ハリーポッターと代行者   作:岸辺吉影

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新生活

ホグワーツに到着しても、ハリー達の姿が見えない。あちこちに目を配って探してみるも、それらしき人が見えないのだ。新学期ということで賑やかな道中も、一緒になったネビルやシェーマスに聞いてみるが成果はない。そうこうしているうちに新入生の組み分けまで終わってしまった。せっかくジニーがグリフィンドールに決まったというのに、士堂たちの視線は不安げにあちこちにさまよっている。

結局彼らと対面できたのは、寮の扉の前である。青い顔で立ち尽くす二人に人が群がったせいで、士堂は落ち着いて事情を聞くのが寝室となった。

 

 

「ああ、なんて最悪なんだ。去年よりもひどくなるなんて想像していなかったよ。」

 

ロンの嘆息の声にどれほどの意味が込められているのだろう。空飛ぶ車で暴れ柳と杖をへし折ったことで、自身の退学と父親の解雇が現実味を帯びた事? そのことでモリーにほえメールでこっぴどく皆の前で叱られた後に、熱狂的なハリー信者の一年生に会ったこと? マルフォイが厭味ったらしくからかってきたこと?

 

「…私の誕生日の理想的なプレゼントは魔法界とマグルのハーモニカですよ。オグデンのオールド・ファイヤー・ウヰスキーでも断りはしませんがね! 皆さん私の著書の読み込みが足らないようで残念です。しかしご安心を。この学期が終わるころには、皆さんは私の偉業について語り合うことでしょう!」

 

間違いなく目の前で自分の経歴を講釈するロックハートに対してだろう。「闇の魔術に対する防衛術」の初回授業だというのに、大半の生徒の顔には落胆の顔色がありありと浮かび上がっている。彼は授業初めに、自分の経歴のみを問う問題を丁寧に50問もテストしてきた。内容はロックハートがべらべら述べてくれる通りだ。

ハリーは表面上は真面目に授業を受けてはいるものの、士堂は机の下で杖を磨いていた。他のグリフィンドール生はいざ知らず、マルフォイですら窓の外に目をやっている。シェーマスやフィネガンがくすくす笑う中、ハーマイオニー含む数人の女子はうっとりと聞きほれていた。

 

「その中でもミス・ハーマイオニーは私の密かな大望も見落とさずに、満点を取っています! グリフィンドールに10点!」

 

息をのむ声とともに茹蛸のような顔になるハーマイオニー。ニコニコと自尊心にあふれた笑みを浮かべるロックハートは、どうやらクラスの生徒全員がハーマイオニーに見えているようだ。

 

「では授業に入りましょう。魔法界にあふれるあまたの危機から皆さんを守る、それがこの授業の目的なわけです。私がいる限り、皆さんに危機が訪れることはありません。

今日は小手遊びとして、連中にご協力をお願いしよう。」

 

ロックハートも教師としての仕事は忘れてはいなかった。覆いのかかった籠から不快な鳴き声がすると、へらへら笑っていたシェーマスたちも黙り込む。ハリーは注意深く籠の中身をのぞきこもうとしていた。

籠の中にいるのは群青色の小妖精である。キーキー喚く小動物に安心したクラスに、ロックハートは挑戦状をたたきつけた。

 

「おや、なめていてはいけません。彼らは危険気まわりない。だが、どうやら皆さん自信があるようだが…。お手並み拝見といきましょう!」

 

憎たらしいほど軽やかに振られた杖とともに、籠の鍵が解除された。籠から放たれた小妖精は、部屋中に散らばっていく。

性根がいたずら好きであるピクシーがやることは、目につく全てへのいたずら以外ない。

シャンデリアや窓に張り付く、机のものをぶち巻かす、ネビルを釣り上げていくなどさんざんである。生徒の半分は机の下に隠れていたし、他の生徒は逃げ惑うしかなかった。

 

「ふふ、どうしたんですか。皆さん、隠れていたら何もできませんよ?」

 

『ペスキピクシペステルノミ ―ピクシー虫よ去れ!』

シーン…

 

イケメン教師の呪文は、ピクシーが彼の杖を窓の外に放り投げるという現象を引き起こした。慌てた彼が姿を隠した瞬間、終業のチャイムが鳴る。と同時に生徒が我さきへと扉に走り寄っていく。

 

「わ、私は本の編集を手伝わなくてはいけないのでね。後は君たちに任せたよ、優秀な諸君。ミス・グレンジャー、よろしく!」

 

そう言い残したロックハートは、姿現しをしたかと思うくらいの速さで教室を後にした。最早言葉も出ない男子をよそに、指名されたハーマイオニーが呪文を唱える。

 

『イモービラス! 動くな!』

 

ハーマイオニーが放った呪文は、まさしく有効な効果を示した。ゆっくりと落ちてくる小妖精を籠に戻しながら、ロンが悪態をつき始める。

 

「見たか?ロックハートのやつ、僕たちに押し付けていったぞ。

君たちに後を任せよう、優秀な諸君! だってさ。」

「ロックハート先生よ。先生は私達に経験を積ませたくて、今回の授業にしてくれたのよ。」

「すんばらしい。見たかハリー。あのロックハートの名演技!杖をとられたときの慌てようったらなかったよな?!」

「士堂までそんなこと言うの?!」

「落ち着いて、ハーマイオニー。士堂のいう事はわかるけどね。」

 

男三人のロックハート評にハーマイオニーは、ずいぶんとご立腹の様子だ。ぶつくさ文句を言いあう士堂とロンを横目に、ハリーは今学期の未来に暗雲が立ち込めてきた予感を覚えた。

 

 

寝室で士堂が静かに眠りについている。土曜の午前にハグリッドの部屋に皆と訪ねる約束があるからと、前日は早めに眠りについていた。だが久しぶりのホグワーツの日々は知らぬ間に疲労をため込んでいたらしい。珍しく熟睡する士堂を揺する何者かがいた。

 

「起きて、先輩! 起きてください!」

「…誰だ…」

 

ぼんやりした頭で目の前の人物を確認すると、一つ下のコリンがいた。熱狂的なハリー信者の彼は、ハリーのあらゆる姿をフィルムに収める。話すこともあるがたいていはハリーの居場所を聞き出すか、これまでのいきさつをインタビューされるぐらいだ。

そんな彼が珍しく血相を変えて、士堂の肩を揺するのだ。たらりと脂汗が顔から落ちるのがはっきりとわかるほど、急いでいる。何かあったことは明白だ。

慌てて着替えてからコリンの後を追いかけると、クディッチ闘技場に人が集まっている。赤のローブと緑のローブの集団が一食触発の空気を漂わせていた。薄ノロ坊ちゃんでも場所とローブだけで、その理由はすぐに検討がつくだろう。

 

「…すくなくとも、グリフィンドールはお金で選んだりしない。こっちは実力で選ばれたのよ。」

「フン、いい気になるなよ。誰もお前なんかの意見は求めていない。この穢れた血め!」

 

士堂が騒ぎの地点に到達したときに聞こえてきたマルフォイの言葉は、事態を悪化させるのに十分だった。ウィーズリー兄弟が襲い掛かろうと飛び出し、チェイサーのアリシアが金切り声で非難する。チェイサー仲間のケイティとアンジェリーナも睨みつけているところを見ると、穢れた血という文言は相当な侮辱だとわかった。ロンがローブから杖を取り出して、マルフォイを狙う。

 

「マルフォイ、思い知れ!」

 

ロンの杖から緑の閃光が迸るが、折れているせいで逆噴射してロンの腹にあたってしまう。ロンが苦し気に嗚咽するとぬるっとナメクジが口から零れ落ちた。そんなロンを見て、マルフォイらスリザリンが爆笑の嵐になった。周りのグリフィンドール生が近づかない中、ハリーとハーマイオニーがロンを連れてハグリッドの部屋に向かうのを、沈黙したまま士堂は見つめている。

 

「ああ、さすがの騎士様もあの醜態は見ていられなかったかな? 穢れた血に相応しい落ちこぼれの面汚しだよ。アレは。そういや君のご両親は…」

「3回目だ。」

「何?」

「お前は俺の前で三回侮辱したな。 ロンとハーマイオニーを。」

 

そういってマルフォイと正対する士堂の顔は、グリフィンドールの騎士と噂されることもある彼ではない。ハリーら数人しか知らない魔を断つ代行者の顔である。その気迫にマルフォイらスリザリンも、直感的に気づいた。  

まずいと。

 

『Crura adepto fortior me velut ferrum  (我の脚は鋼のように強くなる)』

 

詠唱とともに士堂の脚に魔力が集まる。ぐっと腰を沈めて左足の中心部に意識を置くと、右ひざを胸のあたりまで引き上げた。左足の中心部に魔力と重心を置き、腰をねじ込みながら右足刀蹴りが繰り出される。右脚に集まった魔力は足裏全体に靴のように覆われていた。

マルフォイの腹に命中した蹴りは、マルフォイの体を貫通した衝撃で後ろのスリザリン生すら転倒させる。口から吐しゃ物をまき散らすマルフォイが大の字で吹っ飛んだから、真横にいた生徒の首筋にラリアットの要領でマルフォイの両腕がぶつかってしまった。

あっという間にスリザリン生数名が地面に這いつくばる。あっけに捕らわれた他の生徒に目もくれず、士堂はハグリッドの小屋に向かった。

 

 

「誰だ、もうわかっちょる、しつこい… なんだ士堂じゃねえか。さあ入った入った。」

 

不機嫌そうなハグリッドは、士堂の姿を見ると安心したかのように招き入れる。去年と変わりないように見える小屋の中で違うのは、バケツにナメクジを吐き続けるロンと背中をさすりながら泣いているハーマイオニーだろう。

 

「話はきいちょる。まったくあのマルフォイとかいうやつらは性根が腐っとるわい。」

「穢れた血というのは?」

「お前さん、知らなんだか、まあハリーもそうだったからな。」

「穢れた血って言うのは両親がマグル―魔法使いじゃない人たちに対する最悪の侮辱だ。マルフォイたちは両親が魔法使いの純血だから、そうじゃない人を見下しているんだよ。

Owe…」

 

ロンがナメクジを吐きながら代わりに説明してくれる。ロンにしては簡潔かつ明瞭な回答であったが士堂は無視して質問してきた。

 

「なぜ純血を忌み嫌う? こっちじゃそっちでいう純血はそれなりに価値があるんだが。」

「なぜって、そりゃ意味がないからさ。このご時世混血じゃなきゃ魔法使いは全滅だよ。

まさか純血主義に賛成だなんていわないでくれよ。」

「そっちはどうか知らねえ。が、魔術師同士の子が一番魔術回路を持つ確率が高い。だから名家といわれる家系は魔術師同士の婚約が普通だ。」

 

士堂とロンの間に険悪なムードが立ち込めるが、察知したハグリッドが助け舟を出してくれた。

 

「士堂、お前さんは勘違いしちょる。俺たち魔法使いが魔法を使えるかに血筋はあまり関係ないんだ。だから今の時代にそんなものにこだわる理由はないんだがな。」

「じゃあマルフォイは、根拠もなくハーマイオニーを侮辱したのか?」

「そういうこった。だから士堂、お前さんも約束してくれ。そんな言葉を使うのも、ハーマイオニーにそんな扱いもしないってな。」

「なめるなよ、ハグリッド。俺はハーマイオニーを一度でも侮辱したことはないぞ。」

 

その言葉にハーマイオニーが頬を紅潮させるが、ハリーは気づいた。士堂が自分のことを俺と呼んでいる。少なくともここ最近で俺といったことはなかった。それがどういう意味かわからぬ彼ではなかった。

 

 

ハグリッドのハロウィン用のカボチャ栽培を見学した一同は、ロンを支えながら談話室に戻っている途中だ。何かスープでもあればいいが、いや今はバケツの方が必要だなと考えていた士堂は玄関ホールにいる人影に寒気を覚える。

 

「待っていましたよ。あなた方に今晩処罰が下されます。」

「なにをするんでしょうか、マクゴナガル先生…」

「ウィーズリー、あなたはフィルチさんと一緒にトロフィールームで磨き掃除をしなさい。魔法はなしですよ。」

「うげ…」

「ポッター、あなたはロックハート先生のファンレターの返信を手伝うのです。」

「そんな、僕もロンと一緒に…」

「先方のご指名です。ではそれぞれ8時に指定の場所に行きなさい。」

 

青ざめた二人に肩を置くハーマイオニー。他人事だと思ってにやにやしていた士堂は、マクゴナガル先生の次の言葉に絶句した。

 

「士堂、あなたも罰則が科せられているのです。私の書庫の整理を手伝いなさい。」

「な、なぜです? 俺は何もしていません!」

「マダム・ポンフリーが今ベッドに張り付く羽目になったのは、誰のせいでしょうか。8時に私の教授室に来るのです。」

 

さっと顔から色が消えた士堂を含めた男三人は、夢遊病者のように談話室に戻る。ハーマイオニーが彼らを慰めることなどあろうはずもなく、どんよりした空気がずっと漂い続けていた。8時になると目線を下がりっぱなしの彼らは、指定の場所に向かうのだ。

士堂がマクゴナガル先生の教授室につくと、扉がいつぞやのようにひとりでに開いた。部屋の中は小ぎれいに整えられているからか、清潔感が感じられる。小動物の入った籠がいくつか置かれ、黒板には何枚もの羊皮紙が張り付けられているのが見えた。自動筆記羽ペンがそこらじゅうで稼働しており、日刊預言者新聞も一週間分全ページ広げられていた。黒インクの赤チンに似た匂いと鳥やゴブリンの糞の匂いも、何らかの香水で消臭している。

 

「自覚が足りません、ポッターとウィーズリーを止めなくてはならないあなたがあんなことをしでかすなど…」

「別に、そんなのはハーマイオニーがやればいいんですよ。」

 

唇を突き出しながら、ぶつくさらしくない言い訳を言いながら杖を振る。乱雑に開かれた教科書や参考書がひとりでに閉じられていく。まだ浮遊呪文が十分に使えない士堂は重なった本を棚に手で戻していった。

 

「だいたい、自分の立場を心得なくてはいけません。あなたは去年の一件以来好喜の視線が向けられていることを自覚しなさい。」

「はあ。」

「罰を与えましょうか、士堂?」

 

どうも虫の居所が悪いマクゴナガル先生の機嫌を損なわないように、罰則を黙々とこなすことにした。マクゴナガル先生の杖が軽やかに舞うたびに、自動筆記ペンや本が踊りだす。こんなところでも魔法の実力を見せつけられるのは、他に呪文学のフリットウィック先生ぐらいか。知識や観察眼では、スネイプ先生も上げられるだろう。グリフィンドール生に見せつけるときの厭味ったらしさはあるけれども。

 

「マルフォイなんかかばう必要があるんですか。」

 

まだ納得していない彼の心は口からこぼれ出ていた。

 

「わかりませんか。」

「俺は分かりたくありませんね、あんなのをかばう理由なんぞ。」

 

杖をひゅっと振ってからマクゴナガル先生は士堂に正対する。その目が潤っているが、それは何の感情からか。人生経験の少なさを嘆くことすら、士堂の頭に浮かぶはずはなかった。

 

「確かにドラコが言ったことは許されない侮辱です。私はそれを咎めなかったら、あなたを軽蔑しますよ。」

「そうですか。」

「しかし、マルフォイ家の権力は魔法省とホグワーツ両方に根差しているのです。あなたは良くても、他の人の身に危険が及ぶのは目に見えているのです。

人と繋がるとはこういうことです。いいことも悪いこともあるのですよ、士堂。」

 

談話室に帰る道すがら、彼は思案していた。他の人の危険とは何か。直接的な被害が出るわけではなさそうだが、見当がつかない。寝室に一直線に向かうと疲労で顔が青白くなっている友人らとともに、すぐに眠りについたせいで悩みは頭の片隅に消えていった。

 

 

10月のじめじめした空気に合わせるかのように士堂の心は重かった。相も変わらずおかしい授業はそのままで、課題だけが積み重なる。ハリーもクディッチの試合が近いこともあって、土曜日や平日の夕方は時間が取れない。さりとてハーマイオニーが図書室にいくのについていくのもバカらしいから、談話室で時間をつぶす日々が続いていた。

どうやらじめじめした空気は人を愚かにする効果があるらしい。ハリーから話を聞くと、顔をゆがませ息をつかざるを得ない。

 

「すごいわ、絶命日パーティーに生前招かれた人は珍しいのよ! 面白そうね!」

「自分が死んだ日を祝うってどういうわけ?」

 

ハリーがホグワーツに住みつくゴースト「ほとんど首なしニック」にハロウィンの日に絶命日パーティーに誘われたのだという。なんでもフィルチに毎度のごとくやっかみを食らったのを助けてもらったとき、正式に誘われたんだそうな。興奮気味のハーマイオニーに、誘われたハリーも気分はいいようだ。だがロンの声から察するに彼はそうでもないらしい。

 

「ロンとハーマイオニーも誘われたんだ。もちろん士堂も。」

「お断り。なんで幽霊風情のパーティーになんぞいかなくちゃなんねえ。」

「ちょっと、そんな言い方ないわ。お誘いを受けてんだったら行くべきだわ。そうじゃなきゃ失礼よ。」

 

談話室で暖炉の前の長椅子を占拠する士堂は、心底いやそうにしていた。苦手な食べ物を無理やり食わされている子供のような表情は、らしくもない。だから3人は面白がってからかい始めた。

 

「何だい士堂、君首なしニックが怖いってのか? あんなのに怖気つくなんてさ!」

「怖がっちゃねえって。」

「あらそう? 私には怖がっているようにしか見えませんけど?」

「違うっつーの。」

「じゃあ行こうよ。ハロウィンはいつも通りだし、ね? 絶命日パーティーに出た後でもきっとハロウィンには出れるよ。」

 

なんとしても連れていきたいハリーに背を向ける士堂。まるで駄々っ子のように拒否する姿は、彼らしからぬ姿である。なかなか見れないその背中を、3人はにやにやしながら眺めていた。

 

 

あの時、僕も断るべきだったんだ。ロンは今、数日前の自分を罵倒していた。絶命日パーティーに参加しないか誘われたとき、軽い気持ちだった。不安がなかったわけではないが、そこまでひどいものでもないと高を括っていたのだ。

それがどうだ。ロンが目にするもので、心が躍るものなんて一つもない。蝋燭の火は幽かな色だし、空気はひんやりと湿っている。地下に続く道を歩いていくと、黒板を爪でひっかく音がどこからか聞こえてきた。

 

「こんなのを聞かなくっちゃいけないのかい?」

 

大広間のハロウィンパーティーでは、愉快な音楽がBGMだというのに。早く帰りたい気持ちが増す中でも、勇者ポッターは会場へと向かっていった。

 

「親愛なる友よ。このたびはよくぞおいでくださいました…」

 

「ほとんど首なしニック」が黒幕の掛かった戸口で3人を迎えてくれた。その向こうに広がるのは確かにパーティーではある。何百ともいえるゴーストが、ワルツを漂いながら踊っていた。ハッフルパフのゴーストである「太った修道士」が、額に矢を突き刺した騎士と話しているのが見えた。一人で漂い続けるスリザリンのゴースト「血みどろ男爵」もいることから見ると、各寮のゴーストも参加しているらしい。

ゴーストを通りぬかないように、ダンスホールの外側を歩く。ちらりと上に視線を向けると、行きで見た幽かな炎をともす蝋燭が輝く。千本もあろうかという蝋燭は、鋸で奏でられるオーケストラと相まって不気味だ。気持ちがどんどん沈むのだが、3人はまだ希望を持っていた。食べ物はさすがに大丈夫だろうという一抹の希望は、まるで蝋燭の炎のように消えていた。

 

「なんてこった…」

 

パンプキンパイに冷製カボチャジュース。チキンの丸焼きにコテージパイ。ハロウィン限定のクリームチーズソースがかかった、パンプキンケーキ。あちこちから漂ってくる鳥の油やスポンジが焼けた匂い。今日、彼らは思う存分堪能できただろう食事。

だが目の前にあるのは、腐った魚に真っ黒こげのケーキ。蛆が湧いた巨大ハギスにカビ過ぎたチーズ。何より吐き気を催す匂いが漂っているというよりも、部屋中に立ち込めていた。食べ物がおかれた長テーブルを、ゴーストたちが次々と通り抜けていく。口がもごもご動いていたり、顔を綻ばせることから味はわかっているしおいしいらしい。

 

「おそらく、匂いを味わっているんだわ。強い風味を出すために腐らした、と思う。」

 

知的好奇心から腐ったハギスに顔を寄せるハーマイオニー。鼻をつまむ彼女の肩を叩きながら、ロンは先を促した。

 

「もう行こう、気分が悪くなる。」

 

ハーマイオニーは頷きながら、あたりに漂う幽霊を見ていた。そして奥の方に目線を向けると、顔をそむけた。嫌悪感ではないが居心地の悪さを感じているのか、眉が三角形に吊り上がっている。

 

「こっち行きましょう。マートルがいるの。」

「マートル?」

「そう、嘆きのマートル。三階の女子トイレに住み着いた幽霊よ。癇癪が爆発するとトイレを壊しちゃうのよ。ただでさえ水浸しのトイレなんて嫌なのに、あの子の金切り声まで聞きたくないの。ねえ、行きましょう。」

 

早口でまくし立ててから小走りで扉に向かってしまう。ハリーとロンが後に続くが、扉付近で、小男の幽霊が地面から湧いてきた。

 

「聞いちゃった、聞いちゃった。マートルのこと聞いちゃった!」

「ピーブズ、ごきげんよう。」

 

ピクシーに負けず劣らずのいたずら好き、ポルターガイストの「ピーブズ」は小声で話しかけてきた。意地の悪そうな顔が喜色満面なことから、彼の目論見はすぐにわかる。

 

「ピーブズ、お願い言わないで。あの子さっきみたいな言葉、嫌いなの。」

「かわいそうなマートルのこと、言ってたぞお。」

 

「おいい、マートルうう!!」

「ピーブズ!」

 

ピーブズのありがた迷惑な言葉にハーマイオニーが語気を強めると、彼女の胸がほんのり暖かくなった。するとピーブズの頬に淡い色の十字架が浮かび上がり、彼が奇声を上げる。穴が開いた風船のようにすっ飛んでいったピーブズと入れ替わるように、陰気くさい猫毛の少女が眼前に現れた。

 

「こんにちは、マートル。」

「あらこんにちは。」

 

無理な笑顔と明るい声。嘘だと誰でもわかるが、ハーマイオニーはやるしかない。目の前で疑い深い目をした少女の面倒くささを知っているから。

 

「あなた、私のことからかったでしょう?」

「そんなことはないわ。ええ、そうね、そう、素敵っていったのよ。」

「嘘よ、嘘。」

「本当よ、マートル。私言っていたわよね?!」

 

こくこく頷く男子を「嘆きのマートル」は恨めしそうに見つめる。涙をあふれんばかりに流しながら、ハンカチを噛みしめて言ってきた。

 

「知ってるわよ、私のこと陰でなんて言っているか!太っちょ、ブス、惨め!うめきや・ふさぎや・嘆きのマートル!」

「そいつはニキビっ面とも、ギヤあああ?!」

 

後ろでピーブズが何かいったが喚きだしてしまい、聞き取れなかった。涙が洪水のように流れるマートルが、こっちを睨みつけながら壁を通り抜ける。ため息が思わず3人から漏れると、「ほとんど首なしニック」がフワフワ漂ってきた。

 

 

「皆様方、パーティーは楽しんでおられますかな?」

「ええ、もちろん。」

 

なんとか笑顔で噓をつくが、彼は気づいていない。誇らしげに来賓の数を語ってから、彼らの近くに寄ってきた。思わず顔を引いて身構える彼等を無視して、ニックは一人でしゃべりだす。

 

「全く、ピーブズのやつ。いたずらが過ぎるのがねえ。いや悪い奴ではないですよ。ですがあれは性根からですから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「起源?」

 

ホグワーツでおよそ聞かない単語にハリーが聞き返すと、ニックは然もあらんという顔で解説してくれた。

 

「ハリー、すまない。ホグワーツでは聞かない言葉でした。いや何分、久方ぶりに魔術使いを見かけるもんだからつい。」

「魔術について知っているの?」

「もちろん、そりゃあ。なんたって()()()()()()()()()()4()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()

 

初耳の情報にロンでさえも目を見開く。ニックは当然とばかりに話し出した。

 

「君たちのご友人の使う魔術と君たちの魔法は、ある時まで混同されていた。そしてある時枝分かれし、争いを生まないためにお互い干渉しないことを決めたんだそうです。」

 

ニックの話に思わず夢中になる3人の態度はニックにとって、喜ばしいものだったのだろう。饒舌になる彼の話は止まらない。

 

「起源とはあらゆるものの宿命。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ピーブズの場合、【介入】が起源とすればいたずらしたくなるのも道理でしょう。

なぜならそう定められたのだから。」

 

そこまで言うと幽霊は、にこりと笑って話を区切った。ハーマイオニーは詳細を知りたがっているが、ハリーは複雑だった。自分の生き方が確定されているとしたら、と考えるとどこか抵抗感が芽生えたのだ。ロンはただでさえ情報が少ない魔術について、また厄介なものが増えたとうんざり気味だ。

 

「それとこれは忠告です。いらぬお世話かもしれませんが、念のために。あなた方が身に着けているアクセサリー、大切にお使いください。」

 

そっと胸に手を置くと、一年前のクリスマスプレゼントとしてもらった十字架のアクセサリーがあった。

 

「それはいい魔除けになる。誰が作ったかは存じ上げないし知りたくもありませんが、出来はかなりのものです。」

「士堂のおばあちゃんからもらったんです。僕たち3人、クリスマスプレゼントに。」

 

ハリーが思わず入手元をこぼすと、納得したかのように何度も頷いた。

 

「なるほど、それは。そのアクセサリーは魔除けの銀によって、害ある霊と魔を退ける効果があるようです。さっきからピーブズが喚いているのも、原因はお分かりですね?

ホグワーツで彼などのいたずら幽霊があまり動かなくなったのも、理由は同じでしょう。」

「ひゃーすっげえ。これ、そんなにすごかったんだ。毎日磨かないとなこりゃ。」

 

現金なロンが十字架を手で揉み始める。ハリーも胸元から取り出して、きらりと光りを放つアクセサリーを眺めた。その輝きに、思わずニックが顔を背ける。慌ててハリーが手で覆い隠すと、汗をぬぐうかのように手で顔を吹いていた。

 

「ふー、やれやれ。さりとて、霊である私にはあまり見たいものではありませんね。

そして忠告をもう一つ。そのアクセサリーはあくまでも魔除け。霊を退治することはできませんし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()それを実感する日が来ないことを祈りますがね。」

 

 

ニックの忠告が終わると、ちょうどパーティーが次の段階に進んだ。首なし騎手に引きつられた馬が会場に現れると、ボルテージが上がる。狩りクラブに入りたいニックを他所に首ホッケーが始まったころ、寒さに耐え切れなくなった一行は帰路につくことにした。歯の震えが止まらない中、会う幽霊に頭を下げて挨拶をする。頭にハロウィンのあの暖かな御馳走を思い浮かべながら玄関ホールに歩いていると、ハリーは誰かの声を聴いた。

 




久方ぶりの投稿になりました。書き溜めていたとはいえ、書き出してみると大した量ではなく呆然としております。
また投稿に期間が開くかと思いますが、なるだけ早く投稿したいので気長にお待ちください。
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