ハリーポッターと代行者   作:岸辺吉影

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2つの再会

学期末の試験結果は、4人とも概ね良好だった。少なくとも落第といった科目はなかったからだ。その点で言えば魔法薬学が合格した事にハリーは驚いていた。

今回の事件は、スネイプ先生の中の憎しみをより一層強く根深いものに変えたらしい。試験以後の数回の講義中、彼はハリーに向かって無言で何か呟きながら曲がりくねった指を何度も折り曲げていた。まるで今すぐにでも首を絞め上げて真横にへし折りたいと言わんばかりだ。ハリーはスネイプ先生から呪いがかけられていないか不安で、クリスマスに贈られた安倍のお守りを講義中ずっと握りしめなくては、落ち着かなかった。

 

学校中でブラック事件が大騒ぎになったのは言うまでもない。皆思い思いに考えを大声で騒ぎ立てるが、真実に近づけたものはいなかったはずだ。あの日の出来事はハリー達4人以外、当事者はいないのだから。

だがグリフィンドール寮には重い空気が漂っている。全員が慕うルーピン先生の退職が原因だった。先生の正体でとやかく言う人はいないものの、初めてまともな講義を受けられた喜びがこんなにも早く消え去るとは、夢にも思わなかったのだろう。少なくとも先生のいない闇の魔術に対する防衛術の講義は、あの楽しかった雰囲気が嘘のように湿っていた。

他にはマルフォイがハグリッドがシリウスやらバックビークやらを逃したと信じて怒り狂い、パーシーが恋人のペネロピーに魔法省への提言とやらを熱弁しているぐらいだった。

 

しかしながら終わりはごく平凡に迎えられた。久しぶりのクディッチ優勝も相まって今度は正々堂々とグリフィンドールが優勝できたからだ。これで3年連続の栄冠だ。恒例といってもいいぐらいには馴染んできたどんちゃん騒ぎを、ハリーや士堂達は存分に楽しみ尽くした。

 

そんな日々は矢の如く過ぎ去り、帰省の時期を迎える。日に日に憂鬱な面持ちになるハリーを慰めがら、帰りのホグワーツ特急に乗り込んだ。ホグワーツ特急には既に吸魂鬼が居ないにも関わらず、大量のチョコレート菓子が積まれていた。皆次々にチョコレート菓子を購入していくところを見ると、よっぽどトラウマになったらしい。ルーピン先生の試験で大量の吸魂鬼が見られたというのも無理はなかった。

しかし士堂達は嫌と言うほど食べたから、丁寧にチョコレート菓子を除外してランチに勤しみながら会話を楽しんでいた。

 

「信じられるか? あのデルポイだぞ。紀元前まで遡る歴史が、今やあれか?」

「しょうがないわ。私達が期待しすぎているだけかも。偶々同じ場所に住んでいただけかも知れないし」

「そうだと願おう。あまりに馬鹿げている」

「うーん、うーん… あれ、違うか… うーんダメだ。やっぱり聞いたことないや。パパやママは知っているのかなぁ。そのデタパイって言う…えっと…」

「デルポイの巫女。ちょっとぐらい単語を覚えなさいな、お願いよ」

「ねぇ、士堂。それって学校で習うことかな、僕神話とか何も知らないから」

「うーん、ギリシャ神話で有名な巫女だからな。幼児向けの絵本とかには載ってないだろうし、知るとしたら神話の読み聞かせとかかな。後は高学年になったら図書館で読むことはあるだろうけど… 僕の知るハリーの従兄弟がギリシャ神話を読み聞かされているとは、到底思えない」

 

トレローニ先生が以前住んでいた土地ー デルポイは古代ギリシャにてアポロン神の神託が執り行われた聖域である。デルポイの巫女による神託は国策の決定にまで影響を及ぼした、特別なものだ。ギリシャ神話にも言及されるこの神託だが、祈祷の際焚かれた薬草に大麻が含まれていたとされ、巫女達は陶酔状態で神託を受けていたと言う説がある。

トレローニ先生が見せた本物の予言は、この陶酔状態が何らかの引き金で偶発的に脳内で再現され、行われるのだろう。ダンブルドア校長は2回と言っていたが、最初の1回を見た時に本物だと確信できたのは、稀代の天才魔法使いの頭に、予言に関する知識が備わっていたからなのか。魔術師の世界でもそうした突然の憑依と考えられる状態で予言を行う巫女はいることはいる。だが聖堂教会が発表する数多の報告書の中に、そうした報告例は少ない。曰く聖堂教会は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、らしい。

 

士堂はハリーの説明を聞いて、ハーマイオニーはデルポイという単語からトレローニ先生の出自を導き出して驚いた訳だが、ハリーとロンは説明を受ける今の今まで要点を掴めていなかった。幼少期から特殊な生活を送ってきた士堂はともかく、ハーマイオニーの豊富な知識に裏付けされた勘の良さには少々恐れをなし始めている2人だ。

それでも4人のトレローニ先生に対する印象は変わりなかった。数千年の歴史も今や…と言った具合だ。知識の継承の難しさの実例として、士堂達の教訓として今後も関わるかもしれない。

ハグリッドが帰りの飲み水として渡してくれたノンアルコールシードルを喉に流し込むと、ハーマイオニーがふっと息をついた。何か大事な話があるようだ。

 

「私マグル学を来年は辞めにするわ。逆転時計は私には荷が重すぎたのね」

「それがいいさ。あんな代物平気で使う方がおかしい」

「大体僕たちに教えてくれたっていいじゃないか。士堂がいうには僕たちに言ったところで大した影響はなかったかもしれないんだろう?」

「私はマクゴナガル先生と約束したの。誰にも言わないんだから、いうはずないでしょ」

「ケチくさいな。そんなんだと話電はハリーと士堂のところにしかしてやらないぞ」

「電話よ。マグル学が必要なのはあなたの方よ。そう思わない?士堂」

「うん? まぁそうだな」

「聞いてたその返事? ちょっと私も食べたかったのよ、クランベリーケーキ。どうして全部食べちゃうのよ」

「さっき食べてたじゃないか」

「何よ、文句ある?」

「「ありません」」

 

シャキシャキのレタスとトマト、脂の乗り切ったベーコンが挟んであるBLTサンドイッチ―あと数時間で食べられなくなる手の込んだ料理だ―を頬張りながら、駄弁を貪っている友人をぼんやり見ていたハリーはコツコツと聞こえてくる音に気がつく。最初は気の所為かと思ったが、何回も続くものだから何気なく注意を向けてみた。

見れば窓の外で小さなフクロウが、懸命に列車に食らい付いていた。ホグワーツ特急の鋼鉄の身体が生み出す気流に飲み込まれながらも、ハリー達のコパートメントの窓をひっついている。慌ててハリーが窓を開けて腕を伸ばすと、その手に綿菓子のような感触が伝わってきた。

 

窓から腕を引っこ抜くと、小さいフクロウは一通の手紙をハリーの手元に落とした。4人は心当たりのないフクロウ便に顔を見合わせるが、答えは勿論出てこない。手紙には差出人の名前が入っていたが、ハリーは事件のこともあって本物かどうか判断しかねていた。士堂が宛名を確認し、封筒の裏表に目を通すと、ハリーに手渡してきた。

 

「開けても問題ないと思う。大丈夫だろうけど、用心は大事だから」

 

士堂が懐に手を差し入れながらハリーを促すと、ハリーはゆっくりと便を切った。コパートメントの中ではハリーに手紙を届けることができた事が嬉しいのか、フクロウがけたたましい鳴き声ではしゃぎ回っている。

 

 

手紙はシリウス・ブラックからだった。今回の経緯の説明と現状報告がハリー宛に綴られている。

 

「怖いもんだね。10数年分の復讐心があれほどまでに、人間に活力を与えるとは」

 

シリウスはペティグリューの存在を知ってから、ずっと静かに復讐の時を待っていた。そして彼を殺そうと決めた確固たる決意は、彼の肉体に宿る最期の燃料を激らせたようだ。士堂相手に不釣り合いなほど呪文を連発できたのも、全てペティグリュー殺害の執念が成し遂げたものだったのだ。それがハリーと運良く和解できた途端、安心したのか一気に活力が消え失せたらしい。吸魂鬼に囲まれた時は、最早照明呪文すら唱えられないほど魔力が枯渇していたと、手紙には記されている。

 

「あなたも危なかったわね。そんな人と対決したなんて」

「まぁいい経験だと思うさ」

「君の事も書いてあるよ」

 

ハーマイオニーがブルっと身体を震わせていると、ハリーが手紙を士堂に渡してきた。不安定な、土や凸凹の石の上で書いたかのように読みにくい文字が書き綴られた手紙は洞窟のような場所で手紙が綴られた事を示唆しており、シリウスが相当人の目を気にしている事の証拠だろう。士堂は所々歪んでいる文体に目を通し、お目当ての箇所を見つける。

 

[……これを恐らく士堂も読む事だろう。そうでなかったらハリー、是非彼に渡して欲しい。

さて士堂、君には謝らなくてはいけないな。あの時は状況が状況だった事を理解して欲しいのだ。私はリーマスのように教師ではないから、説明など考えてもいなかった。許してくれ。

思い返せば君の家族、特にご両親には、何度助けられたか。私達は同世代という事もあってあの短く狭い時の中でも、良い関係を築いていた。平和になったら普通に交流できると信じていたが、それももう夢の話だ。それでもハリーや士堂の顔を見た時、真っ先に君たちの親の顔が思い浮かんだよ。

君には何もしてやらないが、遠くから見守っているとだけ伝えよう]

ハリーが手紙が入っていた封筒から、何かを見つけ出した。それを目にしたハリーは、無言で士堂に渡してくる。渡された一枚の小さな紙を、ロンとハーマイオニーと一緒に覗き込む。

 

[君は知らなかったと思うが、私はフギンとも親しくさせて貰った。彼は優秀だ、見知らぬ私の話を聞いてから判断を下してくれたよ。ペティグリューの捜索も時間を見つけてやってくれたというが、成果は無しだ。そんな優秀な鴉に頼んで、主のいないブラック家の隠し場所から探し出して貰った。これは私があの思い出したくないような暗い日々の中で、皆に黙って取った隠し撮りの中の一枚だ。つまり平和になった時に話の種になると思って撮ったんだが、今は私の持つ2人との数少ない繋がりとなった。

これは士堂、君に託そう。きっと君に預けるべきだろうし、ご両親もそう願うはずだから]

 

紙切れは魔法界のカメラで撮られた写真だった。何やら和やかに話し合う2人の男女ー 士堂は見たことがなかったー が写っている。男の方はかなり痩せ型で線が細く、小柄なように見える。細縁の眼鏡をかけた姿は、言われなくては何処かの学者か文芸者と答えるに違いない。女性の方はというと、小柄な男性より幾分か体つきはいいものの、やはり小柄な部類に入るだろう。髪をお団子状に頭頂部で纏めているのが分かる。その笑顔は正しく天真爛漫を絵に描いたような、明るいの一言そのものだ。

2人の目尻や顎を注意してみると、士堂との共通点が多く見受けられる。特に若干切長な眼は男性に、その奥に眠るつぶらな瞳は女性に瓜二つだ。

 

「ー父さん、母さんー」

 

士堂がぽつりと呟くと、2人はこちらを向いて笑っていた。女性が手をヒラヒラと動かし、男性はちらりと視線を向けるだけだ。それだけでも、士堂にとってこれが初めての両親との邂逅だった。彼の頭上の棚に置かれた籠では、フギンが頭を鉤爪で掻きむしりながら、小さく声を上げていた。

 

 

コパートメントには、しまった空気が包み込まれていた。皆目頭にうっすら涙を浮かべており、言葉を発するものは1人もいない。列車の車輪音が殊更大きく聞こえる中、その中心にいた士堂が被りを振る。

 

「…大丈夫、大丈夫。もう大丈夫だから、な?」

「…そうだね。せっかくの帰りだし」

「そうだな、明るく楽しくしなきゃ勿体無い!こうパーとなるものやろう! 双子の奴らから貰った爆発スナップはまだ残っているかな?」

 

その後は一気に空気が変わった。爆発スナップは文字通り湿った空気を吹き飛ばし、コパートメントには嘘のように笑い声が響き渡る。ロンの髪が爆発で霞んだ色になってしまい、口から煙を吐くロンを指差して爆笑していた時だ。

 

「ちぇ、何だいまったく僕ばっかり… そうだ、ハリーも士堂も次のワールドカップ見にくるだろう?」

「ワールドカップ? 君達()()()()なんか見たか?」

「んん? (カサ)が何だって?? 僕が言っているのはクディッチのワールドカップだよ! 世界中からクディッチのプロチームが集まるクディッチ最大の祭典だ!!

パパが魔法省のつてで毎回チケットを貰ってくるんだ。今回は余分にお願いしておくから、君達もおいでよ!」

 

煤だらけの顔が興奮で赤くなり、まるで焼き林檎のようだ。そんなロンの提案に無論士堂とハーマイオニーは反対するはずもなかったが、問題はハリーだ。その事が嫌でも分かっているハリーだが、今回は少しばかり雲行きが違っていた。

 

「説得してみる。おじさん達は僕が家から出てくれるなら、何だって喜ぶだろうし。見に行けると思う」

「よーし、じゃぁパパとフレッド達と相談するよ。君のお出迎えの方法、考えておくね!」

「それじゃあ、またハリーが迷惑しちゃうわ。もっとマシな人に相談なさいな」

 

呆れたように言うハーマイオニーに、ロンが心外だと反論する。やいややいやと討論を始めた2人を、ハリーと士堂は参戦する事なく傍観していた。

ふと2人の視線が交わる。彼らは言葉を発さずに、アイコンタクトだけでお互いの心情を読み、伝え合った。その時交わされた意思をここで書くのは無粋だろう。2人の少年は思いを口にする事なく、愉快な友人達の喧騒に参加するだけだった。

 

 

闇夜など関係ない、とても暗い森だった。高く細長い木が生い茂っており、木の皮はささくれだっているようにざらついている。葉の形が細長い事から、針葉樹林だろうか。だがこの森は、動物の鳴き声はおろか虫の囀りすら聞こえてこない。不気味なまでの、完璧たる静寂の2文字が王のように君臨している。

そんな森の地面を、枯れた草木を掻き分けなかがら何かが這いずり回っていた。断続的に聞こえてくる擦れた音は、焦っているかのように不規則かつ乱れている。時折見える茶色い影は実にすばしっこく動いていた。

 

やがて森の中心部に近い場所で、1つの陰が引き返すように反転した。来た時よりも早い動きで消え失せる陰を、茶色い陰は追おうともしなかった。茶色い陰は暫くその場に留まり、時は平然と過ぎ去っていく。

数時間はたっただろうか、茶色い陰は草木が生えていない場所にのそりと動いてきた。よく見ればそれは鼠である。茶色い毛の鼠が、辺りを見渡すようにつぶらな瞳をキョロキョロと動かしていた。

草木が生えていないと言ったが、正確に言えば朽ち果てていた。不気味な森であるものの、草木が生え鼠がいる事から死んでいない事は確かである。しかしその場所は全く生気が感じられず、草の根一つ地面には根ざしていない。

 

鼠はその死んだ土地の奥に、切り立った場所を見つけた。小さな丘のような場所だったのだろが、今はただ切り立った地面が剥き出しになっている。その真下に暗闇が広がっている。鼠は実に慎重になりながら、まるで虎穴に入らんとするかのように、一歩一歩踏みしめるように穴へと進んでいった。

穴は深くはなく、2、3メートルあるかないか程度だ。鼠はその奥にお目当てがあるようだが、また歩みを止めてしまう。

 

 

その時だった。穴の奥からどす黒いオーラのようなものが噴き出してきた。それは黒い瘴気となって鼠を襲う。鼠は小柄な身体を地面に打ち付けながら、穴の外へと弾き飛ばされた。力のない声が細い口から漏れると、鼠の身体が不自然に震え始める。すると時間が巻き戻るかのように鼠の身体が変化していき、1人の小さな男がそこにいた。

 

「ひぃ、ひぃ?! ヒィイィィ?!?!」

「……何ものだ……」

 

男が情けない声をあげながらのたうち回っていると、穴の奥から声が聞こえてくる。しかし人間のそれではなく、シューシューという音が声の後に続けて聞こえており、高く冷たい声だ。人外の問いかけに答える事なくのたうち回る男ー ピーター・ペティグリューは奥から漏れ出てきた瘴気に、また悶絶した。

 

「うわぁぁぁ?! ううう…」

「……その声は……聞いた声だ……俺様は知っている……そうか、ピーター・ペティグリューか……」

ゴロゴロと地面を転がりながら起き上がらないペティグリューに、穴の奥の人外は興味を持ったようだ。シューシューという音が幾分か音階が高くなった事から、気分は良いらしい。

 

「……顔を見せろ……」

「あううう、ひうううう…」

「……ペティグリュー……」

「ううう、はぁ、ふううう…」

「…ペティグリュー…」

 

続け様に襲ってきた瘴気は、ペティグリューの身体を地面から空中に跳ね飛ばした。強く打ち付けられたペティグリューは、泣きながら這いつくばって穴へと進む。その顔にはありありと恐怖が浮かんでおり、まるで喉の渇きに苦しむ人が水を求めるように、生命の危機を感じているようだ。

穴の奥、声が聞こえてくる方向に深々と頭を下げたペティグリューに人外はクックっと音を鳴らした。それが笑いなのかどうなのかペティグリューには判断しかねたが、そうである事を心から祈るしかない。

 

「…久しいな、我が僕よ…」

「…ご主人様、ええその通りです。わ私、ごご主人様の元にに馳せ参じました事と、ここに報告致します…」

 

元々小さな身体を更に縮ませながら、ペティグリューはその場で頭を地面に擦り付ける。額に砂地で細かい傷がついても、今の彼にはどうだってよかった。

 

「…どうやってここを見つけた…」

「ね、ね、ね、」

「…何だ…」

恐怖から言葉が上手く出てこないペティグリューは、哀れにも瘴気をまた身体に浴びる羽目になった。瘴気をいく度も喰らったせいで、身体の自由が効かなくなってきたような、それほどまでに節々が痛み震えが止まらない。

 

「…ペティグリュー…」

「ね、鼠でございます…! 鼠達が言っていた場所に必ずやご主人様が居られると、そう信じておりました…!」

「…ほう…」

人外の声色から負の感情が若干薄れたようだ。シューシューという低い音が笑っているかのように続けて鳴り響き、それだけでペティグリューの頭は地面にめり込んでいく。やがて暗い穴から陰が一筋伸びると、奥から人外が姿を見せてきた。

 

 

それは蛇だった。黒々とした大きな蛇、長さは優にメートル級だろう。しかし健康的な鱗がヌメヌメと光を発しているのかと思えば、尻尾の方は逆に干からびたような皮が見受けられる。前方の身体が自由自在にくねらせているのに、尾の方は身体の意思を拒むかのように、引き摺るような格好で地面を弱々しく這っていた。

つまり下半身が死んでいるような蛇であるが、上半身から放たれるオーラはただの蛇ではない。まさに人外というべき瘴気が溢れかえり、辺りから正気を消し去っていくが、当人には自覚がないようだ。本人の意思関係なく正気を奪うのだとすれば、本人が備え持つ能力なのかー

 

しかしペティグリューは出てきた蛇を一向に視界に入れることなく、ガタガタと震えながら頭を地面に打ち付けるばかりだ。口元が小さく動いており、許しの言葉のようなものを必死に呟いている様は、借金から逃れようとする債務者のようである。

 

「…そいつらは何と言った…」

「あ、アルバニアの森に、おそ…不思議な場所があると。ご主人様お許しください、ああ何もありませんー ぇーぁーそこでは…」

「…言うがいいペティグリュー。寛大なる王の慈悲をお前に与えようぞ…」

口端から泡が吹き出ているペティグリューは、躊躇いを見せていた。何を言うのを恐れているのか側からは分からないが、視線は慌ただしく動いており定まりを知らない。人外の蛇はその黄色い瞳を細めながら、観察するようにペティグリューを見ていた。

蛇の促しを受けて、ペティグリューは指をアワアワと震わせる。無造作に伸びた爪がカチカチと震え、ちょっとしたオモチャのようだ。

 

「鼠達はそのー ああお許しくださいー 誰も立ち寄らない死があるとー

私は悪うございません! ーどうか寛大なる心をー

ええはい、その何と申せば… 邪悪なる影が全ての命を奪うと…」

「…つまり命を吸い尽くすのが…俺様だと…お前はそう言っているのか…」

突然、蛇の口から赤い舌が伸びた。鮮血の紅ともいうべき、赤々とした舌の先端が乱雑に踊り狂う。上下に備わる牙からは涎が分泌され、捕食の前段階といった具合だ。

それをチラリと視界に入れただけで、ペティグリューの意識は半分以上消え失せた。口端から漏れていた泡の量が尋常ではなくなり、目玉は反り返って充血した白眼がグロテスクに露わになっている。

 

「…お許しください、お許しください、お許しください…」

「…だが今は力も肉体もない…お前のような無力なウスノロでさえ、今の俺様には…」

 

人外は最後まで言い切らずに、首をペティグリューの近くまで伸ばした。耳元で聞こえる蛇の金切り声に、小男は大袈裟に恐れ慄く。

 

「ペティグリューは、私めはあなた様を裏切りはしません! どうか、この肉体でも何でも、ご自由にお使いくださいませ!」

「…それが愚かな答えだと気付かぬようだなペティグリュー… 今の衰えきった俺様の魔力に耐えられないお前の肉体に、俺様の崇高で高貴な魂を宿すだと…

吹けば飛ぶような存在の癖に、思い上がり甚だしい…!」

 

ペティグリューの提案を一顧に介さず、人外は更に声を上げた。あまりの恐怖から顔を上げられないペティグリューは、地面に嫌と言うほど頭を擦り付けているのに変わりはない。人外は細い滑らかな肉体を利用して、ペティグリューの顔と地面の僅かな隙間に器用に潜り込んだ。

ひんやりとした感覚に肝を冷やすペティグリューがほんの僅か、目を開けた途端黄色い瞳が彼をしっかり覗き込んでいた。そのあまりの恐ろしさから半分以上気絶している彼の股からは、生暖かい水が滴り落ちている。

 

小男の醜態を人外は実に愉しく、愉快げに細い目を更に細めながら眺めていた。決して強いとは言えない小男が戦慄する様を見て心を弾ませているのだから、およそ正気とは言えない。

ペティグリューは目の前の人外の口が殊更大きく開き、中に潜む4本の鋭利な器官が露わになったのを見せつけられると、意識を強引に戻さざるを得ない。

 

「お待ちください、お待ちくださいませご主人様!! ペティグリューは、ペティグリューめは手ぶらで参上したのではございません!!」

「…ほう。申してみろ、ペティグリュー…」

「は、はいご主人様… ありがたきお言葉、ご配慮に感謝します…

ああ、はい申し上げます…私めはこの森の外れで身体を休めようと…

いえ違います… いえ違いませぬ、私めは腹が減っていました…おゆしぐださいー もう嘘は申しませんー いえ今までの話は本当ですとも、嘘などついておりませぬー

と、とにかく近くにあった宿に顔を見せた訳なのです…」

 

ペティグリューがその貢物について話すと、人外は最初は一笑した。なんとか信じてもらおうとペティグリューは、ボロボロのコートを弄り紙切れを取り出す。それはボロボロのコートに身を包み泥だらけのズボンを履いて髪を伸ばしっぱなしのペティグリューに似つかわしくない、実に上質な高級紙であった。文字が数行書かれているが、使われているインクも田舎町では用意できない上等な代物だ。人外はそれを一目で見抜いたようで、つまりはそれだけの見識を持ち合わせていることになる。

ここで初めて人外はペティグリューが用意した貢物なるものに、興味を示した。保険というよりも無いよりはマシ程度、つまりダメ元だった貢物が有益だと分かったペティグリューは、喜び勇んで来た道を矢のような速さで引き返していた。

彼の体が瞬く間に闇夜に消えると、人外は死んだ土地で1人その場を彷徨いながら想いを馳せていたー

 

(俺様の運は尽きたと諦めかけたが、これはもしやするかもしれん)

 

言うことの聞かない下半身を身体を揺すって引きずりながら、人外はその場をぐるぐると回っていた。

 

(3年だ。3年間、俺様はあの小僧に受けた屈辱を思い出し続けなくてはならなかった)

 

人外の細く黄色の瞳に、怒りと憎しみの炎がはっきりと燃え上がっている。その炎が全身を包むかのようにその細い肉体から漏れ出す邪悪な魔力が、尋常ざる瘴気となって空間に満ちて行った。

 

(俺様の記憶が正しければ、今年はあれがある筈だ。貢物はそれについて知っているだろう。もしそうなら、あいつは間違いなく隙を作る。

いや造らざるをえない)

 

人外の視界に、ペティグリューが見えた。小さく薄汚れた身体を揺らしながら、何かを引き摺っている。貢物である筈なのに丁重に扱うなど考えもしていないその行動は、ペティグリューの余裕のなさからだった。

 

(運命は転がり始めた。俺様は運命に運ばれるがままに、欲望を捨ててやる。肉体蘇生の方法も考え直してやろう)

 

ペティグリューは貢物を人外の真正面に放り出すと、地面にまた額を擦り付けて主人の回答を待っている。貢物は人間だった。ボロ切れを口に咬まされた女性で、まだ麗しき若い女性である。手足を紐で縛られた彼女は、完全に意識がないらしくモノのように扱われても反応すらしない。身につけた服は毛皮で出来たコートと、その下に下ろしたてのスーツを着ている。どれも泥や傷が目立つものの、素の素材はかなり質が高く値段も張るのは間違いない。何しろこれだけ乱雑に扱われても尚、コートについている動物の毛でできたは柔らかな感触を損なっていないのだから。

貢物を確認した人外は、彼女がペティグリューが先程渡してきた紙切れに書いてある通りの女性だと確信していた。となれば頭の中で組み立てた計画は形にできない妄想ではなく、実現可能な未来へと変化した事を意味している。それは人外にとって、またとない好機であった。

 

(待っていろ、アルバス・ダンブルドア。お前の前に必ず姿を表してやろう)

 

人外はその貢物を見下しながら、死の土地で叫んだ。

 

「ハリー・ポッター!!! 俺様が直々にお前の命を奪ってやる!!!

ふ、ふはは! ふはははははは!!!ふはははははは!!!」

闇夜は光を奪い、死の土地から明かりという名の希望が静かに立ち去って行ったー




これで3章は完結となり、次回は4章となります。原作の文章量が増えることからここら辺で完結までが苦しくなるようなので、頑張っていきたいです。
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