ハリーポッターと代行者   作:岸辺吉影

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ワールド・カップ

歩く度に聞こえてくるのは、例えば音楽家志望の子供が奏でるバイオリンの音色ではない。小鳥の囀りや木々の風に揺れる自然の音でもない。

欠伸を噛み殺すなんとも言えない小声と、早朝に叩き起こされたことに対する呪詛の言葉だ。

 

「…朝早いっても程度ってもんが…」

「…老人といえどもこんなに早いと身体に堪える…」

 

足取りが重い面々は、緩やかな丘を目にした途端に更に溜息をついた。

 

「…ここ登るのロン…」

「…パパ? ポータルは何処にあるのかってハリーが…」

「…うん? この丘の頂上だ。そんなにキツくない、さぁ登った登った!」

 

活気のあるアーサーは、拳を力強く掲げながら一同を先導する。お互いに頭を殴り合う双子や手を擦り合わせるジニー、何故か小さな手帳を読み込んでいるハーマイオニーと言ったメンバーと共に、ハリー一行はやっとこさクディッチ・ワールドカップの会場へのパスへと近づいている。

道子と橙子に実に丁寧に見送られた一行は、まずロン達の住居である隠れ穴へと向かった。無駄な行軍だと思われるが、何せウィズリー兄弟全員も行動するというから、致し方ない。

 

ハリーと士堂は隠れ穴にて、ウィズリー兄弟全員と相対した。ドラゴン使いの長兄ビルと銀行に勤める次男チャーリーは、なるほどウィズリー家らしい快活な性格をしている。少し違うのは双子やロンと違い、大人の常識と余裕というものを持ち合わせているところだろう。これではモリーが自慢話をしたくなって当然だと、士堂は感心してしまった。

勿論問題のパーシーとも再会した。彼はロンの嘆いた通りものの見事に変貌している。口を開ければ「役所、役所、役所。クラウチ、クラウチ、クラウチ」である。堅苦しい口調はもはや芝居じみており、目つきも刺々しくなった。幾ら魔法界で魔法省が屈指のステータスを誇る職場だとはいえ、こうも露骨にアピールするのは、グリフィンドールというよりスリザリンの連中が得意とすることだ。

ハリーと士堂に魔法省の素晴らしさを熱弁する様は、同様の傾向を持つハーマイオニーですら顔を顰めている。家族からの複雑な視線にも気がつかないパーシーは、文字通り典型的な舞台の登場人物のようだ。ハリーと士堂は、パーシーについてどうこう話す気は失せ、どうにか彼の話題を誰かに向けるように努力しようと、固く心に誓ったものだ。

 

丘はストーンヘッド・ヒルなる名前を持っていたようだが、どうでもいい。見た目以上の急勾配と、ランダムに配置された嫌がらせのようなウサギ穴に、皆脚元を掬われ上手く歩けないでいる。鍛えている士堂と士柳が先に丘に着くと、必死の形相で丘を登る皆が良く観察できた。

凍てつく寒さに手を震わせる士堂は、丘の頂の向かい側に2人組の男性がいる事に気がつく。士柳も気がついたのか、目を凝らして黒影をじっと見ていた。

向こうの人影もこちらの視線に気がついたようだ。1人が丘の頂を駆け足で下ってくる姿に、士柳が小さく感嘆の声を漏らす。

 

「…ええ走りするの…」

 

近づいていてきたのは、青年だった。長身の白人男性は、士堂を視界に入れるや否や、手を振ってくる。士柳が孫に目配せするが、孫の方は誰だかさっぱり認識できていなかった。

 

「知り合いじゃないのか?」

「うん…あんなにいい走りをする同級生や知り合いは心当たりがなくて」

「奴さんはお前さんのこと知っとるようじゃが」

 

青年は士堂より年上の、顔立ちが整っているのが印象的だ。爽やかなはにかみを見た時、士堂の記憶が一瞬で呼び起こされる。

 

「セドリック・ディゴリーか」

「覚えていてくれて嬉しいな、士堂」

「こちらこそ。ハリーは兎も角、俺の名前を覚えているなんて」

「君有名人だからね。投げ物の鷲騎士なんていや、ホグワーツで知らぬものなしだ」

 

祖父の冷たい視線を無視して、セドリックと士堂は握手する。

 

「ということは、ワールドカップに」

「でなければこの時間にこんな場所にいないさ。だろ?」

「そりゃそうだ」

「他には、やっぱりハリーとかも?」

「ああ。もうすぐ来ると思う」

「おおい、エイモス!!!」

「ああ、アーサー! 見つけたぞ、ここにあったここにあった!息子よ、こっちにあったんだ!!」

 

2人の背後から大声で会話し始めると、静寂に包まれていたストーンヘッド・ヒルが途端騒がしくなる。丘の頂からやってきた、古ぼけたブーツを手にした血色の良い魔法使いは、セドリックの父親エイモスだ。

出来のいい息子の自慢話が止められない父親の姿は、去年不幸な出来事で敗北を知った、グリフィンドール・クディッチチームメンバーにはウケが悪い。しかも少しばかり三男の兄貴を思い起こさせてしまう節が会話にあるもんだから、双子のフレッドとジョージは顰めっ面を長時間続ける羽目になった。

 

それ以外の面々は、初めて見る『移動キー』なるものに興味津々だ。マグルが触れないようにガラクタが使われるというが、なるほどいい塩梅で汚れて壊れているブーツなぞわざわざ拾う暇人はいない。ところかしこに感じられる魔法使いの妙な感の良さは、士堂からすれば笑い話なのだが、生憎このジョークが伝わる仲間を彼は持ち合わせてはいなかった。

そうこうしている間に時間はあっという間に迫ってくる。一同はブーツを中心に円状に詰めあった。全員なんとかブーツに指をくっつけている状態で、お互いのカバンやらコートの紐やらが顔や胸に押し付けられている。いかにも魔法使いらしいすっとぼけた光景も、アーサーの声で楽しむ余裕が消え失せた。

 

「もうすぐ時間だ、いくぞ!!」

「3!」

「2!」

「1」

 

 

まるで質の悪いコーヒーカップに乗っていたかのようだった。ひたすらに振り回されながら、目まぐるしく動く景色を見るしか出来ることはない。回転が収まり地に足がついた時、手をつかなかったのは安倍家とアーサー、ディゴリー家ぐらいだった。バランス感覚に優れたハリーや双子達も、心なし顔色が悪いようである。

 

「気持ち悪いかも…」

「口の中変な味する…」

「僕も同じだジニー…」

 

ハリーの何気ない言葉で頬に赤みが戻ったジニーが顔を伏せる姿を、双子はニヤニヤしながら一部始終脳裏に焼き付けていた事は、彼女が知る由もない。

一方アーサーが背中のバックパックから取り出した小さな粒をハリー達に渡しながら、目の前にいる魔法使いと思しき人物と何か話している。その間安倍家の2人は、小声で話し込んでいた。

 

「そもそも祖父さん、何で来たんだ? スポーツなんてテレビで見るぐらいじゃないか」

「わしとて来たくて来たわけでもないのじゃが。興味がないと言えば嘘になるが、頼まれごとがあっては断れん」

「頼まれごと」

「大人の話じゃ。何にせよ何事もなかったら、わしの仕事なぞ無いようなものよ。久しぶりにこちら側の空気や景観を味わうのも悪くはなかろうて」

「大事な頼み事頼まれた割には楽しそうだけど?」

「言うな言うな」

 

霧の中を20分ばかし歩いた所にある広い空き地に、目的のモノはあった。大量のテントが用意されており、キャンプ場のように見える。だが風見鶏や孔雀、煙突にオベリスクを模した柱など豪華絢爛な飾り付けがなされたテントの数々は、常人からすれば怪しむのに苦労しない外観であった。

 

「これだけの魔法使いが集まるから、当然魔法は禁止なんだ。だがまぁ、これまで見てもらった通りそんな事を気にするのは、あまり居ないのが現状なんだ。

うん、そうだろう。言わんとしていることは分かるが、だがそれだけクディッチ・ワールド・カップは神聖であり偉大なんだ。それに考えようによってはだね、こうしてマグルのキャンプを体験できるなんてそう滅多に出来るもんじゃない! さあまず何からやれば良いのやら… この紙は何だい?」

 

簡潔に言えば興奮しているから隠せません、ということらしい。おまけにアーサーはマグル式テント作成でテンションが頂点に上り詰め、テント用の杭を打ち込むことすら出来なかった。キャンプに連れて行ってもらったことがないハリーと、そうしたアクティビティには疎いハーマイオニーに、野外活動の経験もある安倍家の2人が指示を出して、4人でテントを作り上げる。

出来上がったテントは、中に車のトランクにかけられた空間拡張魔法の延長線にあるのか、古風なアパートに繋がる仕様となっていた。外観から10人は入れないだろうと考えていた4人は、目を大きく見開いて魔法の奇抜さに驚くばかりだ。

 

「何とも実用的だ。全く実用的だ」

「何だい僻んでいるのかよ」

「僻みはせん。ただこういった変化を魔法と表現するのは… 好きになれん」

 

ハリーは複雑な表情で荷物を置く士柳に、どう声をかけたらいいか分からなかった。しかしそんな彼の横で荷解きをしていた士堂が、呆れ気味に呟く。

 

「あんなの気にしなくていいんだよ」

「でも橙子さんと同じこと言ってるね。魔法って言うなってさ」

「それがおかしいんだ。橙子さんはれっきとした魔術師だけどな。祖父さんは魔術を実用的な実践道具としてしか扱わない、魔術使いと呼ばれる類の人間なんだよ。

のくせしてああやって魔術師みたいなこと言うんだから、溜まったもんじゃあない」

「でもそれだけ魔術師とか魔法に敬意を持っているってことじゃなくて? 素晴らしい精神だと思うわ私」

「そんなこと言うのは君だけだ、ハーマイオニー」

「そんな風に捻くれているのも貴方だけではなくて?」

 

虫を噛み潰したような顔をした士堂は、また荷解きに取り掛かる。祖父と孫の微妙な関係には、ハリー達も知り得ないものがあるようであった。

 

 

時間となりテントからクディッチ会場へと歩く道すがら、マグル出身者は道行く魔法使い達の奇抜な格好と、デザインを無視しているかのようなテントに目を奪われていた。ローブを身につけているのは分かるが、白のローブに虹色のリボンを彼方此方に付けるなど、センスが理解しにくいのだ。

 

「ハリー君、どう思う彼らの服装は」

「どうって… 珍しいと思います」

「うむ。わしらの歴史で言うところの中世、魔女狩りを受けた人々の服装によく似ている」

「へぇ! そうなんですね。魔女狩りに遭っていたけど、なんともなかったって授業で習いました」

「服装については聞いておらなんだか。いや面白いのはな。わしらの今の見解だと、魔女と呼ばれた人々は実際にはフレスコ画等に描かれたような服装はしていなかったと言うのが最新なのだよ。

ところが実際は、ほれ」

 

士柳が目を流した先では、老夫婦が手を繋ぎあって歩いている。彼らのとんがり帽子やマントには、小さな鳥籠が無数にくくりつけられ、多彩な鳥の鳴き声が撒き散らされていた。

 

「事実は小説よりも奇なり」

「そう、ですね」

「だから、面白い。わしらも彼らも、な」

「はい」

 

ハリーは不思議だった。彼がこうして歳が離れた人と話すのは、ホグワーツを除けば極々僅かだったから。ダドリーの祖父母は会いに来ることはあったが、ハリーは顔を知らない。大体狭い自室に閉じ込められ、大人しくしていなくてはいけなかったからだ。

今士柳と並んで歩くと、可笑しな表現かもしれないが懐かしいと思える。

 

「君のことについてはあまり知らんのぉ。孫が話すのは学校での奇想天外な出来事ばかりでの」

「僕って普通だと思います」

「いやいや、わしが知りたいのは君についてじゃ。好きな食べ物とか映画とか、あとは好きな女子のこととか、の。うっふっふっ…」

「そ、そんな事聞いて何になるんです?」

「おやおやまだそう言う色のついた話はまだかの。これは面白うなってきおったわい。おお〜い、双子の坊や! 何処かで飲み物買える場所ありゃせんかの〜」

「東方のお祖父様、彼方にアップルシードの屋台が出ておいででしたよ」

「もしも大人の味が思し召しならば、右手にありますのはダイアゴン横丁名物、ドラゴン畑印の葡萄酒」

「「他には何をご所望で??」」

 

前方で固まっていたのに、ペットのような素早さで駆けつけた双子のウィズリーは、大仰に腰を折った。2人の肩に手を置きながら、士柳はくぐもった笑いをする。

 

「お前さんらは知っておったか。生き残った男の子は女子の話に疎いようじゃ」

「なんてこった」

「なんてこった」

「それはいけないぜハリー坊や。頼りない我が弟に言えないのなら、俺らがちゃんと聞いてあげるよ」

「お気に入りの子と話したきゃ、ホグワーツの悪戯コンビにお任せあれ。お薦めするグッズ、『好きなあの子に届くアロー』も特別定価だ」

「ちょ、ちょっとちょっと」

「どこ行くんじゃ、折角の祭りじゃよ。羽目を外して楽しもうぞ! はっはっはっはっはっはっ!」

 

「ジニーはクディッチに興味あるんだよな」

「そうね。私は見るのもやるのも好きなの」

「ロンはブルガリアの選手を応援していたから、ジニーも同じか?」

「妥当だからね〜。かっこいいもん、ビクトール・グラム。だからってチームは別。アイルランド一択ね」

「ふーん。出身地を応援するのが当然か」

「あなたは何処を応援するの? やっぱりマホウトコロ?」

「日本、ね」

 

ジニーと並びながら辺りを見回す士堂は、チラチラと映る桜の旗に目をやる。ホグワーツのような魔法学校は世界中に存在し、士堂の故郷日本にも、マホウトコロという名の魔法学校が実在するそうだ。

 

「日本、数回しか行ったことがないからな。実感湧かない」

「あらどうして?」

「もう安倍家は離散しているから、親戚なんて知らないしね。祖父さん祖母さんこっちの方が長いから、2人が帰るって言わない限り、俺が行く理由がないのさ」

「ああ、そうだったの…」

「気にすんなよ。寂しいなんて思ったことないしさ」

 

表情が曇ったジニーに慌てて微笑むと、彼女はまた微笑を浮かべる。内心ホッとした士堂は、後方で1人歩くハーマイオニーに視線を向けた。

「…由々しき事態だわ。魔法省が動かないなら魔法使いの屋敷しもべに対する認識の問題…」

「…障害なのは意識。改革するから教育と啓蒙だわ。屋敷しもべに関する講義は、召喚術に。あと魔法史に…」

「…いいえ。いっそのことマグル学の方面から切り込むわ。自由主義について論ずれば共感者が得られる…」

ハーマイオニーの異変。ハリーが親しくなった屋敷しもべ・ドビーと見間違えた屋敷しもべの一言が、事の起こりだった。

 

「ああポッター様。貴方様のお陰でドビーは変わってしまいました!」

 

曰く屋敷しもべは主人に仕えることが絶対。仕事を楽しむや手当を貰うなど言語道断。簡単にまとめると2行に収まったが、実際は泣くわ喚くわで散々だ。

問題はハーマイオニーが引っかかったのだ。屋敷しもべとて対等な扱いをしなくてはいけない。意気込む彼女はハリーが皆に買ってくれた万眼鏡を片手に、目を閉じながら思案に耽っているのだった。

 

「折角のワールド・カップなのにハーマイオニーったら何考えているのかしら」

「聞けば良いじゃないか」

「嫌よ。どうせ私、ハーマイオニーと同部屋だから嫌でも聞かされるわきっと」

「賭けるかい?」

「賭けてもいいわ。1ガロン使える自信があるもの」

 

 

会場に着くと、広大な敷地を使ったスタジアムが目に入ってくる。10万人は入ると言う会場は、ホグワーツのクディッチ闘技場を全体的に拡張し派手にしたイメージだ。観客席の階段に敷かれた絨毯や手摺りを飾る宝石は、豪華絢爛の一言に尽きる。

アーサーの尽力で手にした最上階貴賓席は金箔の椅子が並んでおり、ダンブルドア校長ですら座らないだろう煌びやかさだ。貴賓席の真正面には、ワールドカップのスポンサーが出す広告を写す巨大な黒板があるが、金文字で描かれる品々もまた、値の張りそうなものばかりだった。

流石に来賓席にきてクディッチを頭から消すことはできないのか、ハーマイオニーが配布パンフレットを読み込んでいる。

 

「試合に先立ち、チームのマスコットによるマスゲームがあります」

「ワールドカップの見どころだ。見応えがあってね、ナショナルチームが自分の国から動物を連れてきてやるんだよ」

 

見応えがあるショーはまだ見れない。士堂達が座るのは貴賓席である、つまり他の席に座る人物は自ずと限られてくる訳で、魔法省の高官や他国の官僚が次々現れる。友人でもある世の中の有名人がやいのやいの言われている中、士堂達も知る魔法省の顔馴染みが見えた。

 

「ああ、ファッジ。お元気ですかな? 妻のナルシッサ」

「これはこれは、お初にお目にかかります。 ご紹介いたします、こちらはオブスランク大臣ー オバロンスクだったかなー ミスター、あー、ブルガリア魔法大臣閣下です。ああ気になさらんでも結構、ブルガリアの言葉は分からんのですよ。

アーサー・ウィズリー氏とは顔見知りで?」

 

ちょっと考えれば彼等が来るのは想像できた。イギリス魔法省魔法大臣コーネリアス・ファッジは、もしやアーサーとルシウスの関係を知らないのだろうか?

 

「これはこれはアーサー。貴賓席なぞ随分と、なんと申せば良いか…身の丈に合わん真似事をしなさったな」

「ルシウスは聖マンゴ魔法疾患障害病院に多額の寄付をしてくれてね。感謝の意味を込めて、私が招待したんだ」

 

知らないようだ。

 

「それはー 流石はマルフォイ家ですな。実にー 実に結構なことで」

 

アーサーの奥歯に物が挟まったような物言いは、精一杯の努力だろう。ファッジは何故アーサーが身体を震わせているのか分からないようで、頭の上には?を浮かべていた。

ルシウスはアーサーを鼻で笑うと、ハーマイオニーと士堂、士柳に視線を移した。以前のことを思い出したハーマイオニーが健気に睨み返すなか、若干頬が赤く染まる士柳が、彼女を遮るようにルシウスの眼前に立つ。

 

「どうもルシウス・マルフォイ氏。私士柳・安倍と申します。私の孫もホグワーツに通っておるもので、お宅の息子さんと同学年なのですよ。以後お見知りおきを」

「ほう? 貴方の、お孫さんが。今後とも宜しくお願いしよう。

だが失礼ながら貴公を拝見する限り、杖は使われないのですかな。魔法使いというには、少々不釣り合いのようだ」

「生憎まだ足腰は丈夫でしてね。杖なぞ使わんでも、多少の手品は出来ましょうや」

 

士柳はルシウスの嫌味を受け流した瞬間、左手のローブから銀色の刃が覗いた。刃の先端が青く光った途端、地面に向かって白い稲妻が迸る。

ファッジ等政府高官達は世間話に乗じて気が付かなかったが、ルシウスには充分見せつけることはできたようだ。ルシウスの瞼がピクリと痙攣したが、変化といえばそれだけだった。

 

「…東方の珍妙な手品。とくと拝見致しました」

「他にも趣味嗜好を変えたものをご覧になれましょう」

「残念ながら、私は手品ではなく優れた魔法使いによるスポーツを見にきたのだ。ここで失敬させて頂く」

「それは御足労をおかけした。願わくば私の手品をご覧になる機会がないことをお祈り申し上げます」

 

ルシウスが無理やり口角を上げてお辞儀すると、踵を返して貴賓席に戻っていく。彼の妻が後に続き、彼の息子ドラコがハリーに向かって意味深な笑みを返して立ち去ると、アーサーが大きくため息を吐いた。

 

「やれやれ…」

「えっ。大人になったなアーサー」

「おやめ下さい士柳さん。ルシウスの奴がどれだけ魔術について知っているか、私どもは分からんのですから」

「じゃが収穫はあった。アーサー、警備の者は全員で50人ほどだったか?」

「ええ」

「そうか… 誰かマルフォイにつけろ。それとなくでいい、見張らせとけ」

「はっ? な、何故ですか」

「彼奴、わしの魔術を見た時、不思議そうにもせなんだ。言うなれば力量を見極めるような目をしとった…

まるでこの後、わしの魔術を見る機会があるかのようにの」

 

 

不穏なー感じ取っていたのは士柳とアーサー、僅かに士堂とハリーぐらいだったがー 雰囲気を残しつつ、クディッチ・ワールドカップは幕を開いた。ナショナルチームのマスコットによるショーは、各国の魔法生物が催しを盛り上げてくれる。決勝戦のカード、イングランド対ブルガリアではブルガリアのマスコット・ヴィーラによる魅了と、イングランドのレブラコーンによる金貨の雨が観客を文字通り有頂天にさせた。

普段は何処か熱狂的な催しを冷めた目で見がちな士堂も、手を腫れんばかりに叩き、床を踏み鳴らす。

 

特に凄かったのが実際の試合であった。ホグワーツのクディッチも爽快感ある試合運びが人気の理由だが、眼前の試合では試合展開もプレイ速度もホグワーツの比ではない。

 

「凄いな、肉眼ではとてもじゃないが追いきれない! 魔術強化で何とかなるぐらいだ!」

「わぁ、凄いや! 僕何にも見えやしないよ、こんなにいい試合してるっていうのに!」

「ハリー、あなた何のために手に持っているのを買ったのよ! 今使わなきゃいつ使うの?!」

「ひゃー、おったまげだハリー!万眼鏡って凄いんだなぁあー!! グラムがこんなに見えるよー!!」

 

子供達が選手のプレーと会場の熱気に酔いしれるなか、士柳は金のグラスでワインを呑みながら、会場を隅から隅まで観察していた。試合が序盤から中盤に差し掛かり、殆どの観客の視線はコートに向けられている。その中でも仲間のために買い出しに行く人々は多少なりともいるものの、数は極々僅かであった。

士柳は極々僅かである買い出しに行く人々や、出入り口の周りに目を凝らす。出入り口の側では黒のフードを被った男が数名、人目を憚るように頭を寄せ合っていた。

 

「アーサー、アーサー」

「いけぇー!!! っどぅぁー!!! 今のは反則だ! 反則だ!」

「おいアーサー… ったくこれだからこっちの世界の連中は…」

 

士柳はワインを飲み干すと、貴賓席から立ち上がった。彼の立ち上がるまでの動作はあまりにも自然で、周りの観衆は誰一人として、彼が先を立ったことに気がついていない。風のように人混みを避けながら士柳は、黒のフードを被った連中を視界の端に留めながら、着実に対象との距離を近づけていく。

黒のフードの連中は会場を出て、宿泊テントへと脚を運んでいる。士柳は先回りをして、テントや木の影に身を潜めつつ、耳をそば立てた。

「…もの準備はいい…」

「…な、なぁ。本当なんだな。本当に…」

「…らない。だがあいつが俺に言っ…」

「…証拠は? あいつが本物だ…」

 

複数の人物が顔を寄せ合いながら話し込んでいる。皆白の仮面をつけているのだが、士柳は黒のフードと白の仮面を身につける連中を見て、眉を顰めた。

 

「…かく、決行する…」

「…ああ。やるしか…」

「…では手筈通り…」

 

士柳が密かに近寄ろうとした瞬間、集団は霞のように姿を消した。暫く物陰に隠れていた士柳は、姿が消えた地点に忍足で近づくと、懐から一冊の本を取り出す。黒の背表紙には白の文字が短く記されているだけで、他に装飾の類はない。

 

「念には、念をな」

 

彼は本の1ページを切り取ると、地面に落とした。

 

『願わくは、聖父と聖子と聖霊とに

栄えあらんことを。

始めにありし如く、

今もいつも世々にいたるまで。

 

願わくば迷える子羊の跡を辿り。

迷える子羊に道筋を教えたもう。

 

アーメン』

 

地面に向かって落ちる紙は、空中で士柳の詠唱に合わせるかのように燃え上がる。生い茂る草には、微かに燃え滓が触れたかどうかといった程度だ。

燃え滓は黒い線となって空中を漂うと、何処へと言うことなく消え去っていった。

 

「忙しくなるわい」

 

士柳が会場に戻ると、たった今試合が終わったようだ。緑の帽子が波のように揺れ、あちこちでクローバーを模した大旗がひらめいている。観客達が手に持っていたものを所構わず空中に放り投げるものだから、飲み物やプログラムやら何やらが雨のように降ってきた。

頭を下げながら席に戻った士柳は、林檎のような顔をしているアーサーの肩をもう一度小突く。

 

「アーサー、大事な話がある。アーサー」

「うおおおお!!! アイルランドが、アイルランドが勝った! 

オーオー、オオオオー、オオオオー!!!」

「だめだこりゃ」

 

深々と貴賓席に腰を落とした士柳は、ロンと肩を叩きながら会場の中央付近を指差す孫の姿を微笑みながら見つめていた。しかし彼の皺が目立つ手は、懐のローブの中に潜んでいる。手は一本の剣の柄を握りしめていた。

士柳は剣を見ることなく、柄を握る手をゆっくりとずらしていく。カチリと小高い音が鳴った後、ローブの隙間から光が漏れた。よく磨かれた剣の刃は銀色の光を放ちつつ、以後に起きる騒動の前触れを感じ取るかのように、光沢のある輝きを保ち続けていた。

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