完膚なきまでに本編とは一切かかわりの無い、というかあってほしくないネタです。
推奨BGM・「Einherjar Nigredo」もしくは「生贄の逆さ磔」
小鳥の囀り、レースのカーテンの隙間から差し込む柔らかな朝の陽ざし、それらを受けてダールグリュン家次期当主、ヴィクトーリア・ダールグリュンの優雅な一日が始まる。
「――――ンッ、今日も調子は万全ですわね」
豪奢なベッドの上で背筋を伸ばし、少しだけ眠気が残る体に活を入れる。そして寝間着からジャージに着替えて体を軽くもみほぐしつつ柔軟運動を行う。そして、体の調子に異常がないことを確かめると、屋敷の敷地内をコースとした日課のジョギングを始めるのだ。
「あら、珍しいこともあるのね」
そうしていざ、ジョギングに出かけようとしたその時、玄関でヴィクターは一つの異変に気付いた。
いつもならばここで執事のエドガーがジョギングの後に汗を拭くためのタオルと、スポーツドリンクを用意しているのだが、今日に限ってタオルとドリンクどころか当のエドガー当人の姿も無かった。
珍しいこともあるものだ。ヴィクターはそれぐらいしか感じなかった。いつもそつ無くエドガーであるが、彼も人間、時にはミスや過ちも犯すだろう、人の上に立つ者として、それぐらいは笑って流せるぐらいの度量は必要だろう、とヴィクターはあまり深く考えずに、ジョギングを開始したのだった。
■■
そうして、つつがなくジョギングを終え、心地よい疲労感と火照りを感じながらヴィクターは屋敷へと戻ってきた。そして屋敷の玄関に入り、
「おはようさ~ん。お嬢様、タオルとドリンク持って来たよ~」
黒いツインテールを軽やかに揺らし、跳ねるような足取りでメイド服を身に纏ったジークリンデが、朗らかな笑顔を浮かべながらタオルとドリンクを手渡してきた。
勿論その二つはすぐに必要なものであるし、ありがとう、と感謝の一言ぐらいは伝えるべきなのだろう、しかし――
違う。――――絶対的に何かが違うっ!!
誰だ、この、まるで四コマ漫画でホームレスをやったりポンコツ駄メイド長をやったりしそうなおっとり少女は!?
自分の知る、根暗鉄面皮でツンデレが多分に入っていそうなジークリンデと、今まさに現実として目の前に立っているジークリンデとの差異に、ヴィクターは困惑と驚愕を感じていた。
「どうしたの、お嬢様。 どっか具合でも悪いん?」
「え? あ、いや、そんなことは無いわよ。ありがとう、ジーク」
ジークリンデのこちらを慮る言葉が、余計に一層ヴィクターを困惑させる。自分は未だ寝ぼけているのか? これは夢なのか? ひょっとしてこれが現実で今まで見ていたのが夢だったのか?
虚実あやふやな思考の渦に囚われながらも手渡されたタオルで汗を拭き、ドリンクで喉を潤す。そのはっきりとした感触は夢だとは思えない。――思わずヴィクターは自分の頬を抓り、
「……痛い、夢じゃないわね」
「ほえ!? どうしたんよお嬢様。そんないきなり自分のほっぺた抓ったりして~」
「な、何でも無いわよ。……ちょっと寝惚けてただけだから」
「あはは、珍しいこともあるもんやね~。お嬢様っていつもしっかりしてんのに」
珍しいことは今現在のあなたの方よ、と叫びたくなる衝動をヴィクターは懸命にこらえ続けた。
努めて平静に、努めて冷静に、できることならばこのわけのわからん状況がさっさと終わってくれないだろうかと懸命に祈り続けた。
「そや、お嬢様。もう朝ごはんの準備はできてるよ~」
「え、えぇ、……わかったわ」
「調子悪うてもしっかり朝ごはん食べへんと体に悪いよ? じゃあうちは先に行って――――あ痛たっ!?」
ほんの僅かな床の段差で盛大に転ぶという、ヴィクターの中にある普段の様子からは考えられない様な醜態を晒すジークリンデを見つつ、ヴィクターは頭の中で今一で、あらんかぎりの力を込めて盛大に叫んだ。
――――何かが違う。絶対に違うっ!! 致命的に間違っているっ!!
その断言に応える者は、誰ひとりとしていなかった。
■■
『Yo―Yo―チェケラッ、僕を誰か知ってるかい? Y・U・U・N・O・ユーノッ! YUUNO is GOD ! 教えるぜGOGO! 学べよGOGO!』
――――何、これ?
そして朝食時、訳の分らぬ困惑に囚われたままの気分を切り替えるために、ここ最近考古学会で若手のホープとして知られる時空管理局・無限図書司書長がパーソナリティを務めるミッドチルダ公共放送の歴史解説番組を見ようとしたのだ。
かつてのベルカの末裔として、歴史に関する見識を深めておくのは必須であり、そうした真面目な事柄に触れていれば少しはこのわけのわからない困惑もましにはなるだろうと、ヴィクターは考え、そしてテレビ画面に唐突に現れた似非ヒップホッパーに、そんな些細な思惑すらも三千光年の彼方に吹き飛ばされてしまったのだ。
「成程なぁ、歴史番組という硬いイメージを払拭し、視聴者の皆に気軽に番組を見てもらおうとするその気構え、見習わんといかんねぇ~」
視界の端では、朝食のパンを頬張りつつ、そんなことをのたまっているジークリンデがいた。……一体お前はそんなことを見習ってどこを目指そうとしているんだ。
『Y・U・U・N・O僕のソウルライブだYo―Yo―! 教えるために! 呼ばれて来たぜHo!』
そしてテレビの向こう側では、一切ノリを変えることなく、緩めることなく似非ヒップホッパーがノリノリに番組を進行させていた。もぅ、どうでもいい。知るか、馬鹿。
やけに塩っ辛く感じるソーセージを咀嚼しつつ、ヴィクターは心中に諦観の念を宿し始めていた。
せめて、一人ぐらいはまともな人物がいてほしい、そう、切に願いながら。
「――――お嬢様、大変申し訳ありませんでした」
そして、聞こえてきたのは今日、未だ顔を合わせることの無かった執事の、いつもと変わらぬ声色だった。
――――そうだ、まだエドガーがいる。彼はきっと!
ヴィクターの心中に希望が宿る。流石に彼までおかしくなっている筈がない、おかしくなっていてくれるなと願いつつ、ヴィクターは声の方向に視線をやり、
「――――寝過ごすなどというちんけなミスをしてしまったこの不出来な奴隷に、愛の鞭をっ!!」
高らかに、情熱的に、心底馬鹿なことを恥ずかしげもなく、まるでマゾでロリコンで三十路の、とある屋敷の家令(CV:古河徹人)のように宣言する執事を前にして、切れた。そりゃあもう切れた。完膚なきまでにヴィクターは切れた。
「――――こんな世界滅びてしまえええええええええええええぇっ!!」
瞬間、彼女の怒りと共に迸った雷鳴がダールグリュン家の屋敷は灰燼へと変えたのだった。
……何書いてんだろう、俺は。
そんなわけで突発的に思いついて二時間で書きあげたネタ話でした。
ちなみに途中にあった四コマ云々はVividの外伝である「Vivid LIFE」のネタです。