イギリス郊外の町はずれに小山がある。そのふもとには小さな教会がひっそりとたたずんでいた。毎日行われる教会でのミサが終わると老神父はふっとため息をついた。神に身をささげる以上平和を求めるのは当たりまえだが彼にはそれ以上に平穏と平和は尊い。そのために払った犠牲はとてつもなく大きかったからだ。そんな感傷を抱きながら彼は教会の出入り口に足を向けた。彼のいま守るべきもののところへ。
教会を出て裏の小山の方に向かう彼の視線の先に少年が一人鍛錬を行っている。山の木々に向かってあたかもそれが人であるかのように突きや蹴りを繰り出すさまは少年のものとは思えない。足を肩幅よりも少し広くとって腰を落とし、掌底打ちをしている彼の周りは、直径が20メートルほどの円に開けており、その地面は固くふみならされている。親子3代にわたる修練が木々の生い茂るスキさえ与えないほど苛烈であることの証だ。
最後に上段蹴りをして深呼吸で息を整える少年の姿を注視しながら、老神父は声をかける。
「調子はどうだい、士堂?」
その声に少年は軽い柔軟をしつつ微笑みを浮かべて答える。
「上々だ、爺さん。 基本の動きは前よりうまくなってきていると思うよ。」
老神父のほうに歩みながら彼は汗をぬぐう。その姿に笑みをこぼす老神父 安倍士柳はタオルを手渡しながら続けて聞く。
「あとは体力がどれだけ続くかが問題じゃが、まあこれは時の流れに任せるしかあるまいて。」
孫の元気な声に目を細めながら士柳は問を続ける。
「懸念事項の魔術の方はどうじゃろう? 先週は確か黒鍵の起動にはもう問題はなさそうだといっておったがの?」
「今日も黒鍵は起動できた。十本連続で起動できたし、いい感じだと思うよ。 実戦で起動しないってことはないんじゃないか。」
「では魔術回路が開けた、ということでいいかの?」
朗らかに語っていた士堂の顔が急に崩れる。苦虫をかみつぶしたかのような顔でつぶやいた。
「駄目だね。 黒鍵はいいんだけど魔術回路を意識してもイメージできないっていうか… 本当に魔術回路を持っているのかな僕は。」
士柳はためいきをつきながらも士堂の肩に手をかけて励ます。
「やはり…。 じゃがお前が黒鍵を起動できる以上魔力自体は間違いなくある。 なかったら起動自体が出来ぬはずじゃからな。だから魔術回路はあるはずなんじゃが…」
「爺さんにわからないんじゃどうしようもない。黒鍵の起動に問題はないから代行術も黒鍵主体にすればいいんじゃないかな。」
そういうと士堂は大きく伸びをしてふっと息をついた。
「腹減ったなあ。 昼飯は何だい、爺さん?」
「カレーじゃよ いま婆さんが用意を…」
言い終わるのを待たぬまま指導は教会横の住居に駆けていった。
士柳は一目散に駆けていく孫の姿をあきれながら、しかしほほえまし気に見つめつつも思案していた。孫が魔術の類を使用できないのは今に始まったことではない。
だが間違いなく魔力は持っているのだ。出なければ黒鍵を展開できるはずがないのだから。しかし士堂は魔術師(士柳は魔術使いと自称するが)なら必ず持つ魔術回路を持っていない。いや持っているのかもしれぬがそれを認知できていない。こんなことは魔術師にとってはイレギュラーだ。今まで魔術に触れてこなかった初代ならともかく安倍家はそれなりの長さを持ついわゆる名門。士柳も今は亡き息子の士厳も魔術回路を持っていた。
この謎はいまだに解決できない士柳の大きな悩みであったが、心当たりがないでもない。ただ確かめるすべを知らぬのだ。
頼りになる古い友人はただ時を待てばわかるとひげを揺らしながら笑っていたが…。
その「時」が目前になってきたことを思い出しながら士柳は孫と妻の待つ家に足を向けた。
昼飯を食べたあと教会の用事を済ませると日もとっぷりと暮れている。家族3人でいつものように夕食も済ませると、士堂は一階のテーブルで柄のようなものを磨いていた。これは黒鍵の待機状態ともいえるものだ。黒鍵を展開できるのも毎日のように触れているからでは、というのが祖父母の意見である。柄を磨くことは彼の趣味であり心の癒しであった。石磨きを趣味にする人がいるほど、磨くという行為は人をいい意味で夢中にし、ストレスや悩みを考えるスキを与えない。
キッチンでは彼の祖母安倍道子が夕食の片づけと明日の朝飯の仕込みをしている一方で、士柳は本を読みながら暖炉横の長椅子に身を委ねている。この後いい時間になれば各々勝手に寝室に向かうのが安倍家の日常だ。それは何ら変わりない日々の一環であった。このあと訪れる出来事以外は。
士堂が柄を磨き終えてその見た目に一人満足していると聞きなれない鳥の声を聴いた。夜遅くに鳥の声がするのは普通ではないが珍しくはない。だがその鳥の声は今までこの時間と場所で聞いたことはなかった。ふと気になって視線を上げれば窓の外に白くまるっこい鳥がいるのを見つけた。それだけなら珍しいことだと切り捨てることもできるが鳥は手紙をもっていたのだ。
見間違いかと目を細めていると玄関の郵便受けで鳥がバサバサと羽ばたいている。スコンと音がした後に鳥は羽ばたいていった。士堂は見間違いか偶然かとおもったが、なぜか気になって郵便受けに足を向けていた。
見れば一通の手紙が広告と一緒に入っている。手に取ると宛名には「士堂 安倍」と書いているから自分宛かと思いながら差出人に目を向ける。そこには「ホグワーツ魔法学校」と書かれているではないか。聞いたことのない学校名に首をかしげながら、なぜか士堂は本当かどうか確かめたくなった。
「爺さん、ちょっといいか」
「うん?」
孫からの突然の呼びかけに支流は目も上げず声で応答した。この時までは。
「ホグワーツって知ってるかい?
「何!? ホグワーツじゃと?!」
ホグワーツという名前を聞いた途端士柳は手に持った本を床にすてながら瞬時に立ち上がる。その顔には驚嘆の色がありありとにじみ出ていた。
めったない大声に驚く士堂をよそに今度はキッチンから士柳の言葉を聞いた道子が駆け寄ってくる。今まで見たことのない二人の反応に士堂は頭が追い付かない。 いたずらではないのか?
「今ホグワーツといいましたか 士堂?」
驚きで声が出ない士堂はただ頷くのみであるが祖父母は気にもとめず、孫を無視して話しを進める。こんなことも士堂のすぐに思い出される記憶にはなかった。
「ホグワーツからなぜ士堂に? もしや士堂は魔術使いではなく・・・・?」
「うむ いたずらで手紙をよこすのはアリエン あってもダンブルドアだろうがこんないたずらをする人ではない、突拍子もないことをしがちではあるがね。
なるほど なればこそ… 魔術回路を… なんとかいてあるかね手紙には!」
一人話が読めていない士堂はまごつきながら手紙を開ける。見慣れない紋章の下には文章が綴られている。そこにはホグワーツ魔法学校に入学できることと必要なもののリスト、新学期の日にちと入学の是非の締め切りが書かれていた。気になるのはフクロウ便という言葉だ。 ではさっきの鳥はふくろう?
「なんと… では士堂は魔法使いであったのか!? なんという因果じゃろう、よもや魔術使いの家系から魔法使いが生まれるとは…」
士柳は手紙の内容に驚きながらどこか納得した表情であった。
「魔法使い? 俺は魔術使いだろ? いたずらじゃないのかこんなの。」
手紙を読んでも話が読めずにいる士堂の背後から聞き覚えのない声が答えた
「いいえ。いたずらでもなく本当にあなたは魔法使いですよ。ミスター士堂。」
その声に反応した士堂はまた驚きを覚える。そこには妙齢のいかにも魔法使いですという格好の女性がいつのまにやら立っているのだ。黒帽子にローブ、おまけに手には杖までもって!だが驚くのは止まらない。その女性を見た士柳が懐かしそうに声をかけるではないか。
「おお・・もしやマクゴナガル先生ではないですか? 何年ぶりでしょうか…。」
「ええそうです、ミスター士柳。あの葬儀以来でしょうか、お久しぶりです。」
マクゴナガルと呼ばれた女性は士堂を感慨深げに見てから士柳に答えた。
「お変わりないようで・・ということはやはり士堂は・・。」
いまだに話の見えない士堂をよそに話を進める祖父とマクゴナガルはその戸惑いの視線に気づいたのか士堂に話を向ける。
「初めましてミスター士堂、ホグワーツ魔法学校で教師をしていますミネルバ・マクゴナガルと申します。今日はあなたにホグワーツ魔法学校に関することでお話をしにまいりました。」
そういってから一拍置いてマクゴナガルは会話を続ける。
「あなたが見事に成長してくれたことをうれしく思います。あなたのご両親とも友人でしたから。」
急に押しかけてきたにしては丁寧な対応に反応できなかった士堂であったが慌てて挨拶をする。
「あ、初めましてマクゴナガルさん。 えーっと士堂 安倍です。あー、両親や祖父母を知っていたのですか?」
「ええ、それはもちろん。 ミスター士柳とはもっと前からですよ。思い出話もしたいところですが単刀直入に要件を伝えた方がよさそうですね。」
ほほえみを浮かべながら話すマクゴナガルは襟をただし、士堂の正面に立つ。その姿には教師というには似つかわしくないほどの威厳を感じることが出来る。
「あなたには魔法の才能があります。その才能を生かしたいならホグワーツ魔法学校はあなたを歓迎する用意はできています。」
そういうとマクゴナガルは杖を振るう。
するとテーブルに置いてあったコップが一瞬のうちにネズミに変わっているではないか!
「ホグワーツ魔法学校では魔法の使い方を勉強し、制御する術を身につけることが出来ます。」
「魔法…。 僕の知っている魔術にはこんなものなかったぞ、爺さん!それに俺の知っている魔法ってのは…!」
この日もう何度目かわからぬ驚きに戸惑いながらも士堂は祖父に問を投げるが、それに答えたのは以外にも祖母の道子であった。
「あなたの知っている魔術や魔法とマクゴナガル先生の魔法は別物です。―お久しぶりですマクゴナガル先生。教師としてますます成長しておられるようですね。」
士柳の隣にいた道子はそういってマクゴナガルとハグをする。
「あなたもお変わりなく,ミス道子。 話のとおりあなたの知る魔法や魔術と我々の魔法は違います。 我々はあなたに魔術ではなく魔法の適性があると考えております。心当たりがあるのでは?」
急に質問をされた士堂はいままでの鍛錬の記憶を辿っていくと思い当たる節はあった。
「僕の魔術が不安定なのも、魔術回路が起動しないのもそこが原因なのか?でも知っていたら教えてくれてもいいじゃないか、爺さん、祖母さん!」
まさかの答えに思わず非難の声をあげる士堂。そんな士堂に祖父は目線を落としながら答える。
「いったじゃろう、魔法と魔術は違うのじゃ。考えなかったわけではないが確証がなかった。魔法使いと知り合っているからといって魔法に詳しいわけではないのじゃよ。」
ため息をつきながら答える士柳はマクゴナガルに問う。
「魔法を学べば士堂は代行術を使いこなせるようになるかの?簡単に申せば士堂は魔術回路を認識できないのじゃ、魔力を持っているにもかかわらずの。」
その問いに今度はマクゴナガルが驚きの表情を浮かべる。
「ミスター士堂はすでに代行術を収めているのですか…。 ええ、話を聞く限り魔法を学んだ方が道は開ける可能性は高いと考えられるのは言えますね。そうダンブルドア校長からも伝言を貰ってきましたから。」
断言はできかねますが、と注釈をつけたマクゴナガルは士堂に視線を向ける。その目を受けた少年は迷うことなく返答をした。
「僕は行きたい、ホグワーツ魔法学校に行ってみたい。」
翌日マクゴナガル先生を祖父母と玄関前で待っていると時間通りにマクゴナガル先生は瞬間移動のように現れた。
「うお、突然現れることもできるのかよ、魔法は?魔術なんかよりすごいんじゃないか?!」
そう士堂が感想を述べるとマクゴナガルは無言で手を差し出す。その顔はどこか満足気であった。
「では行きますよ。時間はないのですから」
無言のまま頷く両祖父母に頷きながら、士堂はマクゴナガル先生の手を取ったと同時に世界がゆがむ感覚に陥った。
追記 ハンナアボットはハッフルパフでした。申し訳ない。