「そうかそうか… 賢明な子に育ったな。年頃らしからぬ話し方は、ある人物を真似ている、のだろう」
彼がー いや彼と言っていいのかー シリウス・ブラックは不健康そのものと言った風体で、士堂と対面した。その格好から見て、今の士堂とやり合えるとはとても考えられない。
しかし士堂は、一瞬たりとも気が抜けなかった。彼の脚は爪楊枝のように細く弱々しい。腕は貧弱そのもので、胴体は言うも及ばずだ。だがその姿勢はまるで一本の鋼の棒か突き刺さっているかのように、毅然とした見事なものだ。肩幅よりやや広く取られたスタンス、均等に中央に配置された重心の置き方、脱力し切った腕は身体側面にだらりと垂れてはいるものの、爪の細かい動きから神経一本一本に気が配られているのが見て取れる。
つまりシリウス・ブラックは死に体ではあるものの、反撃の体勢は十二分に用意されているのだ。
「…見事。よくぞ気を抜かなかった。もしも一時ー そう瞬き一つでもしようものなら、容赦なく襲わせてもらうつもりだった」
「お褒めにあずかり、嬉しい限りだ」
士堂のこめかみ付近から、たらりと汗が滲んできた。それは彼の滴を弾くような肌を伝い、ローブへと染み込んでいく。
「…何が目的で此処に来た。愚問かもしれないがそれを聞こう」
「こっちが優位なんだよ。質問するのはこっちの方だ。透明マントは何処に隠した」
シリウスは問いかけに対し、脂肪と水分が抜け切った指をゆっくりと動かした。その先には丁寧に畳まられた透明マントが、椅子の上に置かれている。
「あそこにある。とって確認するか?」
「いや、いい。あのマントの価値は忘れちゃいないようだ」
士堂は杖を向けたまま、黒鍵を握る左手を動かす。一度甲を相手に見せるように動かしてから、再度元に戻した。カチャリと金属音が部屋に響くと、士堂の身体がバネのように動き出した。
『corvus volant quoque nihil mons sheng (鴉は飛び立ち、山々を超える)』
『主よ、この不浄を喰い改め給え!』
『鳥葬式典!』
黒鍵から放たれた無数の鴉が、ブラック目掛けて襲いかかる。しかし彼は微動だりもしないまま、その場で動かない。いよいよ鴉が黒い嘴を彼の身体に突き立てようとした時、ローブをさっと翳した。
すると鴉の身体がバタバタと地面に落ちた。その間は1秒もないだろう。ギラギラと強烈な意思を放つ瞳は、油断なく士堂を見つめていた。
『コンフリゴ! 爆発せよ!』
『sanna kika lux dies re sheng (聖なる光は輝き、日はまた昇る)』
『主よ、この不浄を清め給え!』
『火葬式典!』
追撃の黒鍵を2本投擲した士堂は、容赦なく畳みかけた。士堂は訓練の中で、同じ腕から放つ黒鍵の初速と軌道を、敢えてずらすことが出来る。
まず一本めの黒鍵がシリウスに到達するよりも前に、右手の杖で意図的に爆発呪文をかけた。黒鍵は瞬く間に砕け散り、さながら手榴弾のように衝撃を撒き散らす。その爆風と衝撃がシリウスを襲うや否や、時間差の2本めがその役割を果たす。
今度は黒鍵自体を使った魔術によって、更なる火の手を追加するのだ。炎の塊が、頼りないシリウスを覆い隠すかのように覆っていく。
「ほう… だが甘いな。実戦では常に2手先を読まなくてはならぬ」
『アクアメンディ・マキシマ。 来たれ、爆流よ』
いつの間にか握っていた杖を振り上げたシリウスの前に、大きな滝が出現する。それは彼の前で水の壁となって、凄まじいまでの爆風と火球を防ぎ通した。
2つの攻撃の接触面から忽ち蒸気が湧き出て、辺りを覆う。クルックシャンクスが毛を逆立ててベッドの下に隠れるのを、知るものはいない。
「分かってる。だからこれが3手先を行く、俺の手だ!!」
『ベントス! 風よ!』
だが士堂とて、想定していなかった訳ではない。杖から放たれた呪文は、突風を巻き起こした。それは恰も薪を燃やす風のように、いや山火事を燃え広がさせる春の嵐のように、爆風と火球の勢いを後押しした。
箪笥やクローゼット、小机が水壁に遮られた爆風で次々と木っ端微塵に吹き飛んでいく。
シリウスは水の壁越しに圧力を増す攻撃に、ニタリと黄色い歯を見せた。
『グレイシアス。 氷河となれ』
忽ち水の壁は冷気を放つ氷壁と化した。さしもの火球も、氷の壁は越えられない。爆風で氷壁は壊れはしたものの、シリウスの身体には傷一つついてはいなかった。
「素晴らしい。この歳でここまで手を考えるとはな。しかし敵が4の手を考えているとは、思いもやらなかったようだ」
「お前、どこにそんな気力がある? アズカバンで生気を抜き取られて、飯も碌に食っていないはずなのに…」
士堂は俄かに信じがたいと言った表情で、目の前の極悪人を見つめている。この男は、間違いなく瀕死だ。なのに自分の繰り出した攻撃は、彼にかすり傷一つとて与えられていない。
こんな事は士堂の短い人生といえども、経験のない出来事だ。
「何故か? 私にはやり残した事がある。これを成さなくては、私は死んでも死にきれん。その想いが、その恨みが、その憎しみが」
シリウスの両手がゆらりと天を向く。救世主かのような格好をとる彼の眼は、確かに正気を保っていた。
「私は命を燃やしているのだ。悪魔に魂を捧げようと、今日必ずやり遂げてみせる。私は今、どんな攻撃にも耐えて見せよう」
その時、ドアが強引に開かれた。
『『『エクスペリアームズ!!! 武器よ去れ!!!』』』
同時に3本のオレンジの閃光が迸り、ドアの前に立つシリウスの背中に直撃する。シリウスが持っていた杖が天井まで吹き飛ばされ、クルクルと回転しながら落ちてきた。
「士堂! 大丈夫?!」
「怪我はない?!」
「心配したよ! っおっとっと」
先ずハリーが真っ先に部屋に入り、次にロンが後を追ってきて最後にハーマイオニーが士堂に抱きつく。ハリーは地面に横たわるシリウスに杖を向け、ハーマイオニーは士堂の胸に顔を埋めたまま何も言わない。ロンは吹き飛ばされたシリウスの杖を両手で受け止めようとして、バランスを崩していた。
「士堂、これが?」
「ン、こいつだ」
「なぁ、何がどうなってるんだい? うわ、これミイラってやつじゃないよな。僕呪われたくないよ」
ハリーが息荒く、杖を何度もシリウスに突き立てる。ロンはシリウスの枯れ切った手脚をみて、酸っぱいものを食べたかのように顔を萎めていた。
「さっきルーピン先生を呼んだ。先生も後から追いかけてくれるって」
「何をしているんだ、先生は」
「さぁ、他の応援を呼ぶつもりなのかな?」
ハリーが士堂の横に立つと、士堂はハーマイオニーを引き剥がした。それから、今伝えておくべき事を、出来るだけ彼なりに話し始める。
「シリウスは
つまり動物、犬には興味ないんだよ。だからアズカバンを脱獄できた。魔法省は動物もどきとは知らないから、そこら辺を対策しなかったんだな。犬なら小さい影にも潜めやすいし、ホグワーツの中を自由に行き来できる」
ハーマイオニーを身体から離して、士堂は今分かりきっている事をハリー達に伝えた。ハリーは表情を動かさずに聞いていたが、ロンとハーマイオニーは衝撃を受けているようだ。
「嘘でしょ?! 動物もどきは凄く危険なのよ?! 中途半端な魔法だと、一生そのままかもしれないのに!」
「それにコイツ、十何年もそれを隠していたのか? 頭おかしいよ」
4人は各々の思いで、頭が一杯だったようだ。だからこそ、次の展開には全く反応出来なかった。
『エクスペリアームズ! 武器よ去れ!』
ドアの奥から飛んできた呪文は、瞬く間にロンとハーマイオニーとシリウスの杖を奪い去った。士堂とハリーが視線を動かした時、横たわっていたシリウスが、素早く起き上がって彼らの前に再び立ち上がってきていたのだ。
「えっ、あっ、」
「そんな、どうして?」
「杖を下ろしてくれ、ハリー。士堂。手荒な真似はしたくない」
暗闇から来たのは、見たことのない険しい顔つきの、ルーピン先生だった。
ルーピン先生は杖を向けたまま、静かにシリウスの横に立った。奪い返した杖を受け取りつつ横を見た極悪人は、ニタリと大仰な笑みを浮かべる。
「リーマス、何だその格好は。私とさして変わらないじゃないか」
「あの頃と同じ、服装に拘りが無いだけだ。君とは違う」
「そうか、どうして此処に来た」
「あいつの名前を、忍びの地図でハッキリと見たんだ」
「ほう、まだホグワーツにあるのか。てっきりあの用務員が燃やしたかと… 傷はついちゃいないだろうな」
「勿論、僕たちの後輩が、懇切丁寧に有効活用してくれた」
ルーピン先生は士堂達に杖を向けつつ、辺りを注意深く観察していた。しかしシリウスのそれが危険察知だとすれば、先生は何かを探すかのように、壊れた箪笥や机の上を忙しなく見ている。
「あいつは何処だ?」
「あいつはもう既に捕らえている。用が済めば、引っ張り出すつもりだ」
ハーマイオニーはロンと手を取り合いながら、泣き顔でその場でしゃがみ込んでしまった。ロンが側から見ても分かるほどに身体を震わせつつ、彼女を胸に抱くようにして、何とか2人に相対そうとしている。
「せ、先生は何を言ってるの?」
「やはりあいつだったのか。僕達は、追うべきモノを見誤っていたのか?」
「そうだ」
「僕はー長年君を裏切ってきた。そんな僕でも、許してはくれるかい、友よ」
「何故赦さないのだ。私も落ち度がー いや私にしかないかもしれない。あの地獄の牢獄にいた時から、君の友情を疑ったことなどない」
「わ、わ、私!! 私、私」
ルーピン先生とシリウスは、そこでお互いに肩を抱き合ったまるで数年来のー 実際はそうなのだがー 劇的な親友の再会そのものだ。
2人の仲睦まじげな光景を見たハーマイオニーは、その場から立ち上がれずにいた。勢いよく泣き出した彼女は、大粒の涙を嵩んだ床に零している。
「先生、しんじ、信じたの!! 先生だけは違うって、なのに!!」
「ハーマイオニー、説明させて欲しい。君を裏切る気は無かった」
「おい何のことだよ、さっきからハーマイオニーにしろルーピンにしろ、どうかしちゃったのかよ?!」
混乱したロンが説明を求めると、ルーピン先生は躊躇いがちに口を閉ざしてしまった。そんな彼を見ぬまま、ハーマイオニーはロンのローブに顔を埋めながら口を開く。
「先生は… ルーピン先生は…先生は、狼人間よ!!」
「えっ? せ、先生、本当ですか?!」
ハリーは杖をシリウスではなく、ルーピン先生に向き直した。その目にははっきりと、怒りと当惑の色が滲んでおり、持ち手は痙攣するかのように忙しない。
「…本当だ」
「先生は、先生は僕達の味方だと思った。ブラックとは縁を切って、ダンブルドアの為に働いてるって!」
「きっとブラックを手引きしたのも、先生よ!あわよくばあなたを殺す気だったの!」
「…聡明な君らしからぬ正答率だ。信じてもらえないだろうが、私はシリウスとはつい数時間前まで友人では無かった。ハリーの事も本気で守ろうとしていた。これは今もだよ。
だが、私は… そうだな、私は狼人間だ」
それを聞いた途端、ロンから息を呑み込む声が聞こえてきた。ハリーは驚愕の表情を顔全体に浮かべるが、士堂は顔色一つ変える事なく、シリウスを睨みつけていた。
「まだ君が私を先生と呼んでくれるなら、理由を聞かせてくれハーマイオニー。何故そう思った?」
「…スネイプ先生の臨時課題を解いた時。ハリーのクディッチの試合の時いなかったし、それに最初の」
「まね妖怪。一瞬ひやりとしたのは確かだ。それでも生徒達は、私の正体を気づかなかったし、知ろうともしなかった。スネイプ先生の目論見は確かだったな」
「スネイプ先生? 何を言ってるリーマス」
「彼は魔法薬学の教授で、僕は闇の魔術に対する防衛術の教授。今や同期ではなく、先輩後輩の立場だよ」
それを聞いたシリウスは、忌々しいとばかりに舌打ちをした。その顔に満ちた嫌悪感の凄まじさに、士堂達は何故か既視感を覚える。
シリウスの悪態に苦笑いすると、ルーピン先生は士堂達の目をしっかり1人1人、射抜くように見てきた。
「君達には話しておきたい。私の過去を。そして信じてほしい」
そう言ってルーピン先生は、奪い取ったロンとハーマイオニーの杖を持ち主に投げ渡すと、自分の杖を床に落とした。そして両手を広げて、降参のポーズを取ったのだ。
「呆れた。正気ですか?」
士堂は信じられなかった。ルーピン先生が狼人間だという事ではなく、彼らの学生時代について。士堂とて褒められた学生では無いかもしれないが、彼らのやった事は悪戯ではなく立派な犯罪である。何なら魔法省に届け出れば、相当の審査を何個も受けられるだろう。
「返す言葉もない。あの頃は自分達の才能に酔っていた。誰にも出来ないことを平然とやってのける、そんな英雄的発想に呑み込まれたんだ」
「リーマス、さっさと蹴りをつけるぞ!! 無駄話は後にしろ!」
「スネイプ先生のハリー嫌いはその事が原因なのですね。いじめっ子の子供だから」
「あいつはどうでも良い。裏に隠れてコソコソ闇の魔術を使っていたのだから、あのぐらい誰かがやってたさ」
悪びれもなくいいのけたシリウスは、可笑しくて堪らないと言った具合に戯けてみせる。士堂含め、彼の性格というものについて若干の不安を抱えたのも無理はない。
「言っただろう、ポッター。所詮貴様の父親は勇者的とは言えない、傲慢なだけだと」
その時、ゆらりと空気が震え、痺れるような感覚が一同を襲った。全員が振り向くと、スネイプ先生が杖を構えて部屋にやってきているではないか。この事はルーピン先生も予想していなかったらしく、目を限界まで見開いていた。
「す、スネイプ先生。いつからここに…」
「ルーピン。君が脱狼薬を飲み忘れていたようだから、吾輩は
そう言ってスネイプ先生は真っ黒なローブから、『忍びの地図』を取り出して見せた。
「摩訶不思議だった。そこにはホグワーツを生きる人の動きが、手にとるように分かるではないか。そして地図で吾輩の気を引いたのは、普段誰も寄り付かないあの暴れ柳の近くに、ポッター一味と君がいた事だ」
そしてスネイプ先生は、直前のシリウスと似た、嘲るような笑みをしてみせた。しかし元々灰色に近い肌が、月明かりでより一層不気味さを増し、その表情はさながらピエロが無理に笑っているかのように不気味だ。
「しかも屋敷には、あのシリウス・ブラックがいる。現行犯で重罪人を捕らえる事が出来ようとは、夢にも思わなかった」
「セブルス、聞いてくれ。ブラックは、シリウスは無罪なんだ」
「聞いたか、ポッター、ミスター・アベ! 此奴はこの極悪人を庇うのだ。校長にあれほど忠告したにも関わらず、あの方は頑として私の意見を拝聴してくださらなかった。
ああ、天は私を見捨てなかった。今宵、吾輩の正義が証明されるのだ」
目が爛々と輝くスネイプ先生は、どう考えても異常だった。正気ではなく、杖からは線香花火のような火花が、時折チラついている。恐らく、自分の魔力が杖に流れ込んでいるのだろう。
「ふん、変わらんな。その陰気くさい顔も、妙に物々しい話し方。使う魔法も不気味とあれば、嫌われるのは当然だ」
「喋るな犯罪者。これ以上妙な真似をすれば、アズカバンに直ぐにでも送りつけてやる」
「セブルス、頼む。この通りだ、お願いだから話を聞いてくれ」
そういうとルーピン先生は、スネイプ先生に縋るように抱きつき懇願を始めた。そこまで必死なルーピン先生は、想像すらした事が無い。それは古い付き合いのスネイプ先生とて、同じだろう。
「…妙な真似はよせ、ルーピン。言い訳は校長の前で聞こう」
「頼む、今日だけ。今日だけでいいから私を信じてくれ…」
「しつこいぞ…」
縋るルーピン先生を払い除けようと躍起になるスネイプ先生だが、以外にも抵抗が激しく中々上手くいかない。始末に手こずっている時、我慢できないようなシリウスがそっとその場を動こうとするが、すかさず士堂が杖を向けて威嚇する。
「時間がないのだ… もう我慢出来ん。ここで奴を始末する。止めてくれるな」
「さっきから奴とは誰の事を言っている? ここには俺達含めて7人しかいないじゃないか」
「…違う…!!
ルーピン先生は叫ぶと、顔馴染みが手に握りしめた忍びの地図を指さした。
「頼むセブルス。一度でいい、その地図を確かめてくれ」
「何を迷いごとを。気でも狂ったか?」
「もう時間がないんだ、リーマス!!」
「ハリー達には知る権利がある!! いいか、僕の為に動物もどきを習得したのはジェームズとシリウスだけじゃない!! そいつは習得には手こずったが、成功したんだ!!
その瞬間、能面のようなスネイプ先生の表情に変化が見られた。しかしそれは軽蔑だ。
「馬鹿な戯言を」
「いいや、嘘じゃない。僕がここに来たのはハリー達が助けを呼んだからだけじゃない。あいつの名前を見つけたからだ…!!」
「ピーター・ペティグリュー。そいつが僕達友を裏切った、張本人だ」
「何故それを信じなくてはならん。吾輩の記憶ではあんなウスノロ、スパイにすらならないとあるが」
「それについては私が言わなくてはならない」
降参とばかりにその場にしゃがみ込んだシリウスが、深々と溜息をつく。そのまま地面に視線を落としたまま、独白を始めた。
「…奴は… 情報を持っていた。これ以上ない、格別なものだ。それがあるから、奴は生き延びられた」
「喋るな、ブラック」
「奴は… すまないハリー、士堂。これからいう事は君達に取って、何の言い訳にもならないものだ」
スネイプ先生は、杖をシリウスに向けていた。その目には爛々とした輝きが依然としてあるが、その頬は土色の肌とは対照的な、赤みがかった紅潮が見てとれた。
「…あの時。ジェームズ達が狙われていると知った私達は、ポッター家を隠すことに決めた。そして考えられる最善の防護魔法をかけたんだ。
秘密の守人をー」
「そうだ、あなたがその守人だった! あなたが裏切らなければ、僕の両親は死ななかった!!」
「黙れポッター! 静まらんか!!!」
「…私は狙われている。それは良かった。ジェームズから頼まれた時から覚悟はできていたから。しかし、ある時ふと思った。皆が狙わない人物を守人にすれば、二重の策となると」
スネイプ先生はシリウスの棒切れのような身体を強引に起こし、彼の喉元に杖を突き立てた。杖から火花が散り、彼の皮膚に軽い火傷が生じる。
「何をいうつもりだ、愚か者…」
「誰もが見向きもしない。それでいて逃げ足は素早い。奴は適任だと思った。私は愚かにも、その事をジェームズ達に伝えた。
2人は心配していたが、私は大丈夫だと言って強引に言いくるめたんだ。私はそう、学生時代と同じく酔っていたんだ…」
「ま、まさか貴様!!」
目と鼻の距離に顔を近づけたスネイプ先生が、喉から絞り出すように声を出した。
「…冗談にしろ、言い訳にしろクオリティが低すぎるぞ」
「本当だ。私は奴を、ペティグリューを守人にしたんだ。その後は…」
「冗談をぬかしおって!!」
「嘘だと思うなら、本人に聞けばいい!! 奴はここにいるのだから!!」
「何を?!」
「セブルス・スネイプ。地図を見れば分かる。地図にははっきりと名前があるはずだ、ピーター・ペティグリューとな」
スネイプ先生はシリウスを手放すと、2、3歩フラフラとその場を歩いた。信じられないと言った視線を、ルーピン先生に向ける。何度もルーピン先生を向ける視線が不安定だったのは、彼の心境を表しているのだろう。先生もまたスネイプ先生と似たような、しかし何処か悲しげな面持ちでゆっくりと首を縦に振った。
それを受けたスネイプ先生はゆっくりと羊皮紙を覗き込むと、細い目をギロギロと動かし始めた。そして深々と溜息をつくと、羊皮紙が破れそうになるほど、手に力を込めていた。顔を地面に伏せたまま、シリウスを見向きもせずに、彼は問いただす。
「…奴は何処だ」
「そこに縛り付けてある」
苛立ちと怒りを隠さないシリウスが杖で空中に小さく円を描くと、ベッドの下から何かが飛び出てきた。皆が密集する部屋の入り口付近、丁度窓の近くに転がり落ちた。それは紐で何重にも縛られた、スキャバーズだった。
「す、スキャバーズ? えっ、何がどうなってるの?」
「あいつはネズミに変身出来た。ロン、スキャバーズとやらは指が最初から無かったのかな」
「うん。何かの事故で切り落としてしまったんだろうってパパが…」
「奴は逃げる直前、指を切り落としたんだ。ハリー達も知っているだろ。逃走現場には、奴の指しか残っていなかった」
それまで口を挟む事すら出来なかったロンが、恐る恐る口を開いた。しかしそれは士堂達も同じで、事態の急展開についていけていないのだ。しかし子供たちを他所に薬学教授は、魂がこもっているとは思えないほど暗色の瞳をぎょろつかせると、シリウスをにらみつける。
「…何故奴と知れた」
「査察にきた魔法省大臣が、私に新聞を寄越した。なんとなしにちらりと見たよ。いつもはその程度の気力しか湧いてこなかった。だが
そこに載っていた写真…見間違えるものか、何十回も見てきた。奴だとはっきり分かった。飼い主がホグワーツにいると知って、丁度ハリーが入学している頃だと思い出した。
信じられないかもしれないが、ハリーの身を守る為に、ここに来たんだ」
そこまで聞いたスネイプ先生は、杖を今度はスキャバーズに向けた。そして迷いなく杖を振り上げると、青い光を放った。光は一直線にスキャバーズに向かい、小さい身体を空中に放り投げた。
ロンの悲鳴が聞こえたと同時に、ネズミの身体がもんどりかえり始めた。
木が育つのを早送りで見ているようだった。頭が床からシュッと上に伸び、手足が生え、次の瞬間、スキャバーズがいたところに、一人の男が、手を捩り、後ずさりしながら立っていた。クルックシャンクスがベッドで背中の毛を逆立て、シャーッ、シャーッと激しい音を出し、唸った。
小柄な男だ。ハリーやハーマイオニーの背丈とあまり変わらない。まばらな色あせた髪はくしゃくしゃで、てっぺんに大きな禿げがあった。太った男が急激に体重を失って、萎びた感じだ。
皮膚はまるでスキャバーズの体毛と同じように薄汚れ、尖った鼻や、ことさら小さい潤んだ目には、何となくネズミ臭さが漂っている。男はハァハァと浅く、速い息遣いで、周りの全員を見回した。
「や、やぁ…… 嬉しいな……リーマス……シリウス…ぁぁ…セブルスも……」
「見た目よりは元気そうだな、ピーター」
「会いたかった」
小男は身体を縮こませながら、3人の顔見知りに合図を送った。しかし3人はピクリとも反応せず、彼を睨みつけている。その視線は皆一様に憤怒の焔に燃えており、特にスネイプ先生の杖からは火花どころか炎が巻き起こりそうだ。
「…ほうほう。では嘘ではなかったと見える。これはこれは面白い。聞きたいことが山ほどあるぞ、ピーター」
「な、何を…僕は何もない…」
「何もない? そうか無実だと言うなら、吾輩の質問には全て正直に答えられる筈だ」
そういうとスネイプ先生は、ピーターが寄りかかる壁の横と、彼の真正面の床を砕いた。瞬きする間の出来事だった為、ルーピン先生すら反応できていない。完全な脅しだと体感したピーターの顔が横に倒れ始め、彼は醜く伸びた爪を噛み始めた。
「では最初に。奴が、シリウス・ブラックが言ったことは本当なのか」
「ぼ、ぼ、僕僕にはな、何のことやら… 知らない…知らない…」
「吾輩の目を見て言え」
「セブルス…助けてくれ…頼む…昔の同級生」
「答えろ!!」
「ひぃっ?!」
生徒を問い詰める時ですら見た事のない気迫に、ねずみ男はすっかり心が折れたようだ。あからさまに挙動不審な動きが増え、手足はそこら中を蹴るのかもがいているのか、不自然な動きを止められないようだし、益々その小さい身体を縮こませていた。
しかしハリーも士堂も、ペティグリューの視線が窓やドアに何度も向けられるのに気がつく。試しに士堂がゆっくりとドアに移動すれば、彼はあからさまに動揺して、あらぬ方向を見るではないか。
「私に嘘をつけば、どのような結末を迎えるか想像できるか」
「ぁ、ぁ、い」
「先ずはゆっくりとお前のその醜い爪をへし折ってやる。何簡単だ、その手足に【逆巻きの呪文】をかければいいのだ。
そして後は絵本が如く、その矮小な身体を押し潰してやる」
先程の脅しを考えれば、スネイプ先生は本気なのは明白だ。それを心底実感したのか、か細い声が件の人物の口から聞こえて来る。
「ぼ、僕はただ聞かれただけだ」
「何と?」
「う、裏切ったんじゃない。た、だ、ただあ、あの人にその、おど。おど、脅されて」
最後の一言が口から漏れた時、シリウスがスネイプ先生を押し除け、ペティグリューの身体を壁に押し付けた。それまで渋々と言った感じながら、スネイプ先生に任せてはいた彼だが、彼の許容範囲を超えた、何かがあったのだ。
「その口から何をほざくかと思えば……」
「やめて、やめてくれぇ… お願いだ、お願い…」
「ここに誰がいるか分かっているのか? ここにはあの子たちの子供がいるのだ!!」
シリウスの手がペティグリューの襟にのび、服で首を絞めるような格好になっている。押しのけられたスネイプ先生は、心底不快そうな顔つきで、シリウスの首根っこを掴んだ。
「どけ、犯罪者が。これは吾輩の責務だ」
「いや駄目だ。セブルスお前はともかく、こいつは何も分かっちゃいない。自分が何をしでかしたのか、まるっきりわかっていないのだ。それは私が教えなくてはならない」
「覚えていないとは言わせない。あの日、
「士厳と桃も、あの日死んだ! 貴様が、あんな奴に口を割ったお陰でな!!」
シリウス登場。大きな予定が片付き、話のストックができました。この夏で3章は終わらせられそうです。
今作(特に今回)のシリウスですが、他作品原作含めかなり呪文を使えます。これにも理由がありますが、それは後程。