シリウス・ブラック襲撃が判明した夜、全ての寮生は大広間で雑魚寝する事になった。監督生と首席が交代で見張りをしていると言っても、やはり気が気でない生徒が多く、大半はうたた寝程度の睡眠しかできない。
標的となったハリーと親しい友人達は、特に要注意対象だ。常に誰かが、枕元の周りを歩き回っている。眠れるはずもなく、大広間の扉近くで話し込む先生達の話声も、自然と耳に入ってくる。
「…校長、吾輩が学期前にお伝えした話、覚えておいででしょうかな。」
「無論じゃ。忘れてはおらんよ。」
「ご忠告した筈です。ブラックが校内に侵入する手段 ーそれは内部からの協力以外考えられないと。」
「セブルス。そのような不埒な輩は城内にはおらん。忘れたかの?」
聞こえてきた校長の口調は、断言的だ。この話題について話す気がないと、そう無言でスネイプ先生に伝えている。だが士堂にとっては、その後の校長の口調の方がやけに耳にこびり付いた。
「わしは吸魂鬼達に会わねばならん。セブルス、大広間を任せる。」
「校長先生、吸魂鬼は手伝うとは言ってこなかったのですか?」
「パーシー、これだけは言っておく。
わしが校長職にある限り、ホグワーツの敷居をあの連中に跨がせるという、愚かな決断はせん。」
事件以降、目立った事件は起こらなかった。変わったと言えばパーシーと士堂が常にハリーに寄り添っていることか。共に保護者からの命令だから、やる以外の選択肢はない。先生達も、常にハリーの視界に1人は入る距離にいた。
関わりのない生徒にとっては残念なことに、事件の影響で宿題が減るとか、講義が休みになるということもなかった。だが代わりにクディッチの試合もまた、予定通り行われることに変わりはなかった。
グリフィンドールのクディッチチームの練習が終わった後、帰ろうかと思っていた矢先、怒り狂ったキャプテンのウッドがやってきた。
「みんな聞いてくれ! 対戦相手が急に変わった! 相手はスリザリンではない、ハッフルパフだ!」
「冗談だろウッド? 練習のしすぎで幻聴まで聞こえ始めたか?」
フレッドがヘラヘラ笑うものの、ウッドは聴こえていないようだ。怒りで肩を震わせながら、手に持つ箒を握りしめている。
「フリントが直接言ってきた!! なんでもシーカーが箒に乗れる状態ではないとのたまっている!
ありがたいことにマダム・ポンフリーのお墨付きだそうだ!!」
ハリーはウッドにバレないように、なんとか表情を崩さないようにしていた。
スリザリンのシーカーは、ドラコ・マルフォイである。魔法薬学の講義以降、嫌味と挑発が生き甲斐の御坊ちゃまは、ブリキのおもちゃかのように静かだった。
何せ校内において最大の味方である、スネイプ先生に半ば見捨てられたようなものだ。ハリーとすれ違っても、視界に入っていないかのように素通りしてしまうほど、ショックを受けていた。
クディッチのシーカーに求められる能力は、卓越した箒乗りのセンスに優れた動体視力だ。このうちマルフォイはいずれもハリーに劣ってはいるものの、並のシーカーよりはマシだ。
そのマルフォイを使えないとスリザリン側が言うとなれば、よっぽど心理状態は良くないのだろう。
「これで今まで練習してきたフォーメーションも戦術も、全て対スリザリン用だ。つまり全て一から洗い直す必要がある…」
「ウッド、うちのチームを少しは信じろ。ハッフルパフなんぞに苦戦はしないさ。」
「甘い、甘いぞジョージ! あそこの新キャプテンを誰か知っているのか?」
目から火が出るのではと思うほどに、ギラギラと目を光らせるウッド。
するとアンジェリーナ、アリシア、ケイティの女子3人がクスクスと笑いだしたもんだから、ウッドは顔を顰めた。
「セドリック・ディゴリー。」
「背が高くてハンサムで。」
「無口で強そうな。」
女子からの受けは、かなり良さそうだ。ハリーはセドリックを知らなかったが、一体どんな人物か少し興味が持てた。だが彼、キャプテンウッドは違う。
「舐めたらこっちが負けるぞ! ディゴリーは優秀なシーカーだったが、さらに恐るべき人物になっている!
最早ハッフルパフはかつてのチームではない、強力なチームに生まれ変わっている!」
「諸君の油断が、試合の敗北に繋がりかねない! 神経を集中し、ハッフルパフを打ち砕こうぞ!
皆いざいかん、勝利の喝采を浴びようぞ!!!」
目の大きさが二倍になったかと見間違うほど、ウッドの目は見開いていた。白目が血走りすぎて赤く染まる、そのあまりの迫力に、あのフレッドが毒気を抜かれたような声を上げる。
「オリバー、落ち着けよ! 俺たちハッフルパフの事真面目に考えているよ。俺たち誓うよ、クソ真面目さ。」
試合の日は、猛烈な嵐に見舞われた。マグルの屋外競技なら間違いなく、今日の試合は延期だろう。しかし魔法使いにとって最も人気のあるクディッチが、この程度の雨で延期するはずが無い。
試合当日、ハリーは朝の4時半に目が覚めた。窓を強烈に打つ雷雨と、壁を吹き飛ばしかねない強風の音がやけに耳にこびりつく。ベッドに包まっても眠りにつけず、ハリーは談話室の暖炉前で時間を潰していた。
ハリーの脳内では、対戦相手のセドリック・ディゴリーが颯爽と箒に跨っている。城内で見た、女子の言うとおりの男子だった。あの体格なら、今日の強風も対して影響しない。それに対して…
そこまで考えると被りを振るハリーだが、中々体格の良いシーカーを脳内から消すことは容易ではなかった。
朝食のオートミールを食べてから、やっとこさハリーは目が覚めた気分になれた。いつもの真紅色のユニフォームに身を通し、競技者部屋に集まる。外の雷雨はますます激しさが増し、隣にいる人の声も聞こえづらい。
フィールドに出れば、強風の強さに意識が持っていかれた。何せ先頭に立つウッドすら、よろめきながらフィールド内を歩いているのだ。ハリーはこの時、友人達に相談しなかったことを後悔してしまう。士堂とハーマイオニーに何か助言を貰えば、対策の一つも取れたと言うのに…
ここ数日ハリーは過保護とも言える、警護体制に嫌気が差し始めていた。常に誰かがそばに居る状況は、12歳の少年にとって普通ではない。
だからハリーは、士堂との会話が徐々に減ってしまった。ハーマイオニーはずっと教科書かノートを覗き込んでいて、話しかける雰囲気ではない。
ハリーは何の対策もする事なく、この悪天候の中の試合を戦う状況を、自分で作ってしまったことにこの時気がついたのだ。だが無常にも時間は待ってくれない。試合開始の時はあっという間に訪れた。
「…箒に…乗って…」
フーチ先生の声は微かにしか聞こえない。それでもクディッチの始まりの言葉は、いつも一緒だ。一気に腹を決め、力強く地面を蹴って天空に昇り立つ。
選手がお互いの声が聞こえないなら、観客席は当然聞こえるはずもない。選手の姿すらはっきりと見えないのに、それでも観客席の熱気は高まる一方だ。観客席にはボロ布やら破傘やらが置かれてはいるものの、意味をなしているとは言い難い。結局観客はレインコートを羽織らなくては、とてもではないが観戦できない。
士堂とハーマイオニーは、どうしてフィールドや観客席にちゃんと耐水魔法をしないのか気になっていたが、クディッチ狂の1人ディーン・トーマスが教えてくれた。
「それはね、悪天候でもやるのがクディッチなのさ。『クディッチの醍醐味は悪天候の中、飛び回る選手の鬼気迫る姿にある。』なんて言った人もいる。誰だと思う? クディッチワールドカップの発起人だよ。」
「士堂達も分かるよ! パパとチャーリーと一緒にワールドカップを見た時は今日みたいな大雨でさ。声枯れるぐらい叫んだんだよ、あの時は楽しかったな。」
その狂った信念の下行われる試合は、最早異様でもある。灯りといえば、観客席に置かれた松明と鳴り響く雷のみ。黒い塊が四方八方を飛び回っているようにしか側からは見えないから、得点や状況を把握できた生徒が逐一周りに伝えていっていた。
どうやら試合はグリフィンドール優勢ではあるようだ。だがグリフィンドールが問題ないのかといえば、そんなことはない。
「ねぇ、ハリー達集まってない?!」
「それは、タイムを取ったからだ!ウッドは何か策があるのかな?!」
「じゃあ私ちょっと行かなきゃ!!」
ハーマイオニーはそう言うと、席を後にする。何が起こっているか分からない士堂は、目を凝らしてグリフィンドールらしき集団を見ようとした。
結局何をしているか分からなかった。分かったのはハーマイオニーがハリーに何かしている、程度だ。まだ目の強化と言った細かい強化魔術を使えない士堂では、これが今の限界だった。
しかしタイム以後、ハリーらしき影の動きがタイム前と比べ、見間違えるほど良くなっている。どうやらハーマイオニーは、ハリーの手助けは出来たようだ。
「よーしよし、いいぞハリー!!」
「やっちまえ! そうだそこだウッド!」
「カッコいいわ、ハリー!! ちょっとフレッドあれ? 何してるのよ、しっかり弾き返しなさいよ!」
グリフィンドールの雨にも負けないとばかりの声援が響く中、異変が訪れる。雷が鳴り響く空模様が、雷すら見えなくなったのだ。にも関わらずあの耳を切り裂くような爆音は、そこら中に響き渡っている。
この異変に気づけたのは1人だけだ。教師陣の中、ダンブルドア校長の表情が曇ったものの、マクゴナガル先生含め他の教師は目の前の試合に熱中していた。
「アルバス? どうしたのです、そのような顔をして?」
「…うむ。わしの気にしすぎだったようじゃ。何でもない、何でもない。」
そう言って校長は節が何個もついた長い杖を、そっと握りしめていた。
一方試合の方では動きがあった。ハリーがスニッチを見つけたのか、上空に急上昇している。姿格好はよく分からなくても、明らかに動きは段違いに上手いから直ぐに分かる。当然観客席は凄まじいまでに、沸き立つのだ。
あいも変わらず酷い雨模様だが、選手も観客席も一向に気にしていない。むしろ悪天候が彼らの熱狂を煽っているかのように、ヒートアップするばかりだ。
その時だ。雨にも負けない歓声が、水を差されたかのように沈黙した。
誰もが、顔を見合わせている。一秒前まで自分も叫んでいたはずなのに、それは遠い昔のように思えてきた。何故声を誰もあげないのか、自分があげられないのか全く理解できなかった。
そして生徒の1人が破傘の下から指を差した。震える指先の先には、黒く蠢く無数の亡霊ー
『天にまします我らが父よ。願わくば御前をあがめさせたまえ。
我らを試みにあわせず、悪より救いいだしたまえ。
MALI SUPIRITUS DISCEDE 悪霊よ去れ!!』
瞬間、士堂が黒鍵と紙を空中に放り投げた。ローブの下から次々に黒鍵を取り出しては、矢継ぎ早に投擲していく。その剣先には筆記体で何か書き込まれた羊皮紙が突き刺さっており、目にも留まらぬ速さで青白い火となっていった。
計五本の黒鍵が空中に投擲されると、それぞれを結ぶかのように青白い光が紡ぎ出される。それは五芒星を漆黒の闇に描き出すと、更に頂点を囲む円が空中に投影された。完成した魔法陣から淡い光が放たれ始め、光を浴びた吸魂鬼が苦しそうに宙を舞い始めている。
それでも闇の手先は、魔法陣を突き破ろうと何体もぶつかってきた。士堂がローブから杖を取り出して魔法陣の中心に向けて構えると、膨大な魔力が注ぎ込まれる。魔法陣が青白い光を放ちながら、その輝きを増していく。魔法陣から雷のような閃光が瞬き、吸魂鬼達は避けるように辺りを漂い続けた。
より除霊の効果を増した魔法陣が吸魂鬼を遠ざけようとするも、敵の数は100はゆうに超えるだろう。13歳の少年魔術使いでは無理があった。吸魂鬼の黒いオーラが止めどなく放出され、ジリジリと魔法陣が地面に向けて押されていく。
士堂と吸魂鬼のせめぎあいが続くかと思われた時、その魔法陣の一番近くにいたハリーが、気を失ったかのように急降下した。先生達に指示を送っていたダンブルドア校長が地面に向けて杖を振り、華麗な杖捌きでハリーを瞬時に捉える。
綿毛が床に落ちるかのように、ゆっくりとハリーの身体が落下していく事を確認して、怒り叫ぶようなダンブルドアの詠唱が闘技場に轟いた。
『エクスペクト・パトローナム!! 守護霊よ来たれ!!』
純銀の不死鳥が杖から解き放たれ、真っ直ぐ吸魂鬼に向かうと瞬く間に散り散りとなっていく。声も手も出ない生徒と教師の顔をまた雷が照らし出した。
慌てたように両方のクディッチチームが地面に降り立ち、雨に打たれながら気を失うハリーに駆け寄った。ざわざわと観客席が響めき出した頃、グリフィンドールの席でドサっと何かが倒れる音が聞こえてくる。
「し、士堂! ど、どうしたんだよしっかりしろ!」
「ちょっと士堂、大丈夫?! ねぇ、しっかりして!!」
「…魔力を使いすぎた。大丈夫…」
青白い顔で笑う士堂だが、力が入らないのか何度も膝を打って躓いた。
その士堂の両肩をトーマスとフィネガンが支えて、彼を手助けする。
「よし、2人は士堂を医務室に行かせるんだ、皆談話室に戻ろう!」
「…マダム・ポンフリーからは薬を貰えればいい。魔力の回復をしたいと言ってくれれば…」
「オッケー、それは俺がやる。ロンとハーマイオニーはハリーの所に行ってやれ。パーシー、皆んなを頼む!」
「リー、それは僕の仕事だ! 首席の役目を勝手に奪うんじゃない!
さぁ皆んな固まって動こう! 6年生以上は杖を取り出しておけ、何があるか分からないぞ!」
双子の親友リー・ジョーダンが取り乱れる生徒たちにいち早く指示を出すと、不貞腐れたようにパーシーが後を引き受ける。リーはマクゴナガル先生の横で、実況解説を行うのが常である。その彼がこのタイミングでここにいることが、今の緊迫した状況を物語っていた。それでもすぐに下級生を誘導するのは、責任感の強さからだろう。
ロンとハーマイオニーが地面に倒れ込むハリーの下に駆け寄っていくのと入れ違いに、マクゴナガル先生が観客席にやってきた。その顔には憔悴の色が見え、元からある顔面の皺が更に深く刻まれていた。
「おお、士堂! 大丈夫ですか? 何があったのです、まさか奴らに襲われたとでも?」
「いえ、ちょっと魔力を使いすぎました。今リーが薬を貰いに行ってくれて。」
「そうですか、一応談話室に必要な物を届けさせましょう。トーマス、フィネガン。丁重にお送りしなさい。
パーシー!」
「はい先生!」
「生徒達の避難は任せます。私は全体の警護をしなくては…」
「大丈夫です、先生。既に下級生は塔に戻っています。」
大きく胸を張ってパーシーが答えた。胸の首席バッジが雨に打たれて鈍く光るのを、マクゴナガル先生は苦笑していた。
抱き抱えられながら塔に戻ろうとする士堂の背中に、マクゴナガル先生が声をかける。
「貴方の行動はアルバスに匹敵しました。その勇気ある行動に対し、グリフィンドールに50点を与えます。」
クディッチの試合がグリフィンドールにもたらしたものは、単なる敗北だけではなかった。まずは吸魂鬼を、必ずしもダンブルドア校長が御しているわけではないという事。あの時の校長の反応からすると、付近を飛んでいた事自体があり得なかったのだろう。
士堂の力も完全ではない。また吸魂鬼が規則を破った時、学校内でも肩を並べるものがいない魔術使いであると共に
もう一つ、これはハリーにとって最も辛いと言える、残酷な現実が伝えられた。ハリーが落下した時乗っていた、クディッチデビュー以来の相棒ニムバス2000。この箒が運悪く落下中に飛ばされ、暴れ柳に当たってしまったのだ。目が覚めたハリーの手元には、原型を留めていない木の切れ端が渡された。
ハリーがこれ等のことを知ったのは医務室のベッドの上でだった。目が覚めたとき視界に入ったのは、真っ赤な目にびしょ濡れのローブをきたロンとハーマイオニーだ。グリフィンドールのクディッチチームも見舞いに来てくれていたが、格好はロン等とそう変わりはない。つまり皆試合の後、ずっとハリーに付き添っていた訳だ。
士堂と再会できたのは、医務室から退室してからだった。ロン等と談話室に駆け込んだ時、暖炉の前で寛いでいた士堂を見ると、ハリーは思わず抱きついてしまったのは笑い話だ。
しかしこれ等の不幸な出来事も、次の事実に比べれば屁の河童だった。
ハリーが講義に戻り始めた頃、それは嫌でも目に入ってくる。
「ふおおおお… ああ、魔力がなくなってしまう、おおおお…」
「「ハハハハハハ!!」」
「助けてくれええええ! 箒から落っこちまう、シーカーがスーと落ちちまうよおお…」
「「ハハハハハハハハ!!!!」」
マルフォイを目にしたスリザリン以外の生徒は、水を得た魚、という慣用句の実例をまざまざと見せつけられている。正しく息を吹き返したかのように、マルフォイは生き生きとしているのだ。
ハリーの転落と士堂の魔力切れは決して失態ではない。それはあの会場にいた全ての人の意見だ。しかしマルフォイからすれば、そんなことはどうでもいい。あのハリーと士堂がやらかした、この一点のみが重要なのだから。
講義前に皆が集まる時や魔法薬学の講義の時、同級生に向けて2人の真似事を必ずと言っていいほどするのだ。かなりマイナスの嗜好が強められた真似だが、スリザリン生は皆腹を抱えて笑っている。たとえ講義中とてそんな真似をしたら注意される筈だが、スネイプ先生はマルフォイが真似をしている時、版を押したかのように背中を向けていた。そしてロンやシェーマス達が嗜めるときには、決まって真っ直ぐ様子を観察しているのだ。
そして遂にロンが癇癪を爆発させ、授業中にマルフォイに向かって大きなワニの心臓を投げつけてしまい、
減点を言い渡した時のスネイプ先生は、まるで砂漠のど真ん中でオアシスを見つけたかのように、不自然なほど喜んでいた。あの能面のような顔がニヤリと笑みを描いた時と言ったら、ちょっとしたホラー小説なぞ相手にならない程不気味だった。
そんな扱いを受けて、黙っているグリフィンドール生はいない。口々に悪態をつくのを、ルーピン先生が苦笑いしていた。
「まあまあ。気持ちはわかるが、スネイプ先生だからといってそんなに僻んでもダメだ。ロンが行った行為は紛れもなく減点されるべきだからね。」
尚も不貞腐れるグリフィンドール生をあやすためではないだろうが、ルーピン先生は面白い生き物を用意していてくれた。おいでおいで妖精という、無害そうな生き物についてジョークを交えながら解説してくれたのだ。
授業後、あの無害な生き物の話題で盛り上がる同級生と一緒に教室を出ようとしたハリーと士堂は、ルーピン先生に呼び止められた。
「話がある。少しここに残ってくれ。」
皆がでた後、教室には3人だけしかいない。そしてこの3人が話すことは、考えられる限り一つしかない。
「試合の事は先生方から聞いている。箒は残念だったね。元には戻らないか?」
「暴れ柳が木っ端微塵にしてくれました。」
「ああ、暴れ柳か。あれは私がホグワーツに入学した年に植えられた。
皆で幹に触れられるかどうかゲームをしたものだ。デイヴィ・ガージョンという生徒が片目を抉られそうになって、近づく事は禁止されたけどね。」
「先生、どうして吸魂鬼は…」
ハリーが言いにくそうに話を切り出した途端、先生はそれを遮った。話さなくてもいいと無言で言っているようだったが、ハリーは我慢できないかのように言葉を吐き出す。
「どうして僕ばっかりなんですか? 他の人じゃなくて、明らかに僕だけ狙われている! つまり僕が…」
「弱くはない。ハリー、それは決して違うよ。」
ハリーの言わんとする事を、先生は強く否定した。
「吸魂鬼が君を狙う理由は、君の過去があまりにも惨たらしいからだ。それ以外の理由はないよ。」
「吸魂鬼は地上を歩く生物の中でももっとも忌まわしい生物のひとつだ。もっとも暗く、もっとも穢れた場所にはびこり、凋落と絶望の中に栄え、平和や希望、幸福を周りの空気から吸い取ってしまう。マグルでさえ、吸魂鬼の姿を見ることはできなくても、その存在は感じ取る。吸魂鬼に近づきすぎると、楽しい気分も幸福な想い出も、ひと欠けらも残さず吸い取られてしまう。やろうと思えば、吸魂鬼は相手を貪り続け、しまいには吸魂鬼自身と同じ状態にしてしまうことができる――邪悪な魂の抜け殻にね。心に最悪の経験だけしか残らない状態だ。
そしてハリー、君の最悪の経験はひどいものだった。君のような目に遭えば、どんな人間だって箒から落ちても不思議はない。君はけっして恥に思う必要はない」
ハリーの肩を掴もうと腕を伸ばすが、何か躊躇ってルーピン先生は手を引っ込めた。俯きながらハリーは、喉が詰まったような声で話し続ける。
「あいつらがくるとー ヴォルデモートが僕の母さんを殺した時の声が聞こえるんです。」
「ハリー…」
隣に座る士堂が肩を撫でてやる。それを見て、深い溜息をついたルーピン先生はドサリと椅子に腰掛けた。頬杖をつく様は、窓から降り注ぐ冬の日差しに照らされて、やけに老けて疲れて見えた。
「どうして奴らはハリーの試合に現れたんですか。確かに会場は城の外と言えなくもないですが、校長が許可するとは思えません。」
「飢えていたんだ。人間という獲物が目の前にいるのに喰らえないものだから。あのクディッチの闘技場を埋め尽くす精神の興奮を感じれば、我慢するなんて考える頭は持ち合わせちゃいない。」
忌々しそうに士堂が地団駄を踏むと、ルーピン先生はやめるように目で促してくる。
「…じゃあ先生。このままハリーが吸魂鬼に怯える日々を過ごせと仰るのですか?!」
「そんな事は言っていない。校長を信じるしか手立てはない、シリウス・ブラックを捕まえられるまでね。」
「そういえばどうしてシリウス・ブラックはアズカバンを抜け出せたのです?」
荷物箱に教科書を詰めながら、ルーピン先生は士堂の疑問に答える。
「分からない。あのアズカバンから抜け出せる方法を、考えついたのだろう。それしか私からは言えないね。」
「そうだ、先生! 先生は列車の中で吸魂鬼を追い払いましたよね?!
その方法を教えてください!」
「ハリー、それは無茶なお願いだ。あの魔法は非常に特殊であり、私は吸魂鬼の専門家では…」
「先生、今度クディッチの試合で奴等が現れたら、僕何も出来ません!」
「そうか… よし、分かった。でも休暇が明けてからにしよう。やる事が山積みな上にほら、病気がね。全くどうしてこんな時に…
士堂、君にも教えておこうか。」
「しかし先生、僕には、」
「いや、ハリーと一緒にいるのだから、覚えておいた方がいい。それに今の君では、多数の吸魂鬼に対処できないだろう?」
ルーピン先生の言葉は、何処か冷酷な意味合いが含まれていた。少なくとも士堂にはそう感じられたから、彼の手は硬く握りしめられた。
膝上で握りしめられる手を視界に入れつつも、冷めた視点からの言葉は尚も続く。
「言ったはずだ。君の除霊・浄化魔術では限界がある。この事実はいかに認めたくなくても、あの会場にいた人全てが知っているよ。居なかった僕でさえもね。」
「しかし!!」
「士堂。私は君の能力を疑っては居ない。もしかしたら成功する可能性、まあ無いわけではないからね。
だがね。私の経験と憶測から言えば、ここで学んでおく方が友人は救えると思うよ。」
士堂の顔が俯いたまま、微かに頷いたように見えた。それを見たルーピン先生はにっこりと、満面の笑みをハリーに向ける。すぐに周りの荷物を魔法で整理しだした。
だがハリー達に背を向けて、トランクを整理する先生の顔には、酷い疲れと何かしらの感情が隠しきれていなかった。
クディッチ戦です。 何故悪天候でもクディッチが行われるか、自分なりに考えてみて設定しました。何か理由でもあるんですかね?