偽ギル様のありふれない英雄譚   作:鼠色のネズミ

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王、策を練る

南雲ハジメが奈落の底へと落ちて行く。

その光景を、その場に居た者は全員が目に入れていた。

崩れ落ちる石橋、その欠片が瓦礫となって奈落へと向う。その光景の中に南雲ハジメも居たのだ。それでも、誰もが手を差し伸ばす事すら出来なかった。人として設計されている以上、情報が混雑を起こしてしまう。

しかし、ヒトの脳は非常に優秀だ。ハジメの姿が奈落へと消え、ベヒモスの断末魔が一片も響かなくなった途端に、漸く今の状況を理解する事が出来た。

 

 

「守らなきゃ……」

 

 

最も早く冷静になったのは白崎香織だった。

ハジメに惹かれ、月下の元で確かな絆を結んだ彼女。本当だったら今直ぐにでも叫び出したい様な残酷な現実。

しかし、彼女は目の前の状況に向き合うだけの精神力を持ち得ていた。それは偏にハジメに対する親愛と狂愛。白崎香織は何の躊躇いも無く、石橋があった虚空に向かって走り出す。

その様子にメルド、そして天之川たち仲の良い集団が正気に戻り、香織を行かせてはいけないと言う思考に至る。それでも、思考は思考のままで、現実にはならなかった。

 

 

「香織!駄目!」

 

 

動けたのは、たった一人だった。

長く後ろに結われた黒髪の纏まりが、無風の空気を泳ぐ。その持ち主である八重樫雫は、親友の細くて酷く女性的な体を強引に背後から抱き締めた。

八重樫雫は知っている。香織が中学生の頃、偶々ハジメと出会い、並々ならぬ想いを持って惹かれていた事に。

けれど、この場で奈落へ行く事に一体なんの意味があるのだろう。どれだけ運が良く、特殊な力を得ていようが、人間なのだ。心臓を抉られれば死ぬし、空を飛ぶ事が出来なければ死ぬ。

 

 

「嫌だ!離してよ!南雲くんは私が!」

 

 

「守らなきゃ」その言葉は続かなかった。何故なら彼女の意識は強制的に現世から剥離されたからだ。

意識を失い、一人で立つ事も出来ない親友を昏い気持ちのままで運ぶ。

八重樫雫には、洞窟の闇が、酷く濁った闇に見えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「王よ……ご報告致します……」

 

 

その夜、メルドは王の執務室へと出向いていた。

幸いな事に、迷宮からの撤退中、強大な魔物に襲われる事は無く、長い道程ではあったが無事に撤退する事が出来た。しかし、メルドにとっての地獄はここからである。

メルドは、自身の仕える王の性格を一片は知っているつもりだ。尊大で、冷酷で、唯我独尊。しかし其れ等が許される程に強大。

現にメルドは王の姿を直視せずとも、心の奥から湧き出る畏怖の念に歯が揺れそうな気持ちだった。きっと、自身の背には紅の瞳からの視線が幾つも突き刺さっているのだろう。

 

 

「騎士2名、魔法師1名、そして勇者側からは2名が死者。メルド、貴様は我に泥を塗る事を生業としているのか?」

「滅相もありません……」

「であろうな。貴様の本業は剣を振る事だ」

 

 

呼吸が覚束ない。産まれた瞬間の赤子ですら懸命に泣いて呼吸をすると言うのに、メルドにはそれが出来ない。

体からは倒れるのでは無いかと錯覚する程の汗が吹き出す。着慣れない正装がベタついて不快感がする。

 

 

「まあ良い、貴様の裁きは後だ。明日に勇者全員を集めよ。先ずは最大の失態をした愚者を裁かねばならん」

「王よ……責任は俺、いえ、私に」

「責任が誰に在るか、それは明日に明らかになるであろう。もう下がれ」

 

 

そう言ってギルガメッシュはメルドを部屋から出した。そして数十秒後、誰も居なくなると大きく息を吐き、長椅子に寝転んだ。「やってくれたな」それがギルガメッシュの抱いた感想である。

エヒト直々に送られてきた勇者。故に勇者達は教会内でも間接的にだが崇拝されている。その死者の責任は監督の騎士、そして上の王国、つまり自分達に向かって来るには自明の理だった。

ギルガメッシュとしては、教会側に権力を握らせない。握らせてたまるか。と言う精神で行動していたので、教会側に一枚のカードを渡す事となってしまうだろう。とは言え、こちらには財力と言う最強のカードがある。大きな影響は無いだろうが、暫くは教会との睨み合いが続きそうだ。

これからの出来事を軽く予想し、深く溜息を吐きながら一層身体の疲労感を椅子へ吸い取らせる。まつ毛で目に入る光量を調整しながら光源を見つめる。

 

 

「……先に手を打つか」

 

 

そうして、考えが纏まったギルガメッシュは部屋を出た。

彼の目が猫のように細長く、深淵を覗いた様になっていた事を知る者は、誰も居ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜は深い。

陽の名残も残滓も消え、熱の無い青白い月だけが浮かぶ夜。月明かりだけでは照らす事の出来ない場所というのも確かに在る。

勇者一行の一人、中村恵理が居る場所もその一つだった。召喚された大勢が宿泊する宿を出た街の一角。人は一人も寄り付かず、寂しさすら鳴る様な場所に彼女、中村恵理は居た。

しかし、月明かりも届かない深い一角には不自然な程に強く、溢れ出る様に光が跳ねている。その発生源からは一人の男が居るだけ。

 

 

「ぁ……!」

 

 

喉奥から出た掠れた音が夜に溶ける。声の発声主である中村恵理は、意図的に出した訳ではない、その声しか出ない状況にあったのだ。

 

 

「我に嗜虐の趣向は無いと思っていたがな、中々愉しい物もある」

 

 

愉悦に歪んだ微笑。その残酷なまでに美しい容姿の持ち主を中村恵理は睨み付ける様にして見上げた。

地に付いた両掌からは冷めきった熱がゆっくりと伝わり、手の熱が地面に奪われていく。

 

 

「……何さ、急に僕を呼び付けてコレかい?」

「ほう、それが貴様の核か」

 

 

中村恵理の印象を挙げろと言われれば、ハイリヒ、日本関わらずに皆は口を揃えて「大人しい」や「素直で優しい」と言った言葉を挙げるだろう。つまりは何事も大舞台に出る事があまりない少女なのだ。

しかし今、中村恵理が持つ雰囲気を見て「大人しい」と言う者は居ないだろう。眼鏡の奥から覗く双眸からは、野心に溢れた、それでいて狡猾で理知的な光が波打っている。

 

 

「そうだよ。誤魔化してもダメなんだろう?()()()

 

 

淡々と述べ、中村恵理は立ち上がった。それでも上背には大きく差があり、見上げるしか他がない。

昏い黒目と冷たい赤眼が交差する。しかし、その昏い目の奥には本能から訪れる脅えの感情も少なからず含まれていた。それでも、彼女の目に含まれた野心の光は消える事がない。

 

 

「我としてはだ。貴様等雑種が草を食もうが、肉を貪ろうが何とも思わん、好きにしていれば良い。だがな、我の手を噛む事だけは許されんのだ。」

「……それで?君は何を言いたいんだい?」

「我のモノになれ。中村恵理」

 

 

顔を極限まで近づけてその会話が行われた。

もし、この言葉がタイミングと場所が違えば、多くの者は傲慢な愛の告白だと受け取るかもしれない。しかし、その言葉には甘みに一片も無い事は、中村恵理が誰よりも分かっていた。

「モノ」になれ。つまり文字通り自分に従えと言う意。拒否権など与えられている訳がなく、反対したら容赦なく亡き者にされると、紅の視線は語っていた。

早い話、中村恵理はクラスメイト達を裏切る事を決めている。

同じクラスで過ごした仲間だと言うのに、何故こうもあっさりと冷酷な判断を下したのか、その理由はまた天之川光輝に在る。

 

彼女は幼い頃、両親から虐待を受けていた。そしてそれが原因で自殺を考えた。

誰も仲間は居ない。誰も自分を必要とはしない。自分には居場所が無い。その昏い気持ちは、何時まで経っても心を支配して、埋め尽くしていた感情。

その絶望感から救った人物こそ、勇者こと天之川光輝なのだ。心の奥底から愛情を欲した彼女、そこに居た天之川光輝は余りにも鮮烈で、余りにも大きな存在だった。

 

しかし、天之川にとってはそうでもなかった。

天之川にとっての恵里は、救済するべき一人。それだけの認識で、彼自身は恵里の様に居場所を欲している訳でもなく、愛情を求める必要も無い。全ては与えられていた。

故に、天之川にとって恵里の救済は既に「終わり」を迎え、もう出て来る事は無い「済んだ」一人だった。

けれど、恵里には理解が出来なかった。自分を救ってくれるんじゃないのか。守ってくれるんじゃないのか。自殺を止められた時に掛けたれた言葉はただ愚直に、阿呆みたいに動いては止まない。

「どうして」その言葉が胸の中で数千と渦巻いた時、漸く彼女は理解した。

 

自分は、天之川光輝にとって、「特別」でもなんでもない、たった一人なのだと言う事を。

 

彼女に渦巻いたのは諦めでも、呪詛でも無い。ただただの嫉妬。

憎かった。いや、今でも憎い。天之川光輝にとって「特別」に位置する白崎香織が、八重樫雫が。憎くて憎くて羨ましくって。

憎さ余って可愛さ百倍なんて言葉は、よっぽどの聖人じゃなければ成立しない言葉だ。彼女に渦巻くその行き場のない嫉妬と妄執が、ただそれだけが彼女を形成しているのと同意義。

 

だから、この異世界召喚と言う出来事は彼女の最大のチャンスだった。

彼女が得た天職は「降霊術師」文字通り死した者の残留思念を読み取ったり、遺体を動かす能力。

 

これがあれば、きっと――ボクの物になってくれる。

 

それが、中村恵理の原点、そして歪みだった。

 

 

「それで?仮にそうして、君と僕には何のメリットがあるんだい?」

「情報が敵へと渡らない事、それが我の利点だ。そして我の指示に従えば褒賞としてあの男をやろう」

「それだけかい?悪いけど、相手側と同じだよ」

「そうか、であれば我があの男を殺す」

 

 

そう言うと、闇夜に黄金の波紋が浮いた。

そしてその波紋からは一つのガラス製のフラスコ瓶が飛び出す。フラスコ瓶の中身には橙色に輝く粉が詰め込まれていて、オパールを砕いた様に言葉にし難い、鉱物特有の浅い耀きを美しく放っている。

 

 

「知っておるか?この世で、人が変異して成る魔物を」

「……ゾンビ」

 

 

ギルガメッシュが取り出した宝具。地球発の宝具で、ゾンビパウダーと呼ばれる。

その起源はナイジェリアの少数民族からで、ブードゥー教の死者蘇生の儀式で用いられると言われている。所謂都市伝説だ。死者蘇生とは言うが、決してそれは慈心から来る物では無い。寧ろその逆で死を持ってしても収まらない咎を裁く為、死者をより辱める為に行われる儀式なのだ。

ハイリヒでもゾンビの存在は知られている。しかしその違いは仮想(フィクション)現実(ノンフィクション)かの違い。

ハイリヒにおいてゾンビは魔物の一種と言う認識だ。朽ちた死体が空気中の魔力を取り込む事で変異する魔物で、白骨化していればゾンビとはまた別の魔物に成る。ハイリヒは日本同様、葬儀は火葬なので死者がゾンビになる例は少ない。冒険者が魔境に足を踏み入れ、そのまま死亡する事が主なゾンビの発生理由だ。

 

 

「実在のゾンビを見た事は無いだろう、アレは酷く不快な物だ。体は朽ちて変色し肚から臓物を垂れ流しにしておる。貴様の愛する男も、そして貴様自身も、我の手が一つ違えればそうなる運命に在るのだ」

 

 

その言葉に恵里は沈黙を守った。ギルガメッシュは彼女の特性を早い段階で看破し、彼女が裏切る事の無い様にする最適解をとっくに導き出していた。与える事も出来る。けれど自分は奪う事も同じ様に出来るのだと、自分に益を齎せば与え、自分に歯向かえば奪う。それが最も生産的だし、効果の有る方法だ。

 

 

「分かったよ。と言うよりそれしか道が無いからね」

「そう不満を言うでない。我は手に入れたモノは懇切丁寧に扱う主義だ」

 

 

それっきり、二人は何も言う事は無かった。

 

 

「良い夢を見ると良いな」

 

 

去り際にそう言われた恵里は心の中で一つ舌打ちを零した。

今日見る夢は、きっと喧しい程にキラキラしていて、とても眠る事は出来ないだろうと、勝手に心の中で思い。再び闇夜へと二つの人影が溶けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エレちゃん、イシュタル様を出す方法が有るのですが…弱体化します。それでも良いですか?

  • 私は一向に構わんッ!
  • 判らぬか下郎、出さなくて良いと言ったのだ

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