ホグワーツはマグルの学校と同じく、進級する毎に必須科目と選択科目が設けられる。生徒は必須科目の他に、各々自由に選択科目を受講できるシステムだ。
どの科目を選ぶかは、大まかに分かれば二つだろう。興味ある科目を取るか、簡単な科目を取るか。ここに将来の志望や現在の成績、友人や先輩との繋がりが絡んでくる。
こうした選択授業でありがちなのは、「聞いていた、思っていたものとは違う」という一種のギャップだろう。学校生活ではありがちなのだが、人によっては不満の元になり得るものだ。
その典型例が、ホグワーツのとある講義で見受けられた。
〜ホグワーツ北塔 『占い学』シビル・トレローニー先生の教室〜
「皆さん、お茶の葉をよ〜くご覧下さい。 あらあなた。これは…
隼。 何という。あなたは恐ろしい敵をお持ちなのね。」
「そんな事みんな知ってるわ。ハリーと例のあの人の関係なんて、知らない方がおかしいもの。」
「…もう少し見てみましょう。 この模様は… 何と、何という事でしょう! これは山高帽なんかではありません!
グリム! 死の前兆たる、不吉な犬です! あなたに死の前兆が!」
「いいえ、わたしには犬には見えないわ。」
「…ミス・グレンジャー。申し訳ありませんが、あなたにはオーラを感じることができていない。未来への感受性というものが、根本的に欠けていますわ。」
〜数時間後 大広間 昼食会場〜
「ねえ、信じられる? あんなにインチキくさいなんて思ってもいなかった。分かっていたら、同じ時間の魔法数学を履修していたってのに!
ねえ、そう思うでしょ?!」
「え〜、あー、うん。」
「第一、学術的な根拠が乏しいものを学ばせる方がおかしいわ。それもマクゴナガル先生が乏しいと言っているのよ!!」
「まあ、うん。」
「まだあるわ。毎年の恒例だが何だか知らないけど、何いい気になって人の死を予言しているのよ。そりゃいつか人は死ぬでしょうよ!」
「はい。」
三年生から受講できる科目に、「占い学」がある。内容はもう読んで字の如く、でしかない。古代から続けられてきた未来予知の方法を、一年を通して学ぶ講義だ。
そしてこの講義とハーマイオニーの相性が最悪だった。
初っ端に担当のトレローニー先生が教科書が重要でないとかましたのだ。曰く『眼力』が大事だから、書物は当てにならない。教科書を読み込み、万全の準備で授業を受けるスタイルのハーマイオニーは、面食らってしまう。
その後トレローニー先生は占いのデモンストレーションとして、ネビルの祖母の寿命を警告したり、パーバディに赤毛の男子に気をつけろといい出した。(隣にいたロンは、椅子を遠くに引かれ遠ざけられた。)
そして紅茶の葉による占いで、ハリーに死の予言をした訳だ。ハーマイオニーはこの先生に対し、ずっと嫌味な返答を繰り返していた。どんな講義でも真面目に受ける、優等生な彼女にしては珍しい反応である。
先生の方も彼女の不貞腐れた態度には、拒否反応を見せていた。
ハーマイオニーは終わるや否や教室を飛び出した。次の講義に間に合うためというよりは、耐えられないと言った感じだ。
そして直後の『変身術』の講義でマクゴナガル先生が、占い学の欠点を指摘してからは、士堂相手に悪態をつき続けているのだ。
一方ロンと言えば、浮かない顔でハリーを眺めている。ハリーの紅茶占いで見られた死の前兆、グリムがどうにも気になるらしい。
「ハリー、君大きな黒い犬を見たって言わないでくれよ?」
「見たよ。ダーズリーの家を飛び出た時、道路の向かいにいたんだ。」
「ハリー!!」
手に持ったスプーンがガタガタ震えている。ロンの怖がり方をハーマイオニーが大袈裟だと言っても、変わりはしなかった。
「ハリー、グリムを見たなら不味い。僕のー 僕のビリウス叔父さんは見たって言ってー24時間後に ー死んじゃったんだ!!」
「偶然よ。」
「ハーマイオニー、気が触れたのか?! グリムと言ったら魔法使いは聞いただけで縮み上がるんだぜ?!」
「そう考えるから死んじゃうの。つまり死の予兆ではなくて、死の原因よ。
だいたいハリーは24時間後どころか、今も生きてるわ。ハリーはそのグリムを見たと言っても、死んだとなんて考えていないのよ。」
口をパクパクさせるロンを無視して、ハーマイオニーは『数占い学』の教科書を取り出す。これ幸いとばかりにシチューとパンに食らいつくハリーと士堂だが、彼女からすればもう眼中にすらないようだ。
「とにかく、占い学はいい加減な点が多すぎるわ。当てずっぽうな点が、あんなに多いのは考えられない。」
「あのカップを見てそう言ってるのか? あの死神犬を見たじゃないか?!」
「あなた、先生が指摘するまで羊だと思ってらっしゃったわ。」
「はん! 君は悔しいだけだ。トレローニー先生が君にオーラがないって言ったのが、気に食わないだけさ。まともなオーラすらないんだから!」
触れてはいけない点を、彼女自身が薄々気づいていた負の面を、ロンはついてしまった。顔を真っ赤にしながら教科書を叩きつけると、ハーマイオニーは昼食もそこそこに会場を後にする。
叩きつけられた時に飛び散ったシチューをモロに被った士堂とハリーが、ジト目でロンを睨むと、肩をすくめながらマッシュポテトを食べるロンだった。
一言も会話をしないロンとハーマイオニー。彼等の間に挟まれながら、ハリーと士堂は、次の講義に向かう。救いなのは次の講義は、彼等にとっては期待と不安に満ち溢れた物であることか。
講義会場に指定された禁じられた森に向けて、何人もの生徒が連なって歩いている。そう、これは『魔法生物飼育学』つまり ハグリッドの記念すべき初めての講義だ。
ハリー達は森の側にある、放牧地に向けて更に歩みを進める。柔らかな草を踏みしめるたび、心地よい反動が靴を伝ってきた。特にハリーにとって、今はそれが楽しくてしょうがない。
「ふぅおおおお〜…」
「「うひゃひゃひゃwww」」
時折あるのだが、この講義は異なる寮による合同講義だ。グリフィンドールとスリザリンの生徒が、目的地に向かって歩いていた。
そしてハリーの前でスリザリンのあの3人組が、奇怪な動きと声をしては笑い合っている。マルフォイはハリーが吸魂鬼に襲われた事を、度々ネタにしていた。ハリーがマルフォイを目にすると、絶対と言っていいほど彼はやっているのだ。
またか、とか辞めろ、と言うことも馬鹿らしい。悲しい事に今のハリーは険悪なムードの友人に挟まれていた。頼るべき最後の友人、士堂は何やら1人、ズボンのポケットの中に手を突っ込みゴソゴソしている。
自然ハリーは孤立した状態になっていることもあり、草の感触で気を紛らわすしかなかった。
「おぉ〜い、こっちダァ。 よーしよーし。皆揃っちょるな。」
ハグリッドは、厚手木綿のオーバーコートを着込んで待っていた。側には飼い犬のファングもいる。禁じられた森を探検した仲だからか、ファングはハリー達を見ると、尻尾を振ってくれた。
「よーし。皆集まってくれ! 初めての授業だからなぁ、すんごいもんを用意したぞ!!」
生徒を集めたハグリッドは実に嬉しそうだ。皆が手に持っている、カバーに牙がついた噛み付く教科書『怪物的な怪物の本』を見せながら、授業を始めようとする。
「そんじゃぁまあ、先ずは教科書開いちょくれ。」
「何を開くんです?」
「ん? 教科書に決まったろうが。なんじゃお前さんら、まだ開いちゃおらんのか?」
「開ける本だとは思いもしなかったな。」
マルフォイが、嫌味な口調でせせら笑う。だが彼の言っていることは正しかった。本屋の店員のみならず、買った筈の所有者にすら容赦なく噛み付いてくるのが、この教科書だ。
学期前に届く教科書リストには取り扱い方法どころか、注意書きすら書かれていなかった。しかも取り扱う人が少ないせいか、どう扱うかを説明する本が分からない。ハーマイオニーが旅行中含め、休暇中に読み方を探し当てようとしても、全く掴めなかった程だ。
生徒が教科書をベルトやらロープやらで固定しているのに気が付いたのか、ガックリした感じのハグリッド。
「撫ぜりャー良かったんだ。知らなんだか?」
知っていて当たり前だと言わんばかりに、言ってのけた。ハーマイオニーの教科書をハグリッドの親指が人撫でするだけで、成る程普通の本のように大人しくなった。
しかしこの特殊な本の扱い方は、ある人物の琴線に触れたらしい。
「いやはや、なんと愚かだったんだろうな、僕たちは!」
「撫ぜりャー良かったんだなぁ、撫ぜりャーねぇ。なんともまあ、あたりきなことだろうなぁ?!」
「す、すまん。面白い本なもんだから… それに皆すぐに分かると思って…」
「面白いですよ! 危うく本に噛まれたせいで指がなくなることでしたからね!!」
「黙れマルフォイ。」
マルフォイは単純に、この巨人のような大男に教わること自体が気に食わないらしい。名家に生まれたプライドからか、執拗に騒ぎ立てる。
ハグリッドは思いもよらなかったのか、項垂れるだけだ。何とか授業を成功させたいハリーが、静かに反論する。
動揺を隠せないハグリッドは、講義プランを完全に忘れたようだ。ぶつくさ行った後、フラフラと森に消えていってしまう。マルフォイとハリーは、ハグリッドがいない間ずっと言い争いをしていた。
「おおおぉぉぉぉぉー!!」
突然ラベンダー・ブラウンが咆哮した。彼女が指さす先には、ハグリッドがいる。森の陰で見えなかったのだが、彼の背後には動物というか怪物がいた。
胴体と後脚、尻尾は馬。前脚と羽根、頭部は巨鳥。特に頭部の残忍に輝く鋼色の嘴と橙色の瞳は、鷲のそれである。前脚の鉤爪は15.6センチはあろうかというほど、巨大だ。人間の胴回りはあるかと思える首輪が首について入るものの、全く信用できないと生徒は思った。
「どうどう… どうだ、ヒッポグリフだ!」
誕生日プレゼントを渡す親のように、ハグリッドは嬉しそうだ。だが可哀想なことに、ハリー達含め生徒の顔には困惑と恐怖がひしめき合っている。誰が見ても分かるほど顕著な動揺に、悲しいかなハグリッドは疎かった。
「いいか、今日はこいつらと仲良ーなってもらう。まあちょいとばっかしプライドが高いのが玉に瑕なんだがな。そいつもやり方さえあってりや、何の問題もねえ。
さあ、こっち寄るんだ。」
ざっと生徒が後ろに下がる。唯一ハリー達は後ろに下がらなかった。下がらなかった、というより下がれなかった、の方が適切だろう。
ちょいちょいとハグリッドが手招きして、ハリーを呼び寄せる。流石にハリーも戸惑いから足がすくむが、ロンとハーマイオニーが背中を押してきたから、ヒッポグリフの前に来てしまった。
ハリーが士堂に振り返る。そして今まで見たことのない速さで、士堂の腕を掴むと、隣に引き寄せた。虚をつかれた士堂も、フラつきながら怪物と対面するハメになる。
「うーん、やはりお前さんらだったか。さあ、先ずは挨拶だ。言った通り、こいつらはプライドが高ぇ。そこで挨拶が重要になる。
いいか、大事なのはこっちが先に頭を下げる。
んじゃまぁ、バックビーク、こいつに挨拶することにしよう。」
ヒッポグリフのうちの一頭が、ハグリッドに連れられてハリーの前にやってくる。その鋼色の嘴と鋭利な爪を目の当たりにすると、ハリーも股下が縮み上がる思いがする。
涙で目がしょぼしょぼしてきたハリーが目を拭こうとすると、慌ててハグリッドが止めに入った。
「ハリー、目ぇ開けとくこった。目をしょぼしょぼさせる奴ぁ、ヒッポグリフは信用しないからな。」
涙で溢れる顔をゆっくりとだが下がる。ハリーは首が切り裂かれるのではと怖々していたが、何とか大丈夫だった。橙色の瞳で睨みつけるバックビークが、グルルと喉を鳴らした。
生徒達は獲物を捉える獣の音だと思い、息を飲む。しかしバックビークはゆっくりと前脚を下げると、軽く頭を垂れた。
「よし!よーしよーし! よくやったハリー!ささ、頭撫でてやんな。」
もう泣きかけているハリーだが、震える手でヒッポグリフに触る。色とりどりに変化する体毛は、意外なほど優しく手を押し返してきた。ゆっくり嘴を撫でても、気持ちよさそうに喉を鳴らしている。
スリザリンの3人組以外から、歓声が漏れた。士堂も見様見真似で別のヒッポグリフと挨拶すると、認められる。その後はハグリッドの提案で、ヒッポグリフによる空中遊泳という滅多ない機会を楽しめた。
2人の空中遊泳は、生徒達を勇気づけた。ようは同じ通りにすれば、酷い目には合わない。興味が湧いた生徒達が、怖々放牧地に入ってきた。特に問題なくヒッポグリフと交流する生徒だが、1人の生徒は違った。
「…へへ、簡単じゃあないか。」
マルフォイは膝を折ったビックバーグに尊大な態度を取り、あろうことか、とんでもない事を言ってしまう。
「ポッターに出来て、僕に出来ないはずがない。まあ格の違い、という奴だ。そうだろ、醜いデカブツ怪獣君?」
彼はこの生物が人語を理解できないと思っていた。しかし交友に礼儀を求め、相手を観察する知能を有している時点で、ある程度の言語把握能力があることぐらいは推測できる。彼は仮にもホグワーツで2年は魔法について学び、魔法生物についての知識もそれなりに備わっていた。
にも関わらず、軽率にこの生物を侮辱した事で、彼はとんでもない事態を引き起こした。
「ひ、ひいいいい〜?!?!」
突如ビックバーグの鉤爪が天に伸び、マルフォイに襲い掛かろうとした。瞬間士堂が杖で呼び出したロープがマルフォイに絡まる。鉤爪が垂直に振り下ろされると同時に、士堂が杖を手前に引き寄せた。
鉤爪が地面にめり込み、マルフォイは士堂の足元に転がり込む。去年彼に土手っ腹を蹴り込まれて以来、グリフィンドール嫌いの中でも特に苦手としている人物の、足元に転がり込んだのだ。怒りと屈辱に顔を歪ませるマルフォイだが、けたたましい鳴き声でビックバーグが襲い掛かろうとしてきたのが視界に入ると、顔面が瞬く間に白チョークの色に変わる。
「し、死んじゃうよー!!!! 助けてママ〜!!!!」
腹に巻きついたロープが足元に絡まり、何度も地面に転がるが、それでも必死に城に向かって逃げていった。ハグリッドが飛びついて首輪をつけ、何とかあやそうと格闘している。
「今日の授業は、これまでだ! 皆次の講義に向かっとくれ!」
その後の昼食から午後は、まさしく騒然としていた。スリザリンの寮生は皆、ハグリッドの授業を酷評する。対してグリフィンドールの寮生はマルフォイの非礼を非難していた。昼食会場の大机は、他の2寮を挟む形で置かれている。ここで侃侃諤諤の討論が起これば、当然衝突も起きる。それぞれの監督生と首席が事を収めるものの、当の本人達も今すぐに決闘を始めそうな雰囲気は、醸し出していた。
士堂以外の3人が心配から、昼飯に碌に手をつけていなかった。溜息をついては、ハグリッドの今後を心配する。ただ1人、士堂だけがビーフパイをお代わりしていた。
「ねぇ、ちょっと。ハグリッドのことは心配じゃないの? 」
「全く。」
「何言ってるんだよ、士堂?! マルフォイの奴、何にも怪我していないのに医務室に駆け込んだんだぞ! ハグリッドに精神的ウンタラカンタラを何たらっていって!」
「精神的苦痛を与えられた、よ。士堂、何でそんなに呑気なの? ハグリッドは私達の友人よ?」
「そうだ。ハグリッドはどうにもなんない。間違い無いよ。」
頭に疑問符が浮かぶ3人に何も言わず、士堂はビーフパイにケチャップをかけると、ガブリと齧り付いた。
その夜、余りに心配になった3人は隙を見てハグリッドに会いにいった。案の定、ハグリッドは酒に酔いつぶれていたが、3人の励ましを受けて何とか立ち直ったようだ。ハリーは酔いを覚ましたハグリッドに、夜出歩かない事をきつく言い渡されたが。
何故、士堂が余裕綽々だったのか。それはマルフォイと共に受ける、魔法薬学の講義の時はっきりと分かった。
「先生、ご覧の通り手が震えてまして。雛菊の根を切れません。」
「宜しい。話は聞いておるぞ、マルフォイ。
ウィーズリー、根を。切って。差し上げろ。」
「…っちっ!」
「せーんせーい。ウィーズリー君が根をこのように切って渡してきました〜。」
「ウィーズリー、お前の根と交換しろ。」
「ええ、何でですか先生?!」
「交換、するのだ。ウィーズリー。」
マルフォイは、ハグリッドの講義で精神的ダメージを受けたと主張していた。いかに万能に見える魔法でも、精神的な面のケアではマグルと大差ない。処置を誤れば、何処かの元教師の隣に永遠に釘付けになりかねないからだ。
マルフォイはこの点をついて、悠々綽々とロンをこき使っている。スネイプ先生と好都合とばかりに止めはしなかった。
「へぇ、そんなに震えるかい。」
「ああ、見てくれ。こんなにも震えるんだ。あのうどの大木のお陰で散々だよ。」
「そうか。まあ、聖獣を小馬鹿にした罰にしては、軽いんじゃないか。」
「何?」
後ろの席から、士堂がマルフォイに声をかけた。マルフォイに目を合わせず、ひたすら魔法薬の材料を切り刻んでいる。最初は腕をこれ見よがしに見せつけていたマルフォイだが、顔色を変えた。
「言いがかりはよしてくれ。何と言ったって?」
「君は聖獣を馬鹿にした、と言った。」
「スネイプ先生、ミスターアベが僕を侮辱しました。言いがかりです。」
黒いローブを翻して、先生が振り返った。教室中の視線が集まる中、士堂はびくりとも表情を変えない。
「ミスターアベ。マルフォイが言っていることはまことかな。」
「いいえ先生。僕は真実しか言っておりません。」
「ほお? まるで証拠があるかのような口ぶりだ。」
「あるなら見せて欲しいな。ええ、そうでしょう先生。」
ニヤニヤと笑みを浮かべながら、マルフォイが語りかけてくる。スネイプ先生始め、クラスのスリザリン生全員が、士堂を小馬鹿にしていた。
だが彼の口から予想外の言葉が発せられる。
「証拠ならあります。」
「へぇ?! 証拠がある? 是非見てみたいなぁ?!」
「授業中ですから。」
「構わん、出したまえ。だがもしも、信頼するに値しない代物なら、我輩から校長に正式に抗議しよう。」
先生の言葉が言い終わると同時に、机に何かがごとりと置かれた。それは水色の巻貝の貝殻だった。表面についている細かい粒子が、部屋の光を反射してキラキラ光を放っている。
それを見たマルフォイらスリザリン生から失笑が漏れるが、唯一スネイプ先生だけ、土色の肌を若干顰めた。
「何だいこりゃ。ただの貝殻なんか取り出すとは、まだ君は海水浴を楽しむ…」
「『…へへ、簡単じゃあないか。ポッターに出来て、僕に出来ないはずがない。まあ格の違い、という奴だ。
そうだろ、醜いデカブツ怪獣君?』」
「な、何だこれは?! ど、、どうして」
元々青白い顔面が、襲われた時のように青味がなくなっていく。マルフォイが漏らした疑問に答えたのは、意外にもスネイプ先生だった。
「何故貴様は『録音貝』なぞを講義中に使っている?」
「ある人から頼まれまして。曰く『ルビウス・ハグリッドが初めて人に教えるとなった時、どのように教えるのか非常に興味があるのじゃ』とか。」
「んな…」
ホグワーツで老人言葉を使うのは1人しかいない。絶句するマルフォイを尻目に、スナイプ先生は録音貝を取り上げて、注意深く観察する。
「…確かに。あの方の所有物だ。間違いなかろう。」
「先生ならお気づきだと思いますが、この道具に意図的な工作ができるほどの技術と知識、僕にあると思いますか?」
「…貴様のような異端を走るしか能のない者に、軽々しく扱える代物ではない、ことは確かだ。」
「ドラコ・マルフォイ君の発言は、どう解釈してもヒッポグリフを侮辱している事は事実。ハグリッド先生は、この聖獣に非礼は禁物だと忠告しているにも関わらず、です。」
ハーマイオニーに詰められた時のロンのように、マルフォイは口をパクパクしている。顔色が怒りで赤くなったかと思えば、彼を見つめる先生の視線ですぐに青くなり、真っ白に変わった。
「聞いてほしいのは、先生。ここです。」
「『し、死んじゃうよー!!!! 助けてママ〜!!!!』」
「僕たちグリフィンドールと、マルフォイ君のスリザリン。相反する点が多い寮ではありますが、幾つか共通点があります。」
ここで一拍置いて士堂はスネイプ先生を直視する。澱んだ瞳に負けずに、彼は言って退けた。
「スリザリン生に求められる素質、『断固たる決意』や『やや規則を無視する傾向』は勇敢とも言えるものです。
彼の危機に瀕した際の対応は、勇敢なるスリザリンにあるまじき行為。ましてや自分が巻いた種にも関わらず、です。」
「…ドラコ・マルフォイ。」
「先生…?」
「吾輩が聞いた話と、違う点があるな。」
今度は本当に全身を震わせながら、マルフォイが弁明する。まるで死刑宣告された罪人のようだ。
「先生、これは偽物ですよ何かの間違い…」
「貴様は私の見立てが間違っているとでも?」
「違います、そう」
「私が聞いたのは、貴様が何もしていないにも関わらず、いきなり襲われた、だ。このような発言は初耳だ。」
「先生、」
「何より獣程度から逃げたことが許せん。貴様の父親は、こうした時決して逃げなかった。スリザリンの本質をそのまま体現した、素晴らしき学生であり吾輩の導き手であった。父君なら、決して脚を後ろに下げるなどという、見下げた行動は取るまい。
貴様はスリザリンと父親の誇りをも、穢したことにすら気づかないのか。」
最早マルフォイは石像のようだ。カタカタとゆっくり正面を向くと、そこから一言も喋らない。スネイプ先生も見下げた奴など視界に入っていないかのように、無視した。気まずい空気が流れる中、士堂は隣に座るトーマスと後ろにいたシェーマスに、軽く肩を殴られた。無論、それが意味するのは『ナイス』だ。
しかし憐れかな。苛立ちを隠せないスネイプ先生は、初歩的なミスを犯したネビルに対し、執拗なまでの叱責を繰り返した。全く自信というものを喪失したネビルを、隣にいたハーマイオニーが隠れて手助けする。
果たして『縮み薬』の結果はうまくいったものの、不必要な手助けをしたとしてグリフィンドールが5点減点された。
「今日の授業は色々ありすぎだ! まずはえーと、ええい、スネイプだ! 何でハーマイオニーがやったからって減点なんだ?!
そもそもハーマイオニーが上手く隠せば… ハーマイオニー?」
教室を出て興奮気味のロンが、後ろにいたハーマイオニーに振り返った。と、思ったのだがハーマイオニーはいない。ハリーも士堂も後ろから彼女がついて来ていたのは知っているから、顔を見合わせる。
彼等の後ろにいたのは、マグルでいうところのロボットのように、かくつきながら階段を上がるマルフォイと、ひたすらオロオロするだけの取り巻きだった。
するとあっ、と小さい声をハリーが出した。階段を上がった先に、息を切らしたハーマイオニーがいたのだ。彼女は普通なら学期始めと帰省の時ぐらいしか使わない、大きな教科書用バックを肩にかけている。
「ハーマイオニー、どこ行っていたんだ? ぼくたな僕たちの後ろにいたんじゃなかった?」
「え、えーと。そうね、その…」
視線を合わせずにモゴモゴ口を動かすハーマイオニー。彼女はバックに入りきらなかった大量の教科書を士堂に押し付けると、足早に次の教室に消えていった。
訳が分からないという顔のロンに、返す言葉をハリーも士堂も持ち合わせてはいなかった。
・録音貝 主に大西洋沿岸地域に極小数生息する、巻貝の一種。本来は捕食してくる生物の天敵の鳴き声などを記録し、危機の際に再生する防御能力を有する巻貝である。
この特性を活かし魔法職人の手で加工された一品は、一定時間周囲のあらゆる音を記録し、保存する。特殊な加工のため、並大抵の魔法使いでは弄る事が出来ない。
故に魔法裁判においては、証拠品として高い信頼を寄せられる魔法界の一品。
元ネタはワンピース。
追記 ご指摘を受けて一部文章を訂正しました。