「何だと……! もう一度言え!」
「だから! グワジンが沈んだのです! 後方の艦隊は全滅です!!」
豪奢な軍服を着た将校が部下の士官を怒鳴りつける。現実を直視したくないのか、同じやり取りを何度もしている。
将校の対応をしている士官も限界だったのか、上官相手に大声で、それも将校の怒鳴り声に負けないほどの音量で怒鳴り返す。
「ああ、嘘だぁ……! 嘘だといってくれええ……!」
「大佐! 早く撤退命令を! 後方から連邦の艦隊が来ています! このままでは挟撃されます!」
「うるさあああい!! わかっとるわ! 全軍に通達! 今すぐ撤退だッ!! この宙域から五分後には離脱する!」
「お待ちください! 五分ではMS部隊が取り残されてしまいます!」
「五月蠅いッ! 撤退しろといったのは貴様だ! 文句をつけるとは何事だ!!」
その瞬間、パァンと軽い音が鳴った。音が鳴ったと同時に血飛沫が舞い、一つの屍が生まれた。
急に表れた屍を見て、周囲の軍人が顔に恐れの色を浮かべる。
「オペレーター! 早く通達しろ! 三分後に離脱だ!」
「三分後……? 五分後では「三分後だ! 早くしろ屑ッ!!」りょ、了解!」
『全軍に通達! 我々は撤退命令が下りた! 三分後にこの宙域を離脱する! 繰り返す! 三分後にこの宙域を離脱する!』
△▼△
「撤退命令とはどういうことだ!」
アナベル・ガトーは艦橋で艦長相手に怒鳴る。
上官への態度に相応しくない言動だが、彼の心情を理解しているのか注意せずに彼の言葉を受け止める。
「仕方ないでしょう。後方から連邦の艦隊がくるとなれば我等は挟み撃ちだ。……いくらあなたが強いと言っても流石に物量にやられますぜ。」
「っ……! 分かっている…!」
「だが、兵たちが死ぬのは見過ごせませんな。……ガトー大尉。もうひと働きしてもらいますよ。」
「もうひと働き、ですか? ……何をすれば?」
▼△▼
悍ましい断末魔と命乞い、そして嗤い声が止まない。
最早これを戦闘と呼ぶことはできない。だって行っているのは虐殺だから。
最早ここを戦場と呼ぶことはできない。だってここは屠畜場だから。
先程までは真面に戦闘をしていた。ジオンの前衛艦隊を攻撃し、ルナツー内部に食い込んだMS部隊や突撃歩兵部隊を撃退していた。
それが百八十度逆転したのはジオンの艦隊が撤退を始めた瞬間からだ。
ルナツー内部から脱出した部隊を無視して近くにいた部隊のみを回収して、一目散に逃げていったのだ。
確信した。確信できた。この戦いは勝利したのだと。
―――そして同時に連邦の自制心も限界だった。
憎悪が決壊したダムから流れる濁流の如く溢れた。オープンチャットは地獄と化したのだ。
『ま、待ってくれ! 降伏する! 南極条約に―――』
『五月蠅えッ! スペースノイドのくせにコロニーを破壊しただろうが! その報いだカス!』
『地球にコロニーを落としたくせに! 悪魔め!』
『楽に死ねると思うな畜生共があ!』
『止めてくれ! 死にたくない! 死にたく―――ぐぇ。』
『ぎ、いい…。か、――』
『があああ!? 俺のうでがああああっ!?』
『殺して、殺してくれええ!!』
『ひゃはははは! ざまあみやがれ! 糞共!』
『ギャハハハハハ!!』
最早、何も言うことはできなかった。
やっていることは非人道的、許されるべきことではない。
しかし、そんな正論は欠片たりとも連邦兵を救うことは無い。
奪われた痛みは、喪失の悲しみは。
『おおい、レン。どうしたんだ? そんな場所で止まって。』
『……カロッソか…。…少し疲れただけだ。』
屠畜場から少し離れた場所で虐殺をボンヤリと眺めていると、友人カロッソが声をかけてきた。
乗機であるガンキャノンはボロボロで、激戦を潜り抜けてきたことが一目で分かる。
『どこに行くんだ? というか小隊はどうしたんだ。』
『……ハハハ。ちょっと前の方に用事があってな…。』
俺が質問をした瞬間、何時もの陽気さは何処へやら。まるで
ああ、やっちまったと思うが時既に遅く、俺の返事を聞くことなくカロッソは前線に向かっていった。
カロッソと距離が離れたと同時に俺は通信をオフにし、帰投した。
△▼△
さっさと母艦に帰投した俺は艦長に呼び出しを食らい、艦橋まで行くことになった。
どうやら勝手に戦場から離れたということで注意をするらしい。
「お早いお帰りだな、少尉。分かっていると思うがこれは立派な軍紀違反だ。……まあ、君の気持は分からんでもないが。」
「……すみません。どうしても耐えられなくて。」
「……状況が状況だ。今回は大目に見て補給ということにしておこう。十分後には再出撃してもらう。しかし、二度目はないぞ、少尉。…分かったな?」
「……了解です。」
どうやら艦長は相当頭が柔らかい人だったらしく注意も軽いもので済んだ。
感謝しなければな、今回のことは下手をしたら敵前逃亡と見なされても仕方がないことなのだから。
「……隊長、どうでしたか?」
ビクビクと怯えた二等兵が俺達へ下った沙汰を聞く。
どうやら、事態を正しく認識していたようだ。……悪いことをしたな。
「大丈夫だ。ただし、十分後の再出撃しろってさ。」
「ええーー? もういいだろ……。」
「まだ、戦闘終了の宣言は下りていないからな。仕方ないさ。……俺はコクピット内で仮眠を―――」
『アマキ小隊! アマキ小隊! 前線に敵エースが出現! 今すぐ救援に向かってください! 繰り返す今すぐ救援を!』
最悪だ。
▼△▼
『な、なんだ!? うおおおっ!?』
『准尉!? どうしたんだ准尉!?』
『上です! 上からジオンの新型です!』
『なんだよデブの癖にどうして―――ぎゃあッ!?』
ガトーの駆る青いドムが流星のような突撃で連邦軍に急襲をかける。
虐殺をしていた多くの連邦兵は戦闘への急なシフトチェンジをすることができず、ガトーの攻撃に対応することすらできずに宇宙の塵へ変わっていく。
ガトーは鉄屑には一瞥もせず、たった一機で戦場を駆ける。
『おい、大丈夫か!?』
『クッソ、連邦め……、なんて卑劣な……!』
ガトーが戦列を乱した後は後続のMS部隊が救援を開始する。
混乱しているパイロットは冷静さを復活させ、手足がやられて動けないMSはパイロットだけを救出するなど柔軟に、かつ効率的に救助を進めていく。
『クソっ! 逃がすかよ!』
『当たらん!』
『な!? うおおっ!?』
混乱から回復し、ジオン兵を逃すまいと連邦軍も攻撃を加えるが、後続部隊も少数ながら精鋭。
いくらビーム攻撃といえども低練度のものならば容易く回避し、逆に反撃を加える。
この光景がさらに連邦兵を浮足立たせ、戦場に混乱を招く。
その混乱は軍艦の
幾ら軍艦の性能が高くとも、
事実、その隙をついてマゼラン一隻とサラミス三隻が沈められた。
幾ら新型とはいえたった一機のMSによってそれが成された。
△▼△
前線は大混乱だった。
急な転換についていけず、右往左往している。
たった一機でここまでとはな……。
『前線部隊聞こえるか!?』
試しに通信を試みる。
しかし、俺の質問に対する答えは一切帰って来なかった。
『うわわわああ!?』
『助けてくれええ!』
『敵は何処だ……! おい、こっちは味方だ! 撃つな!』
『す、すまねえ……。うわあああ!?』
と、このような感じでもう無茶苦茶だった。
落ち着かせようにもな……。一体どうすれば良いんだ…?
『隊長! どうしますか!? このままじゃ……!』
『いや、大丈夫だろ。』
『何故ですか少尉! この間にも味方は!』
『よく見ろ。火器を使っていない。流石に白兵戦で船を沈めるのは無理だし、弾幕をやり過ごすこともできないはずだ。』
『! 本当だ…。じゃあ、どうにかなる…。』
『ああ、できる。……よし、二人は他のMS部隊をまとめてくれ。僕が冷静になれるようにあいつの足止めをする。』
俺の言葉に二等兵は絶句し、少尉は少し考えた素振りを見せる。
『……いけるのか?』
『ああ、いけるさ。』
嘘だ。どうにかなるなんて欠片たりとも思っちゃない。
……でもやらなくちゃならない。死は怖い。
しかし、それ以上にここで動かねば絶対に後悔する。
もう死んでいるかもしれない。でも生きているなら
……これが軍人だからなのか、生来のものなのかは分からない。少なくとも今は、いやこれからもどうでも良い。
『じゃあ、頼むぞ。二人とも。……行ってくる。』
『分かった。こっちは任せてくれ。仮にも士官学校卒業しているんだ。人の動かし方くらいは知ってる。』
『絶対に死なないで下さいね! 隊長!』
まあ、勿論死にに行くつもりなんて毛頭ないけどな……!
▼△▼
ガトーは飽いていた。
彼は自分を武人だと思っている。崇高な使命を持つ武人だと。
そして自分たちの同胞もまた崇高な使命を持っていると。
そんな彼にとって連邦兵の行っている蛮行は到底理解できなかった。
そして、落胆していた。
ああ、所詮この程度か、と。
ガトーは武人だ。武人とはともすれば
つまり、ガトーは飢えていた。強者との戦闘を。それも、無意識に。
―――だからガトーは
飛来する一機のMS。
かなり早い。ガトーは直ぐにそれに反応し、ヒートサーベルを抜き迎撃に向かう。
レンの予想通りガトーは火器を使い果たしている。さらにプログラムの都合ザクマシンガンといったジオニック社製の武器は使えないという欠陥によって戦場に放置されている物を使えないという状態でもある。
だからこそガトーは不利な接近戦を挑まざるを得なかった。
しかし、それは同時に自身の技術に絶対の自信を持っているからでもあった。
MSは白い新型。機動力とビーム兵器は脅威だが、所詮それだけのMS。
事実、ガトーは何機か同じMSを撃墜していた。中には少し輝くものもいたがガトーに脅威を抱かせるほどではなかった。
そう、間違いなく彼は油断していた。
手練れ故の、上等な油断。それは獰猛な獣となり、彼を襲う。
△▼△
銃身のことなど考えずにスプレーガンを連射する。威力の低さゆえに近中距離で効果を発揮するという微妙な兵器だが効果は抜群だ。
「流石にビーム兵器の危険性は承知か……!」
リック・ドムの重装甲を過信せずに最小限の動きで回避する。
ったく! 何で弾幕張っても意味がないんだよ! 可笑しいだろ!
ああ、もう自棄だ自棄! ありったけをくれてやる!
……! なるほど
「くたばれ!」
スプレーガンを投擲する。エースは回避する素振りすら見せない。
馬鹿め! まだエネルギーは残っているんだよ!
投擲と同時にジムの内蔵火器のありったけを叩き込む。
スプレーガンはあまり頑丈ではないため容易く爆発する。
無論、この程度ではドムの装甲は貫通できない。
精々目くらましだろう。それで良い。
狙い通り一瞬動きが止まる。
―――その一瞬が命取りなんだよ!
すぐさまビームサーベルで切りつける。
確かな、しかし軽い手ごたえだった。
「ああ、クソったれ……! 右手か…!」
だが、武装は剥いだ―――!?
▼△▼
―――それは反射だった。
命の危険を察知したガトーは無意識で最善を選択した。
腹部の拡散メガ粒子砲を撃ち込み、敵機を蹴り飛ばす。
残念なことにドムのメガ粒子砲は目くらまし程度にしか使えず、撃墜には至らない。
「だが、首の皮一枚つながったぞ…! 情報不足だったな連邦の犬……!」
口ぶりは荒々しく、されど口元は満足そうに歪んでいた。
彼に油断はない。もう油断のしようがない。
ヒートサーベルを再び構えなおし、突撃をする。
片腕を失い、バランスが可笑しくなっているはずの機体だ。普通は満足に動かせず鉄の棺桶に早変わりするはずのものだ。
だが、何故かそれは修羅と転じた。
しかし、相手もまたそれに呼応するかのように修羅と化した。
―――最後の死闘が、始まる。
アンケートは6/5までの予定です。
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