ハリーポッターと代行者   作:岸辺吉影

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未成熟故の難しさ

あの忌まわしいクディッチの試合の後、訪れたのは平穏だった。頭にくるマルフォイを無視さえすれば、どうということはない。レイブンクローがハッフルパフに勝利したことで、グリフィンドールの優勝がまだ完全になくなったわけではなくなったから、ウッドもまたクディッチの狂信者として蘇った。吸魂鬼も城内には一歩も入らない事を見ると、よほどダンブルドア校長に手酷くやられたと見える。

 

正しく平穏と言うべき日常がホグワーツに訪れている訳だが、ハリーはちっともそうは思えなかった。

 

「クリスマスショッピングはあそこで済ませられるわ。パパママもハニーデュークスの『歯磨き糸ようじ型ミント菓子』をきっと気にいると思うわ!」

 

学期末、またホグズミードへの許可が降りた。ハリーの為に学期休みもホグワーツに残るロンとハーマイオニーだが、ホグズミードには行くらしい。つまりは三年生で城に残るのは、またハリーと士堂だけだ。

 

「ハリー、そんな顔すんな。僕は城内にいるんだからさ。」

「うん、分かってるよ。大丈夫。」

 

ハリーは士堂にそう言うものの、顔には嘆きと悲しみがありありと浮かんでいる。何とかロン達と共にハリーを励ます士堂だが、その光景を見ていた人物がいた事には、全く気づかなかった。

 

 

ホグズミード行きの土曜日は、ホワイトクリスマスらしく朝から雪が降る寒い日だった。マフラーやスカーフに覆われたロンたちを見送ってから、ハリーと士堂はグリフィンドール塔に戻ろうとしていた。

 

「ハリー、談話室で何するんだ?」

「僕は『箒の選び方』を読み直す。あの流れ星って箒じゃ、とてもじゃないけど試合に勝てない。もっとマシなの買わなきゃ…」

「そうか。僕も本を読むつもりなんだけど、図書館で調べなきゃなんない。どうしようか。」

 

ハリーは苦笑いすると、面倒くさそうに手を振った。

 

「うん、行っていいよ。僕の事は心配しないで。士堂も張り付いてばかりじゃ大変だろうし。」

「本当に大丈夫か? こっちとすりゃ一緒にいるぐらい…」

「大丈夫。そんなに時間はかからないでしょ? もし見つけられたら談話室に来て。」

「了解。お言葉に甘えて図書館で探し物させてもらうかな。」

 

士堂はそう言うと、ハリーに手を軽く振ってから階段を降りていった。もし、この時半秒でも降りるのが遅かったら展開は変わったかもしれない。階段の上で微かに見えた二つの影を、見逃す士堂ではなかった。だが残念ながら、丁度士堂が背を向けたタイミングで、チラリと影が動いたのである。

 

 

士堂は真っ直ぐに図書館に向かうと、人気のない本棚をするすると抜けていく。図書館には二回生以下の生徒と、極少数の上級生以外見当たらなかった。

図書館の構造としてはまず無数の本棚があり、一定の間隔ごとに読書用の机が置かれている。そして本棚の奥にあるのが、何度かお世話になっている禁書の棚だ。本棚にはそれぞれ数字と番号が振られており、索引が簡単に出来るようになっていた。そして索引は、ホグワーツならではの方法である。本棚の隅に置いてある古ぼけたノートを、士堂は手に取った。薄茶色に汚れた表紙には、金色の文字が辛うじて浮かんでいるだけで、何と書かれているかは全くわからない。その表紙に向かって士堂は杖を振る。

 

『フィンド 探せ。 守護霊の魔法』

 

パタパタとノートが1人でにページを捲り、外見に釣り合わぬほど真っ白な1ページを開いた。するとリドルの日記のように、文字が滲み出てくるではないか。やがてはっきりと現れた文を一読してから、士堂はページを切り取った。

 

(もしかしたらヴォルデモートは、この図書館専用の索引ノートから、あの日記を思いついたのか?)

 

数字と番号を確認しながら、ふとそのような事を考えていた士堂は、目当ての棚にたどり着いた。棚自体は番号で区分され、棚の段ごとに数字が割り与えられ更に細かい番号が振り分けられる。例えばクディッチのことなら、CからEの棚、Fの3段目の四番までと言う具合だ。

 

「えっと、G Gの2番… 」

 

紙と棚を交互に見ながらの作業は、周囲への関心が薄れやすくなる。この時の士堂も、その典型例であった。

 

「おわ?!」

「きゃ?!」

 

本を取ろうとした手に、隣から伸びてきた別の手が触れる。予想だにしていなかったことだから、思わず声が両方から漏れた。奥から図書室の司書であるピンズ先生の咳払いが聞こえてくる。

 

「ごめんなさい、気づかなくて…」

「いやこちらこそ申し訳ない…」

 

慌てて謝る両者は、初めて面と面を合わせた。一瞬触れた感触的に男性ではないと直感していた士堂だが、よくよく見てみれば、彼女はハーマイオニーやジニー、ルーナとはまた違う印象のある女性だった。

まず大人びて見えた。少し士堂よりは高いだろうか、上級生だろう。茶色の瞳と真っ黒な髪に目を惹かれるものの、一番気になるのはー

 

「…アジア? 日本人じゃないな。何というか…」

「チャイナ。中国よ。私の両親はどちらも移民系。ホグワーツではまだまだ珍しいのよね。私達アジア人って。」

 

士堂は全くわからないが、彼女は士堂を知っているらしい。当惑しているのが態度か表情に出ていたのか、彼女はクスリと笑った。

 

「あなた有名人よ。グリフィンドールの生き残った子の友人で除霊師。噂じゃ摩訶不思議な魔法を使う、勇敢な剣士だってレイブンクローでも聞く話よ。」

「すっかり変な噂が広まってるじゃないか…」

「変じゃないと思うけど。初めまして、私チョウ・チャン。今四年生で、レイブンクローのシーカーを担当しているわ。」

「上級生?! いや、えー士堂・安倍です。知っての通りですが…」

 

慌ててローブを整える士堂だが、チョウは気にすることなく話しかけてくる。彼女が髪をかきあげると、ふわりとジャスミンのような、爽やかな香りが士堂の鼻腔を刺激してきた。

 

「いいわよ、堅苦しくてやだわ。少ないアジア系として仲良くしましょ。ねぇあなたが探しているの、守護霊の魔法について?」

「そう…で、OK、だね。ちなみにチョウ…も同じものを?」

「ふふ、そう。考えている事は多分同じ。少し違うのは私は自分の身を守る為、かな。」

 

チョウが手に取った本の背表紙には、銀白の文字でタイトルが書かれている。みれば周辺の本には幾つも同じタイトルの書き方が見つけられた。

 

「一緒に探してみない? 折角同じ事を探しているんだし、何かの縁じゃなくて?」

 

 

「つまり守護霊の魔法の難易度は極めて高いわ。学術書がここまで少ないのも、そもそも使いこなせる或いは研究できるレベルに習得できた人が少ないのね。」

「道理で資料が少ない訳だ。こうもあやふやな記述ばかりだと本を信用できなくなるな。信頼できそうな資料の多くが闇払いに関係しているのは?」

「現状使える人は闇払いが殆どなのよ。闇払いの試験でこの守護霊の魔法があるから、使えない人はいないと思うけど。なんにせよ、本から学べるような魔法ではなさそうね。」

 

何冊も積み上げられた本の山に埋もれながら、2人は同じ本を睨み合っていた。チョウはハーマイオニーほど優秀ではないが、流石にレイブンクローのシーカーを務めるだけあって頭が切れる。士堂とのやり取りに遅れる事はなくいいテンポで相槌を打つから、自然と2人の話は盛り上がっていた。

士堂の頭からはすっかりハリーの事は抜け落ちていた。今はチョウと共に、守護霊の魔法習得に必要な環境を探す方法を論議している。

 

「場所は特に指定はないけど、隔離された空間がいいと思う。精神統一の要素が割合強く含まれているわ。そして1人でやるのは反対ね。」

「どうして? この難易度なら1人で集中しなきゃ習得できないんじゃないか。」

「フリットウィック先生が仰ってたわ。難易度が上がるほど、他人と練習し合う方が習得は早いって。お互いに教え合うことで自分もコーチングすることになるし、失敗する時の前兆に気付き易くなると言うの。」

「なるほど。と言う事は誰か習得した人を呼ばなきゃいけないな…」

 

そこまで行ってから、士堂は外の薄暗さに気がついた。既に日はとっぷりと沈み、星の光が見え始めている。チョウも外の光景から今の時間に気が付いたらしい。本を返却棚に一斉に返すと、身支度を手早く整えていった。

 

「ごめんなさい、長い時間かけちゃったわ。もう戻った方が良さそうね。」

「ああ、そうしよう… しまった、迂闊だった!」

「どうしたの?」

「ハリーを1人にしちまった! ごめんチョウ、守護霊についてはまた改めて話したいな!」

「ええ、いいタイミングがあればいいわね。 お気をつけて!」

 

風のように図書室を出る士堂の後ろ姿を見ながら、小さくチョウが呟いた。

 

「友達守る為に必死になるなんて、やっぱり剣士じゃない。」

 

 

士堂は借りた本を脇に挟みながら、できる限りの速さでグリフィンドールの談話室に飛び込んだ。もう夕食の時間すら過ぎていたが、彼にとってはどうでもいい。双子が浮かれ気分で、ホグズミード土産のクソ爆弾を爆発させる中、士堂はハリーの姿を探していた。

探していると妙なことに気がついた。それは息を何度も吹き付けながら首席バッジを磨くパーシーでも、習ったばかりの骨占いに耽るラベンダーでもない。

 

どんよりと沈んだ雰囲気を漂わせる、ロンとハーマイオニーだった。少なくとも朝彼らを見送った時、躊躇いは見えたもののこうも落ち込んではなかった。

 

「おい、ロン? ハーマイオニー? どうした?」

「ああ、やややぁ、しし士堂?! 」

「? どうしたロ…」

「ああ私まだ読めてない教科書があったわね。し、失礼しますわ。ご機嫌よう!」

「お、おい…」

 

全く可笑しかった。2人の反応は今まで見たことが無かったほど、不自然極まりない。まるで何かを隠しているかのようだ。

そして士堂は、まだ寝込む時間ではないが故にまだ1人もいないと思われる寝室に向かった。

 

「…ハリー。」

「っぅ?! …士堂…」

「ごめん、ほったらかしにしちゃったな。大丈夫だったか?」

「う、うん。大丈夫、僕は大丈夫だよ士堂。 まあ、僕疲れたから寝るね。」

 

ハリーは何かをじっと見つめていた。士堂に声をかけられて慌てて隠したものの、チラリと見えた中身は士堂の脳裏に焼きついた。

 

「ご両親の写真を見てどうしてた?」

「な、何でもない。」

「ハリー。 …まさかな」

 

挙動不審のハリーを見た士堂は、一計を講じる。壁にかけられたハリーのユニフォームを見ながら、さも今気がついたかのように問いかけた。

 

「ハリー、口についてるのはバタービールか?」

「えっ、泡なんてついちゃ…」

「バタービールを飲んだら口元に泡がつくなんてよく知ってるな。飲んだことあるわけないのに。」

 

口元を拭う仕草をしたハリーの顔から、みるみる生気がなくなっていった。

 

「ハリー、俺と離れてから何があったか言え。これは友人として言っているんじゃない。魔術使い、安倍士堂が言っているんだ。」

 

「…呆れた。呆れたよハリー。」

「……」

「君自身がホグズミードに抜け出した? 笑い草だ、ええ?

俺や校長達が躍起になって君を守ろうとしてるってのに、その君が防護網から抜け出すとはね?!」

「…ごめんなさい。」

「分かっていない。いいか、君の行動の問題点。それは対策を君自身が潰しているんだ。先生達が如何に君を守ろうとしても、その対策に重大な穴が開くんだぞ。

君が襲われてよしんば帰れたとしても、反省できるわけがない。そうだろう、守られる対象自らが抜け出すんだ。どうしようもない。」

 

士堂が怒っている事は明白だった。それを分かっているからこそ、ハリーは半泣きでベッドの上に正座しているのだ。

しかし士堂にとっても、ハリーから聞いた話は厄介だった。先ずは抜け道の存在。あの悪戯双子が愛用した「忍びの地図」。抜け道どころか、周囲にいる人間すら感知する優れものだ。

ハリーはこの便利アイテムを使い、誘惑に負けてホグズミードに抜け出したのだ。そしてロンとハーマイオニーと合流したのち、有名なバー「三本の箒」でバタービールを引っ掛けていたらしい。そのワクワクするような逃避行も、直ぐに終わった。

 

「シリウス・ブラックはポッター夫妻の花婿付き添い人。そしてハリーの名付け親、か。そのシリウスを捕らえようとしたのがジェームズ・ポッターの友人、ピーターペティグリュー…」

 

なる程、頭の片隅にあった謎のいくつかが解けた。1つはシリウス・ブラックがハリーを執拗に狙うのは、彼の名付け親だから。彼はハリーの両親、特に父親と親友だった。そしてポッター夫妻が身を顰めるとき、考えられる最大の護りとしてシリウスを秘密の守人にしたのだ。

この魔法の特徴は、守人が内容を明かさない限り秘密が漏れる事はない点にある。ハリーにかけられた愛の魔法と同じ、原初の魔法だ。だがシリウスはヴォルデモートの手先として、裏切った。更なる帝王への土産として、遺児であるハリーを付け狙っていたのだ。

 

2つ目は祖父のあの反応だった。珍しく苛立った様子でシリウス・ブラックについて話していたのは、彼を知っているからこそだったのだ。恐らくダンブルドア校長に協力していた時、顔見知りだったのだろう。2人の友好関係も目にしていた筈だ。

だから許せなかった。怒りを隠しきれないほどに、乱れたのだろう。

 

「まあ、色々と言いたいが… とりあえず地図は持っておこう。」

「駄目! これは渡せない、駄目だ!」

「ハリー、分かっていないのか?!」

「分かってる、でも駄目だ! これだけは駄目なんだ、離しちゃ駄目な気がするんだ!! 」

 

士堂が手を伸ばして古い地図を取ろうとすると、ハリーは必死に抵抗してきた。まるで宝物を守る子供のようにー事実まだハリーは子供と言えるがー彼は地図を隠している。その姿から見てかなり頑固であること、無理やり取ろうとしたら厄介なことになることは明白だった。

 

「…ったく。わかった。何でこんな意固地なんだよ…」

 

半ば呆れたように呟くと、士堂は自分のベッドに寝転んだ。士堂は背後からハリーの視線を感じていたが、無視して掛け布団を頭まで羽織った。暫くしてからロンが寝室に戻ってきた。恐る恐る入った所を見るに、彼自身も少なくない負い目を感じているようだ。そのような3人の葛藤を知らないネビル達が帰ってくるまで、嫌なほどの静寂が寝室に流れていた。

その静寂の中、士堂は誰にも言っていない事実について考えていた。それは祖父母も触れたがらない、ある人物達の事だ。シリウス・ブラックやジェームズ・ポッターの話を聞いてから、どうしてもその人達の事が頭から離れなかった。彼らはシリウス達と浅くない付き合いだったはずなのである。士堂自身詳しく知らないものの、直感的にそうだと信じていた。

しかし相談出来る人は居なかった。胸の奥に閉じ込めると、明日からの問題を忘れるかのように士堂は眠りにつくー

 

 

次の日は冬季休暇の一日目で、談話室にはロンとハーマイオニー以外誰もいなかった。士堂が階段を降りてくると、それまで額を寄せ合ってヒソヒソ話し合っていた2人が、パッと離れて視線をあちこちに飛ばしている。

 

「別に怒っちゃいないから、昨日何があったかだけ教えてくれ。」

「そう言っている人って、大概怒ってるんだよね。」

「ロン!」

「ご、ごめんよハーマイオニー。でも信じてくれ、士堂。僕達だって知らなかったんだ。」

 

2人はハリーの独断行動を知らなかった。ハリー達へのお土産を物色していた時に、後ろから小突かれたらしい。ハーマイオニーは士堂同様に嗜めたらしいが、ハリーの寂しさを感じていたロンが庇ったようだ。

そこまで聞いて士堂は問題の難しさを感じていた。恐らく双子もハリーが寂しさを感じている事に薄々気づいていたから、あの地図を手渡したのだろう。そもそも13歳には耐え難い仕打ちである事は間違いないのだ。

そして士堂は幼少期、年相応に遊び道具を与えられたしそこそこに外に出かけはしていた。しかしハリーは違う。抑圧された幼少期を過ごしながら、自由の身になった途端にこれだ。ハリーの限界が超えたとしても、士堂に彼を責める事はどうしても難しかった。

ハリーの独断を許しては、ホグワーツの護りそのものが覆る。本来なら強引にでも地図を奪い、ハリーを縛りつけるぐらいはしなくてはならない。だが士堂には前日の叱責が限度だった。あれ以上の行動を取るには、あまりにも経験と度胸が足りていないのだ。

 

そして今、4人はハグリッドの小屋に向かって歩いている。昼食の時間まで寝ていたハリーが、どうしても行きたいと言って引かなかったのだ。ハグリッドにシリウスについて問いただしたい思いが、抑えられないようだった。

少なくともハリーのストレスが少しでも解消出来るなら、とハグリッドの小屋に向かった訳だが、粉砂糖のような雪が屋根に降りかかった小屋で予想外の現実を知ることになる。

 

「ピックバーグが? どうして?」

「どうしてもこうしてもあるかい。『危険生物処理委員会』は今までも面白え動物を目の敵にしてきた!」

 

4人が目にしたのは、大泣きしているハグリッドだった。髭に無数の涙をつけるハグリッドを宥めつつ話を聞くと、あの初回の騒動の決着がついたらしい。

だがその決着が問題だった。ハグリッドへのお咎めはないものの、マルフォイに襲いかかったヒッポグリフ、バックビークは殺処分に晒されると言うのだ。

 

「にしても面白い、ねぇ…」

「ハグリッド、バックビークの処分は覆せる。無罪だって勝ち取れるに違いないわ。」

 

士堂はハグリッドの言う面白い動物を思い浮かべると、口端がひくつくのを止められなかった。どうやらこの危険生物処理委員会とハグリッドでは、認識に大きな食い違いがある。だが大いに泣き、嘆くハグリッドを哀れに思ったハーマイオニーがなんとか励まそうと頑張っていた。

 

「しっかりした強い弁護をやれば大丈夫よ。心配しないで。」

「変わらんわい!! 連中はルシウスの手の内だ、奴らは恐れて言いなりなんだ!! バックビークは、あいつは…」

 

両腕に顔を埋めて、おいおいとハグリッドは泣き叫んだ。その様子はまるで玩具を没収された子供のそれであるが、彼はいい大人なのだ。あまりの嘆きように引き気味になりながら、ハリーが聞いた。

 

「ダンブルドアはどうなの? ハグリッド。」

「あのお方は、俺の為に十分すぎるほどに手を尽くしてくだすった。」

 

そこまで言うとチーンと鼻を噛んだ。涙に加えて鼻水までもが髭について、こう言っては悪いが汚らしいと士堂は感じずにはいられない。

 

「でもこれ以上望むのは無理なこった。ただでさえ吸魂鬼を城内から締め出したり、シリウス・ブラックの対策で毎日のように考え事をしてなさる… 手一杯だ。」

 

ハリー以外の3人は、ハリーをチラリと見た。ブラックについて聞きにきたのは、ハリーの要望だったから。しかしハリーは小さく首を振って、聞く意思がない事を示した。今のハグリッドからシリウスについて聞きたいことが聞けそうにもないし、こんなにも悲しむハグリッドが不憫で仕方なかった。

 

「ねぇハグリッド。諦めちゃダメだ。何か方法があるはずだよ。」

「そう、そうだわ! 私ヒッポグリフいじめ事件の本を読んだことがある。ヒッポグリフは釈放されたはずよ。詳しい資料を探してあげるから元気出して。」

 

ハーマイオニーの提案を聞いた途端、余計に大泣きするハグリッドをなんとか宥めつつ、あれやこれやと話を続けた。そうしないといつまでも泣き続けそうなのだ。

その中で士堂にとって、去年ハグリッドが連行された吸魂鬼のアジト、アズカバンについての話が興味深かった。

 

「別にどうってこたない場所の筈なんだ。石造の牢屋に鉄格子が取り付けられただけなんだわ。しかし奴らがウヨウヨいると、ひどい思い出ばっかり思い出すだ。

ホグワーツを退校した日… 親父が死んだ日… ノーバートが行っちまった日… どれもこれも辛え思い出だがあん時はもっと悲しく思えた…」

「暫く…どんくらい経ったのか分からねえが、何にもやりたくなくなった。とにかく死にてぇと思うんだが、それすら億劫というかやる気にならねぇ。寝ている間にこう、ぽっくりいきてえとそればかり考えた。

それ以外考えられなかった。恐ろしい、恐ろしい所だ…」

 

士堂は何故魔法省が吸魂鬼を使役するのか、その理由の一つが分かった気がした。ようは安いのだ。彼らは獲物、特に選り好みしないから凶悪な犯罪者だろうがお構いない。ただ囚人を隔離する部屋を設け、奴らを放し飼いにさせておけば、監獄として成立するのだ。

 

(面倒事も起きないし、関わりさえしなければこれほど楽な事はないな…)

 

役人の責任回避の末路、その弊害が此方に降り注いでいると考えるととにかくやるせなくなってきた。

 

 

冬季休暇を利用して、4人はバックビークの裁判に向けて準備を始めた。図書室に置いてある資料を手当たり次第読み漁り、有利な情報をかき集める。今彼らに出来る最大限の協力だった。

 

「これはどうかな……1722年の事件……あ、ヒッポグリフは有罪だった。――ウヮー、それで連中がどうしたか、気持悪いよ――」  

「これはいけるかもしれないわ。えーと――1296年、マンティコア、ほら頭は人間、胴はライオン、尾はサソリのあれ、これが誰かを傷つけたけど、マンティコアは放免になった。――あ――だめ。なぜ放たれたかというと、みんな怖がってそばによれなかったんですって…」

 

談話室でうんうん言い合っている間にも、着々とクリスマスの飾り付けは完了していく。廊下に柊や宿木を編み込んだリボンが飾られ、小さなもみの木が可愛らしく置かれている。大広間に例年通り12本のクリスマスツリーが飾られると、準備も大詰めに入ったのか御馳走の匂いが漂ってきた。

 

クリスマスの朝、起きた士堂は暖炉の前の椅子に腰掛けて、プレゼントを開けて行った。包み紙を剥がし終えたタイミングでロンも起きてきた。

 

「メリークリスマス、士堂! わざわざ下に降りてプレゼントを開けているの?!」

「メリークリスマス。寒い中で開けたくないんだよ。そっちのプレゼントは開けたのか?」

「いつものプレゼントに決まってるじゃんか。ママがあれ以外のプレゼントくれた事なんかないもの。」

 

ロンは士堂の開けたプレゼントを指さしながら、肩をすくめていた。士堂には紫の手編みセーターにミンスパイ1ダース、ミニクリスマスケーキとナッツ入りの砂糖菓子が同封されていた。

 

「わお、ママったら何だよその色。僕の栗色と大差ないじゃないか?!」

「そう言うなよロン。僕は結構気に入ってよ。」

「そう君とハリーが煽てるもんだから、ママが調子乗るんだ。士堂のお祖母さんを見習って欲しいよ…」

 

ロンは懐に抱え込んだ、道子からのクリスマスプレゼントを見せてくる。しかし士堂は呆れた感じで、手を上げた。

 

「お言葉返させてもらうぞ。本当に祖母さんのプレゼントいいって?」

「うん。美味しいよ、これ。」

「いや、上手いからって煎餅は流石にな…」

 

士堂は道子の送ってきたプレゼントを眺めて、溜息を漏らす。今年は何と煎餅の詰め合わせだった。如何に士堂が祖父母の影響で渋好みだとしても、これはどうかと思ってしまう。

だが意外にもロンは次々に煎餅を取り出しては、バリバリと食べ進めていく。

 

「日本のお菓子って僕ら食べることないからさ。ライスクラッカーね、色んな味あって美味しいよ。」

「これ、年寄りが食べるお菓子だぞ。いや、お菓子なのか?」

「でもさ、百味ビーンズみたいに変な味入って無いんだろ? メモに書いていてくれてる。」

「まぁ、失敗はないだろうが成功もないと…」

 

ボロボロと煎餅のかけらを撒き散らしながら、ロンはハリーを起こしに行った。ぶつぶつと呟きつつ、士堂は祖母からの贈り物を再度吟味する。中身は他に、大福の詰め合わせに日本のカルタ。そしてー

 

「こいつは…」

「メリークリスマス、士堂。ロンのお母さんと君のお祖母さんからもプレゼント届いていた。ありがとう。」

「メリークリスマス、ハリー。あー、僕の祖母からの贈り物は今年はちょいとばかし、あれだから期待期待しないでくれ。」

「そんな事ない。ライスクラッカーだろ、ロンが食べてた。」

 

そう言ってハリーも、プレゼントの箱を抱えて暖炉の前の椅子に座り込んだ。ハリーは士堂達と同じプレゼントに加え、一際大きなプレゼントを抱えている。

まずはロンの母と士堂の祖母からのプレゼントを開封し、その中身にハリーは目を輝かせていた。舌舐めずりをしてから、ミンスパイを口にして、羽衣煎餅を口にする。

 

「うん、美味しい。美味しいよ士堂。どうして君は文句ばかり言うの?」

「いいよ、僕が馬鹿だった。そんなに喜んでくれるなら祖母さんも喜んでいるよ。」

 

どう考えても後味が変になる食べ方だが、ハリーは気にしていないようだ。ナッツ入りの砂糖菓子と醤油煎餅を手にしたところまで見て、士堂はロンの叫び声を聞く。

 

「ハリー、こいつはすごいや! 変な感触のお菓子だ、中に甘い炭とクリームが入ってるぞ! こっちは苺も!」

「それ、この綺麗な封がされているやつ?もしかしてロン、ビリビリにしちゃったの?」

「あっ、しまった! そうだもっと綺麗に破けばよかった。失敗したぁ〜。」

 

口に餡子のカスをつけながら、ロンは額に手をやった。士堂は呆れが頂点に達しながら、ミントパイを口にする。

 

「…それは大福ってお菓子でさ。外は餅米の粉から作った皮で、中身は豆を甘く煮たもの。今回のは限定品だからクリームとか苺とか入ってるんだな。」

「こいつは上手い! こんなの毎日食べれるなんて君、羨ましいよ。」

「そんなしょっちゅうは食べないぞ。これはそれこそクリスマスとか新年とか食べるぐらいだ。」

 

その後口や足元を汚しながら食べるロンを世話しながら、次の箱を開けにかかった。

 

「これは士堂のお祖母さんからだね。見たことないけど、お守り?」

「ハリーのは特注だな。こりゃよっぽど危機的状況だよ。」

 

ハリーが包みから取り出したのは、長方形の布の形をした、薄い袋のようなものだった。上部には紐が複雑に結ばれており、首から下げられるように輪になっている。

布の真ん中には、五芒星が銀色の糸で縫われていた。その裏には同じ五芒星ながら、その辺がより太く描かれている。

 

「ハリー、それは五芒星。僕たち安倍一族の家紋だ。」

「家紋? えっと紋章みたいなものかな。」

「そうだな。それぞれの家ごとに伝わる、固有の紋章のことを言う。

そのお守りは安倍一族が代々使う魔除けの護法符だ。」

 

ハリーはそこまで言われて気がついたようだ。ロンも慌ててプレゼントをひっくり返し、同じお守りを見つける。

 

「吸魂鬼用に、てことだね。」

「効果はあると思えない。自分なりに調べてみているけど、こうしたお守りが効く相手じゃないからな。それでも気休めにはなると思うよ。」

 

ハリーは神妙に頷いて、首から下げた。以前貰った十字架と合わせて、首につけるとロンが眉を顰める。

 

「なぁ、君の家は教会だよな?」

「そうだ、それが何か?」

「良いのか? その、詳しくはないけど神様が違うんじゃないかな。そう言うの良くないってパパとかママは言っていたの、覚えてるんだよ。」

 

ああ、と相槌をうつと士堂は自分の十字架とお守りを2人に見せる。

 

「この十字架は、救世主を崇めている宗教の象徴だ。厳密に言えば他の宗教でも広く使われるデザインだけど、うちではね。そしてこっちのお守りは、日本固有の神話に出てくる神を崇める場所で作られる。

因みに僕の家の家紋は、陰陽道という中国から伝来した学問というか思想に基づいているんだ。」

 

そこまで説明した士堂が続きを言おうとすると、それを遮る人が現れる。

 

「日本では沢山の神が崇められているのよ。だから複数の神にお祈りを捧げるのも、祭り事を行うのも私達ほど抵抗感があるわけではないの。

恐らく士堂のお祖母様は基本的に教会の教えを守りつつ、自分たちのご先祖様の教えも守っているだけじゃないかしら。」

「…完璧な解答、どうもありがとうハーマイオニー。メリークリスマス。」

「メリークリスマス。クリスマスプレゼント、どうもありがとう。後のお楽しみに取っておくわ。」

 

ガウンを羽織ったハーマイオニーが、女子部屋から降りてきていた。一体いつからいたんだ、とか何でなん降りてこなかったんだ、という質問をぶつける者はここにはいない。

しかし彼女が抱き抱えるクルックシャンクスに噛み付くのは、今1人だけいるのだ。

 

「メリークリスマス。でもその泥棒猫だけは近づけるな。スキャバーズが折角元気になってきたんだ。」

「メリークリスマス。余計なお世話よ。でも居心地がいいこの場所にクルックシャンクスは居るから、お安心ください。」

「はい、ハーマイオニー。メリークリスマス。」

「メリークリスマス、ハリー。あらもしかして、もうお菓子食べちゃったの?ゆっくり楽しめばいいのに。」

 

ハーマイオニーが空いている席に座ると、いつものメンバーが揃った。多少ロンとハーマイオニーがギスギスしてはいるものの、やはりクリスマスだからか2人とも大らかに過ごそうとしている。

ハリーは最後に、彼だけに贈られてきた大きなプレゼントを開封することにした。それは彼の背丈はあろうかという、かなり大きめで長いが、幅は薄いプレゼントだった。やけに丁寧に梱包された包み紙を几帳面に剥がすと、現れた物はあまりにも衝撃的だった。

 

「そんな、まさか。」

「ホントかよ。」

「信じられん。」

「嘘でしょ?」

 

それはあまりにも眩い輝きを放っていた。発光する材料を使っている訳ではない。厳選された至高の材料が熟練の職人の手に渡ることでのみ得られる、究極の芸術品が放つ輝きだった。例え箒に詳しくない人でも、使われている材木の質の高さと加工した職人の手腕を、疑う人はいまい。

ハリーが登校前、ダイアゴン横丁でガラス越しに眺めていた、世紀の箒。

『炎の雷』 が悠然とハリーの目の前、丁度膝頭の高さで佇んでいた。




図書室の描写なのですが、あの広い図書室に検索機能がないとは思えませんでした。そこで自分なりに考えたものになります。簡単に言えば図書室に置いてある検索用のパソコンだと思ってください。

宗教については、当初書く予定はありませんでした。しかしクリスマスプレゼントをお守りにした時、イギリスなら不思議に思われるだろうと思い、付け加えた形です。この考察は深く掘り下げると色々書けるし指摘できると思いますが、ここではこの程度にしています。

図書室の検索について原作で言及があった場合は、この創作オリジナルということで目を瞑ってください。
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