ハリーポッターと代行者   作:岸辺吉影

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第29話

クディッチの優勝杯は、ハリーの獅子奮迅の活躍によりグリフィンドールが手にした。あの夜の喧騒は、筆舌に尽くし難い。それほどまでに寮全体が、まるで1つの生き物になったかの様に一晩中喚き散らし、踊り狂っていた。

その中ではハーマイオニーすら勉強をせずにめちゃくちゃな踊りを披露していたのだが、士堂そのは半分も喜ぶ事が出来なかった。

 

(…あれ、変わり身の術だろ)

 

あの後、士堂はビニール袋の残骸ぬくを手にルーピン先生の元を訪れていた。先生はお祭り騒ぎに加わらない士堂に驚きを隠さなかったが、事情を察して自室へと向かいいれてくれた。

 

「それは本当か? 見間違いではなくて」

「それは有り得ません。確かに仕留めたと思ったんですが」

「いや、失礼。疑った訳ではないが、しかしこれは、ふーむ」

 

先生の隈は益々酷くなっているが、気づいていない様だ。ガシガシと髪の毛をかきあげると、パラパラとフケの様なものが舞っているのが見える。

 

「ひとまずこれは僕からダンブルドア先生に伝えておこう。士堂はもう休みなさい」

「説明は直接した方が、」

「いや駄目だ。これはちょっと雲行きが怪しくなってきた。ここから先は、大人の世界だよ士堂」

 

そういうと先生は、小さな粒チョコを袋に詰めて士堂に持たせてくれた。それを手土産に戻った士堂は、通りかかる人それぞれにチョコを配りながら、ぼんやりと考え事に耽ってしまう。

 

(黒鍵を躱せるなんて、ただの犬じゃない。でも使い魔にしては上等すぎやしないか?)

 

黒鍵の初速は、拳銃の弾丸のそれに匹敵する。それほどの速さの投擲を躱せる技量のある魔法生物なら、もっと他にも能力がある。それを使われると、士堂とてハリーを助ける事ができるか甚だ怪しくなってきた。

憂鬱になりそうな士堂に、浮かれ気味のロンがやってきた。顔には落書きが多数書かれていて、服にはココアやらジュースやらが飛び散っている。

 

「イャっはあー!! 盛り上がってるかい士堂!! ふーふー!!」

「まぁ、楽しんでるよ」

「何だい、辛気臭い顔して!! さぁ、士堂も踊ろう踊ろう!! グリフィンドール万歳!!」

 

士堂の心境など艶知らず、最近の調子が嘘の様なロンが彼らしからぬ力で士堂を談話室の真ん中に連れてくる。何の統一性もない、ただ思い思いに踊り散らす同級生に手を取られると、否応なく踊らざるを得ない。

こうなればやけくそよ、と心に決めた士堂は、漠然とした不安を心の底に押し込むと、騒ぎの中心に身を投じることにした。

 

 

楽しかったクディッチ後夜祭は、正しく最後の晩餐とも言えるひと時だった。魔法使いにとって将来を左右するO・W・L(普通魔法レベル)試験を控えているのは双子のウィーズリーだ。パーシーはN・E・W・T(めちゃくちゃ疲れる魔法テスト)という、ホグワーツ校が授与する最高の資格テストを受ける準備をしていた。

勿論士堂達もそこまでではなくても、全く無視できない期末試験を迎える用意に入らざるを得ない。談話室には嘘の様な静かさが場を支配し、緊張感が漂い始めた。しかしクディッチの時の様な寮の誇りをかけたものではなく、各々の未来の為の後がないが故の緊張感だった。

当然皆心にゆとりがなく、パーシーとハーマイオニーは些細な物音1つにも苛立ちを隠さない。かと言ってそれを咎める余裕も時間も、士堂達にも有りはしなかった。

 

地獄のような試験前から試験本番に移ると、皆の顔から生気が無くなってきた。鐘の音ともに廊下に出ると、うめくような嘆きが次々に聞こえてくる。しかし時間は待ってはくれないから、次の試験のための準備で必死だ。

そうした中で、魔法生物飼育学の試験中に、ハグリッドが小声で話しかけてきた。

 

「お前さんには言わなきゃなんねぇ… バックビークの件、裁判は明後日に決まった。多分最後だ。あいつは酷く参ってる。ここ最近は狭い小屋に押し込められていたから…」

 

ハグリッドはショックのあまり、レタス食い虫の1時間の生育という試験を出したのだ。この生物は放っておく事で元気を得る様な虫だから、実質机に1時間座るだけで満点が貰えるボーナス試験だ。

事情を知らない生徒にとっては歓喜だが、士堂達は心に石の塊が沈んでいくかの様に、気分が落ち込んでいった。

 

その後の試験を淡々とー 多少ハーマイオニーにハプニングがあったがーこなす中、問題の日が訪れた。魔法大臣のコーネリウスが、裁判の立ち合いの為に来校していたのだ。面識のあるハリーが2、3言葉を交わしていたが、やはりルシウス・マルフォイの影響は健在の様だ。付き添いのガタイの良い黒髭の男が持つ斧が、日光を反射して黒々と輝いているのを見た士堂は、バックビークの未来が垣間見えた気がした。

占い学の試験で適当に受け答えした後、談話室に戻ってロンとハーマイオニーと合流しようとした時だ。にこやかな笑い声が聞こえてきたと思えば、この時期にしては珍しくダンブルドア先生が廊下を歩いている。

 

「ヤァヤァ、皆ご苦労様。試験は無事に済んだ様じゃ何より、何より。おやジェレミー、浮かない顔をしておるな? ふむ、心配している魔法史の試験は大丈夫じゃろ、皆あそこは間違えている所故にな。

メイ、君はスネイプ先生の試験の失敗かな? あれはしょうがないの。混乱薬のコツは、如何に材料の刻み具合を正確に出来るか、これに尽きる。来年度もまた、課題で出るだろうからよく覚えておくのじゃ」

 

生徒1人1人と会話するダンブルドア先生は、実に御満悦げな表情を浮かべている。しかし年齢を感じさせる両手は、指の節々を交互に撫で回したりと、見る人が見れば落ち着きがないことは直ぐに分かるだろう。

 

「おお、士堂か。試験は…聞くまでも無さそうじゃ」

「校長先生、ちょっといいですか?」

「構わない。ここでは何だから、ささこっちにこっちに…」

 

正門前の草原、生徒が居ない場所に移動した校長は、少し遅れてやってきた士堂を待つ様にその場をぐるぐると歩き回っていた。

士堂が横に到着すると、目を合わせずに独り言を言うかのように切り出す。

 

「して、この老人に何用かの?」

「はい、実は例の件でして」

「おお、あれか。まあ君たちも何とかしたいのは分かるがの、さてさて難しいの」

 

意表をつかれたかの様な士堂だが、校長は気にすることなく、物憂気に語り出した。

 

「あのお偉いさんは、危険という言葉がこの世で1番嫌いなのじゃ。例えどんなに危険でなくても、自分達に利がない限り、例外は認めん」

「あ、あの校長。そうではなく」

「皆まで言わなくても良い。わしも最善は尽くすが、覚悟は決めておいてほしい… 導き手としては情けないの一言に尽きるの」

 

悩ましげに首を振っていたダンブルドア校長は、どうやら自分が的外れな話題を出していたことに気がついたらしい。目線が定まらない士堂に、ゆっくりと歩み寄る。

 

「士堂。君はてっきりハグリッドの件について聞きに来たかと思っておった」

「いえ、あのそれも気にはなりますが。あの、聞いてはいないのですか?」

「何を? わしは最近あの化け物達とハグリッドのペットの事で大忙しじゃ。今日からはそこに、試験結果についての会議も始まるのでな。寝る間が欲しいものじゃ」

 

士堂は想定していない事態に、頭の中でサイレンが鳴り響く様な、危険信号を感じ取った。身体が発するこの信号は、えてして無下にできないというのが経験上、知り尽くしている。

 

「ルーピン先生から報告とかは?」

「いや何も。聞いていないはずじゃが… ふむ、お主もしやすると、」

「失礼します」

 

校長の話を最後まで聞かずに、士堂は踵を返して校内に戻る。呆気に囚われて少年に伸ばした手の行き先を見失った老人は、すぐに意味あり気な手つきで髭を撫で始めた。その時、彼に声をかけてくる魔法省の役員達がやってきたので、すぐに猫を被った態度を取らざるを得ない。結果的に、士堂の行動については最も頼りになるはずの彼でさえ、今暫く時を待たなくてはわからなくなってしまった。

 

急いで校内に飛び込んだ士堂は、真っ先に図書室に向かう。そして焦る手を懸命に制御しながら、何冊もの本をピッキングした。試験も終わり、この部屋に用があるのは物好きな生徒だけだ。読書スペースには幸にして他の人間はおらず、奥の人気のないブースに人影がチラつくのが見える。

自分に向けられる視線がない事を確認した士堂は、ざっと辺りを見渡すと、真新しい参考書から触れるだけで崩れていきそうな程古ぼけた古書に至る、幅広い範囲の参考書に目を通す。お目当ての記述はしかし中々見つからないのか、士堂の手はイラつきを隠さない様に震えていた。

 

その日の夜、ハリー達3人組は外にいた。ハグリッドから、正式にバックビークの処分が決まったと知らされて、居ても立っても居られないのだ。ハーマイオニーがまたもや危険を顧みない行動で、ハリーが隠した透明マントを回収してきた。彼女は裁判に相当数入れ込んでいたから、ちょっとやそっとでは諦めつかなかったのだ。

 

「ハリー? ロンとハーマイオニーか? お前さんらここでなにしちょる?」

「ハグリッド、本当にバックビークはその、なんていうか…」

 

透明マントで夜抜け出した3人は、真っ直ぐハグリッドの小屋に向かった。そこでは茫然自失という感じの、腑抜けたハグリッドが暖炉の前で座り込んでいる。ハリーのノックにも気づかなかった彼だが、再三にわたるノックで、やっとこさ中に入れてくれた。

彼の円な、黒々とした目には生気がなく涙が溢れんばかりに溜まっている。手元にはグジャグジャのシーツが握り締められており、カップには水一滴も注がれてはいなかった。彼の丸太のように太い足の付近には、砕け散ったカップの残骸が残っている。

 

「あ、私カップ用意するわね。まだ残りがあるでしょ?」

「ハリー、お前さんら一体なにしにきちゃのじゃ?」

「ねぇ、バックビークは助からないの? 本当に?」

 

状況が飲み込めていないハグリッドだが、ロンの問いかけに力なく頷いてみせた。そのあまりの痛々しさに、ハーマイオニーが顔を伏せて、奥のキッチンへと駆け込んでいった。

 

「今は外にある。最後の月夜だ。今日は綺麗な満月が見えるからな…」

「ハグリッド、どうにかならないの?」

「ならん。つーよりもハリー、お前さんはとっとと寮にけぇりな」

 

ハグリッドの憔悴ぶりに気がかりでならないハリー達だが、彼は何度も瞼を擦りながら3人を玄関まで連れて行った。まだ成長途中の3人では、束になってもハグリッドに敵うわけもなかった。

 

「ハグリッド! 僕たちバックビークを見捨てられない!」

「ハリー、目ぇさまさんか! バックビークはもう助からねえ!! ダンブルドアも助けてくださったが、どうにもならねぇこともある! ここは大人しく引き下がるしかねぇ!!」

「でも、でも!」

「こうしてる間にも、あのブラックのクソ野郎がお前さんを狙ってると、なぜ分からないんだえ?! ダンブルドアや他の先生達は勿論、お前さんの友達皆んながお前さんを心配しちょる! その気持ちをこうも踏みにじることはあってはならねぇ!!」

 

そう言ってハグリッドは、強引に3人を外に出した。まだ納得できない3人はドアを強くノックして中に入ろうとするが、それは叶わなかった。

彼らの背後から、小声ながらも話し声が聞こえてきた。慌てて透明マントを被り直し、身を寄せ合って隠れる。しゃがんだままで正門目指してゆっくりと歩を進めると、ダンブルドア校長が見えた。しかし校長は隣にいる老人ー 恐らくコーネリアスーに訴えている様で、こちらには視線を向けもしなかった。彼らが老人で、歩くのがハリー達と同じくらい遅かったから、何とか3人は城に向かう芝生を登りはじめた。太陽は沈む速度を速め、空はうっすらと紫を帯びた透明な灰色に変わっていた。しかし、西の空はルビーのように紅く燃えている。

透明マントの裏から覗き込む様にして外界を見渡すと、ハグリッドが背中を丸めて来客を向かい入れている。しかし彼らは中には入ろうとはしなかったから、辛うじて声が断片的に聞こえてきた。

 

「……当に…念… ハグ……」

「ああ… ……」

「……コーネリ……わし…………」

 

ハグリッドの大きな腕が大袈裟に振り回されると、コーネリアスらしき人物が、目に見えて狼狽えていた。ダンブルドア校長の白髭は薄暗い今でも煌びやかに輝いているから、ここからでもはっきりと分かる。

そして数日前に見た黒髭の男の持つ斧もまた、周りの景色と同化するどころか逆に存在感を放つ様に、黒々とした刃を少年達の瞳に焼きつけてきた。

言葉もなく3人が固唾を呑んで見守る中、彼らの足元で草のたなびく音が聞こえてきた。直後素っ頓狂な声を上げたロンをハーマイオニーが小突くが、ロンは慌てたかの様に手で全身を弄っている。

 

「ちょっと何してるの、バレちゃうわ!」

「違うんだ、スキャバーズだよ! スキャバーズが戻ってきたんだ! 」

 

なる程見てみればロンの肩にはあの小鼠がちょこんと乗っかっている。しかしその姿はみるも無惨なほどに痩せかけており、愛くるしかった目は怯えているかの様に四方八方を向いているではないか。

落ち着きのないペットはそこら中を駆け回るものだから、ロンが透明マントの中で身体をくねらせ始めた。マントはそこそこの大きさはあるものの、中で暴れ回るのを許容できるほどのスペースは生憎持ち合わせてはいない。

焦るロンを無視するかのように、このペットは身を捩り主人に噛み付いて、まるでここから逃げようとしているかの様だ。

 

「スキャバーズ! 落ち着いてくれどうしたんだよ!」

「あ、ああ?!」

 

今度はハーマイオニーが声を上げた。ハリーとロンが視線を向けると、いつの間にやらハグリッド達の姿がない。しかしハグリッドの泣き叫ぶ声がここまではっきりと聞こえてくる。丁度小屋の裏手の方か。

そして一瞬の静寂が訪れた。まるで時が止まったかの様な、自分の息遣いさえも聞こえない様な静寂だ。永遠かと思われたその間はすぐに消え、微かに鈍い音が聞こえてくる。ハグリッドの野太い叫びが耳に入ってきた。

 

「ああ、やったのね。あの人達、本当にあの子を、やってしまったわ!!」

 

 

ハリーは透明マントがあって、心底良かったと思えた。泣き叫ぶハーマイオニーとスキャバーズをいつものポケットに捩じ込もうと努力するロンを、半ば強引に引っ張りながら正門まで連れてきた。まだ夕暮れだと思っていたが、いつの間にか日は完全に沈みきり、深い常闇が辺りを覆い隠している。ゆっくりと門を開けて、中に入ろうと木製の扉に手をかけた時だ。

 

「いたたた、何すんだよ、こいつ! 僕だよロンだって!」

 

スキャバーズがロンの指にかみつくと、反射的に透明マントから放り出してしまった。空中に投げ飛ばされたスキャバーズだが、ハリー達から少し離れた位置に着地した様だ。頭でその場に蹲るロンをあやそうとしたハーマイオニーが、あっと声を上げた。

 

「そんな、クルックシャンクス?!」

 

黄色い目をした彼女の飼い猫は、草むらに潜んでいたのかその顔だけをひょっこりと出している。か細い小鼠がその細い顔をあげて辺りを見渡した時、凶暴と化した猫もまた獲物を捕らえていた。

 

「やめて、クルックシャンクス!! お願いよ、私の声を聞いて!」

 

最早隠れる気もないのか、ハーマイオニーは大声を上げた。ハグリッドの小屋裏で何やら話し声が、断片的にハリーの耳に入ってくる。事は一刻を争う事態に陥ったことを分かったハリーは、慌てて透明マントを2人に被せて中に入ろうと試みた。

 

「うわ?!」

「きゃっ?!」

「何だ?!」

 

しかしそれは叶わない。透明マントを軽く空中にかけた時、何かがマントを掴んで奪い取ってしまった。哀れ蹲踞の姿勢の3人は、その姿を曝け出してしまう。

何が起こったのか分からない3人は、目の前で低いうめき声がしているのを、信じられない面持ちで見ていた。

 

「あ、あの犬… あの犬だ。僕が何度も見た…」

「し、死神だぁ?!」

「冗談でしょ! やめてよ、こんな時に!」

 

ハリーが零した呟きに、ロンは泣きそうな声で悲鳴を上げた。ハーマイオニーが信じられないと言った表情で被りを振るが、目の前には確かに黒い野犬が、銀色の下地に虹色の煌めきを放つ、聖なるマントを口に咥えている。

その犬の、薄灰色の目がハリーの双眸を捉えた時だ。

 

「離れろ、ケダモノ」

 

ハリーの頬に冷たい風がよぎったかと思えば、地面から砂煙が巻き上がった。一歩引いてこちらを睨みつける黒犬に、続け様に銀色の閃光が伸びてくる。

軽やかにそれを躱しながら、犬は透明マントを咥えて何処かへと駆け去っていった。言葉も出ない3人に、背後から声をかけるのは、聞き慣れた友人の声だ。

 

「勝手に動くの、やめてもらっていいか?」

「し、士堂!」

「た、助かった〜。僕死んじゃうかと思ったよ〜」

 

情けない声で泣き始めたロンだが、士堂は彼の肩に手を置くだけだ。彼の視線は、常闇に消えたあの黒犬に向けられている。

 

「3人は帰ってろ。俺はあの犬を追う」

「何言ってるの?! 君も早く帰ろう!」

「透明マントをどうするきだ。今ならまだ間に合う。早くルーピン先生か、マクゴナガル先生を呼べ」

「でも、」

「早く!!」

 

あまりの剣幕に、震えながら頷いた3人が、慌てて校内に逃げ込んだ。士堂はそれを確認すると、すぐさま強化魔術を展開する。いつの間にか手慣れてきたこの魔術の力を実感しながら、彼の身体は一直線に闇を切り裂いていった。

 

黒い野犬は、透明マントを被るなどとは考えてはいない様だ。お陰で常闇の中でも、獲物の姿ははっきりと分かる。士堂はこれが相手方の作戦だと感づいていたが、今はあえてその罠に飛び込む決断を下す。

敵は士堂が黒鍵を投擲しようとする度、透明マントを身代わりにするかの様に身体を捩ってくる。透明マントには透明化以外の効果が無いことを、知っているかの様子だ。その重要性と希少性故に傷をつけられない。思わず口の中で舌打ちを鳴らしていると、かの獲物は校庭を駆け抜けると、学校の名物の前にやってきた。

 

「暴れ柳…?」

 

黒犬は透明マントを口に咥えて、またこちらを睨みつけてきた。その薄灰色の目が何を語ろうとしているのか、士堂には全く掴みようがなかった。しかしその目には敵意というよりも、訴えかけるような切実な想いが、心に響いてきたように思える。

士堂の足が歩みを止めると、黒犬は暴れ柳の麓に走り始めた。思わず手を伸ばして静止しようとした士堂だが、そこで驚愕の事実を目にする。

 

「…止まったのか? でも… いやしかし確かに止まっている…」

 

暴れ柳の厄介な所は、近づく全てのものを薙ぎ払わんとする、大きな枝葉にある。ただでさえ長いリーチの枝に、大小の枝葉が根元まで連なっているのだ。それが大きさからは考えられない速度で振り回されるから溜まったものではない。規則性があるのかもしれないが、士堂でも一見で見抜くのは至難の業だった。

それをあの黒犬はスルスルと、まるで蛇のように枝を潜り抜けると、幹の根本にある瘤に触れた。するとそれまでの騒がしさが嘘のように、ただの大樹となって士堂の目の前で鎮座しているではないか。

 

何がなんだか、と言った感じだが、向こうは待ってはくれない。根本にいつの間にか出現した隙間に、黒犬はスルスルと滑り込んでいった。士堂も覚悟を決め、その後を追って隙間に身体を投げ入れた。

ウォータースライダーのように地下へと滑りながら、この感覚を一年おきに味わうかもしれないと、士堂は考えたくもない考えを持ってしまう。既視感のある感覚が終わると、やはり既視感のある、細長いトンネルのような空間にたどり着いた。

 

『ルーモス! 光よ!』

 

右手に杖を持ち、灯りを灯す。人1人分しかないような狭いトンネルを延々と進むと、急に上へと伸びる坂が出現する。迫り出した小石に脚をかけながらよじ登ると、それまでの土とは違う何処か温もりのある空気が士堂の顔になだれ込んできた。

上には部屋があった。その部屋が木で覆われていたから、何処か生温い空気になっていたのだ。しかしその床は木板が何層にも打ち付けられ、窓には✖︎の字状に板がかけられている。一応机や椅子といった家具は置いてあるものの、脚や手摺は悉く壊され、原型を留めていないものも辺りにいくつも転がっていた。

 

「ここが、有名な幽霊屋敷ね。訪れた人は最近どころか、暫くは居なさそうだな」

 

杖の灯りで周囲を見渡していると、右手のドアが開いていることに気がつく。注意深く周囲を見渡しながらその先へと進むと、更に上階へと上がる階段がある。埃だらけの床に、犬の足跡が規則正しく見えており、足跡は上階へと登っている様だ。

 

『ノックス。 消えよ』

 

杖の灯りを消し慎重に歩を進める。足跡は塞がれた窓から差し込む月明かりの中で、はっきりと見えた。一つだけ開いているドアの先に脚を踏み入れると、そこは寝室の様だ。

壮大な4本柱の天蓋ベッドに、クルックシャンクスが喉を鳴らしてくるまっている。士堂の存在に気がつくと、ゴロゴロと意味ありげに喉を鳴らして黄色い目を閉じてしまった。

 

「中々利口なようだな。ホグワーツ在籍時は、変身術がそこそこできたようじゃないか。それにあの術は魔法省への届け出が必要だけど、強制力がある訳じゃない」

 

士堂は辺りを見渡しながら、突然1人で喋り始めた。

 

「不思議だったのは、どうやって吸魂鬼の包囲網を潜り、ホグワーツの魔法の隙間をぬったか。確かに、人間相手では無敵とも言えなくもない守りだが、人間じゃなきゃいいってのは、コロンブスの卵的発想かもな」

 

士堂が窓を背中にして振り返ると、扉の裏側から、くぐもった笑い声が聞こえてきた。もぞもぞと影が蠢くと、扉が軋む音を立てながら、閉まっていく。

 

「しかしもしかして杖は必要なのか? その【動物もどき】には。生憎まだ正式に習わせてくれないんだ、マクゴナガル先生は」

「…くくく。相変わらずあの婆さんは手厳しいか。変わっていなくて結構、結構」

 

汚れきった髪がもじゃもじゃと肘まで垂れている。暗い落ち窪んだ眼窩の奥で目がギラギラしているのが見えなければ、まるで死体が立っているといってもいい。

血色の悪い皮膚が顔の骨にぴたりと貼りつき、まるで髑髏のようだ。ニヤリと笑うと黄色い歯がむき出しになった。シリウス・ブラックだ。

 

 




最終局面に突入。ここからやりたい事が始まり、オリジナル展開が増えていきますが、どうかお付き合いください。
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