ハリーポッターと代行者   作:岸辺吉影

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悪循環

土曜日の朝、士堂たちはクディッチ競技場近くの更衣室に向かっていた。今日はスリザリンとの試合である。ロンがハリーをけしかけたのは、試合中のアクシデントで怪我をさせてしまえという意味だった。

因縁の相手、士かも箒が最新鋭ということもあってかなり緊張感が高い。3人が入っても、ハリーは床の一点を見つめていたのだから。

 

「ハリー、頑張れ。」

「幸運を。」

「できるわよ、ハリー。」

 

短めに励ますと、少しは体がほぐれたように見える。急いで観客席に向かうと、もうお祭り騒ぎだ。レイブンクローやハッフルパフまでもが、グリフィンドールを応援している。スリザリンが負けるところが見たいというのもあるが、マルフォイの箒プレゼントや侮辱も理由だろう。手荒に渡された小旗を振りながら、士堂は試合が一筋縄ではいかないことを確信した。

 

そして予感は当たる。リーダーのフリントとウッドの、宣戦布告に近い握手から幕が開いた試合。最新型の箒は、想像以上だった。それまで見てきたクディッチの試合で、一番動きが捉えづらい。ブラジャーの動きがなかったら士堂でさえ、誰が誰か分らぬほどのスピードでコートを飛び回っている。

だが、試合が開始してからすぐにハリーの動きがおかしくなる。ブラジャーが執拗に追いかけまわすせいで、スニッチを探せない。雲行きが怪しかった空から大粒の雨が降ってきたこともあって、状況は最悪だ。

 

「ハリー、どうしたんだ?」

「ブラジャーがハリーを狙っているような…」

「んな、馬鹿な。ブラジャーは選手全員を狙うんだ。一人を狙い続けるはずがない。」

 

だが、ハーマイオニーの予想は当たったらしい。グリフィンドールがタイムをとって話し合いをしているのは、予想外の展開についてだろう。雨が降りしきるせいで視界が良好ではないが、肩を寄せ合っている背中から余裕など感じることはできなかった。

タイムの後、ハリーが迷いなく上空に飛び上がると観客席のボルテージが急上昇する。グリフィンドールの点数を考えると、最早ハリーによる得点が頼みの綱か。

 

ハリーが必死になってブラジャーを避けているのを、マルフォイがからかっている。視界が悪くてもそのことはわかるから、彼へのブーイングがグリフィンドールの席からうなる。

そのお返しとばかりに、箒から逆さにぶら下がったハリーにスリザリンからブーイングが向けられた。

 

しばらく試合が膠着する中、ハリーの動きが止まる。なぜか空中で立ち往生していた彼の手に、ブラッジャーが文字通り飛び込んだ。思わず観客の半数が顔を背け、残りは息を吞むしかない。ハリーはそれでも折れた右腕を垂らしながら、片足の膝だけで箒を操作していた。

 

「危ないわ、ハリー!」

「いや、行けるぞハリー!」

「踏ん張れえ、ハリー!」

 

その無謀ともいえるプレイングに観客席から、再び大きな歓声が沸きあがる。そしてハリーはマルフォイに急接近すると、彼の頭上に手を伸ばした。慌ててマルフォイが離脱すると、加速したまま地面に突っ込む。その手に黄金に光るスニッチが雨間の中で、きらりと輝いた。

瞬間、観客席から割れんばかりの歓声が広がる。あるものははちきれんばかりに手をたたき、あるものは囲い柵をバンバンたたいた。

 

その中で士堂たちは真っ先にコートに降りた。気絶したハリーに近寄ると、他のチームメンバーも心配そうに駆け付けている。皆泥だらけのずぶ濡れの姿で、試合の壮絶さを物語っていた。フレッドとジョージが、ブラッジャーを箱に戻そうと奮闘している。球体は尚もハリーに飛びかからんとしているのだ。

 

「ハリー大丈夫か、おい?!」

 

士堂が顔をたたくと、眉を顰める。ほっと息をつく間もないまま、あふれんばかりの笑顔でロックハートが近づいてきた。思わずハリーを抱きかかえる士堂に、安心させようと指を振る。

 

「私にかかればこの程度の怪我はすぐです。さあ、ハリーをこちらに。」

「いや先生すぐに医務室に。」

 

士堂が無視して運ぼうとすると、制するかのように杖を向けてきた。そして強引にハリーを寝かすと、折れた腕に杖を向ける。

 

「…先生、何を?!」

「大丈夫、私に任せて。君は混乱しているが、問題はない。」

「やめて、腕はそのままでいいですから、僕は医務室に…」

 

『ブラキアム エンメンド―!』

 

無残にもハリーの骨折は治ってしまった。腕から骨が消えたら確かに骨折ではない。

ぐにゃぐにゃゴムのように曲がるハリーの腕を見た一同がロックハートを見ると、慌てたようにその場を後にした。皆が息を飲む中、彼の声だけが聞こえてくる。

 

「あー、こういうこともある。うん、骨折は治った、うん。それじゃあハリー、医務室に向かいなさい。あー士堂君、ウィーズリー君。肩を貸してあげなさい。ミス・グレンジャー、ハリーの代わりにそのー、なんだ、マダム・ポンフリーに状況の説明を。」

 

 

マダム・ポンフリーは怒り狂った。簡単な治療で済むはずの怪我を、こうも厄介にした所業に。かの愚かな教師の愚行を許すまいと、ずっと小言を唱えていた。

のどに焼け付く「骨薬のスケレ・グロ」をしかめっ面で飲むハリーのベッド脇で、男子と女子が言い争っていた。

 

「君はまだあいつの肩を持つってのか、え?」

「ロン、誰にだって間違いはあるわ。ハリー、痛みはないんでしょう?」

「痛みも感覚もありがたいぐらいにないよ。」

「ハーマイオニー、これを間違いで済ますのはきついんじゃないか。やる必要はなかったんだ。」

「どうして士堂まで先生を悪く言うの? 先生の善意を無視するのはおかしいわ!」

 

遺憾だとばかりに頬を膨らますハーマイオニーが、思いついたかのように口を開いた。

 

「そういえばどうやってブラッジャーに仕掛けをしたのかしら。」

「そんなのマルフォイに聞けばいいさ、あのくそったれの顔といったら。」

 

思い出し笑いをするロンの声に、似た笑い声が聞こえてきた。クディッチチームがお菓子の詰め合わせをもって見舞いに来たのだ。おかげで病室は一気に騒がしくなる。

 

「ハリー、調子はまああれだが。とにかくよくやった。今日の勝利は大きな価値がある。」

 

満足気なウッドの背後から首を伸ばしたジョージが、見舞いのチョコクッキーを手渡しながら喜んでいた。

 

「根性あった飛び方、見せてもらったぜ。それに引き換えマルフォイのやつ、フリントに怒鳴られていやがった。奴さん、頭上にスニッチがあるとは気が付きませんでした。って具合に謝っていたけどしゅんとなっててさ。」

 

そのまま泥だらけの面々でパーティーが開かれようとしていたが、そうはならなかった。騒がしいうえに床やらなんやらを泥だらけにしたおかげで、怒り狂ったマダム・ポンフリーのお灸を添えられる羽目になったのだ。

 

 

 

次の日の早朝、士堂たちはゆっくりと足を忍ばせていた。3階の女子トイレでポリジュース薬を煎じなければいけないのだ。見つかってはまずいとゆっくりと進んでいく。階段を歩いるころ、先頭の士堂がさっと体を隠した。慌てたロンが尻餅をついたせいで、ハーマイオニーが持っていた材料を床にぶちまけるところだ。

 

「何だよ急に?!」

「しっ!!」

 

指で静かにしろと合図を送ると、階段下の廊下をマクゴナガル先生とフリットウィック先生が歩いているのが見える。二人とも肩を落とし、どこか憂鬱そうだ。マクゴナガル先生なんかクディッチの勝利に狂喜乱舞したせいで、ハリーの事故に間に合わなかったぐらいなのに。

 

「…なんてことでしょう。まさかコリンが。まさか被害者が増えるなんて。」

「先生の失態ではありません。クディッチの試合もあって浮かれていたのは我々も一緒ではないですか。」

「フリットウィック先生、そうはいっても…。今回の事件、手がかりが分からないのが。」

「ええ、確かに。カメラのフィルムを焼き焦がして人を石化。私の知る呪文には石化の効果はあれど、物を焼き焦がすなんて知りませんな。はあ…」

 

先生たちが去り、やっとこさトイレにつくとハーマイオニーが準備を始めた。持ち運びのできる防水性の火をくべ、材料を煎じ始めたころやっと口が開いた。

 

「コリンがやられたって本当かい?」

「話の内容的にはそうだな、でもいつなんだ。」

「多分ハリーのお見舞いに行こうとしたんじゃないかしら。それなら出歩く理由もわかるわね。」

 

予測はしていたが、まさかだった。ちょっと雰囲気が重くなりかけたとき、ガチャガチャと扉を開けようとする音が聞こえた。士堂が忍び足で鍵穴を覗くと、ハリーが辺りを見渡しながら入ろうとしている。すぐにハリーを中に入れて、面々に合わした。無事に動くハリーの手に安心したのもつかの間、ハリーから衝撃の事実が告げられた。

 

「きな臭いな、色々。」

 

士堂は最も高度な魔法薬を見ながら温度を測りつつ、髪をかきむしった。ハリーは昨晩屋敷しもべ妖精のドビーから、キングス・クロス駅の妨害やブラッジャーの細工をドビーがしたこと。以前にも開かれた秘密の部屋が再び開き、その脅威がハリーを傷つけようとしていることを告白したらしい。だが、誰がどうやってを聞くたびに自分を殴ったりするせいで、そこのところが曖昧なままということが分かった。

 

「秘密の部屋は以前にも開かれた。」

「うん、決まりだ。秘密の部屋を開いたのはルシウス・マルフォイで、開け方をマルフォイのやつに教えたんだ。にしてもどうしてドビーは怪物について教えてくれないんだろう?」

 

ロンがクサカゲロウの入った袋を破り大なべに、ぶち込む。ハーマイオニーが棒でかき混ぜながらため息をついた。

 

「うーん、透明になったりするのかしら。本で読んだんだけど、そういうカメレオンに似た生物が鎧かなんかに擬態するらしいわ。でも問題はドビーを止めないと、またハリーが傷つくことね。」

 

 

 

コリンの一件はホグワーツに衝撃を与えた。今までと違い生徒が狙われたことは、十二分にも恐怖を与える。一年生は固まって移動し、双子が使うような怪しい防犯グッズが出回った。

ジニーも「妖精の魔法」のクラスがコリンと一緒なこともあって、また顔色が悪くなっている。双子がからかって励まそうとしては、パーシーが真っ赤な体を膨らまして叱る姿を5回は見た。

このせいで例年少ないクリスマス休暇も、めっきり人が減ってしまう。4人が残る申請をしに行くと、マルフォイも申請しているところを見つけた。この際詳しい理由などどうでもいい。この機会を逃すわけにはいかなかった。

 

魔法薬学の授業で、「ふくれ薬」を作っていた時。士堂とハーマイオニーは緊張した面持ちで授業を受けている。いつもならスネイプ先生のグリフィンドールいじりに不快感を示す彼女が、今日は何も言わず材料を図っている。息が荒くなるのを隠しながらなんとか薬を調合していると、先生が鍋を覗いてきた。

 

「…概ね良好なようだな、士堂。だが本当に君が一人でやったかは疑わしい。」

「先方、僕は一人でやりました。」

「では聞こう。フグの目玉を加工するときの注意事項。【基本魔法薬学2】p108の下欄に書かれている物も含めて。」

「目玉はきっかり4グラム、すり鉢で液状に。大鍋の火を強めて煮だった瞬間に入れ、火を弱める。」

「フム。」

「ただし火を強めたとき甘い臭いがしたら、入れた後も火を消さずにかき混ぜ続けます。」

「…よろしい。だが最後の文は正しくは甘い臭いではなく、柑橘系の匂いがした時もだ。研究が足りん、2点減点だ。」

 

そういってハリー達の大鍋を覗くスネイプ先生の後ろ姿を、ばれないように見つめていた。ハリーがこっぴどくやられるのを愉快そうに見てから、他の生徒に目を配る瞬間。ハーマイオニーが小さく頷くと、作戦が始動した。

まずはハリーが「フィリバスターの長々花火」に火をつけると、火薬が爆ぜる音がする。ロンが一気に大鍋の火を強くして、沸騰音でかき消した。あちこちで沸騰音がしているから誰も気にしていない。ハリーが花火をゴイルの大鍋に放り込んだ瞬間、大鍋の中身が爆発した。中身がクラス中に飛び散る中、ハーマイオニーがこっそりと抜け出す。その姿を見られないよう、士堂が派手に机のものをぶちまけた。被害が拡大する中、スネイプ先生が怒り狂いつつ解毒剤を用意している。士堂はばれないように床に転がるゴイルの大鍋の中の、花火を呪文で消し飛ばした。

体の一部が肥大した生徒がずらりと並ぶ中、苦虫をかみつぶした顔のスネイプ先生が治療を行っている。ハーマイオニーが懐を抱えて席に戻ったことをみんなで確認すると、ちょうど治療が終わったようだ。

 

「【ぺしゃんこ薬】をかつてここまで使わせたものはいない。」

 

生気のない顔が血色のいい顔になるほど怒りを覚えた先生は、生徒一人一人を見渡しながら低い声でつぶやく。はれ上がっていた個所をさすりながら皆が鎮まると、ハリーの前に立ち止まって言い放つ。

 

「この騒ぎの首謀者は、覚えておけ。必ずや見つけ出し退学にしてくれるわ。」

 

 

 

「決闘クラブ?」

 

玄関ホールに人が集まって張り出された羊皮紙を見上げている。シェ-マスとフィネガンが、近くを通った4人を呼び寄せて簡単に説明してくれた。

興奮した彼らをよそ眼に羊皮紙を詳しく読むと、ロックハート主催の特別講義らしい。実践的な魔法練習ということもあり、期待度は高かった。

 

「自由参加、ね。」

「決闘の練習なんかそうそうできないしね。」

「ハリー、まさかスリザリンの怪物と決闘するなんて言わないでくれよ。」

「役立つかもよ?」

 

なんだかんだ言ってもハリーとロンは楽しみな様子だ。士堂にしても顔が上気しているし、ハーマイオニーも羊皮紙から目を離さない。自分の魔法がどれだけ通じるか、試したくなるのは性ともいうべきだろう。

夜8時に大広間に向かうと大勢の生徒がひしめいている。杖を持って、今にも決闘を始めんとせんとばかりに興奮していた。いつものテーブルは取り払われ、代わりに金色の舞台が用意されている。蝋燭が数千本も掲げられているからか、舞台の金をきらびやかに光らせていた。

模範講師は残念なことにロックハートだ。これまたきらびやかな紫のローブを身にまとい、自信満々にスネイプ先生を引き連れて登場した。9割の男子がうめき声をあげるが、やはり彼には色めき立つ女子しか見えていないのか。

 

「皆さん、集まって。さあさあもっと近くに。ええそうです、聞こえていたら結構!」

「ダンブルドア校長から今夜、私めが決闘クラブを開催することを許可いただきました。私自身の数えきれない経験をもとに、自己防衛術を万が一の場合に備えて訓練しなくては。詳細は私自身の著作をお読み下さい!」

「そしてスネイプ先生! 彼は勇敢にも私の助手を手伝ってくれるのです。なんでも少しばかりの決闘の知識と経験がおありなんだとか、ああご安心を! 魔法薬学の担当が私になることはありませんよ?」

 

両方やられればいいと、ロンが士堂とハリーの耳元に囁いた。スリザリンの生徒以外の男子が望んでいるだろうな、と士堂は思う。だがそれはないだろう。ここにいる生徒のほとんどは、スネイプ先生の底意地の悪さと知識の豊富さをいやというほど知っているのだから。

 

舞台上で3,4m強の距離をとると、二人は向き合って一礼する。ロックハートが大げさに手足や杖をくねくねして一礼したのに対し、スネイプ先生は顔を下げただけだ。そして杖を顔の前で縦に構えてから、剣のように先を突き出して構える。

 

「本当にロックハートが決闘の経験者? よっぽどスネイプ先生の方が腰が据わっているぞ。」

「士堂、何言っているのよ。ロックハート先生は勇敢な戦士よ。少なくともスネイプ先生なんか敵じゃないわ。」

「御覧のように、この構えをとるのが昔からの作法です。覚えておいて、ああ写真はすぐにとってください!」

 

熱狂的信者のフラッシュがたかれる間、士堂はこの決闘について考えていた。両者の間隔は杖で戦う距離としてはこのぐらいなのか。西部劇の早抜きに近い形で決着がつくと考えると妥当だろう。興味を持ったのは構えだ。フェンシングのように構えたとき、驚いたからだ。

嘗てグリフィンドールの祖、ゴドリック・グリフィンドールは剣で魔法を使いマグルとも戦った。その名残なのか、それとも杖を剣のように扱えということか。

そんなことを考えていると、いよいよ本番が始まるようだ。余裕のあるロックハートに対し、敵意むき出しのスネイプ先生は好対照だ。

 

「3つ数えて最初の呪文を掛けます。無論、危険な呪文は禁止ですよ。」

「では―3・2・1。」

 

『エクスペリアームズ! 武器よ去れ!』

 

紅の閃光がまっすぐロックハートに向かう。彼はただ顔を驚愕の色に染め、対処などしなかった。彼の手から杖が弧を描いて飛び、陰湿な笑みを浮かべる教師の手に収まる。その体は後ろ向きのまま壁に激突し、壁伝いに滑り落ちてから大の字に伸びている。

マルフォイら数人の男子がかんせいを上げる一方で、ハーマイオニーのように顔を覆う女子もいた。大半の生徒は声を出さないだけで、マルフォイと同じ気持ちだろう。

カールした髪が逆立ち、服に皺が出来た見苦しい格好でロックハートは言い訳をした。曰く分かり切った簡単な呪文だが、教育的観点から受けただけだと。スネイプ先生が殺気立った顔で睨まなければもっと聞けたかもしれないが、残念にも怖気づいてしまった。

 

その後二人一組のペアを組んで決闘が行われることになる。隣にいた生徒とやることになるのが普通だが、何人かは先生によって相手を決められた。ハリーはマルフォイと、ハーマイオニーがブルストロードなるスリザリン生と組むことになった。

 

「相手、してくれる。」

 

士堂は近くにいた生徒に声を掛けられた。見事なブロンドが目に入る少女は、どこか不思議な印象を見るものに与える。紺碧の瞳は果たして士堂を見ているのか、他の何かを見ているのかわからなかった。

 

「ええ、まあ。」

「あなた、有名人ね。 レイブンクローでも話になるよん、獅子寮の騎士様って。」

 

耳の後ろから杖を取り出した彼女のフワフワした口調に、思わず気落ちしてしまう。彼女はそんなことを気にすることなく、杖を顔の前でかざしてあちこちを見ていた。まるで結党前とは思えない脱力感の中、士堂は杖を構える。

 

「相手と向き合って、礼! さあ、3つ数えたら武装解除呪文を。行きますよ…」

「3」

「私、ルーナ。ルーナ・ラブグッド。」

「2」

「…士堂。士堂・安倍だ。」

「1」

 

『エクスペリアームス! 武器よ去れ!』

 

なんだかんだ言ってこうした決闘で、有数の経験をもつのは士堂の方だ。赤の閃光がルーナに直撃すると、彼女はその場に座り込んでしまう。だが武装解除はされず、杖はまだ彼女の手の中だ。頭の上にはてなが浮かぶ士堂に、ルーナが座り込んだまま訂正してきた。

 

「ふふ、違うんだよ。エクスペリアームスじゃなくて、エクスペリアームズ。」

「そんなところかよ、くそ!」

「でも発音は大事だよ? フリットウィック先生も言ってったもん、()()()()()()()()()()()って。」

 

手を取って立ち上がせると、周りは阿鼻叫喚だった。おおよそ決闘など行われたのは上級生ぐらいで、大概は喧嘩の域を出ていないか魔法事故だ。ロンの気まぐれ杖はシェーマスの顔色を青白くし、ハーマイオニーはミリセントになぜかヘッドロックをかけられている。ハリーはマルフォイ共々碌な呪文を掛け合ったらしく、肩で息をする始末だ。

士堂がハーマイオニーに駆け寄ると、ちょうどハーマイオニーがミリセントの髪をつかんで投げ飛ばしていた。どこで習ったか知らないが、固め技をかけようとしている。あきれながらハーマイオニーを引きはがし、尚も飛びかからんとするミリセントの襟をつかんで投げ飛ばした。彼女の首筋に、ローブの下から黒鍵を展開して触れさせる。衣服越しの金属の冷気が彼女に恐怖を与えたらしい。急いでその場を離れて、スリザリン生のところに逃げおおせた。

 

「ん、すごいね。」

「どうも、褒められたってうれしかないね。」

 

先生たちは他の生徒に目が行っていたからか、士堂らは眼中になかったらしい。落ち着きを取り戻した群衆にスペースを開けさせると、代表戦を行うといった。

ここでまた、地下に住み着く性悪蝙蝠は名案を思い付いたようだ。ハリーとマルフォイを指名してきた。哀れかな、マルフォイが性悪からアドバイスを受けても、ハリーはきざ野郎からはくねくねの杖捌きしか教えてもらえない。

 

「先生、もう一度呪文とかを見せてもらっても…」

「ポッター、怖気づいたか?」

「そっちのことだろう、マルフォイ。」

 

唇を動かすことなく言い返したハリーが、杖を掲げた。マルフォイも杖を掲げ、形だけ顔を下げてから構える。ロックハートの陽気な合図ともに、決闘の幕が開ける。

 

「1-2-3、それ!」

 

『サーペンソーティア! 蛇出でよ!』

 

マルフォイが先制すると、杖先から蛇が出現した。長黒い蛇は両者の間で鎌首をもたげて、攻撃の態勢に入っていた。周囲から悲鳴が巻きおこるが、ハリーも対処できない。足が埋もれたかのように固まったハリーを、愉悦の笑みでスネイプ先生は見つめている。

余裕綽々のロックハートが撃退呪文をかけるが、いたずらに蛇を宙に投げ飛ばしただけだ。

おかげで蛇の闘争本能を刺激し、近くにいたジャスティン・フィンチ・フレッチリ―が攻撃対象となってしまう。士堂がローブの中の黒鍵に手をかけ、スネイプ先生が杖を向けたその時。

 

「手を出すな、去れ!」

ハリーの眼がかっと見開いているが、むしろ瞳孔は細くなっていた。爬虫類の鳴き声に似た、喉から絞り出したような声が聞こえた。蛇が鎌首を下げておとなしくなると、スネイプ先生の杖から呪文が放たれた。

 

「一体、何のつもりでこんな冗談を?!」

 

スネイプ先生すら信じられないといわんばかりの表情の中、ジャスティンの言葉はハリーに響いたようだ。周囲の誰もが自分をいいように見ていないことぐらい、ハリーが分からぬはずがない。

ロンとハーマイオニーが後ろから袖を引っ張って、大広間を後にする。ハリーの言動に驚きつつも、何がここまで皆を恐怖させているかをわからずにいる士堂。彼の耳元で、ルーナが小声で囁いた。

 

「早くハリーのところに行った方がいいよ。このままじゃ、ハリーは継承者になっちゃう。」

「っつ?!」

 

急いでハリーの後を追う。悲しいことに、ハリー達が帰るときに群衆が割れるように道を作った。士堂は真ん中を走り抜けても、誰からも声を掛けられることもない。

グリフィンドールの談話室では、状況を呑み込めないハリーの手をロンとハーマイオニーがさすっていた。両者とも何か言いたげだったが、士堂が入ってきたことに驚いてしまう。すぐに安心するも、顔から不安の二文字は消えていなかった。

 

「ねえ、どうして皆そんな顔するの?」

「ハリー、どうしてパーセルマウスって言ってくれなかったんだ?」

「パーセルマウス。蛇と会話できる人のことだよ。」

 

ハリーは何を言われているのか理解していないらしい。しどろもどろに過去、遊園地で話しかけてきたブラジル産の大ニシキヘビを魔法事故で逃がしたと回顧する。その話を聞いてハーマイオニーが大きくため息を吐き、ロンが手で顔を覆った。

 

「蛇語を話せるって言ったけど、いつからだ?」

「わからない、気が付いたら何言っているか分かったって感じだし。」

「まずいわ、ハリー。本当にまずい。」

 

いつになく深刻な表情で、ハーマイオニーはハリーの手を握った。

「いい、パーセルマウスは魔法界の歴史でも数えるぐらいの人しかいないわ。」

「そんな、でもたかが蛇と話せるぐらいで何で?」

「ええ、そのたかがが重要なの。サラザール・スリザリンは有名なパーセルマウスで蛇使いよ。だから、スリザリンの寮印は蛇なの。」

「うわっちゃ~。」

 

思わず士堂が頭を抱えるが、ハリーも事の重大さを理解したようだ。唇から色がみるみる消えていくが、たまらないように意見を求めてくる。

 

「で、でもそれだけで僕が後継者にはならないだろう?」

「サラザール・スリザリンの血はどう受け継がれたかわからないんだ。つまりさ、君にスリザリンの血が流れているかいないか。誰にも証明はできないんだ、ハリー。」

「僕は傷つけようとなんてしていない! 僕はジャスティンを傷つけないように言っただけだ!」

「ハリー、あの場にいた人はそうは見ていないわ。あなたがジャスティンをけしかけたって見る人は多いと思う。」

「パーセルマウスがそんな…、士堂の知り合いにいるよね?」

 

八方ふさがりを自覚し始めたハリーが救済の言葉を待つ。ロンとハーマイオニーも心配そうに見てくるが、力なく首を振るしかない。

 

「うーん、心当たりはない。動物語を理解する技能自体はあるけど、詳細はな。少なくとも魔術世界では封印指定に該当する可能性もある、特殊技能だから。蛇は忌み嫌われる動物だけど、反対に脱皮する生態から転生の象徴としても見られてきた。要は神の使いって見方もされるし、聖書だと人間の祖をたぶらかした悪魔の化身。」

「つまり蛇語を理解するのは、相当魔術的な意味が強いといえる。そんな人の情報は、それこそ聖堂教会のトップしか知らない極秘案件だよ。」

 

ハリーががっくり首を折るが、それはここにいる全員の心境だ。信じていないわけではないが、これでは擁護するのにも骨が折れる。燃え盛る暖炉で、材木がばきっと爆ぜる音が響き渡った。

 

 




クディッチから決闘まで行きました。他の人の作品と比べると文字数が少ないんじゃないかと不安に駆られています。
ようやく、秘密の部屋も折り返しの地点に来れたという印象です。
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