一年戦争が始まって七か月がたった。
俺がこの世界に来てもう三か月だ。
不思議なことに誰も俺が三か月前までいたレン・アマキ少尉と同一人物ではないと誰も気が付かない。
かつての彼と仲が良かったカロッソ・ケリィ少尉でさえも気が付いていない。
それはそれで好都合なのだが、どうしてだろう。どこか釈然としないのは……。
話はズレるが
MSパイロットへの転向も進んでおり、来るべき『大反抗作戦』への準備も着々と進んでいる。
地上でもそろそろオデッサの地で攻勢をかけるらしい。
「何というか、平和だな……。あれだけ頻繁に来ていたのにな……。」
哨戒中の巡視船から何の連絡もない。少し前までは頻繁にジオンの軍艦が接近して来たっていうのに……。
その都度出撃があったから大変だったんだぞ。
「あーー、レン。そういうの止めた方がいいぞ。確か……フラグっていうんだろ?」
「はあ? 何言ってるんだお前。そんなわけないだろう…。」
『緊急連絡! 緊急連絡! 武装巡視船サロウスより入電! ジオンの艦隊が接近とのこと! 総員第一種戦闘配備! 繰り返す! 総員第一種戦闘配備!』
……。
…………。
………………。
……………………。
……………………マジかよ……。
「まさか、こんなスピードでフラグ?を回収するとは……。」
やかましいと言いたかったがどうにも言う気になれなかった。
△▼△
『しかし、なんで今になってルナツーを攻撃してくるんだろうな? ルナツーの戦力はそこそこあるぜ。後顧の憂いを無くそうっていうのならルウムの時なんじゃねえのか?』
軽空母ナイチンゲールの格納庫の中で新しく部下になった奴が話しかけてくる。
コイツはどうやら士官学校の時同級生だったらしく、かなり馴れ馴れしく接してくる。
俺も軍の堅苦しいのは苦手だから別に良いけど上司がいる前でもこんな感じなのだろうか?
『あの、少尉。勝手に回線を使うのは……。』
彼は最近入ってきた新兵だ。階級は一等兵で、ここ数か月MSの操作の訓練を受けてきたらしい。
元々サイド7の避難民だったが、親がおらず、地球にも身寄りがないということで兵士になったらしい。
どうやら彼以外にも結構いるらしい。……まあ、このまま地球に行ったところで身寄りがなければ難民キャンプ送りだろう。それだったら軍に入った方がマシとなるのも頷ける。飯は食えるし、給金も出るからな。
『あ? いいだろ別に。どうせ誰も聞いちゃいねえさ。』
『聞いている奴もいるかもしれないだろ。気をつけろ。』
俺がそう言って注意すると不貞腐れたように『へーい』と言って回線を切る。
全く……。いつか鉄拳落とされるぞ……。
『あー、聞こえているか? ナイチンゲールの艦長のゲイル・グランツ大佐だ。諸君らは知っての通り我々の任務はルナツー基地の防衛だ。』
それはそうだ。今さらそんなこと態々言わずとも皆理解している。
今さら何を言ってるのか……。
『しかし、我々はルナツーの防衛を―――しない。我々は別の作戦行動をとることになった。』
はあ?
▼△▼
はあ、と男はため息をつく。年齢は四十代ほどだが、顔に刻まれたしわと深い隈のせいで実年齢以上だと思わせる風貌をしている。名前はドルカス・ドルドレイといい、階級は中将である。彼はジオンの軍人であり、ギレン・ザビから直々にルナツー攻略の任を受け、ジオン本国、グラナダ、ソロモンから終結した艦隊を率いてルナツーへ向かっている。
周りにいる将兵は皆既に戦勝気分だというのに彼一人だけが悲痛な顔をしていた。
「中将殿は何故そんな顔をしているのですか?」
艦橋で何もない宇宙を見つめている彼へ声がかけられる。声をかけてきたのは若い士官だった。
「いや、なんでもない。元々こういう顔なんだ。気にしないでくれ。」
そういうと彼は不承不承といった顔をしていたが、「そうですか。」と言って引き下がっていった。
彼は元々からこの戦争に反対していた。厳密にはルウム戦役以降の戦争にだ。
(ルウムでは勝てた…。しかし、次も必ず勝てるとは決まっていない。第一我々と連邦にある差は覆しようもない…。個々の力でどうにかなるわけがない…。)
彼の頭にはフラナガン博士と名乗る胡散臭い男とその取り巻き達が思い浮かぶ。
誰も彼もが胡散臭い、怪しい、不審者という感想しか出てこないような人間だった。
(やれやれ……。総帥がオカルトに傾倒しなければ…、いや既にある意味ではオカルト信者か……。)
ドルカスの上司であるギレン・ザビ総帥は残念ながら政治の才はずば抜けていた。しかし残念なことに軍事の才はなかった。妹であるキシリア・ザビ少将も同様だ。しかも最悪なことに二人は今まで失敗したことがない。
おかげで自分の才覚のなさに気が付いていなかった。
(下手に才能があるのも困りものだな……。全く総帥も少将も運が良いのか悪いのか……。)
彼は周りを見ると士気の高い将兵が目に入る。軍艦の数も多い。MSの数と練度は言うに及ばずだろう。
彼は頭を振り、自身の弱気を振り払う。自身は軍人であり、命令を与えられた以上それを全うしなければならない。
「大丈夫だ……。ああ、大丈夫だとも…。」
彼は自身の弱気を振り払うように呻く。
顔を再び上げたときには引き締まった男の顔があった。
―――嵐が起きようとしていた。些細な歪みが大きなうねりとなって彼ら彼女らに襲い掛かろうとしていた。