偽ギル様のありふれない英雄譚 作:鼠色のネズミ
目覚めろと、何処からか声が聞こえた。
最初の記憶は暗い淵。生命と死の境界も曖昧な生暖かい水、水に揺れる草のように力も入れずに揺蕩う。
自我を手に入れると同時の――洪水
巻き起こる水の渦に体を任せ落ちていく感覚。不思議と危険は感じず、身を委ねると充足的な安寧感を得られた。そうして居ると突然、何の前触れも無く押し出される。
行けと、生まれるのだと
何者かが声を張り上げる。そしてそれに従うように
誕生を果たした。
世界が忽然と姿を消し、新しい形に受け入れられてから、決して短くは無い時間が流れた。
齢、未だ15にも関わらずの即位。前王の急没が理由なのだが若くして没した王は、俺一人のみの血筋を残してこの世を去ってしまった。
一般人が入る事など到底許されぬ王宮の最深部。金、銀、鉱類で彩色された部屋の内装を見渡して一息つくと同時に、深く腰掛けて布を取る。さらりとした金の髪が目元近くまで垂れ、それを振り払うように頭を左右に振った。
「王よ、御時間です」
不意に部屋の扉が開く、部屋の中に入る時は伺って欲しいと言うのは既に何度目か。大した感情も持たずに軽く咎め、蒼い双角をあしらった布を巻く。
前世を含めての初めての体験。それに心臓は早鐘を打つが落ち着けと心を無理矢理に抑え付ける。
「王よ…御立派です。きっと先代様も一抹の不安も抱かないでしょう」
何時からか、自分の隣で世話を焼いていた麗しい見た目の麗人が目元を押さえる。彼女以外にも目を凝らせば様々な者が居るが、誰一人として悪感情を抱く事は無い。
俺はそれに気が付いているが声にも出さないし止める意味も無い。
「先代様も同じ物で…国を幾度も救い、導いてきたのです。
…不思議なものですね、まるで貴方様が最初の所有者の様にも見えてしまいます」
その言葉に返す言葉が見つからない為、俺はふん、と一つ鼻を鳴らした。
右手に籠めた黄金の篭手に、濃い青色の大きく開いた襟服。下には丹塗とも言うべき真紅の長ズボンに青いライン、大鷲を彷彿とさせる荘厳な両翼が後ろから覗く。
そして 頭部
捻るようにして巻かれた白布と蒼の双角とも言うべき奇妙な飾りに、総てを見透かすような赤目と綺羅びやかな金髪。
『賢王』ギルガメッシュ
それが今の俺だった。
その人物を見たのは一年や二年前では無い。きっかけは些細なテレビアニメ
「Fate」
それこそがこの人物、「ギルガメッシュ」の舞台だった。彼の活躍を画面越しに見た俺はきっと酷く魅せられたに違いない。
無尽蔵の圧倒的な財宝に、人を惹き付けては止まないカリスマ。慢心に溢れたその余裕と一線を画する強さ。俺は瞬く間にこのキャラクターの虜となった。
勿論、彼の親友のエルキドゥも、天の女神のイシュタルも、冥界の女主人のエレシュキガルも、全員がとても魅力的で大好きだけれど、当人になりたいと願った事は無い。
理由は簡単で、自分には重すぎるから。
ギルガメッシュの活躍の裏には彼の並々ならぬ苦労や涙がある。そうであるのが物語だからだ。
時に友を喪い、時に創造神と敵対し、時に過労死までする。そんなロマン溢れる物語のキャラクター、しかし強大でも無敵と言う訳ではない。
「Fate」シリーズにおいてのエンディングは完全なハッピーエンドが少なく、誰かが「別れ」もしくは「死」を辿るビターエンドが主流だ。それは見ている側からすれば深みを感じ、物語の余韻に思いを馳せる事が出来るから良いのだが自分が経験するとなれば話は別。冗談じゃない、あのギルガメッシュですらビターエンドなのに俺みたいな偽物だとバッドエンドまっしぐらだ。
偽物が本物に勝てない道理は無いと、Fateを代表する主人公は言ったがそれはあくまで洗練された偽物だけ。本物になろうと努力した偽物だけが本物に並ぶ事が許されるのであって、それがギルガメッシュであるのなら尚更だ。まだまだ自身の練度はあの「王」には届かないと強く悟る。
「〜〜エヒト様の御加護が〜〜」
即位の式典は着々と進む。今は教会の者が何か神の加護だとか祝福を唄うけれど俺は知っている。
――何れ、神とは決別しなければならないと
この世界の時代は、俺が知る物とはやや違っていた。
先ず文明が進んでいる。流石に現代日本とは言わないがメソポタミア文明よりは間違いなく進んだ時代だ。
二つ目に、神の存在。人類の九割が「エヒト」と言われる神を信仰している。本来であればウルクの都市神として女神イシュタルが祀られている筈なのだが。
このような違いを挙げればキリはなく、俺は諦めて一つの考えに辿り着いた。
――もしかして此処、平行世界じゃね?
と。
ウルクではない事にちょっと何処か残念感を覚えたものの、そうであるのなら常識をこの世界で養わなければならない。俺はこの世界について熱心に勉強していたが、やはり避けては通れないのが神の存在、「エヒト」である。
前世でティアマトとメソポタミア勢の戦いを視聴していた俺はめちゃくちゃに警戒して調べたが、不意に俺の目に見える景色が暴走した。
――自ら神を名乗る神性を帯びた人
――滅ぼす事に愉しみを覚え
――作り、壊され、また壊される。
――ただ、崇められるだけの悪神
――そして、何れはこの世界を――
この時に覚えた身の毛もよだつ嫌悪感と拒絶感は未だに忘れられない。
エヒトと言う者が神とすら呼べない、ただ只管に邪悪な諸悪の根源であるのだと理解した。
『
ギルガメッシュの持つ宝具の名、この世界を星の光の如く照らす偉業が、宝具へと押し上げられたモノ。それを可能にした千里眼は、現在から並行世界に至るまでの未来を見通す。
その眼には何故か過去が捉えられた。これ以来は過去の出来事を見ることは叶わなかった、様々な方法を試し見たがどうにも出来ない。
この世界で知れる事は未来のみ、確定した未来は未だに無い。この世界が「Fate」の何かは知らないし、もしかしたら俺がプレイするより前に終わったイベントなのかもしれない。
だが俺は、偽者なりに――王となってみせようと思う。
「では、引き続いて新王に神の御加護を」
一人の初老の男が俺にそう言う。周りの視線が俺に傾き、注目が注がれる。
しかし俺は動かない。金で装飾されたフカフカ素材の玉座の上で薄ら笑いを浮かべて足を組む、物凄く恥ずかしいのだがきっと、ギルガメッシュだから絵にはなっているだろう。
「王よ、如何なされましたか?」
そう言う男の顔には俺を敬おうとする意思など見て取れない。むしろ動かない俺に対して内心で苛ついているのが見て取れる。周りの者達も何事かと顔を見合わせて少し煩くなる。
「要らん、我にその様な物は」
ざわめきが加速を始める。一人残らず動揺を顕にして何かを話している。
心の中では悪い事をしたのがバレて、これから怒られると確定している時のような圧迫感が胸に掛かっているが、全力でギル様の余裕笑いを思い浮かべて心を奮い立たせる。
「…何のつもりですか?」
「何もどうも無い。我にはエヒト神の加護を受け取る必要は無いと言っておるのだ」
信じられないと言わんばかりに目を見開いて俺に問う男。悪いな、神とヒトの袂を別つ為に俺が神に触れちゃダメだし、何かされるとも分からんのだ。
心をひたすら膨らませ、見下す。自分は王だ、自分こそが最上で自分の発する言葉こそが正論だ。滅茶苦茶な論理の暗示を自分に掛ける。
「そもそも何故この儀式が在るのか、貴様等は知っておるか?」
「無論です、ハイリヒ王国を治める権利を神より委託され…」
「それが要らんと言っておるのだ。
我が王権は父上から引き継ぎしモノ。神から受け取ったモノでは無く、我が生まれついた時から持っている。
我は産まれながらにして、王である」
自分でもボロが出そうな理論だと思う。もしも話し相手が「それって貴方の感想ですよね?」とか言う奴だったら負ける気しかしない。だから相手の思考を上手く回らせないように威圧感的なのを背中から放出しておく。
反論するならしてみろ、屁理屈でも何でも時間を稼いで時間切れにしてやる。
「…分かりました、では新王よりお言葉を」
「待て!何を言っている!?エヒト様の容認無しにそのような…」
「新王様、此方へ」
お、おう…スルースキル高いっすね公爵さん。
何か滅茶苦茶喚いてるけど無視して良いんかな、良いのか。
「待て!話はまだ…!」
「連れて行け、我の邪魔だ」
そう言って指パッチンをすると何処からか来た屈強な二人組みがずいずいと引っ張って行く。前世を含めて言ってみたかった言葉が言えて少しばかり良い気分になるが、一瞬で気を戻して気を引き締める。
何事も始めは肝心、これから俺が言う事は途轍もなく重要で国の指針を示す言葉。本音を言えば「エヒト」の悪性とか悪行を暴いてコメンテーターの如く滅茶苦茶な批判をしたいが、エヒトの信仰は一朝一夕の物ではない。
恐らく言った所で民から「何言ってんだコイツ」的な目で見られかねないし、最悪エヒトが乗り込んで来て直々にぶっ倒される可能性まである。
だから俺は――決して民の事を思慮しない。
――
国中のあらゆる場所に黄金の波紋が開く。
本来であれば武器や金銀やらを放出するのだが、今回はその限りでは無く俺の声を聴かせる為。
国全体に余すこと無く俺の声を流すための手段。
『聞け!ハイリヒ王国に住まう民達よ!』
この日、俺が我になり
王となった。
エレちゃん、イシュタル様を出す方法が有るのですが…弱体化します。それでも良いですか?
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私は一向に構わんッ!
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判らぬか下郎、出さなくて良いと言ったのだ