ハリーポッターと代行者   作:岸辺吉影

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秘密の部屋

そうとわかったところで、聞きに行けない。トイレは最初の犠牲者の、すぐ近くなのだから。透明マントを使おうにも、あのトイレは水浸しだ。足音を消すなんて容易ではない。

そんなあと一歩手が届きそうな、いじらしい感じは消し飛んだ。マクゴナガル先生が、一週間後に期末試験を行うというのだ。こんな状態でも試験が行われるなんて、全員晴天の霹靂だった。

 

「先生、正気じゃありません!」

「シェーマス、私は正気です。このような状況でも、皆さんの教育は重要なのです。復習していれば、問題起きないレベルですよ。」

「聞いたか?!」

 

ロンが士堂の脇を小突く。士堂も、この展開は予想していなかった。皆が唇を突き出して文句を言うのも無理はないだろう。だが試験3日前の情報は、間違いなく朗報だった。

 

「スプラウト先生によれば、マンドレイクの収穫ができます。犠牲者のうち何人かが手掛かりを話してくれれば、事件は解決するでしょう。私は犯人逮捕という幕引きが、可能だと期待しています。」

 

歓声が爆発した。皆が騒いでも先生は、何も注意せずに微笑むだけだ。そんな中でつまらなそうにいるのは、マルフォイら数人のスリザリン生だけだった。

 

「それじゃあマートルに聞く必要もない! ハーマイオニーが全部知っているよ。すぐに事件は解決、でも試験が3日後なんて聞いたらまた石化するんじゃないか?」

 

その時ジニーがハリーの横に座ってきた。何か言いたげなジニーだったが、何故かパーシーが遮ってきたのだ。まだその時は、この後の事件を知らなかったからのんきであった。

明日にでも話してくれるさ、と兄らしく笑うロンは、この後悔やみきれないほどの後悔をするのだった。

 

 

確かに事件解決の糸筋が見えたことは、教師陣にも嬉しいだろう。だがロックハートのお気楽ぶりは、笑えてきそうだ。彼はハグリッドが犯人だと疑わないし、生徒の引率すら億劫なようだ。

 

「ハグリッドがやったと皆が証言します。なのになぜ、こんなにも厳重にするのか。マクゴナガル先生が、神経質になる理由がわかりませんね。」

「そうです、先生。」

 

ハリーの発言に、ロンと士堂は教科書を落としそうになる。ハリーは彼らを無視して、先生と話す。

 

「やはり、そう思いますか。うんポッター、君は優秀だ。私には次の授業の準備があるというのに、引率に見張りまでやるのですから。」

「先生、もう教室は廊下を渡った先です。もう帰ってもよろしいのでは。」

「ハリー、君は勘がいい。まさしくそうしようと思っていた。では諸君、私はこれで。」

 

足早に消えるロックハートをしり目に、じゃりーは嘆きのマートルがいるトイレに向かった。後からロンと士堂がついてくる。

 

「準備だって。髪のカール以外にやることがあると思う?」

「ハリー、マートルに直接聞かなきゃならないのか。」

「僕正体について、マートルの意見も必要だと思う。聞けるなら僕らしか居ないよ。」

 

3人がトイレに入ろうとしていた瞬間だった。奥からマクゴナガル先生が、真一文字に唇を固めてやってきた。

 

「ポッター、ウィーズリー、士堂! 何をしているのです!」

「僕―あ~、その。 様子を僕ら、」

「ハーマイオニーの。」

 

どもるロンを、士堂がフォローする。皆の視線が集まる中、士堂は急いで付け加える。

 

「先生、僕らはハーマイオニーにずいぶん会っていません。たとえ意味がなくても、ハーマイオニーに知らせてやりたくて。」

「マンドレイクが完成したとだけ、伝えるつもりだったんです。」

 

ハリーがさらに付け加えると、先生は3人をじっと見つめる。こりゃまた罰則かと覚悟していたが、帰ってきたのは意外な言葉だった。

 

「…そうでしょう。グレンジャーとあなた達はいつも一緒でした。その友人と会えないつらさは計り知れないでしょう。いいです、許可します。ビンズ先生とマダム・ポンフリーには私から、伝えておきます。」

 

先生が廊下に消えると、鼻をかむ音が遠くから聞こえてきた。こうなれば医務室にいかなくてはいけない。泣く泣く医務室にいっても、マダム・ポンフリーがいい顔をするはずがなかった。

それは当然だ。彼等がベッド脇に来たのに、何も言わずに天井を見つめているのだから。こうして直視すると、化け物の恐ろしさが分かってくる。

 

「でもハーマイオニーは見たのかな。こっそり忍び寄られたら、誰もわかりゃしないぜ。」

「あの時ハーマイオニーは図書館に行ったよな。何か見つけたんだったらな。」

 

士堂の言葉を聞いたハリーが、ピンときたようにハーマイオニーに目を配った。目線の先は、ハーマイオニーの右手の中身だ。固く握られた手の中に、くしゃくしゃの紙切れが握りしめてあった。ハリーが急いで2人に伝えると、取り出すことを提案された。士堂がマダムの動きと目線に気を配りつつ、ハリーとロンが紙を取り出す。固く握りしめられた手から、器用にロンが取り出した。

 

「フレッドたちと遊んだ時、くじ引きを引かせまいとされてさ。その時の経験だよ。」

 

ロンが取り出した紙切れは、図書館のかなり古い本の一部だ。皺を伸ばすと3人で読んでいく。

 

「我々の世界に数多生息する怪物、怪獣。その中で最も珍しく破壊的な生物は、バジリスクを置いて他に類を見ない。【毒蛇の王】とも呼ばれ、巨大な体格ながら数百年は生きながらえる。ヒキガエルの腹の下で鶏の卵が孵化されるとき、バジリスクは生を受ける。

強力な毒牙のほかに、睨むことで生命の息の根を止めることが出来る。蜘蛛にとっては宿命の天敵で、バジリスクが来る前触れに蜘蛛が逃げ出すだろう。バジリスクの唯一の弱点は、雄鶏の時を作る声だ。」

そして見慣れたハーマイオニーの筆跡で、「パイプ」とだけ書かれている。

まるでパズルの、なくなっていたピースを見つけたようだ。次々に事件の真相が見えてくる。

 

「秘密の部屋の怪物はバジリスク―蛇、だから僕は声が聞こえた。蛇語が分かるからだ。

バジリスクは目で殺す。でも直接見なきゃいいんだ。コリンはカメラ越しに、ジャスティンは首なしニック! ハーマイオニーと監督生は―」

「鏡。ハーマイオニーは気が付いて、廊下であった監督生に行ったんだ。怪物の目を見ないように、鏡を見るように。先生に伝えてもらおうと思ったんだ。」

「そうだと思う、士堂。そしてその時見たんだ。ミセス・ノリスは水浸しの床で見たんだ。

ハグリッドの雄鶏が殺された、弱点だから。蜘蛛が逃げ出し、名を言うのも怖がる。」

「でもどうやって動くんだ。そんな怪物目につかないはずがない。」

 

ロンの疑問は、ハーマイオニーが答えてくれた。震える手で、紙きれを指で追う。

 

「ロン、パイプだ。城中を巡る配管の中だから、僕はどこでも声を聴いた。」

「そして配管が使われるのは水道管理。50年前の被害者、マートルの死んだ場所は。」

「…トイレ。そうか、あそこが入口なら納得だ。トイレにはいくつもの配管が集まってもおかしくないし。」

 

士堂の言葉をロンが続けた。あまりにも、衝撃の結果だった。だが士堂は不安な点があった。

 

「バジリスクは目で殺す。似たような神話は多い。有名なのはギリシャ神話のメドゥーサだな。石化の魔眼、これを打ち破ったペルセウスは鏡のような盾を使って倒した。直視しなきゃ大丈夫だからな。でもバジリスクは反射しても石化する。能力としたらケルト神話のバロールが近いな。」

「それってまずい?」

「格としてはバロールの方が脅威だ。多分何百年も生き続けることで、幻獣クラスに成長できるんだな。魔眼としてのランクは最上位の虹に近い。魔術界でも数例しか報告されていない、強力なものだ。」

「そんな…」

 

ハリーの落胆の声を聴かずに、士堂はすぐに医務室を飛び出した。その脚が職員室に向かうのを、ハリーとロンは理解した。

 

「すぐに伝えた方がいい。経験が豊富な先生でも、やられるぞ。」

「早くマクゴナガルに伝えなきゃ!」

 

だが、無理だった。構内に拡声器で生徒の避難と教師陣の集合が呼びかけられたのだ。慌ただしく廊下に足音が響く中、とっさに3人は先生のマントが詰まったタンスに身をひそめることになった。先生の報告を聞いてから、真実を伝えようと決める。

 

「…最悪の事態です。生徒が一人、秘密の部屋に連れ去られました。そのものに。」

「なぜはっきりと?」

「継承者の伝言が、最初の伝言の下に加えられていました。」

 

陰から見える職員室は地獄だ。フリットウィック先生が泣き始め、スプラウト先生やマクゴナガル先生は顔面蒼白だ。スネイプ先生ですら、椅子の背をこれでもかと握りしめている。

腰の抜けたマダム・ポンフリーが、弱々しく聞いた。

 

「誰なんです。どの子が連れ去られたのですか?」

 

「ジニー・ウィーズリー。彼女の髪の毛が落ちてました。もうホグワーツは閉鎖でしょう。おしまいです、何もかも。」

 

ロンが力なく崩れた。ハリーと士堂が目を合わせるが、放心状態だった。暫く先生たちの声を聴く余裕がなかった。嘆きの声もおきぬ職員室のドアを、勢い良く開けた人物がいる。

 

「大変失礼しました。著書の書下ろしとラブレターの返事で少々。―何か?」

「なんと。適任者だ。」

 

ロックハートは笑いながら入ってきた。この状況で笑みを浮かべるお調子者は、先生たち全員の憎悪の目にひるんでいるようだ。いや、ひるんでいる。

 

「ロックハート、君の出番だ。麗しき女学生が秘密の部屋に誘拐された。あなたの冒険の腕前、見せてもらいましょう。」

「その通りだわ、ギルデロイ。昨晩入口の場所について、知っているといってたわね。」

「私、その―その―」

「そうです、私も怪物の正体について4時間熱弁されましたよ。」

「言いましたか? き、記憶に…」

「あなたは一人なら、怪物退治できると私に行った。証明してもらいましょうか。

今夜、絶好のチャンスですわよ。」

 

口がわなわなと震えるロックハートは、見たことがない。視線が定まらぬ中、曖昧な返事とともに自室に帰っていった。鼻の穴を膨らませながら、マクゴナガル先生は明日一番汚ホグワーツ特急で帰宅させることと厳重警戒を伝えた。

 

 

あれからどうやって戻ったのだろう。グリフィンドールの談話室は、見たことがない光景を見せている。前日までふざけていた双子すら、微動だりしない。パーシーは両親にフクロウを送ってから、自室に閉じこもってしまった。

 

「僕がバカだった。あの時ジニーの話をきいてりゃ…」

 

ロンが口を開いた。まるで力のこもっていない声だが、ハリーはタンスに隠れて以来聞いていない声だった。

 

「ジニーは何か知っていたんだ。じゃなきゃ純血のジニーが、ジニーが…」

 

士堂も部屋に閉じこもったまま、姿を見せない。ハリーは窓の外の、地平線に沈む太陽を眺めた。あの太陽のように、ジニーの命は消えるのだろうか。ロンがこんなにもジニーを思っているからか、最悪の結末がよぎる。

 

「ねえ、ハリー。ジニーはまだ―まだ…」

「ロン…」

「そうだ、ロックハートだ。ロックハートは秘密の部屋に行くはずだろうから、僕

たちの持ってる情報を伝えよう、ね?」

 

ハリーは半信半疑だった。少なくとも職員室の姿を思い出せば、怪しいと思う。だが何もせずにいるのは、たまらなく苦痛だった。ロンが少しでも楽になるならと賛同して、談話室を出る。グリフィンドールの生徒は将来に絶望して、2人を見ることすらしなかった。

 

ロックハートの部屋は、ハリーが一度行ったことがあるからすぐに着いた。部屋の中から、騒々しい音がしていた。ノックをすると、ほんの少し扉を開けてきた。非常に迷惑層だったが、結局は中に2人を入れた。

部屋は荒らされた時のハリーの部屋のように、乱雑だ。大きなトランクが2個置いてあり、色とりどりのローブが投げ込まれている。

 

「どこに行かれるんですか?」

「うー、あー、あおう。 緊急の、火急の…」

「僕の妹は? ジニーはどうするんですか?」

 

愕然とするロンを無視して、ロックハートは引き出しのものを手あたり次第トランクに詰めている。彼に戦う気はないのだ。

 

「先生、先生は【闇の魔術に対する防衛術】の教師でしょう?! 今戦わずにいつたたくんですか?!」

「ハリー、残念だが… こうした業務について、そのお、なんだ。職務内容には…」

「逃げ出すんですか? 本に書かれているギルデロイは、こんなこと引き受ける以外なかった!!」

「ウィーズリー君、本は時に誤解を招く。」

 

ロックハートはやれやれといった具合に、トランクを閉めた。顔を顰めて、言いたくないといった具合に話始める。

 

「いいですか。物語や名言、そういった語り継がれるもの全般に言えますがね。

大事なのは何をやったのか、ではない。誰がやったかが重要なのです。

アルメニアの醜い魔法戦士が狼男を退治した、誰が読みたい? 皆が求めているのは、白馬に乗った貴公子なのですよ。」

「やっていないことを、やったといったんですか? 人の手柄を盗んだのですか?!」

「ハリー、物事はそう単純ではない。まずは英雄を探す。どうやったかを聞き出す。

そして【忘却術】をかけると、相手は何をしたか忘れる。私の自慢の呪文ですよ。

有名になると、サインや広告写真を撮らなくてはいけない。この仕事に耐えることが出来るのは、たゆまぬ努力は必要なのです。…これでおしまいかな。」

 

トランクを纏めてから杖を取り出す。その目にあるのは、ゆるぎない自信だった。

 

「坊ちゃんたちには気の毒だが、【忘却術】にかかってもらいます。私の秘密は高値で売れますからね。安心なさい…」

 

 

『エクスペリアームズ 武器よ去れ!』

 

ハリーの杖が、一瞬先に呪文を放った。ロックハートは後ろに吹き飛び、杖は窓の外に消えていく。

 

「スネイプ先生にこの呪文を教えたのが、間違いでしたね。ついでに決闘もやらせてもらったので。」

「わ、私は何も知らない。力にはなれない!」

「僕たちはありかを知っているかもしれない。さあ、行こう。」

 

激しい口調でハリーは、ロックハートを追い立てた。背中に杖を突きたてながら、嘆きのマートルがいるトイレにたどり着く。ロックハートを先にいれると、彼は小刻みに震えだした。

 

「あら、あんただったの。」

「君が死んだときの様子が聞きたいんだ。」

 

ハリーは、初めてマートルから誇りを感じた。嬉しそうに状況を思い出している。

 

「おおお、怖かったわ。オリーブ・ホーンビーに眼鏡をからかわれて、泣いていたの。

この小部屋よ。そうしたら誰かが入ってきて、聞いたことのない言葉をしゃべっていたの。嫌だったのは、それが男の声だった。だから追い返そうと思って扉を開けたら、死んでいたわ。」

「どうやって?」

「わからない。覚えているのは、大きな黄色い目玉が2つ。体全体が金縛りにあったと思ったら、なんかフーと軽くなって…

気づいたら、こうよ。オリーブを呪ってやるって常々思っていたから。あの子、からかったことを後悔してずっと泣いていたわ。」

「どこで目玉を見た?正確に知りたい。」

「そこらへん、正確な場所は覚えちゃいないわ。」

 

小部屋前の手洗い台だ。ハリーとロンは急いで調べ始めた。ロックハートは恐怖をにじませながら、ゆっくり出口に脚を運んでいる。普通の手洗い台のようだが、2人はわずかな違和感も見落とさないように、念入りにチェックしていく。手で凹凸を探っていたハリーは、銅製蛇口の脇に、窪みを見つけた。埃を払うと小さな蛇が、ひっかいたと思うぐらいの小ささで彫られている。

 

「その蛇口、壊れっぱなしよ。」

「壊れているんじゃない。元々通っていないんだ。」

 

蛇口をひねっていたハリーに、ロンが考えを言った。

 

「マートルが聞いたのは蛇語だ。だから蛇語で話せば?」

「よし。  開け。」

「普通の言葉だって。わかったよ。」

 

ハリーが蛇語を話せるのは、本物と対峙したときだけだ。何とか彫刻を蛇だと思おうとすると、蝋燭の光加減で動いたように見えた。

 

「開け」

 

ハリーは初めて、蛇語をしゃべったとわかる。聞こえてきたのは奇妙なシューシューという音だったから。すると蛇口がまばゆいばかりの光を放ち、回る。手洗い台が動き出すと、大が沈んで太いパイプが見えた。ちょうど大人一人が、滑り込める大きさだ。

 

「僕はいく。」

「僕も行くよ。」

「私は用済みのようだ、ではここで…」

 

初めて2人はロックハートが、出口にいたことに気づく。牽制で杖を向けるが、彼はもう出ていった後だ。しかし、すぐに戻ってきた。後ろに下がりながら、両手を上にあげている。

 

「お、落ち着き給え。ああ、危ないこんな代物は…」

「ほう?」

「い、今時剣など古臭いものは…」

「あんた、黒鍵を知らない? ははん、化けの皮がはがれたな。」

 

ローブを見にまとった士堂が、ロックハートの首筋に黒鍵を突き立てている。2人はほっとした顔で、彼を見ていた。

 

「士堂、来てくれたんだね!」

「助かった! 正直3人はきついって…」

「悪い、ちょっと準備にね。着いたらこいつが逃げようとしてたってわけよ。」

 

ロックハートがじりじり下がっていると、足に何かが当たった。首を回せば、あるのは底の見えないパイプである。息をのむ暇もないまま、肩に力が加えられた。

 

「いってこい、ばか教師。」

「うわああああああああ!」

 

暫く耳を澄ませば、小さな音が聞こえた。どうやら下はあるようだ。ハリー、士堂、ロンの順に穴に飛び込む。パイプは、ぬめぬめした暗い滑り台といったところか。ハリーは見たこともなかったが、ウォータースライダーを思い浮かべた。

床に放り出されると、通路に出た。パイプの天井は頭がぶつかる高さだったが、ここは余裕をもって立ち上がれる。天井から地面までは湿気を帯びていて、ぬめりがあった。

 

「スリザリンの談話室より、下の方に違いないよ。」

「湖の下だよ、たぶん。」

「見た感じ、相当古くからあるみたいだ。ほら。」

 

『ルーモス・マキシマ 光よ』

 

士堂が杖から、まばゆいばかりの光を放った。目が光に慣れてくると、地面に無数のネズミの骨が転がっている。あまりの多さに、地面が白だと勘違いしてしまいそうだ。

湿った足音と骨を踏んだ乾燥音以外、何も聞こえてこない。ロックハートは目を隠しながら、女の子歩きで歩いている。ハリーと士堂が光呪文で辺りを見渡しつつ歩いていると、何かを見つけた。

 

「あ、あれは…」

「眠っているだけかな?」

「一応、目を瞑っておける用意はしとけよ。」

 

士堂が杖をかざすと、そこに在ったのは抜けがらだった。巨大な蛇の抜け殻が、とぐろを巻いて横たわっていた。毒々しい鮮やかな緑の皮は、優に6メートルはあるだろうか。

 

「なんてこった。」

「本体の大きさはこんなんじゃあない。本当、神話みたいな大きさじゃなきゃいいけどさ…」

 

 

後ろでロックハートが、つまずいて床に座り込んでいる。いらだったようにロンが杖を向けると、彼はロンにのしかかった。あっという間にロンから杖を奪うと、輝くようなスマイルで立ち上がった。

 

「坊やたち、茶番はおしまいだ。私はこの皮を持って帰りこう言う。

少女は手遅れ、勇敢なる学生は悲しみと恐怖に支配された。哀れにも錯乱してしまったとね。さあ、何もかもとお別れだ!!」

「やめろ!」

 

『オブリビエイト! 忘れろ』

 

だが、呪文は失敗だった。杖が爆発したように吹き飛び、ロックハートを壁にたたきつける。その衝撃からか、元々もろかった壁が崩落してしまった。3人はとっさにその場を離れるが、大きな岩塊が天井から落ちてくる。砂埃と小石が舞う中、何とか声を上げた。

 

「ローン? 大丈夫、ローン?」

「ここだ! 怪我はない、ロックハートも無事だ!伸びちまっているけど、ざまあみろってやつ!!」

「よかった…」

 

一息つく暇もない。ちょっとやそっとの魔法で、どうにかなるものか。ハリーがちらりと士堂を見ると、首を振った。だが向こう側では、ロンが石をどかす音が聞こえてくる。

ハリーも小石をどけてみるが、これでは何時間もかかってしまう。もうジニーは何時間も前に、ここに連れてこられたのだ。そう考えると、やれることは一つしかない。

 

「ロン、僕はいく! もし、もし僕が先に行って。2時間たっても戻らなかったら…」

「ロン、俺も行く。いいか、マクゴナガルとスネイプ、フリットウィック。この3人に知らせろ。」

 

もの言いたげな沈黙の後、意外にも元気な声が返ってくる。

 

「僕は少しでも、ここの岩石を取り除いている。そしたら―そしたら―、帰りが、ハリーも士堂も―」

 

それは懸命にも、自分を鼓舞する声だった。それでも2人はロンに別れを告げ、先に進む。道はくねくねと曲がり、途方もなく長い。通路自体が蛇を模しているようだ。張り詰めた緊張感の中歩いていると、前方に固い壁が見えた。2匹の蛇が絡まり、その瞳は大粒のエメラルドが嵌め込まれている。

 

「開け」

ハリーがためらいなく口にすると、やはり蛇の声だ。2匹の蛇が左右に消え、壁が開いていく。ひんやりとした空気が流れ込むと、2人の杖を握る手に力が入った。

部屋は細長く、薄暗い。蛇が絡み合う彫刻が施された石柱が、上へ上へとそびえたつ。

石柱のあいだを用心して歩く間、ハリーは不安でしょうがなかった。継承者は誰か、ジニーは無事か。バジリスクはいつ襲ってくるのか。足元の水音すら、今は心臓に悪いといえた。

 

最後の石柱の先に、それまでとは比べ物にならない石像が立っている。老猿のような顔に、細長い顎鬚が石のローブの先まで伸びている。灰色の巨大な脚の間で、ジニーはうつ伏せで寝ていた。

 

「ジニー!」

「あれは…サラザール・スリザリンか。」

 

ハリーは駆け寄ると、膝をついて名を呼んでいた。彼女の顔は青白く、目は固く閉じられている。

 

「ジニー、死んじゃだめだ、お願いだから目を覚まして!」

「その子が目覚めることはない。」

 

必死にジニーに問いかけていたハリーは、ぎょっとした。いつの間にか近くの石柱に、男が立っている。背の高い、黒髪の端正な少年は輪郭がぼやけていた。

 

「トム―トム・リドル?」

「こいつが…」

 

曇りガラスのようにあやふやだが、ハリーは確信していた。杖を向けていた士堂も、驚きで目を見開く。彼は50年前の学生だった、では幽霊か?

 

「幽霊ではない。そしてその子は生きてはいるが、目覚めはしないさ。」

「では何者だ。」

「記憶。日記に残された、50年前の記憶だ。」

 

リドルが指をさした先に、あの黒い日記があった。ハリーは一瞬動揺する。盗まれたものがここにあるとは、思わなかったから。だが、そんなことよりも大事なものがある。

 

「トム、手伝ってくれ。ジニーを運び出さなきゃ、バジリスクって化け物が…」

「トム・リドル?」

 

リドルはハリーのことを無視して、動かない。汗だくになってジニーを持ち上げてから、杖を取ろうとした時だ。

 

「ちょっと待った。人のものを無言でとるのは、いつの時代も罪だ。」

「ほう、よく気づいた。褒めてあげる。」

「目の前で取っておいてよくも…」

 

ハリーの杖を、リドルがとろうとしていたのだ。間一髪、士堂が呪文で制したのが幸いした。ハリーは、目の前にいる人物が何者か怪しくなる。リドルの目が細くなった気がした。

 

「ハリー・ポッター。君に会いたくて、僕は呼んだんだ。君という人物は、実に興味をそそられたから。」

「ジニーはどうして? 君は何を知っているの?」

「面白い。だが話すと長いんだ。ジニー・ウィーズリーはなぜこうなったのか? その答えは得体のしれない人物に心を開き、自らの秘密をすべて打ちかけたことだ。」

「何を言ってるの?」

 

リドルの目がきらりと光った。ハリーと士堂は、ダンブルドアの目を思い出す。だが彼の慈愛と正義の光ではない、狡猾な雰囲気がした。

 

「日記にオチびさんはなんでも書いたよ。やれ兄がからかう、おさがりばっかで新品のローブが欲しい、有名で偉大で素敵なハリーが私を見てくれるはずがない…」

「そんな戯言、反吐が出てくる。それでも聞いてあげたら、簡単だったよ。ちょっと同情したり慰めたり、親切にしてね。彼女は夢中だったよ。【トム、あなたぐらい私をわかってくれる人はいない。まるで親友がポケットにずっといるみたいね…】」

 

そこでリドルが笑った。外見からかけ離れた、冷たく甲高い笑い声だ。2人の背中に、寒気が走った。

「僕はね、ハリー。人を惹きつける才能があるんだ。その才能で僕は、ジニーの心を開けさせた。そして彼女は心を打ち明ける中で、魂まで僕に注いでくれた。これが必要だったんだよ。僕はジニーの心の闇を魂と一緒に喰らい、力をつけたんだ。そしてちょっとばかし、僕の魂を与えた。」

「何を言った?」

「部外者は黙っていな。…つまりこうだ。一連の事件は全てジニーがやった。秘密の部屋を開け、雄鶏を殺して壁に文字を書いた。バジリスクを穢れた血と猫に仕掛けたのも、ジニーだ。

最初は自覚などしていなかった。だが気づいたようだ、その時の愉快さといったら!

【トム、私記憶喪失みたい。ローブが羽だらけで、ペンキがついて… パーシーが顔色が悪いって言ってくれても、記憶がないの。トム、私なのかな? 私が皆を襲ったのよ!!】」

「そんな…」

「僕は幸運だ。バカなジニーが僕を捨てた後、誰が拾った? 君だ、ハリー。ジニーが嫌というほど教えてくれた、世紀の英雄ハリー・ポッター。」

 

リドルの目が獲物を狙うように、ハリーの稲妻型の傷を見つめる。

 

「君をもっと知りたい。ジニーはバカだったからね。そこで僕の記憶から、ウドの大木のハグリッドの逮捕劇を見せたわけだ。」

「君は嵌めたんだね、僕の友達を。勘違いしただけだって、帰りたくないから。そう思ったのに。」

「嵌めた? 人聞きの悪い。あのアーマンドおじさんたちはこう考えたんだ。

一人は貧しいが優秀な生徒、もう一人はトラブルを巻き起こすしか能がない薄ノロ。危険動物しか愛せないあの大男を、先生たちは疑いもせずに追放したよ。考えてみな、このぼくですら見つけるのに死力を尽くして5年かかったのに、あのぼんくらが後継者?

うまく行き過ぎたことは認める、僕は驚きあきれたからね。」

「ダンブルドアは違った。最初から僕を疑っていたね。だからハグリッドを森番にし、学校に残すよう説得していた。他の先生が疑わなかったなか、彼だけは違ったな。」

「わかっていたんだろう。校長は。」

「…確かにそうだ。卒業するまでそれ以後、しつこいぐらいに監視をするようになったからね。だから在学中に秘密の部屋を開けるのは、危険だと判断した。そしてこの功績を引き継げる、新たな後継者の為に残したのだ。僕の16歳の記憶とともに。」

 

ハリーは杖を向けながら、勝ち誇ったように叫んだ。

 

「でも誰も死んでいない! 石化しただけで、もう元に戻る。君は負けたんだ!」

「それがどうした? 僕の真の狙いは忌々しい奴らではない、君だよハリー。」

 

話が見えるようで、見えない。リドルの目が額の傷から、ハリー全身に移った。

 

「君のようなちんけな小僧が、どうやって不世出の偉大な魔法使いを打ち破れる? あのヴォルデモート卿が砕け散ったのに、どうして君は傷1つで生きながらえた?」

「どうして…ヴォルデモートは君より後の人間じゃないか。」

「ヴォルデモートは、僕の過去であり、現在であり、未来だ。ハリー・ポッター、よく見ておけ。」

 

リドルは指で空中に字を書く。魔法で書かれた字は、揺れながらも淡い光を放っている。

 

『tom marvolo riddle』

 

腕を振るうと、文字が並び変わって別の文章が現れた。

 

『I am Voldemort』

 

「これが真実だ。汚らわしいマグルの名など、とうに捨てている。母方は偉大なサラザール・スリザリンの血を引いているというのに! ただ魔女だというだけで母を捨てた、忌々しいマグルの名を使うか、いや使わない!

ハリー、僕はわかっていた。いつの日かこの名を恐れるものが現れる、世界中にだ。世界で一番偉大な魔法使いとして、魔法界に君臨するその日がね!!」

「そうかな。」

 

脳天が揺れる思いのハリーは、何も言えなかった。目の前の孤児が、ハリーの両親を殺したのだ。だから士堂が口をはさんだとき、虚をつかれた思いだった。

 

「ヴォルデモートが世界で一番? 笑わせるな。今世界で一番偉大な魔法使いは、アルバス・ダンブルドアだ。第一ヴォルデモートは全盛でも、ホグワーツに指一本触れることはできなかった。知り尽くしているはずだ、卒業したのだから。

だが、このありさまだ。今は幼き頃の記憶とやらで粋がるしかない。」

「マグル風情が、僕に口答えを?ダンブルドアはもういないのに。」

「そうだよ、分からないか。ダンブルドアはいない、そうだな。

だからどうした? 俺たちはそんなに弱くはない、ダンブルドアに育てられたからな。」

「それにダンブルドアは、君が思っているほど遠くには行っていないぞ!!」

 

ハリーはとっさに、士堂の言葉に続けて叫んだ。でまかせだったが、心の中では信じていた。そうあってくれという願望に近かったが。

その時、不思議なことが起こった。この世のものとは思えない、喜怒哀楽を全て練りこんだような旋律だ。ハリーと士堂の毛が逆立ち、心臓が倍以上に膨らんだような感覚だ。

白鳥ほどの真紅の鳥が、旋律を奏でながら飛んできたのだ。クジャクのような金色の尾羽を翻らせ、まばゆい爪にボロボロの布切れを掴んでいた。その布切れをハリーに渡すと、肩に留まる。ハリーの肩の上で鳥は、しっかりとリドルを見据えていた。

 

「不死鳥か。」

「フォークスなの? これは…」

「組み分け帽子、だな。なんで校長はこんなものを…」

 

リドルの高笑いがこだまする。響き渡る声が反響して、不快な合唱曲のように聞こえてきた。

 

「ハハハ、笑えるな。ダンブルドアは不死鳥一匹と古帽子で何とかしてみろといったんだ。

君たちの言う偉大な魔法使いは、ここに助けをやりもしないようだね。

まあ、お遊びはここまでだ。偉大なサラザール・スリザリンの継承者たるヴォルデモート卿と、ハリーポッターとダンブルドアの精一杯の加護とご友人。力比べといこうじゃないか。」

「黙れ! いいか、ヴォルデモートが倒されたのは母さんの力だ。母さんは死ぬとき、僕を護る魔法を遺してくれた。だからヴォルデモートは負けたんだ!」

「…成程。君個人の能力ではないのか。古代から伝わる魔法、言われれば合点はつく。

だが、君は強くないと白状したと同じ。死ね。ハリーポッター。」

 

「スリザリンよ。ホグワーツ4強の中で最強のものよ。我に話したまえ。」

「そして殺せ。」

スリザリンの巨大な石像の口が開いた。暗闇で何かがうごめいている。確かなのは、蜘蛛ではない。シャーという声がした瞬間、ハリーと士堂は目を閉じた。何か大きいものが床を這う音がしたと思ったら、フォークスが飛び去る。そのまま何も見えない中で、大きな物体が近づいてきたことが感覚でわかった。

 

「ハリー、壁伝いに逃げるぞ!」

「う、うん!」

 

必死に壁を手で確認しながら、奥に走っていく。背後から聞こえてくるリドルの笑い声と、何かがぶつかる衝撃音は刻一刻と近寄ってきた。ハリーが背中に生ぬるい湿気を感じたとき、急に羽音がした。その後何かがのたうち回る音と、何かが柱にたたきつけられる音が聞こえてくる。リドルの笑い声が次第に小さくなっていくから、ハリーはうっすら目を開けた。

フォークスがバジリスクの頭周りを飛び回っている。毒々しい鮮緑色の頭が宙をかんでいくが、巧みにフォークスが交わしていた。まるでハリーと士堂に目を向けさせまいとしているかのような不死鳥は、高空から一気に急降下する。その勢いのままバジリスクに突き刺さると、再度浮上してから同様の攻撃を加えていく。ハリーの前に黒い血が飛び散り、毒蛇の樫の木のような胴体が揺れ動いた。見れば黄色い目があったはずの場所は、黒い血が滝のように溢れている。

 

「違う、小僧だ! 小僧をやれ! 匂いを探ればいいだろう!!」

「ハリー、目を開けて逃げろ! 俺が援護する!」

 

ハリーは杖と帽子をもって、網目状に張り巡らされたパイプを走った。背後から蛇の鳴き声と金属音が、立て続けに聞こえてくる。何事かと影に隠れて見てみれば、士堂が黒鍵を次々に投擲しているではないか!

 

「ここで一発、ギャンブルよ!」

 

『corvus volant quoque nihil mons sheng (鴉は飛び立ち、山々を超える)』

『主よ、この不浄を喰い改め給え!』

『鳥葬式典!』

 

両手から放たれた黒鍵は、正確にバジリスクの鼻を突いた。すると黒鍵の刀身が砕け散り、無数の黒鴉に変化する。鴉たちが顔じゅうにへばりついて、手加減なしに嘴を突き立てていった。

 

「君か、見たことのない魔法を使う男とは!」

「って、くそ?!」

 

見ると憎悪の顔のリドルが、手を突き出している。その背後には、見慣れない文字が6角形の配置で浮かんでいた。その文字を見た瞬間、士堂の頭に閃きが舞い降りた。

だが、その体は宙に吹き飛ばされた。リドルの手から緑の閃光が飛び出し、士堂を直撃したのだ。不敵に口を歪ませたリドルは、すぐに驚愕の表情になった。

 

「まだ、生きているのか?」

「…ご生憎。死に運はないもんで。」

「ちっ! この小娘の魔力じゃこんなものか。ではもう一度、死ねぇ!!」

 

リドルの背後の文字が、ゆらゆらと揺らぎ始める。文字から色とりどりの魔法が飛び出し、士堂を狙ってきた。前後左右に躱しながら、士堂は目の前の敵の強大さを噛みしめていく。

 

 

士堂が必死に戦っていたころ、ハリーは逃げ惑っていた。フォークスと士堂のおかげで、バジリスクを見ながら逃げることはできる。が、毒蛇の牙は依然として難敵であることは、変わりない。蛇が噛みついた石柱が、噛まれた場所から溶けていっているのだ。あんなものに噛まれたら、ひとたまりもない。さっきから魔法を撃っても、滑らかな光を見せる鱗にはじかれる始末だ。

 

(助けて、助けて!!)

 

ハリーは逃げ惑いながら、作戦を考えてはいない。士堂ならともかく、ハリーには有効な手段など思いつくはずがなかった。バジリスクの尾を間一髪よけたとき、手に握った組み分け帽子が気になった。ダンブルドア先生は、なぜこれを渡してきたのか。この帽子に何の意味が?そう思うハリーが再び尾をよけたとき、偶然帽子が頭に乗った。

ハリーは物陰に隠れて、心から願った。

 

助けて!! このままじゃ僕もジニーも士堂も! 助けて!!)

 

その時帽子がキュッと縮み、頭上に重いものが降ってきた。目の前に星が見えるほどの衝撃に顔を顰めるが、バジリスクの攻撃が来て真横に転んだ。すると帽子から剣の柄が見える。

黒鍵とは違い、煌びやかな宝石に飾られた銀の剣だ。迷わず柄を引き抜くと、細長い大剣が出てきた。その剣でバジリスクの鱗を切ると、蛇は体をよじって苦しむ。が、有効打ではない。よじって振ってきた頭をよけるも、舌に触れてしまう。

獲物を見つけた大蛇は今までで一番大きい口を開けて、ハリーに襲い掛かった。ハリーは全体重を剣に乗せて、一思いに蛇の口蓋に突き立ててやった。バジリスクの生暖かい血が腕全体にかかるが、ハリーにはどうでもよかった。腕に毒牙が一本、深々と突き刺さっている。

剣と牙を思い切り引き抜くと、弱々しく声を上げて蛇は痙攣するだけだ。その場に座り込んだハリーの視界はかすみ始め、嫌に体が冷たくなっていく。遠くで何かを叫んでいる士堂が見えるが、もうはっきりとは分からない。傷ついた腕にフォークスが留まると、力ない言葉が漏れた。

 

「ありがとう、フォークス。僕、頑張った?」

 

もう靄にしか見えない視界の中で、ハリーは傷口にフォークスが頭を預けていることだけが分かった。向こうで叫んでいる士堂に、魔法が直撃する。リドルの高笑いが響き渡り、士堂がなんとか立ち上がるところが見えた…。

 

「…僕の勝ちだ! ヴォルデモートは新たな勝利者になった!」

「…ハリー、しっかりしろ! 死ぬなよ此畜生! ロンが待ってるんだぞ!」

 

…そうだ、ロンが待っている。今頃必死に石をどかして僕たちを…

ハッとハリーは気が付いた。いつの間にか視界は澄み渡り、悪寒どころか活力が湧いてきた。慌てて傷を見れば、フォークスが泣いている。綺麗な瞳から零れる雫が傷に滴る度に、醜くえぐれている肉がふさがっていった。

 

「…不死鳥の涙か。運がいい奴め。」

「…ハリー、無事か…」

「士堂!」

 

片膝をついて息を荒くする士堂に駆け寄ると、リドルが好戦的な目でハリーを挑発した。まるで決闘前かのようにお辞儀する彼に、杖を向けようと腰に手を置いた時だ。

フォークスが何かを落とした。ハリーの眼の前には、リドルの日記が落ちている。一瞬時が止まったように、皆の動きが静止した。次の瞬間ハリーはためらいなく、近くに在ったバジリスクの牙を日記に突き立てた。

 

「やめろぉぉぉぉ!!!」

「終わりだ、ヴォルデモート。いや、トム・リドル。」

 

『告げる』

 

リドルが魔法を放とうとすると、顔面に黒鍵が突き刺さった。それまで魔法で撃ち落としていた攻撃を、ハリーに意識を奪われたがために防げなかったのだ。ハリーは日記に牙を突き立てながら、士堂を見つめていた。

 

『私が殺す。 私が生かす。 私が傷つけ私が癒す。 我が手を逃れうる者は一人もいない。 我が目の届かぬ者は一人もいない。

 

打ち砕かれよ。

敗れたもの、老いた者を私が招く。 私に委ね、私に学び、私に従え。

休息を。 唄を忘れず、祈りを忘れず、私を忘れず、私は軽く、あらゆる重みを忘れさせる。

装うことなかれ。

許しには報復を、信頼には裏切りを、希望には絶望を、光あるものには闇を、生あるものには暗い死を。

休息は私の手に。 貴方の罪に油を注ぎ印を記そう。

永遠の命は、死の中でこそ、与えられる。

────許しはここに 受肉した私が誓う。

 

    キリエ・エレイソン』

『────“この魂に憐れみを”』

 

初めて聞いた。隠れ穴の時聞いたフレーズとは違う、本当の洗礼詠唱。リドルの日記からどす黒いインクが流れ出ていき、黒鍵が青白く光る。この世のものとは思えない絶叫を発しながら、リドルは跡形もなく消え去った。もう日記からインクは零れず、焼けただれた大きな穴が開いているだけだ。

 

かすかなうめき声がして、ジニーが目を覚ました。ハリーが日記をもって近くに歩み寄ると、彼女はハリー達を見て泣き出してしまう。

 

「ごめんなさい、はりー。私、私、ずっと言わなきゃって。でも、でも言えなかったの。パーシーがいて、う、嘘じゃないリドルがやったの。」

「大丈夫、分かってるよ。」

「り、リドルが、わたし、何も覚えていないの、リドルが日記から出てきて…」

「もう大丈夫、リドルもバジリスクも倒した。さあ、帰ろう。」

 

震えるジニーを抱きしめながら、ハリーは士堂のもとに行く。士堂はジニーに力なく笑うと、また泣き出してしまった。ハリーは何も言わずに士堂の肩を担いで、出口に向かう。

なんとか雪崩付近につくと、ロンが向こう側から笑っていた。ロンは石を大量にどかして、人ひとり分は十分通れるほどにしていたのだ。

 

「ジニー! 生きていたのか!夢じゃないだろうな、大丈夫か!」

 

最初にジニーを抱きしめると、彼女は何も言わずに抱きしめ返すのみだ。それでも嬉しそうなロンは、力ない士堂を見て不安そうになる。

「士堂? 生きているよね、士堂!」

「…大丈夫だ。ただ力が入らなくて…」

「ロン、ロックハートは?」

 

肩にフォークスを載せたハリーが聞くと、ロンはトンネルからパイプへの道筋を、顎でしゃくった。見ればロックハートは、場違いにもおとなしく鼻歌を歌っている。

彼は記憶を失った。忘却呪文が逆噴射と暴走を起こしたのだ。ロンの杖が壊れていることを、先生たちはみな知っていた。ただ自業自得だから、何も言わなかっただけなのだ。もし彼が、少しでも真面目に授業をしていたら、ロンの杖は使わなかっただろう。

ハリーに質問する内容も口調もおかしいのを見ていると、哀れな気分になってくる。

問題はロックハートだけではなかった。

 

「僕たち、どうやって帰ろうか?」

 

 




戦闘終了。アトはエピローグを載せます
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