ハリーポッターと代行者   作:岸辺吉影

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侵入者

ハリーは忙しなく羽ペンを羊皮紙に走らせると、目もやらずに横に捨て置く。教科書を閉じて次の教科書を取り出すと、お目当てのページを探し始めた。

 

「魔法史のレポートが終わった。羊皮紙3枚分は書けた…」

「僕も呪文学のレポート終わらせたよ。ほらハリー、さっさと写した写した。」

 

カリカリとペンを動かしていたロンが、大きめな文字が羅列する羊皮紙を突き出してきた。口だけを動かして礼を言うと、ハリーは新しい羊皮紙を取り出す。

 

「僕残っているのは魔法薬だけだ。」

「そっちは終わらせてある。ハリー、写し終わったら呪文学の方見せてくれ。」

 

レイブンクロー対スリザリンの試合は、僅差ながらレイブンクローに軍配が上がった。これでグリフィンドールの順位が2位に上がる事が可能となる。レイブンクローに勝てれば、の話だが。

ウッドは手にしたチャンスを逃さない為に、練習を週5みっちりと詰めてきた。ハリーはそこに守護霊の呪文の練習があるから、休みは1日しか無いのだ。そこで唯一の休日に、一週間分の宿題をこなさなくてはならない。

普段ならハーマイオニーに頼み込めば課題はすぐに終わるのだが、生憎様彼女もまた膨大な課題に押し潰されそうだ。ハリー達3人分はあろうかと思える程の教科書とノート、羊皮紙の山に埋もれながら血走った目で羽ペンを凄まじい速さで走らせている。

 

「おかしいと思わないか、ハーマイオニー。」

 

士堂の魔法薬学のレポートを写しながら、ふと思い出したようにロンが呟いた。

 

「今朝、ハーマイオニーが『数占い』のベクトル先生と話してるのを聞いちゃったんだ。昨日の授業のことを話してるのさ。

だけど、ハーマイオニーは昨日その授業に出られるはずないよ。だって、僕たちと一緒に『魔法生物飼育学』にいたんだから。」

 

ハリーはロンをチラリと見るものの、すぐに羊皮紙に視線を落とす。士堂は用済みの教科書を片付けながら、肩をすくめた。

 

「誰かに聞いたんじゃないか。レイブンクローとかには勉強熱心な学生はいるから、その人達に聞いたとか。」

「それは無い。アーニーが言ってたんだけど、『マグル学』も休んで無いらしいんだ。考えてみてよ、『数占い』と半分時間割被ってるんだぜ。」

 

士堂の脳裏に、学期始めに見たハーマイオニーの時間割が浮かんできた。あの時間が何個も重なった、摩訶不思議な時間割表。

 

「まぁ、何かあるんだろうけど。今はハリーの方に集中したい。」

「吸魂鬼の事? レイブンクロー戦には間に合いそう?」

 

辺りをチラリと見渡すと、士堂はロンの近くに顔を寄せる。ロンも顔を寄せてきて、小声で話し始めた。

 

「多分無理だな。間に合いそうに無い。」

「不味いよ、もしハリーが気絶したらグリフィンドールはどうなっちゃうんだ? ウッドはどうなる?」

 

士堂とロンはハリーの肩を乱暴に叩きながら、「ハリーがスニッチを掴んだ後落ちても構わない」だの「命よりもクディッチ」とか喚くウッドを眺めながら、溜息をつくしか無い。

 

~夜、魔法史教室にて~

 

人気が無い教室に、乾いた音が響いた。若干乱れる鼻息が、妙に耳に残るほど他の音は聞こえてこない。カラカラと転がる杖を拾い上げると、士堂はハリーに投げ渡す。

 

「杖は大事に扱ったらどうだ?」

「分かってる!!」

 

苛立ちを隠せないハリーが乱雑に杖を振り上げるが、背後に回ったルーピン先生に手首を掴まれた。

 

「ハリー、少し落ち着くんだ。今の君はよくやってるんだよ。」

 

しかし焦りを隠せないハリーは、声を荒げて2人に向かってくる。その様子はさながら暴れ馬のようだ。

 

「もう4週間、成長していないんだ! ただの霞しか出せないし、真似妖怪にすら満足に抵抗できない!!」

「高望みはしてはいけない。」

 

 

だがルーピン先生は何処までも冷静だった。淡々と、それこそ講義の時よりも落ち着いたトーンでハリーを諭す。

 

「何回も言うよ。守護霊の呪文は高度なテクニックが要求される。13歳の少年が例え霞に近いものであっても、形作れる時点で十分すぎるんだ。」

「でも…」

「焦るのは仕方ない。だが今度の試合では、吸魂鬼が出てくるとは限らないじゃないか。ダンブルドアの怒りかたからして、向こうは手を出してはこない。」

 

ハリーは納得していない。本人は隠しているつもりだろうが、明らかに不貞腐れていた。その様子からルーピン先生は練習に区切りをつけて、ハリーだけを一先ず寮に帰した。

部屋には先生と士堂の2人だけだ。溜息を零した先生が後片付けをしていると、士堂が辺りを彷徨き出した。

 

「先生は勿論守護霊の呪文は使えるんですよね?」

「そりゃ、一応はね。」

「いつ頃です?」

「習ったのは5年の頃かな。だが何も出来なかった。ジェームズ達と練習して、やっと成功出来たのが卒業の半年前ほどだったはずだ。」

 

ルーピン先生は薄汚れたローブから杖を取り出すと、軽く先端を振る。軽やかに宙を舞った杖先から、銀色の狼が颯爽と出現した。狼は本棚や机の上を走り回ると、最後は士堂の足下に歩み寄って喉を鳴らして、文字通り霧のように霧散した。

 

「狼、ですか。先生のイメージとは違いますね。」

「まぁ、人それぞれだからね。そういう君は何処までできるようになった。ハリーにつきっきりで、君の事をちゃんと指導してこなかったから。」

 

若干戸惑いの色を見せつつ、ルーピン先生は士堂に守護霊の呪文を促してきた。その流れは少々不自然な点があったが、士堂は気づかずに、手にしていた杖を天井に向ける。

 

『エクスペクト・パトローナム。守護霊よ来たれ。』

 

すると士堂の胸元が淡く光り、杖から銀の霞が漏れ出てくる。それは量を増していき、人一人隠す程の大きな円を描き出した。円はまるで盾のように、士堂を覆い隠している。しかしその外縁は朧げで、風が向かいから吹き付けているように、薄れていっていた。

凡そ2、3分ほど経った頃、先生が手を挙げて終了の合図を送る。士堂が杖を下げると、跡形もなく円は消え去っていた。

 

「うーん。そこまでいっていながら、実体化はまだだったか。」

「はい。成功どころか、あの円形から変化したこともありません。」

「いや、上出来だよ。その円を形成出来ているなら、撃退はともかく防衛は間違いなく可能だろうね。持続時間もそこそこあるし、実戦でも使えはする筈だ。」

「しかし実体化出来なくては、撃退はできないのでしょう。先生、どの程度で僕はものにできますか?」

 

ルーピン先生は、キャンディサイズのチョコを士堂に投げ渡しながら、少しばかり目を細めた。

 

「そうだね。僕は君よりもずっと、その円を作り出すのに苦労した。多分、6年の後半ぐらいにやっとこさという感じだったな。でもそこからは早かったよ。練習時間の問題で卒業前になったが、練習時間はそこまで多くはなかったと記憶している。」

 

ルーピン先生はそこまでいうと、しかしと前置きをしてきた。

 

「君だからいうけれど、直ぐには行かないかもしれない。というのも、君にはまだ思い出ー幸福な記憶が少ないからね。」

「僕の幸福の記憶が弱いというんですか。」

「そうは言っていない。しかし私の場合、ジェームズ達友人との交流が、習得を助けてくれた点は否定できない。いや、寧ろ彼等の存在が僕に呪文を与えてくれた。だから士堂も、もっと沢山の経験を積めば、自ずと形作れるようになる筈さ。」

 

そう言われるとそこまでだが、士堂は納得出来たかと言えば、そうではない。ハリーを嗜めておいてなんだが、やはり気持ちははやってしまう。ダンブルドアの保護があるといっても、一歩校舎を出れば外にはあのおぞましい化け物が、うじゃうじゃいるのだから。

言葉で理解しているといっても、これはどうしようもなかった。士堂は口に含んだチョコを噛み砕きながら、窓の外に目を向ける。外は雲一つない星灯を、煌々と照らしていた。

 

 

夜も遅くだから、士堂はすぐに寮へと戻ろうとしていた。人気のない廊下を歩くことに、何の違和感も抱かなくなってきた自分に末恐ろしくなってきた頃だった。

寮へと続く階段の途中で、何やら話し声が聞こえる。咄嗟に身を隠して覗き込むと、見慣れた後ろ姿が視界にチラついている。

 

「ミスター・アベ! あなたもこんな時間に何用ですか。」

「マクゴナガル先生。あー、ルーピン先生の所に質問を。」

「リーマスの所? 珍しい、一体どこが疑問だったのです。」

「以前習った河童について。あの生き物は日本と関係がありますから。ルーピン先生に詳しい話を聞きたくなりました。」

 

取ってつけた言い訳だが、どうやら通じたようだ。若干引っ掛かりを覚えているようだったが、マクゴナガル先生は深く追及してこなかった。

そして先生とハリーの手には、あの炎の雷が、見る人全ての視線を引き寄せる、機能美と神秘に溢れた輝きを放っている。

 

「先生、妨害は無かったという事ですか?」

「そうでした。その話をポッター、あなたにする為にここにきたのです。

さぁお取りになりなさい。炎の雷は、あなたに危害を及ぼす事は決して有りません。良い友人をお持ちのようですね。」

 

そういうと先生は、そっとハリーに箒を手渡した。まるで我が子を渡すかのように慎重かつ繊細な扱いは、先生の箒とクディッチにかける想いと、炎の雷の栄光を物語っている。

感慨深げに受け取ったハリーが、持ち手の辺りを愛でるようにさすっていると、マクゴナガル先生は我慢できないかのように狭い階段をうろちょろし始める。

 

「土曜日までに、慣らし運転をするのでしょう? 是非なさい。

そして勝つのです。敗北は決してあり得ません。我が寮は8年連続での寮杯未所持となります、これは大変な不名誉です。」

「はい、勿論です。」

「その意気です。全く有り難い話なのですが、つい昨夜この事実をスネイプ先生が、懇切丁寧に思い出させてくれました。ええ、確かに。」

 

どうもマクゴナガル先生はクディッチとなると人が変わる。スネイプ先生とのいざこざは、大半がクディッチに関してであり、後は授業方針だの何だと言った細かいことばかりのはずだ。

確かに爽快感あるクディッチは面白いとは思うが、士堂はここまで入れ込む事はまだできなかった。

 

 

 

談話室の扉前で合言葉を忘れたネビルと一緒に戻ると、起きていた生徒が一斉に群がってきた。皆この最高峰の箒に興味津々だ。

この素晴らしい箒の装飾としてグリフィンドール生の指紋が増えていくなか、士堂は部屋の片隅にいるハーマイオニーに声をかける。

 

「どう、調子は。」

「お陰様で万事健やかですわ。何か御用?」

 

生乾きのインクが光るレポートが、何枚も散らばっている。どれも違う講義のレポートで、一つにつき3、4枚は最低限書いているようだ。しかも参考にしたらしい教科書や資料の背表紙を見るに、高学年向けであるのは明らかだ。

 

「どう考えても、僕たちに求められている量を超えていない?」

「これが普通なの。あなた達が適当すぎるの。」

「こんなにやるのが普通ね。」

 

士堂はハーマイオニーの手首を掴むと、その下にあったレポートを読んでみる。マグル学のレポートは電気使用の考察だが、実体験と科学の歴史、挙句に心理学までに踏み込んだレポートだ。読んでいると頭を締め付けられるような内容の濃厚さに、わざとらしく吐くポーズをとる。

 

「ハーマイオニーは博士号でも取ったのか?」

「とる予定よ。」

「いくつかやめたらどう? 数占いとかさ。いくらなんでも」

「何言ってるの? 止めるはずないわ。これは統計と実験に基づいた、数学と魔法両方の…」

 

数占いの素晴らしさを熱弁し始めたハーマイオニーだが、その先は聞くことがなかった。突如談話室に聞こえてきた、押し殺すような叫び声が全員の注意を引く。

寝室に向かう階段から駆け足で降りてくる足音ともに、血相を変えたロンが談話室に飛び込んできた。

 

「見ろ!」

「見ろよ!!」

 

その手に持ったシーツは、ロンのものだ。ハーマイオニーに詰め寄ったロンが荒々しくそれを見せつけるが、訳の分からない彼女はどうする事もできない。

 

「お、おい落ち着けロン。何だどうした。」

「どけ! 僕はこいつに話がある!!」

「何だ落ち着けよ。一体どうした?」

 

庇うように立ち上がった士堂に、ロンはシーツを掴んで尚も見せつけてくる。怒りで震える手で何とかシーツを広げると、真ん中付近に赤い斑点がポツポツと付着していた。

 

「血だ!!! スキャバーズがいない!!!」

「そんな… 嘘よ、嘘よそんな事…」

 

サッと青ざめるハーマイオニーに、ロンは更に畳み掛けた。シーツを床に投げ捨てると、ハーマイオニーの手元に何かを投げつけてきた。

それはヒラヒラと宙を舞うと、書きかけの翻訳文の上にゆっくりと落ちてくる。

 

「ああそんな……」

 

顔を覆い隠すハーマイオニー。緊張の面持ちの士堂は、クルックシャンクスのオレンジの毛を、じっと見つめるしかなかった。

 

 

何かとぶつかることの多いロンとハーマイオニーだが、今ほど仲が絶望的だった事は無いはずだ。お互いにお互いの主張を頑として変えないから、いつまで経っても平行を辿る。

2人だけなら問題ないのだが、周囲に自分の正しさを見せつけたいのか、ロンはこれ見よがしに溜息をつくし、ハーマイオニーは今まで以上に勉強にのめり込んでいた。こうなると周囲の雰囲気は悪くなる。2人に解決するタイミングは当分考えられないから、皆の矛先が向くのは、別の2人だった。

 

「ハリー、君はロンのところへ行ったほうがいい。」

「そんな。ぼくもハーマイオニーを励ませるよ。」

「そこは心配していない。交互に話しかけながら、何とかどっちかだけでも味方だと思ってくれないと、こっちも割を食うぞ。」

 

呆れたようにハリーがロンの隣に座りこむのをよそ目に、士堂はハーマイオニーの向かいに腰を落とした。

 

「何よ。あなたも私の可愛いクルックシャンクスを疑うの?」

「まだ何も…」

「ただ毛が数本落ちているだけよ。」

「だから確実ではない。それは賛成。」

 

周囲の視線も相まってか、ハーマイオニーの怒りの琴線は下がる一方だ。乱暴に教科書を積み上げる彼女に、士堂も声のかけようがなかった。

 

~クディッチ闘技場にて~

 

闘技場には、一種の張り詰めた空気が漂っている。観客席に座るロンと士堂、フーチ先生にグリフィンドールのクディッチチームの視線は、コート中央で箒にまたがるハリーに注がれていた。

 

「全くどこの誰か分りませんが感謝を伝えたいですね。見てください、いい箒にはいい乗り手がふさわしいことが分かりますでしょう。稀代のシーカーらしい背筋が伸びた姿勢。それを照らす太陽の光を輝かせる、炎の雷の柄。黒のトリネコ材は、中々お目にかかれませんよ。私が触った中でトリネコ材の質は…」

「もう飛びますよ先生!」

「おやおや失礼。しかしあれはいい箒ですこと…」

 

先生の蘊蓄はコート内から続いている。それ程炎の雷が持つ魅力は図りしえないのだ。だがそれを操るハリー本人にとって、そんなことを気にしている暇すらない。体を柄に近づけるようにかがみこみ、抑えられない興奮と期待を燃料に地面を力強く蹴った。

 

士堂は風を切る音が一段と高いことに驚いた。コート中を縦横無尽に飛び回る炎の雷は、全員の誇張された想像を、更に凌駕していく。

急ターンの角度のきつさや上昇速度、どれを見ても圧倒的だ。

 

「ハリー、スニッチを離すぞ!」

「オッケー!」

 

黄金の球体から透けた金の羽が伸びると、ウッドの手から大空へと飛び立つ。常人には視認すら難しいスニッチと、炎の雷はそん色ない跳躍を見せてくれた。士堂ですらその変則的な軌道は、集中しなくては輪郭を捉えられない。

ものの10秒でスニッチを捉えたハリーは、たちまちクディッチメンバーに囲まれた。あれよあれよと思い思いに空を飛び回り興奮しているなか、下に降りたフーチ先生がハリーと士堂に話しかけてくる。

 

「ポッター、レイブンクローのシーカーについて知っていますか?」

「チョウ・チャン、でしたよね。」

「ええ。お節介かと思いますが、油断なさらずに。華麗な見た目に惑わされがちですが、箒の腕前はまさに蝶舞蜂刺といえます。」

 

その後フォーメーションの確認が順調に進み、意気消沈していたロンが炎の雷に乗ってハイになっていた時だ。嬉しそうなロンを下から眺めていたハリーは、隣に立つ士堂がいきなり話し出したことに驚いてしまう。

 

「ハリー。明日は心配するな。吸魂鬼は襲ってはこない。」

「うわ! なんだびっくりさせないで… でも本当に?」

「さすがにダンブルドア先生は警戒を強める。」

「襲われたらどうする? 僕、まだ何もできやしないのに。」

 

不安そうなハリーに、士堂は彼の胸を大きく叩いた。胸ポケットに忍ばせていたお守りが若干皮膚に食い込み、顔を顰める。

 

「な、何すんの?!」

「気づいているかもだがハリー。祖母さんが送ってくれたお守りには、魔力を増強する効果がある。だから奴らが来たら、全力で魔法を唱えればいいさ。」

「何となくわかっていたけど、大丈夫それ?」

「時間稼ぎができれば十分なんだよ。そうだな、10秒我慢出来たら先生たちのいる特等席付近に、全力で突っ込め。」

 

要はいち早く吸魂鬼から離れ、頼れる大人の近くに行ければいい。士堂の助言を理解できたハリーは、杖とお守りにそっと手を置く。いくら頼りない魔法でも、今はこれが最善だ。そう自らに言い聞かせて、天才シーカーは息を吐いた。

 

翌日、グリフィンドール対レイブンクローの試合前とあって盛り上がる校内の中は、まさしくお祭りムードだ。すでにハリーの炎の雷については皆が知っているのだが、あの箒はさすがに間近で見たことがある人間は、ごく少数のようだ。

 

「ポッター、君には勿体無い箒じゃないのか。臆病ポッターの為に、素敵な送り主がパラシュートを付けてくれているといいな。

ひゅう~ぴゅるゆる~ってパラシュートを開かないようにな。」

「ありがとう。でも、君も予備の腕はつけておいたら? また何かで折っちゃうかもしれないし。

ああ、ごめん。またパパとママに泣いて直してもらうんだったね。」

 

現にマルフォイが、わざわざ確認の為にちょっかいをかけてきた。反省というか教訓を得ない彼だが、ハリーの思わぬ反撃は予想していなかったらしい。そんなやり取りを尻目に見つつ、多くの同級生に囲まれたハリーを遠くに見るようにして士堂は喧騒の中をかき分けていった。

 

向かった先には、何人もの女子がたむろしている。その中心にいる彼女は、人混みの中にまぎれた少年の姿を一瞬でとらえた。取り巻きの少女たちに一言かけてから、柱の陰に隠れるように移動する。士堂がそのあとを追うと、2,3メートルの距離で止まるよう手のひらを突き出してきた。

 

「そこまでよ。」

「おいおい、僕が何かをするとでも?」

「そうじゃない。でもあなたと一緒にいるところを見られると、色々まずいのよ。」

 

そういうとチョウ・チャンは、後ろに垂らした長髪をかき上げると、小さく首をかしげてくる。初めて見る女性のしぐさに、士堂の内心は激しく動揺した。

 

「いや、簡単な話さ。守護霊の呪文について、どういった具合か知りたくて。」

「ああ、そのこと。確かに私にとっても他人事じゃないけど、そっちは深刻だものね。」

 

チョウはローブから杖を取り出すと、小声で呪文を唱える。すると彼女を取り囲むように薄い霞が、杖の先からこぼれ出てきた。丁度全身を隠せる程度に漏れた霞だが、周囲の視線を気にしたのか彼女はすぐにそれを消した。

 

「まだこんなもんよ。」

「こっちも同じぐらいだな。実体化できるのは上級生にはいるのか?」

「いいえ。私以外、靄すら出ない。不安にさせてもなんだから、校長と先生方を信じるように言ってあるの。」

 

あまりいい報告とは言えない。つまり競技中に発生した吸魂鬼による襲撃には、先生たちの助力を仰ぐ以外選択肢はないということだから。

 

「その感じじゃ、あなたも大差ないんじゃない?」

「まあ、お察しの通りってところ。」

「そう。でもしょうがないわ。本来私達には手に負えないものだもの。」

 

チョウは杖をしまい込むと、取り巻きのところに戻ろうとする。知りたいことを知れた士堂に止める理由もないから、少し離れてついていった。

 

「あなたも見に来るんでしょう?」

「まあね。できれば友人の新しい船出だから、手加減してもらえるとありがたいんだけど。」

「聞く理由があるの?」

 

彼女は自信ありげに髪をなびかせると、士堂の方に一度も向くことなく去っていった。士堂はどぎまぎしたことがばれていないことを祈りつつ、ハリーも惑わされないことを、祈るしかなかった。

 

 

大騒ぎするグリフィンドール生がごった返す中、談話室の隅で分厚い本を読む少女がいた。彼女は『イギリスにおける、マグルの家庭生活と社会的慣習』を丁寧にめくりながら、一言一句逃さないかのように読み込んでいる。

そんな彼女の視界に、金色のゴブレットが入ってきた。不機嫌そうに視線を上にずらすと、彼女の友人である士堂が、手に持ったゴブレットを差し出していた。

 

「ハーマイオニー、オレンジジュース。さっきフレッドたちが抜け出して買ってきた、『三本の箒』特製だよ。」

「あらありがとう。でも私はこの本を今日中に読まなきゃ。」

「読みながらでも飲めるさ。」

 

そう言ってもう片方のゴブレットを傾ける士堂をにらみながら、ハーマイオニーはゴブレッドを受け取る。ちらりと口に含むとまた本に集中するハーマイオニー。士堂は聞く気もない彼女に、一人ごとのように話始めた。

 

「見てみろよこの騒ぎ様。優勝したらどうなるんだろうな。」

「知らないわ。私には関係ない。」

「今日の試合は見た?」

「ええ、一応は。噂の箒も、吸魂鬼とやらもはっきりとね。」

 

皮肉めいた口調で言葉を返したハーマイオニーは、彼の表情に違和感を持った。歯に何かが挟まったかのような、複雑な表情をしているのだ。

 

「何か変なこと言った?」

「いや何も。ただ、あの馬鹿のせいで吸魂鬼対策が万全かどうかが分からないってのがね。」

 

試合結果は、勿論グリフィンドールの勝利だ。ハリーと炎の雷は、本番でも素晴らしい活躍ぶりだった。そこまでは士堂とて、嬉しくないわけではない。

しかし肝心のー 士堂が最も気になった吸魂鬼対策は、不明瞭な結果に終わった。試合終盤に黒い幽霊のような影がハリーを襲ったことは事実だ。そしてハリーは、今までで一番はっきりした銀の霧状の塊を、砲丸投げのように奴らにぶつけることが出来た。

 

だが意味がなかった。吸魂鬼だと思っていたのは、なんと黒いフードを被ったマルフォイたちだったのだ。大方吸魂鬼にトラウマに近い恐怖を抱くハリーを、脅かそうとしたのだろう。自分たちのニンバス2001より高性能な、炎の雷を手に入れた彼に対する嫉妬もあっただろう。

士堂にとってみれば、ハリーの防御が成功したかどうかの判断がつかないことが腹立たしい。これが本物の吸魂鬼だったならば、ハリーは大きな自信をつけることが出来た。それは即ち、ハリーの守護霊の呪文の成功に一歩近づくことを意味したのだ。

捨てがたい大きなチャンスをふいにされた腹立たしさから、士堂は素直に勝利を喜べなかった。

 

「はい、ハーマイオニー。ねえ、こっち来て何か食べない? バタービールもカボチャフィスもあるよ。」

「ハリー、どうもありがとう。そしておめでとう。だけど奥でこっちをにらんでいる人がいるから、遠慮するわ。」

 

喧騒から抜け出したハリーが、滅茶苦茶な髪をそのままにハーマイオニーに話しかけてくる。彼も彼女が心配なのだが、ことはうまくいかない。奥でステップを踏んでいるロンを一瞥したハーマイオニーに気が付いたのか、末っ子は聞こえよがしに叫び出した。

 

「あーあ。誰かさんのせいでスキャバーズがいないからなあ。ハエ型ヌガーで一緒にお祝いしたのに。」

 

ロンの言葉は彼女の限界のラインを超えさせたようだ。涙目で本を抱えながら部屋に戻るハーマイオニーを心配そうに見送った士堂とハリーが、ロンに詰め寄る。

 

「あの言い方はないだろ。ハーマイオニーだって仲直りしたがってるのに。」

「あいつが認めないのが悪い。飼い猫が可愛いんだったら、僕だってスキャバーズが大事さ。」

「ロン、もういい加減許してあげよう。」

「聞いていたのかハリー? あいつはスキャバーズなんかどうだっていいのさ。あいつが大事なのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

最早意固地になっているロンは、どうしようもない。いじけた顔のロンをどうすればいいのか、ハリーも士堂も顔を見合わせるしかできなかった。

 

 

夜も更けきるまで続いた喧騒も、さすがに深夜には収まった。とはいっても形上解散しただけで、各々ベッドの中で興奮を語りつくさなくては飽き足らないらしい。気狂いといえる魔法使いのクディッチ熱に、ハリーは少々あきれてしまう。暗闇の中で目を凝らすと、士堂も布団で頭をくるんで寝ているのが見えた。ハリーもそれをまねしてベッドにもぐりこむと、ドッと疲れが噴き出てきて眠りにつく。

 

そしてハリーは見た。炎の雷に乗った彼は、森の中を颯爽と飛んでいる。前方に見える、銀色の光を放つ何かを追っていた。草木を器用にかいくぐるそれは、ハリーを振り切ろうとしているのか、加速するように駆けていく。必死に追いかけるハリーの耳に、今度は音が聞こえてくる。カツカツと甲高いその音は、何かが走る度に聞こえてきた。それが蹄の音だと直感したハリーの視界が急に開ける。目の前には空き地が広がり、そして―

 

「あああああああああああああああ!!!!!! やめてええええええええ!!!」

頭を揺さぶるような声が、突如として部屋中、いや寮棟に響いた。寝室のドアが開く音と何かが切り裂く音。続けざまに衝撃音が聞こえてくる。何が何だか分からないハリーはカーテンを闇雲に閉め、掻くように小棚に置いていた眼鏡と杖を手に取る。

 

「ハリー、動くな! 杖を持ってじっとしていろ! トーマスとフィネガンはネビルと一緒にベッドに! ロンは動くなよ!」

士堂の叫び声が聞こえたとたん、よからぬことが起きたのは分かった。慌てふためくネビルをあやすトーマスとフィネガンも気になるが、ロンの叫びの方がハリーは気がかりだ。

 

「ブラックだ! シリウス・ブラックが! あいつナイフを!!」

軽く開けたドアの隙間から廊下を覗いていた士堂が、ロンのカーテンを開けてなだめる。

 

「落ち着けロン! …よし廊下は平気だ。皆杖を持ったか? トーマス、ネビルを連れて先に談話室に。ハリーは俺と。そのあとをフィネガン、ロンと一緒に。」

「あ、ああ分かった。」

「僕もだ、大丈夫。」

 

青ざめた顔のトーマスとフィネガンが頷くと、士堂は蹴るようにドアを開ける。もう一度廊下を確認すると、口笛を鳴らしてフギンを呼び出した。外でフギンの羽ばたく音と鳴き声が聞こえる中、がたつくネビルを抱えたトーマスがドアに近づく。

 

「ど、どうすれば?」

「難しく考えるな。真っ直ぐ談話室に。他に目を配らなくていい。」

 

士堂が軽く背中をたたくと、2人は階下に降りていった。下では騒ぎに気づいた女子や上級生が騒いでいる。

不安で布団にくるまるハリーの背後で、何かがたたく音がする。振り返ると、背後の窓をフギンが嘴でつついていた。するとカーテンの隙間から士堂が顔を入れて、手招きしている。慌ててベッドを降りると、肩を抱かれた。ハリーを抱えたまま、士堂はロンとフィネガンにも合図を出す。

ハリーはその時、何が起きたのかはっきりしだした。月明かりとフィネガンの手持ちランプに照らされたロンのカーテンは、無残にも切り裂かれている。その切り口は、とても乱暴であり刃物であるのはハリーにも分かった。

 

「俺とハリーが下りたら、すぐに来てくれ。」

「お、OK。頑張る。」

「フィネガン、君ならやれる。さあ、行こう。」

 

かがむようにしながら階段を駆け下りたハリーは、グリフィンドール生が集まる談話室にほっとする。皆何事かわかっていないようだが、士堂の恰好を見ると空気が張り詰め始めた。

士堂の手には、杖と黒鍵が握られている。夜の談話室で煌めく黒鍵は、夜の怪しげな雰囲気を一層際立たせていた。

 

「士堂、何をしている! 皆早く寝室に!」

「パーシー、ブラックが僕を襲ったんだ! 信じてくれ!」

「ナンセンスだ。騒ぎすぎて見た悪夢だろう。」

 

騒ぎを聞きつけたパーシーは、弟の叫びを無視した。噓ではないと騒ぎたてるロンと言い争うパーシーを、士堂は全く気にしていない。あたりをぐるぐると見渡しては、サッと身構えていた。

 

「おやめなさい!いったい何事ですか。いくらクディッチに勝利したからと、ひどすぎます!」

「そうは思わなかったけど。なんなら2回戦もどうだい?」

 

憤慨するマクゴナガル先生に対し、フレッドが軽口をたたく。お調子者をにらみつけてから、先生の矛先は主席に向かった。

 

「何事です。このような時間までバカ騒ぎを許した覚えはありませんよ。」

「先生僕ではありません。弟がバカな夢を見て騒いだのです。」

「夢じゃない! 僕はブラックに襲われた!」

 

ロンの必死の叫びも、本当とはそこにいた誰もが信じなかった。張り詰めた空気はあるものの、皆信じたくなかったのだ。

 

「マクゴナガル先生。」

「おお、何をそんな大仰な…」

「ロンは襲われました。()()()()()()()()()()()()()()()<()b()r()>()

そう言った士堂が握りしめていた手を開くと、マクゴナガル先生の表情が一変する。わなわなと唇が震え始め、急にその場をうろつき始めた。そしてフラフラと覚束ない足取りで、寮の外に出ていった。入口付近にいるのだろう、信じられないといった声色は明瞭に、談話室にいる誰もが聞こえてくる。

 

「カドガン卿。今しがた寮に男を一人通しましたか?」

「通しましたぞご婦人! 薄汚れた不可思議な男だった!」

 

この場にいる誰もが耳を疑った。ハッと息をのむ声と、パーシー達上階生が一斉に杖を手にする、衣服のこすれる音だけが談話室で鳴る。

 

「と、と、通した?」

「ええ、確かに!」

「あ、あ、合言葉は? 貴方は一週間毎日合言葉を変えるはずでは?」

 

まるで古ぼけた蓄音機のようなマクゴナガル先生の声の後に、寮の門番である肖像画のカドガン卿の、誇らしげな大声量が聞こえてきた。

 

「合言葉は合っていましたぞ! 恐らく一週間分の合言葉を書いたのでしょう、小さな紙切れを読み上げながらでしたが()()()()()()()()()()()()




久々の投稿です。リアルがドタバタしており、投稿が遅れました。今回若干急ぎ足感が否めないと思いますが、ご容赦ください。
アズカバンでは書きたいシーンが幾つかありますので、そこを目指して頑張りたいです。
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