家出
ホグワーツの学期休みは、大体の生徒にとって天国だ。マグルだろうと魔法使いだろうと、勉強について考えずに済むというのは嬉しい。
だが学年が上がるにつれ、先生達からの宿題という名の呪いは強大になっていくものだ。
その呪いも、頼れる友次第だが。
「士堂。宿題はどうだい、区切りはついたかね。」
「もう終わった。本当、頼るべきは賢者って感じ。」
イギリスよりも緯度が低いからか、肌に触れる風は何処か温い。匂ってくる青草の香りは、心の疲れを掻き消してくれる。ロッキングチェアに深く腰掛けながら、安倍一家はフランスを満喫していた。
ベランダの外に広がる景色を眺める彼らに、背後から男性が話しかけてきた。
「如何ですか? フランスは中々来ないそうですが、来てみると快適でしょう?」
「ええ、ミスター・グレンジャー。誘ってもらわなくては、怖くて来れませんでしたな。楽しませてもらってます。」
「私達も同じでしてね、以前一度来ただけでしたから。旅に行くことに慣れませんと、そうなりますよ。」
眼鏡をかけた中年男性ーグレンジャー氏は微笑みながら、二つのシャンパングラスをテーブルに置く。その後ろにグレンジャー夫人と道子が、談笑していた。彼女達の腕には、バスケットに入ったシャンパンが2本飾られている。
意図を察した士堂が席から立つと、部屋の奥の廊下から若い女性の声が聞こえてきた。
「士堂? ちょっとこっちこっち、面白いもの見つけたわ…」
「はいはい。じゃあグレンジャーさん。僕はちょっと。」
「勿論。娘を頼みますよ、士堂君。私達大人も大人なりに、遊ばせてもらうからね。」
士堂はグレンジャー夫人に頭を下げてから、屋内の階段を駆け上がった。階段から二階に上がった先の、大きな部屋の扉が空いている。部屋の大ベッドでは、ハーマイオニーが大量の本を広げて、メモを取っていた。
「ハーマイオニー、冗談はよしてくれ。せっかく旅に来たのに、勉強だなんて馬鹿げている。というよりその本の量はちょっとした研究もんだぞ。」
「しょうがないわ、あるんだもの。ブリターニュ地方にバスク地方の魔法史を加えてたら、ビンズ先生のレポートを2枚オーバーしちゃったのよ。」
「マジかよオイ。ロンが頭抱えているぜ全く…」
魔法史のレポートは、退屈な歴史をまとめる典型的な宿題だ。大抵の生徒は羊皮紙に書く文字の大きさを大きくしたり、無駄な情報で傘増しして提出するのが普通だ。
それを目の前の賢者は、限りなく小さな文字を隙間なく埋めて尚、文字数がオーバーしたと言っている。成績優秀なパーシー・ウィーズリーもこんな感じで宿題をこなしているのだろう。ウィーズリー兄妹のからかいが収まらないわけが、初めて理解できる気がした。
「あなたも追加したら? 魔法図書館で熱心に本を読み漁っていたじゃないの。」
「それは単に自己防衛の為さ。これまでの経験から見ても、知識があった方がいいのは体で覚えたしね。」
「それを言われちゃったらね… そうだ、ロンからの手紙見た?ハリーへの電話失敗したらしいって。」
「見たよ。エジプトに行ったのもロンの杖が新調したのも読んだし、パーシーが有頂天なのも分かった。」
ウィーズリー家は今、エジプト観光に出掛けている筈だ。高額の宝くじが当たったおかげで、家族水入らずの旅行を楽しんでいるらしい。
そんな士堂達の友人のロンは、観光前に一つのミスを犯した。ハリーの電話番号を教えてもらった彼は、魔法嫌いの家に電話をかけた。かけることは良いのだが、問題は最初の言葉だ。
「あー、きこえるー、僕! はりー、僕だ! ハリー?!」
「誰だね、君は?」
「僕、ロン、ロン・ウィーズリー! ホグワーツーホグワーツでのハリーの友達!」
結果はハリーの監禁に終わった。ロンは自分のミスで、ハリーが孤独に苛まれている事に、多少落ち込んでいた。後でマグルに興味を持つ父から、注意を受けたことも効いたらしい。
「どっちかというと、ハリーの親の問題だろうよ。」
「そうよね、でも何であんなに変な人たちの元に、ハリーは預けられたのかしら。もっと理解のある人はいたでしょう?」
それは、恐らくハリーがずっと抱いている疑問だった。だが士堂がその答えを持っている訳でも、手掛かりを掴んでいるわけではないのだ。ハーマイオニーも直ぐに諦めて、ブリターニュ産バタークッキーを口に運んだ。
「パパ達は何の話をしているのかしら?」
その頃大人達は、シャンパンやワインを飲みながら優雅に寛いでいた。
「ハハハ、ミスター・グレンジャー。このシャンパンは、口当たりが軽くて飲みやすいですな。手が止まりませぬ。」
「学生時代の友人がワイン畑を持っていまして。彼に選んでもらいましたから、味の保証は確かですよ。」
「本当に美味しいですよ。シャンパンにこのフレンチ・フライがまた合いますな。小指ほどの大きさで、いいおつまみですよ。」
「子供っぽいと言われがちですが、ちゃんとしたところのフレンチ・フライは大人の味がするものです。」
ベランダのテーブルと室内の大テーブルで、各々グラスを傾けている。室内ではミス・グレンジャーと道子が子供の成長具合について、語り合っていた。
上機嫌でグラスを空にした士柳に、シャンパンを注ぎながらミスター・グレンジャーが話を振ってくる。その表情は、旅先だというのに少しばかり曇っているように伺える。
「実はですね。ミスター士柳、こうした場で話すことではないかもしれない。」
「私、そういった雰囲気を心得る礼儀が些か欠けておりましてな。」
「…まあ、そういって頂けるとこちらとしても有り難いです。」
椅子をグッと近づけて、夫人達の耳に入るか入らないかの声量で、彼は本題に入っていった。
「ホグワーツについてお伺いしたい。正直言って、ハーマイオニーをこのまま通わせる事に疑問がありまして。」
「詳しく聞きましょう。」
「ご存知の通しでしょうが、あの娘は2年間危険に晒されています。一年の時は友人を救う為でした。これはいいのです。問題は…」
「石化していた。寧ろそれは運が良く、本来ならこの世には居なかった。」
「そうです。いくら何でもこんなにも命の危機に晒されるとは、想像を超えています。私は、どうしたらいいのでしょう?つまりあの子をこのまま…」
分かっているとばかりに、士柳は話をやめさせた。暫しの間、手元のシャンパングラスを緩やかに回す。
その後シャンパンを口に含んでから、士柳はグレンジャー氏の手を軽く握った。そしてゆっくりと自らの考えを、言葉を選ぶように述べた。
「私の予想ですがね、貴方の娘さんは今後も危機に苛まれますよ。」
「そんな、またあの子に危険が?!」
「それは間違いない。何せ彼女の親友はあのハリー・ポッターです。何かしらの危機は常に降りかかりましょう。当然、近くにいる友人にも。」
顔を覆いながら、グレンジャー氏は溜息をつく。賢明な医者である彼のことだ。当然頭の片隅にあった憶測だっただろう。我が子を案ずる父の姿に、同じ経験をした立場で士柳は話し続ける。
「私に貴方の決断を止める理由はありません。無論、ダンブルドアにもです。貴方の心配は当然だと、ホグワーツは考えているでしょう。」
「そこなんです。何故ホグワーツはこんなにも危ないのでしょう?ハリー君や士堂君にも、あそこまで危険が襲うのに平然としているように思えるのです。」
「でしょうな。ですが少々訂正が必要かと思われます。
まずホグワーツは平然とはしておりません。今年の教師 ー例の闇の魔術のに対する防衛術の教師ですなー 信頼できる人物を迎えたと、校長より手紙が届きましたから。最善の努力は尽くすようですぞ。
そして何故危機がここまで続くかと言えば、グレンジャー氏。娘さんの友達が関係している。」
「というと?」
「グレンジャー氏、貴方は御友人に世界を救った英雄はおられますか?」
話の流れから外れたような質問だったから、グレンジャー氏は面食らった。しかし直ぐに記憶の海を彷徨い始める。だが、これといった回答が浮ばない。
「残念ながらハーマイオニー君は今後も危険です。
彼女の友人、ハリー・ポッターの魔法界での重要性を例えるなら、ヒトラーとムッソリーニの暗殺に成功した英雄です。彼の功績で、魔法界は暗黒の時代から、平和な今に至りました。
その友人になった以上、ネオナチのような魔法界の危険団体から狙われるのは避けられんでしょう。」
「ああ…」
「その危機から身を守るには、残念ながらホグワーツが適しているのは間違いない。現在考えられる最高の魔法使い、ダンブルドアの足下では、彼らも表立った活動はできないからです。
成人するまでの間は、彼女はそうした連中からは守れます。」
グレンジャー氏は微かに頷きながら、シャンパンを飲み干した。その手が微かに震えていることも、顔中に滲む脂汗も指摘するほど士柳は野暮ではない。
グレンジャー氏が落ち着きを取り戻したタイミングで、士柳がシャンパンを注ぎ返すと、彼は軽く礼をいう。
「ありがとうございます… そうですか。そう言われると、ホグワーツに行かせておくのが良さそうですね。まさかネオナチの例えが出るとは…」
「あくまでもわしの考えです。心配なさる中での決断は、止めはしません。何度も言いますが、本来その方が正しいと言えるのです。我らマグルにとっての、と付け加えさせて頂きますが。」
「いえ、話を聞いて決心しました。あの子の未来の為には、ホグワーツで学んでもらうのが良さそうです。」
そういうと士柳の目を見つめながら、思いを口にし始めた。
「あの子はどうも賢すぎましてね。ホグワーツに入る前も、あまり交友関係は広くはなかったのです。あの年頃の子供達は、頭でっかちは嫌いますからね。
それがホグワーツに行ってから、次々に友人の話が聞けるようになりました。その中でもハリー君、ロン君、言わずもがなで士堂君。私は嬉しかった。」
「そうでしょうとも。」
「ですから何度あの子を引き離そうと考えても、本当に幸せなのか疑問になりまして。こうして事情を把握しておられる貴方に、こんな場所と場面であることを無視してでも、話を聞いた訳なんです。やはり、聞いてよかった。
暫くはあの娘を見守る事にします。」
「それは大変辛い決断ですぞ。一筋縄では行きません。
しかしその決断、大変勇気ある行動だ。この老人、微力ながらお手伝いしましょう。」
「ええ、お願いします。どうかあの娘を…」
硬く手を取り合って、2人の男は意思を確認しあう。
そのタイミングで子供達が、2階から降りてきた。手に何冊もの本を抱えた士堂に、室内にいたグレンジャー夫人が、驚きの目で彼を見ていた。
「まあまあ、士堂君。その本の山はもしかしてうちのハーマイオニーの?」
「まあ、そうなります。」
「あの子はまたもう、こんな旅で。ハーマイオニー、折角の旅なんですよ。」
「ママ、分かっているわ。でもちょっと教科書に書いてあることに疑問があるの。魔法史の教科書に書いてある記述と、地元に伝わる古書とで解釈の部分で無視できない矛盾が生じているわ。
これから近くの本屋で、詳しい資料を探してみる。」
呆れる母親のことなど目に入っていないらしい。玄関から駆けていくハーマイオニーを、慌てて士堂が追いかけた。古書を片手に街に消える娘と、本を落とさないように腰を落としながら走る少年の姿を見て、グレンジャー氏は苦笑する。
「やはり、あの子はホグワーツに行かせた方がいい。知識欲旺盛な娘と、お宅のお孫さんは仲良くしてもらえますかね?」
「当然ですよ。それに彼女を守るホグワーツは、非常識を真剣に学ぶ学舎です。彼女は逞しく成長しますよ。」
争いに否応なく娘が巻き込まれる、親の不安をある程度解消できた。老ぼれにできる数少ない人助けだと、人知れずほくそ笑む士柳。
そんな彼の心境を知ってか知らぬか、魔法界の瓦版的な役割を果たす、フクロウ便が届ける日刊預言者新聞が、部屋の片隅に落ちてきた。
フランス旅行の途中で、子供2人の下をフクロウが訪ねてきた。ハリーのペット・ヘドウィグは、ハリーの誕生日の数日前に唐突に舞い降りたのだ。主人の誕生日を祝いたいという、ペットなりの親孝行か。
そこで2人は相談して、フクロウ便のギフトセットから箒関連のグッズを送った。チョイスはハーマイオニー、費用は士堂持ちだ。ハリーの元に無事に届くように願いながら、学期前に会う日を待つ事にする。
楽しい旅はあっという間に終わりの時を迎えた。ハーマイオニーの肌は小麦色に焼け、士堂も若干頬や額にニキビが目立つようになってきている。
グレンジャー氏の運転する車でフランス中を回る旅の終着点は、無論イギリスだ。ハリーとロンに列車に乗る前に合流する約束だから、まずダイアゴン横丁に行く必要がある。学校に必要な荷物を固めて、両親と別れの挨拶をする時、士堂は違和感を感じていた。
「士堂、くれぐれも気をつけたまえ。何があるか、分からないのだ。何かあると思って行動するように。」
「分かってるよ、嫌に慎重だな。」
「何を言っている、あのシリウスブラックが脱獄したのだ。そんな悠長にだな…」
「知っているよ、預言者新聞の一面を1週間は独占だ。でも脱獄犯になんか気をつける必要があるか?」
「当然だ、脱獄犯はいついかなる時も用心せねばならん。特にこのシリウス・ブラックは。」
預言者新聞の一面で、舌を出して挑発してくる写真のシリウスの頭を、何度も叩いている。こんな祖父は初めて見た。苛立ちを我慢できないクレーマーのように、余裕がない。
何かおかしいと思いながら、ハーマイオニーと連れ立ってダイアゴン横丁に入る。杖で煉瓦の壁を叩いた先は新学期前ということもあり、人で溢れかえっていた。
荷物を抱えた人をなんとかくぐり抜けながら、2人はなんとかグリンゴッツ銀行の白い大理石の階段を見つける。
「おーい、こっちだ!おーい!」
階段の反対側に、ウィーズリー一家が固まっていた。先頭で、そばかすが増えたロンが大きく手を振っている。他の兄妹も手をあげてくれるが、パーシーだけが仏頂面で2人を見ていた。
「はい、ロン! 見ないうちに背が伸びたんじゃなくて?」
「こっちのセリフだよ、そんなに日焼けしちゃって! そうだ見てよこれ! 新しい杖だよ!」
新品の杖を嬉しそうに振るロンを、ハーマイオニーが腹を抱えて笑っている。隣でジニーや双子と挨拶をしていた士堂は、横から伸びてきた手に驚いた。
「久しぶりだな、ミスター士堂。大変健康的におられるようで、自分としても恐悦至極の心境だ。」
「何言ってるんだ?」
中世の時代、初対面の上司に言うような、無駄に堅い口調だ。最早不気味とも思えるパーシーだが、双子が無言で指差す場所に答えがあった。
胸に輝く首席バッジは、パーシーの優等生街道を確固たるものにしたようだ。双子がやいのやいのとからかおうが、眉一つ動かさない。直ぐそばで、ハーマイオニーとジニーが肌に関する女性トークで盛り上がる中、ロンが話しかけてきた。
「ハリーと一緒だと思ったんだけど… 身長伸びた?」
「数センチぐらい。ロン、電話の使い方教えておいた方がよかったな。」
「うん、ごめん。吠えメールみたいなものかなって思ったんだよね。ハリーは電話で怒られていたこともあるって言ってたろ?」
「それはハリーだけなんだよなぁ。こっちも気づくべきだったかなぁ。」
魔法使いとマグルの違いには、一体いつになったら慣れるのだろう。答えの出ない問いだとしても、やはり考えてしまうものだ。
アーサー氏がハリーが漏れ鍋にいるという情報を持って、彼等らに駆け寄ってきたのはそんな時だ。士堂はてっきり祖父達同様、帰宅していたとばかり思っていたから、野太い声に一瞬ヒヤッとしたものだ。そのことを告げると、アーサー氏の視線がぐるりぐるりと廻る。
「まー、いやー、そのなんだね。そう、仕事だ! 魔法省から頼まれた仕事が。いや急にだね、キングス・クロスの駅で待ち合わせることになったもんだから。
さー、行こう行こう!」
ここでも怪しい言動を見せる大人がいた。士堂は頭を傾げるばかりなのだが、大人達は答えを教えようとしない。
自分に関係のないことなのか、いやでは祖父の忠告はなんなのか? 堂々巡りしかねない、難解な問題を彼は投げつけられた気分だった。しかしウィーズリー兄弟はそんなことは考えてもいないし、ハーマイオニーも一緒だ。ハリーを探しにもう一回漏れ鍋に向かう道中で、士堂はその難題を頭の片隅に追いやっていた。
結局ハリーと会うのには、休みの最終日を待たざるを得なかった。あっちにいると思えばハリーが移動し、ハリーが追いかけてきたときには此方が移動している。
行き違いを繰り返す中で、やっとこさフローリアン・フォーテスキュー・アイスクリーム・パーラーのテラス席でハリーを発見した時は、ちょっとした大騒ぎだった。
そして対面した友人を見た士堂は、溌剌とした笑顔で近寄る彼に対して、なんとも言えない表情で出迎えてしまう。
「なんというか、うーん。」
「何さ、士堂。僕の何が変なの? 何か言いたいことがあるならはっきり言ってくれよ。僕たち友達だろう。こうして久しぶりに会ったのに。なんだってそんなに変な顔してるんだい?」
「変ではないんだけど、変だな。こう言うしか無い。」
「なんだよ、訳わからない。せっかく会えたんだから、なんだって言ってくれよ。僕頭おかしくなりそうだったんだよ。」
「つまり、あなたが痩せこけて見えるけど、血色がいいもんだから変な印象だってことよ。」
聞けばハリーは案の定、ロクな食べ物を与えられずに休暇を過ごしていた。その休暇に訪れた親戚に両親を侮辱されたから、癇癪が爆発してしまったらしい。親戚に魔法をかけて、学校用具を一式持ったまま家出したそうだ。
幸い杖を使っていない不安定な魔法だったことから、ハリーはお咎めなしの判定を受けた。その代わりダイアゴン横丁に留まるよう言われたが、その間に栄養を休暇分まとめて取り込んだと見える。
その結果が、痩せかけた顎と赤みがさす頬という、アンバランスな顔つきに表れたわけだ。そのことを指摘するのを躊躇った士堂なのだが、案外ハリーは気にしていない。ハーマイオニーの解説を聞いて、さもあらんとばかりに頷いていたから。
士堂の背後からひょっこり顔を出したロンは、どこかしょげた面持ちでハリーを出迎える。
「ハリー、本当にごめんよ。僕の話電のせいだ。君がそんな目に遭っているのに僕と言ったら…」
「よしてくれ、ロン。君の責任じゃ無い。僕は君たち家族が楽しそうで、本当に嬉しかったんだ。後ロン、電話だよ。
そうだ、エジプトの話を聞かせて。僕イギリスどころか家すら碌に出たことないから。ジニーも、ああ…」
久しぶりの友人との再会に心踊るハリーのマシンガントークも、呆気なく終わった。去年の事件の首謀者にして、最大の被害者。ジニー・ウィーズリーのハリーへの憧れは、益々大きくなったらしい。熟れた林檎以上に顔を真っ赤に染める彼女を見ては、ハリーも言葉を続けることができなかった。
それでも喋り足りないハリーは、ロンの新しい杖やハーマイオニーの目を見開く量の教科書について喋り回る。双子と挨拶してから堅物パーシーに驚く、までを猛スピードでこなしていった。
こうしてホグワーツでも有名な、あの4人が無事顔を揃えた。
士堂が薄々勘づいていた、胡散臭さが匂ってきたのはその日の夕食だった。アーサー氏が明日キングス・クロス駅には、魔法省の車で向かうと言ったのだ。この事はウィーズリー家も初耳だったようで、仏頂面のパーシーの両脇から双子がからかい始める。
「パーシー、やったじゃ無いか。君のために魔法省が車を手配して下すったぞ。」
「きっと『HB』の旗がひらめいているに違いない。
『首席』? ノンノン。『石頭』の『HB』だ!」
パーシーとウィーズリー夫人以外が、思わず吹き出ししてしまう。それでもハリー含め、何か裏で糸を操る影を考えなかったのは、もしかしたらパーシーだけかもしれない。
そして魔法省の車が手配された訳は、意外にもハリーが聞いた。夜、パーシーの首席バッジが紛失したと騒ぎになった。ついでにエジプト旅行以来体調の優れないロンのスキャバーズの、栄養ドリンクも。
皆で探す中、荷物をまとめ終わった士堂が上階の部屋を見て回った後のことだ。同室のハリーは階下に探りを入れに行った訳だが、帰ってくるなり興奮した面持ちで帰ってきた。
「おいおい、どうした? やけに興奮した顔してるけど…」
「士堂、その。…ううん、大丈夫。明日、また話すよ。絶対。」
「そうか。じゃあ、明日聞かせてくれ。」
その後2人並んでベッドに入る。士堂は眠りに落ちるまでの間、ハリーが何回も寝返りをうっていたことに、当然気が付いていた。
夜が明けた。ビンはベッドの下に、首席バッジは石頭バッジとして、無事発見された。だが恋人の写真に紅茶がついただのと不貞腐れるパーシーと、何故かスキャバーズに絡むハーマイオニーの新しいペット、クルックシャンクスに苛立つロンを士堂は宥めてばかりだ。
それにハリーの隣にウィーズリー氏がぴたりといるお陰で、ハリーの話を聞くタイミングは中々訪れない。そしてようやく腰を落ち着けて聞く体勢が出来たのは、ホグワーツ特急の中だった。
ロンとハーマイオニーを連れて、人が1人しかいないコンパートメントに乗りこむ。先客はつぎはぎだらけのローブを着た、病人の様な男だ。若いと思われるが、青白い顔に白髪が見える頭部では年齢以上の印象を受ける。
「僕ホグワーツ特急で、初めて大人を見たかも。ほら、売店のおばさん以外生徒しか乗らないじゃ無いか。」
「この人、誰だろう。見た感じ怪しすぎて、僕ちょっと心配。」
「ルーピン先生よ。ほら、タグに名前が入っているわ。」
声を顰めながら同乗者について話すロンに、ハーマイオニーが指を差しながら話した。彼の頭上に置かれた疲れ切った鞄にR・J・ルーピン教授と書かれている。
「何の先生だろう。なんか不安になるよ、僕…」
「まあ、今空いている教師の枠と考えれば。前年演芸会を楽しんだあの授業だろうよ。」
士堂の吐き捨てる様な予測に、3人の顔が曇った。前年のホグワーツを襲った事件において、闇の魔術に対する防衛術を担当した人物は忘れられない。無能と虚構を体現したと言える、彼の言動に4人は見事に振り回された。一昨年は事件の首謀者だったこともあり、件の授業は呪われているともっぱらの噂になっている。
「おいおい、それは不味いよ。よりによってあのシリウス・ブラックじゃないか!」
「なんてこと。シリウス・ブラックが脱獄したのはあなたを狙う為? ねえ、お願いハリー。もう面倒ごとには飛び込まないで、ねえ…」
ハリーから話を聞いた3人の反応はそれぞれだ。頭を抱え、不安に苛まれるロン。また身の危険に巻き込まれるハリーを心配するハーマイオニー。そして。
「そうか、それで祖父さんは僕に。なるほど。」
納得する士堂。ハリーが話してくれた話は要約するとこうなる。
①シリウス・ブラックが脱獄したのは、ハリー・ポッターの暗殺を目的としていると見られている。
②彼は何らかの手段を講じて、脱獄不可能と謳われたアズカバンから抜け出した。その事実は確かだ。
③魔法省は緊急策として、ハリーのホグワーツ特急までの身辺警護を、ウィーズリー氏に依頼していた。ホグワーツ側への対策として、アズカバンの看守を派遣している。
④その為、ハリーの魔法使用に対する処分を魔法大臣自ら行った。加えて何故かウィーズリー氏から、自分からシリウス・ブラックを探しに行くなと警告された。
恐らく祖父は、ハリーが聞いた話の概要を大まかにでも知っているのだ。それを元に、士堂にそれとなくハリーの事を任せたのだろう。
思い返して祖父とウィーズリー氏の挙動不審さが分かった。2人は隠していたのだ。事情を知らぬ者にバレぬ様、神出鬼没の脱獄犯の影を警戒しながら。
「大丈夫か、ハリー。僕心配だ。だってあのアズカバンを抜け出すなんて考えられない。パパがあそこだけは死んでも行きたく無い、って言う様な場所だよ。」
「でも捕まるわよ。そうでしょう、マグルまで総動員してシリウス・ブラックを追跡している訳だもの…」
「しかしなんだって、ハリーが脱獄犯を探さなきゃいけないんだ。そりゃトラブルに飛び込むのはハリーの癖だけど。」
「僕、トラブルに飛び込んでなんかいない! いつだって向こうが勝手に僕の方に来るだけだ!」
心外だと言わんばかりに声を荒げるハリー。その時ハリーが買った安物のスニーコスコープが鳴ったことから、3年生から行けるホグズミードの話になった。
「僕ホグズミードに行ったら、ハニーデュークスの店に行くんだ。何だってあるんだ、お菓子屋さ。
口から煙が出る激辛ペッパー、イチゴムースやクリームたっぷりの大粒のふっくらチョコレート。授業中なら舐めても怒られない、砂糖羽ペン。ほら、考え事している様に見えるだろう、羽をこう小さく舐めてれば。」
「マグルが1人もいない、イギリスでただ一つの村。『魔法の史跡』によれば、1612年の小鬼の反乱で拠点になった場所。イギリスで一番恐ろしい呪われた幽霊屋敷、『叫びの屋敷』が確認されている…」
「後巨大炭酸キャンディ! 食べたら数センチは床から浮かんだぜ!」
「その希少性の高い文化から、ホグワーツの上級生に限り、訪問が許可された。ここで魔法史研究や魔法具開発の手掛かりを掴んだ学者も多い…」
かたやお菓子のバリエーションを、かたや村の歴史と有名建築を。異なる視点で熱弁する2人に、ハリーは泣きそうな顔である事実を付け加えた。
「僕は行けない。バーノンおじさんから許可証を貰えなかった。魔法大臣に頼んでも、親代わりじゃ無いからだめだって。」
「そんな… そうだマクゴナガル先生に頼めば良い。」
「うーん…」
「じ、じゃぁ、フレッドとジョージに頼もう。あの2人なら秘密の隠し場所の一つや二つ、知ってる筈さ。」
「駄目だ、ロン。ハリーを狙う奴からしたら、人が少なくなるホグズミードは格好の的だ。さらに言えば、テンションが上がった人が多いから、少々変な音がしたとしても、誰も気に留めやしない。
そんなところにハリーを行かせるはずがないね。」
例え叔父から許可証を貰えたとて、シリウスの逮捕が確定されるまではハリーはホグワーツから一歩も外には出れまい。可哀想な事だが、危険度からすれば妥当だろう。
話がひと段落ついた時、コンパートメントのドアが乱暴に開けられた。
「これはこれは。ポッター、ポンティーのイカレポンチ。ウィーズリー、ウィーゼルのコソコソ君じゃぁないか!」
スリザリンのドラコ・マルフォイはいつものささら笑いのまま、ハリーとロンを詰る。相変わらず青白い顔のドラコの背後には、これまた無駄に体格の宜しいノロマなクラッブとゴイルが付き添っていた。
コンパートメントの中をジロジロと見ながら、ドラコはロンにちょっかいをかけてくる。
「おめでとう、君のご家庭にも小金が入ったそうじゃぁないか。まあ僕の父上はあの程度の金額、毎週でも稼がれているけれどね。
ショックでお母様が死んでいないといいが。吠えメールみたいに叫びながら、ねぇ?」
「マルフォイ、よくもペラペラと!」
ロンが勢いよく立ち上がったせいで、クルックシャンクスの籠が床に落ちてしまう。同時にルーピン先生が大きなイビキをかいた。
マルフォイはルーピン先生がいる事に気がつかなかったらしい。恐らく薄汚れた格好だから、自然と視界から消していたのか。
「そちらの人は… どうやら高貴なるホグワーツ特急に相応しくも似つかわしくもない、大層面白い風貌の方のようだが?」
「ルーピン先生。新しい防衛術の先生だ。」
マルフォイは自分の言った言葉が、瞬間違う意味を帯びかねないことに気がついた。よろける様に廊下に後ずさる彼に対し、ハリーが畳み掛ける。このままロンを放っておけば、マルフォイを殴りかねない。
「マルフォイ、なんて言った? あまり乱暴な言葉を吐くもんじゃない。」
マルフォイとて新任の先生の前で小競り合いを続けるほど、そこまで愚かではない。忌々しそうに唾を吐き捨ててから、隣の列車に乗り移って行った。ドアが閉まる音がしてから、小さく士堂が口笛を吹き、ハリーとロンが肘をぶつけ合う。そんな彼らを、呆れた様にハーマイオニーは見ているだけだった。
久々の投稿。やっとアズカバンの囚人編突入です。
何とか頑張ります。