の修繕費用もばかにならないのですよ? 散財はある意味貴族の務めとはいえ、無駄な出費はなるべく減らすように心掛けていただきたいものです」
「あぁもう、小言は十分ですわっ!!」
「それともう一点」
「まだ何かありますのっ!!」
「警備システムが屋敷に接近する未確認の小型機械を確認いたしました、――もうすぐここへと現れるかと」
「……はい!?」
「この空気、どうやらただの物盗り、というわけではなさそうだな」
唐突に投下された爆弾にヴィクターは驚愕を露わにするも、ジークリンデはいたって平静にその事実を受け止め、視線を空中へと向けた。
練習場の外壁、使用中はドーム状に内部を包み込む対魔法障壁発生装置の上を緩やかに浮遊し、乗り越え現れたのはおよそ2m程の円筒型の機械だ。濃淡二色の青に塗装されたそれは、機体正面に砲口らしきモールドを覗かせながら、我が物顔で次から次へと現れてくる。
「……何ですの? あれは」
見慣れた筈の練習場の光景が、一転して未確認の世界に置き換わったかのような感覚に襲われながら、ヴィクターはこの機械の正体を問いかけた。
「ガジェットドローン、と呼称されている未確認の機械ですね。どうやら何者かがロストロギアの探索及び強奪を目的として放った物らしく、聖王教会を通じて管理局から注意警戒するようにと通達がなされておりました。我が屋敷にも管理局から許可を得て管理・保管しているロストロギアがございますからね、恐らくはその反応に引きつけられたのでしょう」
「しかし、行動ルーチンは随分とお粗末なようだな」
こちらの姿を確認するや否や、散発的に機体正面の砲口からレーザーを発射するガジェットドローンに対して、ジークリンデは命中弾だけを的確に<鉄腕>で弾きながら、その行動をそう評した。
少なくとも、魔導師が居る可能性が格段に高い魔法練習場を避けることなく、ただ一直線に屋敷を目指すその行動からは、然程精巧な機体AIは組まれていないのだろうとすぐにわかる。
「えぇ、基本的に数を頼みにする物量戦しか取れないらしく、単体の脅威度はそこまで高くないようです、ただ――」
ジークリンデの評価に首肯しつつ、しれっとした顔でいつの間にやらヴィクターの背後に佇んでいるエドガー。この中で唯一魔法が使えない非戦闘員なので当然ではあるが、平然と主人であるヴィクターを矢面に立たせるあたり、なかなか良い性格をしている様である。
「
「――ふぅん、中々に厄介、ねぇ。ジーク、そっちはどう?」
「問題ない。所詮はガラクタだ」
つらつらとガジェットドローンの性能を並べ立てるエドガーをよそに、ヴィクターの魔力砲撃が、ジークリンデの拳が、次々とガジェットドローンを撃破していく。
確かにAMFは魔導師にとって厄介な効果をもたらす。しかしそれは、あくまで魔力結合の阻害による魔法効果の減少であり、決して魔法無効化などではない。
飽和した砂糖水に砂糖を溶かしこんでも溶けない様に、ジークリンデの拳とヴィクターの雷撃、この二つはAMFの干渉を意に介さない程の威力を誇っていた。
「とはいえ数が多い。――ジーク、合わせなさいっ!!」
「砲撃は性に合わんが……、わかった、やってやろう」
更に唯一残った優位な点である数の差も、
「百式――――<神雷・烈破>!!」
<雷帝流>に伝わる自信を起点とした広範囲殲滅術式――最も、使用したのはヴィクターが独自に改良した、威力を損なう代わりに発動の速さと少々の指向性を持たせた特殊砲撃魔法、それが残存していたガジェットドローンを全て飲み込み、展開していたAMFを飽和させる。
「――――砕けろ」
普段は拳に纏わせている<殲拳>が、ジークリンデの拳の振り抜きと連動した形で砲撃として発射され、無防備を晒したガジェットドローン全機を一撃のもとに葬り去った。
■■
死屍累々、突如として起こった戦闘は、まさにそんな言葉が似合う程の一方的な蹂躙で終わった。
練習場の内部には無残を晒すガジェットドローンの残骸が幾つも散らばり、まるで戦争が行われたかのようだった。
――きな臭い。
その残骸を前に、ジークリンデはある臭いを感じ取っていた。
ほんの僅かな、そもそも現実にある臭いなどではなく、気配、予兆とも言うべきもの。
まるで壁一枚隔てた裏側で、毒蛇がとぐろを巻いて舌なめずりをしている様な、そんな気配だ。
それはあの時、あのベルリンで致命的な事態に陥るまで終ぞ感じ取れなかった、それにひどく酷似していた。
今回のこの戦闘は、あくまでロストロギアを目的とした自動機械が、偶然ダールグリュンの家を狙ったものだ。そう説明付けられる。
だが、この臭いを感じ取った以上、ただの偶然の一言で済ますことはできなかった。
致命の油断など、ただの一度きりでいい。
それがどれほど筆舌に尽くしがたい事象へと繋がるか、骨身の髄に至るまで理解している。
無意識のうちに握りしめられた拳は、空を射抜く視線は、未だ輪郭の見えぬ“何か”を見定めてのものなのか。
過去の悔恨が、闘争の決意を固めさせる。
故に気付かない。
ジークリンデは気付かなかった。
固めた決意、そのほんの一欠片に混じる感情を。
自らの奥底に混ざった、自らのものではない感情を。
場所など関係なく、距離など関係なく。
魂という駆動軸が、運命という歯車を回し始める。
――――けれど、祈りは未だ届かない。
■■
――同時刻
どこかの暗闇、どこかの地の底で。畜生の欲望が舌なめずりをして見せた。
これはいい。いいものだ。――――
二つの金の瞳が、掠め取ったガラクタを通じて見た映像に歓喜していた。
金と黒、その二つが織りなす破壊の光景に、だ。
「いいなぁ、これはいい」
その言葉には、ただ只管
蔑みたい。捻じ曲げたい。貶めたい。壊したい。狂わせたい。そういった諸々の、悪意と評すべきものはそこに無い。純粋と言っていいのだろう。
けれど視点の位置が全くかけ離れていた。
同じ人間を見ているという、あるべき筈の共有できる視点の位置が全くない。悪意なく、真摯な気持ちで解剖動物を見定めるかのような、そういう上から覗き込む視点をしていた。
「難物だろうというのは見て取れるが」
そうした視点で見ていても、いや、だからこそ、彼は映像に映る二人の少女――特に黒髪のほうに並々ならぬ危険性を感じ取っていた。
それは俯瞰してみるからこその、研究者としての感覚で、ゲージの向こう側にいる危険性がどれほどの危険性を有しているかをつぶさに観察していた。
しかし、それは手を出すべきか出さないべきか、そうした結論を問う観察ではない。
――危険性? そんなものは重々承知、そうした物を手に入れ思う存分調べるからこそ有益なデータが手に入るものだ。
彼の知的好奇心は、そんな真っ当な判断材料では揺るぎもしない。強欲すぎるほどに強欲で、周りの全てを破滅させかねないほどに強いのだ。
己自身ですら御しきれない、いや、元よりそうした機能すらない故に、彼は失敗作の烙印を押され、しかし、それでもなお止まらない。
「ここはひとつ、――――虎の尾を踏んでみるか」
故に運命という名の歯車は、また一つ軋みをあげながら回転を始める。ゆっくりと、だが確実に。
というわけで、ジークリンデという存在のせいか、ヴィクターの戦闘方法がエレ姐さん寄りになってしまいいました。
Q・インターミドルでシャンテちゃんの勝ち目が更になくなった気がする。
A・シャンテ「私はこの瞬間に、常に最善の私を求め続けるっ!!」
とか言って分身による物量攻撃を行えばワンチャンあるかもしれない。