「まずは魔術と魔法の違いからかな。」
手の中でカップの腹を撫でながら士堂が口を開く。目を閉じながら絞り出すように一言一言言の葉を紡ぐ。
「魔法は主に自分の体内に宿る魔力をもとに、杖という媒介で現象を再現するのが基本。でも魔術は自分の魔力をきっかけに魔術回路を起動させ、外界に存在する魔力を操作することで外界に干渉するんだ。」
「魔術回路とは人間の生命力を魔力、オドに変換させる器官のことをいうんだな。そしてこの魔術回路で巷にあふれる魔力、マナに働きかけることでいわゆる神秘の再現を行う。僕はこの魔術回路が認識できないから魔術といわれる類のものを一部を除いて使うことが出来ない。」
生唾を呑み込みながらロンが恐る恐る質問をしてきた。
「あ~、神秘って何?」
「そこが重要なんだ。その説明をしなくちゃならないね。」
きっと目に力を込めて士堂が返事を口にする。
「魔術を行使するもの・魔術師は、君たち魔法使いと根本的に違うんだ。彼らは根源への到達を目標として生涯を研究にささげていく。その過程で重要になるのが神秘、この世に流布されていない知識と現象。」
「根源って?」
「すべての知識の始まり。一にして全、全にして一。アカシックレコード。
突然の意味不明な羅列は聞き手の頭の上にクエスチョンマークを浮かべさせた。そんなわけのわからぬものに一体何の価値がある? そんな疑問もお見通しだといわんばかりに補足の説明がされた。
「要はなんでもわかる図書館って考えてみてくれ。そこにあるのはちょっとやそっとのことではない。完全な死者の蘇生、虚数の実体化、次元運航に無の否定。現状不可能といわれることを完璧に成し遂げられる知識が思うがまま手に入るんだ。」
「…死者の蘇生…」
士堂のフレーズの1つに心惹かれるハリー。思わずコップを握る手に力が入り俄然興味がわいてくる。
「根源がすべての知識の始まり、と考えていくと今知られている知識っていうのは川の流れのように、根源に繋がっているといえる。ということは知識を研究していわば遡れば根源に到達できるのでは?と考えるのが魔術師なんだ。」
「注意しなくちゃいけないのはここ。今まで知識といったけどもなんでもいいわけじゃない。その知識には条件があって時の流れと人の意識に細分化されていない、つまり秘匿性・一般に知られていないことじゃないと意味がないわけ。
だから魔術師は研究内容を公開することは少ない。世に広まればその分根源から遠ざかるわけだから自然内向的になっていくものだ。こうして秘匿された魔術師の研究する知識を
「魔術において秘匿性が重要だとわかったと思うけど、魔術協会といわれる組織がこの秘匿性について干渉している。まあ
「では代行者、とは何かね? 私らもまあ、詳しく知らないもんでね。」
アーサーの何とも言えない白々しさに頬を引くつかせるが、ちょっかいを出すだろうロンと双子の顔から色気がなくなってき始めたのを見て納得する。
「そうですね、そこにも触れましょう。今言った魔術協会とは別に聖堂教会と呼ばれる組織があってね。これはマグルの世界の宗教団体のいわば裏組織。目的は神と教義に逆らう異端者の排除。
その実行者が代行者なんだ。僕の祖父はこの代行者でもあったわけだけど、若いころに脱退してフリーランスとして活動してきた。それを息子の士厳と孫の士堂が受け継いだわけ。」
ここまで言うとパンと手をたたいてモリーが話を終わらせる。まだ話していないこともあったが子供達には許容不可能と見たのだろう。意識的に笑顔を作りながら3兄弟に仕事を言い渡す。
増殖した庭小人の駆除ということでしぶしぶ3人が動き出した。3人が扉から庭に出るとモリーが嬉々として、キッチン横の本を取り出して士堂とハリーに見せつけてきた。
「見て頂戴、ロックハートは庭小人以外の駆除についても詳しいんですの。本当に素晴らしいわ!」
そういってハンサムな男性がウインクやらなんやらし続ける表紙の本を士堂とハリーに見せつける。二人を元気付けるためではなく、本当に夢中のようだ。
女性が何かに夢中になるのをハーマイオニーの勉強姿以外では見たことのないハリーが手伝いと称して庭に飛び出すと、慌てて士堂も後を追う。モリーは本を抱きしめながら感心したように二人の背中を見ていた。
「ロン、そこまでしか飛ばせないのか? 切り株まで飛ばすんじゃないのか?」
「口だけだったかい、ロニー坊や?」
「けっ、いうならやってみろってんだ。 あれハリーに士堂もどうした?」
キーキー喚く小人をぶん回して、遠くに投げつける双子の横にいたロンが二人に気づく。ハリーは初めて見る庭や小人に心躍らせていたが、士堂は凸凹の禿げ頭に小さな足をばたつかせる小人を掴んでじっと観察していた。
ロンに教えられた通り、ハリーが小人をむんずと掴んで振り回してから手を離した。小人が指を噛みついたのを離すために、ブンブンと振り回したこともあり誰よりも飛ばす。小人が空に次々上がるのを面白がって周りから小人が集まってきた。学習能力がないことを理由にウィーズリー氏が黙認する理由になんとなくハリーは共感できる気がした。
そんなハリーの後ろから士堂が声をかけてきた。
「そういやまだ、教えてなかったことがあったんだよな。」
士堂が庭小人を5、6人掴んで空中に放り投げる。大の字に体を伸ばして空中に飛び交う庭小人をじっと睨みながら士堂は手に柄を握る。あの部屋で見たように腕をクロスして溜を作り上げていた。
「これは黒鍵。代行者の武器であり、概念礼装。悪魔よけの護符であり、神に反した肉体を洗礼によって浄化する節理の鍵。」
『
特定の言葉に反応して柄から剣が瞬時に生成された。溜がなされた右腕から勢いよく放たれた黒鍵が集まってくる小人から離れたところに着地する。砂埃を上げて黒鍵が着地すると周辺の地面にクレーターのようにくぼみが形成された。
『私が殺す。私が生かす。私が傷つけ私が癒す。我が手を逃れうるものは一人もいない。我が目の届かぬ者は一人もいない。』
『神は御霊なり。故に神を崇めるものは、魂と真理をもって拝むべし。ここに醜き小人の姿を捉え、ここにその名をもって拒まん事を望む。』
士堂はハリー達の知る魔法の呪文詠唱とは違う、洗礼詠唱を口にしながら左腕の黒鍵を先ほど放たれた物の対角線に投擲する。大きく窪みを作りながら放たれた黒鍵同士が呼応するかのように青白い光を放つと、中央にたむろする小人たちに青白い稲妻が襲い掛かった。
『許しはここに。受肉した私が誓う。 “
握りつぶすかのように手を握り締めると、庭小人たちにそれまで以上に青白い稲妻が襲う。それはあちこちに飛び散るように放射され、隠れていた庭小人がお尻や頭を抑えながら庭の外の方向に走り逃げていた。キーキーというよりもキィーキィーと悲鳴のような声が聞こえなくなってから士堂の周りにロンと双子も近寄ってきた。
「ふへ~初めて見た、君やっぱすごいよ。」
「いやはや、これは俺らとは違う魔術師様らしいな。」
「全くとんでもないよ。生き残った英雄様に魔術師様!」
ジョージにどんと肩を突き飛ばされてハリーと一緒にバランスを崩した士堂が、ジョージを追いかけまわす。そのまま誰が鬼かわからない鬼ごっこに発展してキャッキャッと走り回るのだ。隠れ穴の庭はあまり手入れがされていないから草木が伸びっぱなしであったが、その分草原で走り回るかのような爽快感があった。
「ははは、もう無理走れない。」
「僕も足パンパン。」
庭の真ん中で背中を合わせて座り込むハリーと士堂。息を整えながら士堂が背中越しに誰に言うでもないように話始める。
「死者の蘇生なんて考えるなよ。」
「っつ?!」
士堂に目を合わせていないのを感謝するほどハリーは目を見開いていた。士堂の根源の話を聞いてからずっと考えていたことを指摘されて、自分の心音がはっきり聞こえるほど動揺しているハリーのことを知ってか知らずか話は一方的に続く。
「死者の蘇生には時間旅行に平行世界の運用、無の否定という魔法が絡んでいるとされている。」
「魔法? でも君が言っていたのは…」
「さっき言ったろう? 根源を目指すのが魔術師の目的って。今なお多くの魔術師がそんな夢物語を目指すか不思議じゃないのか?
いるんだよ。史上5人の魔術師が根源に至った。その方法である神秘を魔術師は魔法と呼ぶんだ。その中に少なくとも平行世界の運用は含まれている。キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグと呼ばれる魔術師が使えるとされている、らしい。」
「じゃあ使えるってことじゃないか、つまり!」
期待感をにじませてハリーが振り返ろうとするが間髪入れずに士堂が否定する。
「忘れたか? 根源に至る神秘は秘匿性が重要なんだ。つまり誰かが至った道をなぞっても根源には至らないし、完全な再現もさせないんだよ。キシュア翁は気まぐれな性格だし、聞くところでは観測したり干渉した平行世界が現実となるからそんなに干渉しないらしい。」
士堂は隠れ穴に戻るために立ち上がるが、ハリーはその背中を複雑な心境で見つめていた。去り際に残した言葉の意味をハリーは気づいてしまったから。
「僕はそう祖父さんに教えられたんだ。」
その後はアーサーのマグル用品について討論会が開催されたり、双子が試作したいたずらグッズの検証会が同意なく行われた。代行者としての実力を高く評価した双子はこれ幸いとばかりに、自動追尾花火やら爆発するブーブークッション、拭くたびに脂が顔に浮くタオルケットの実験台に任命したのだ。
楽しい日々ではあったがそこにはパーシーはいなかった。普段は部屋に閉じこもっていて何かしているが分からない。ジニーは士堂とは普通に話すのにハリーを見たとたん、足を踏み外すわ食器を落とすわ大変なのだ。このことについて士堂もハリーも大きく指摘することはなかった。
「おいおい、マジかよロックハートが7冊だぜ! とんだファンだな、いやフアンか。」
「新しい『闇の魔術に対する防衛術』の先生はロックハートの大フアンだな。きっと魔女だぜ。」
そこでモリーと目が合った双子が慌ててジャムに手を伸ばすが、モリーとアーサーはため息をつく。ロックハートなる人物の本は高値らしい。それを少なくとも3人分、今年度入学のジニーの教科書を含めるとあまり笑えない出費だろう。
(ビルやチャーリーもウィーズリー家にはそんなに入れられないわけだ。)
ウィーズリー家の長男のビルはグリンゴッツ銀行に、チャーリーがルーマニアでドラゴンンの研究をしているといっても仕事上での出費や研鑽にかかる費用はハリーの想像よりも多いのだろう。ウィーズリー氏のマグル製品不正使用取締局なる部署は聞くところでは日陰の部署らしい。つまりウィーズリー家の懐事情はなんというかよろしくはない。
自分は両親の遺産のおかげでお金の心配など当分はいらないのだから、なんだかいたたまれなくなる。ふと隣を見ると士堂がこれでもかと胡椒をかけてスクランブルエッグを口にしていた。士堂もハリー同様金銭面での心配はないから気まずいのだろう。