偽ギル様のありふれない英雄譚   作:鼠色のネズミ

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王、そしてオカン

呑気な鳥類が朝を告げる。

地球であれば鶏がソレに当たるがハイリヒでは似て非なる鳥が代わりを務める。ハイリヒの朝はそれから始まるのだ。しかし、無慈悲な事にこの鳥もまた食用、悲しい摂理である。

天之川達、勇者一行が宿泊しているのはハイリヒ王国きっての高級宿泊施設。目覚まし時計など無い為、大抵の者はこの鳴き声で起きる。

 

だが、大迷宮から撤退したあの日以来、目を覚まさない者が居た。

 

白崎香織、彼女だけは4日を越えた今でも死んだ様に眠っていたままだった。

美しく瞳を閉じ、意識を喪い続けている親友の手を八重樫雫はそっと握る。雫の心の内には複雑な思いが渦巻いている。早く目を覚まして欲しい、しかし目を覚まさなければ彼女が傷付く事は無いだろう。その境界で、彼女は揺れていたのだ。

クラスメイト達の雰囲気も悪い。いきなり転移した異世界に浮足立っていた様な明るい雰囲気も、人の「死」を目の当たりにして、これから起きる事に不安と恐怖で一杯になっている。

 

 

「……ごめんね、香織」

 

 

きっと、何一つとして彼女には聞こえていないだろう。それでも謝罪の言葉は罪悪感から産まれる。

あの場所で、南雲ハジメに行く事を許したのは自分だ。その判断は間違ったとは思わない。現に、彼のおかげで犠牲は最小限で済んだ。それは紛れのない事実だ。

けれ、クラスメイトは誰一人として彼に感謝も、憐憫も伝えない。南雲ハジメを死へと追いやった“流れ弾”が“自分の魔法だったら”と言う脅えに面して声を上げる勇気も無い。

 

 

「……うん、分かってる。そうしなきゃだよね」

 

 

八重樫雫は歩き出す。

 

きっと――その行動が正しいのだと信じて

 

 

 

 

 

 

 

ハイリヒ王国、王宮。

原則進入禁止で、ハイリヒ王国を代表する巨大建造物の一つ。今代の王、ギルガメッシュによって真新しく中心に造られた豪華絢爛を具現化した様な建築物。不思議な事に、宮殿の建築中には税が一ルタも増えなかった。王自らの設計と言う事もあり、観光目的で見物をする者も少なく無い。それでも内部を見ることは叶わない為、その内室は民の出鱈目な噂と都市伝説が出回っているばかりだ。

そこに、八重樫雫は入っていた。

 

勇者一行には部分的に王宮へと入室する事を許されている。

流石に執務室や、王の自室へ入る事は出来ないが、中庭で鍛錬に勤しんだり、応接室で上質な茶を嗜む事は出来る。とは言え八重樫雫が求めている事はどれにも当て嵌まらない。彼女が王宮へ向かった理由はただ一つ、ギルガメッシュに会う為だ。

しかしながら、ギルガメッシュは巨大な一国の王。そう面会を希望した所で出来る訳では無い。それに加えて王宮内は漠然とした造りになっている。一回来たからと言って覚えられる物でもないのだ。

 

早い話、八重樫雫は迷子気味だった。

 

右へ行ったり左へ行ったり、階段を降りて上がったり、そんな単調な作業を繰り返した足は悲鳴を上げる。こんな事になるのならメイドに付いてきてもらった方が良かった。そう悲観的でどうにもならない後悔をして、思わず床に座り込んでしまう。

足に乳酸が貯蓄されていく感覚。苦痛を伴った快感が脹脛から太ももへと伝わって行く。体感では既に1時間も歩いた様な気分で、雫からすれば価値の分からない複雑な形状の銅像の表情が煽っている様でムカついた。長いこと歩いた廊下だが妙な違和感も感じるし、床の居心地は良くはない。

 

 

「おや?君は誰だい?」

 

 

その直後、雫の目の前にきょとんとした様な表情を浮かべた人物が現れた。慌ててそのまま立ち上がり、その人物と目を合わせる。緑の美しい長髪を持った人物で、白い服をブカブカに着ている。何処か儚さを思わせる美人で、何十、何百の上に成功した芸術品の様な、そんな美しさを誇っていた。

雫は少し反応に遅れ、目の前の人物が侍女でもなければ貴族でも無い、何者にも属さない人物である事に疑問を覚えた。

 

 

「おっと、人に尋ねる時は自分からだったね。僕はエルキドゥだよ」

 

 

そんな彼女の困惑を知らずか、目の前の人物はエルキドゥと名乗った。何者かは分からないが、一先ず敵性は無いのだと分かり、雫も少しばかり安堵する。

 

 

「私は八重樫雫です。初めまして、エルキドゥさん」

「それじゃあ君が異世界から来た子なんだね?初めまして、会えて嬉しいよ」

 

 

彼女?はそう言って心底嬉しいと言う様に表情を綻ばせた。裏表のない、他意が全く含まれない心からの笑顔に心が少し軽くなった気がする。

 

 

「それで、此処には何の用事かな?」

「えーっと……ギルガメッシュ王に会いたくて……」

「そうなんだね、じゃあ行こうか」

 

 

そう言うと同時に、雫の視界がブレた。体の表面から空気を切る風の清涼感が同時に流れ込んでくる。行ったり来たりした宮殿の風景はどんどんと流れて行き、雫は自分が意思を持たずに宮殿内を移動しているのだと、少ししてから理解した。

 

 

「エ、エルキドゥさん!?」

「呼び捨てで良いよ!はい到着!」

 

 

不意に景色の線が止まる。そして体に迫る空気も消えた。目の前には自身の背丈を遥かに上回る巨大な二枚の扉があり、「入室厳禁」と金の張り紙がされている。雫は恐る恐ると言う様に扉へ近付き、入室を伺う様に扉を叩こうとした、途端。

 

 

「ギル〜!お客さんだってさ!」

 

 

扉は豪快にブチ開けられた。エルキドゥの手によって。

その瞬間、八重樫雫は何が起こったかの順序思考が出来なかった。勇者一行と言う肩書きがあるとは言え、礼節を欠けば普通に呆れられるし、怒られる。今の状況を地球で例えるなら、首相官邸に殴り込みに行った様な状況なのだ。叱られないと言う事は無理な話だろう。

そんな事で心をビクビクさせていると、恐れを知らないのか、エルキドゥはズカズカと部屋に上がり込み、視界に移っていた金塗りの巨大な二人がけの長椅子に座った。雫が呆然としていると、空いた左側をポンポンと叩き、「おいで?」と無言で伝えてくる。

 

 

(行ける訳無いでしょう!?)

 

 

心の中で雫は絶叫した。一体、何処の世界に最高責任者の部屋に無言入室した挙げ句、座り込む神経の図太い人が居るだろうか……否、目の前に居る。目の前にその神経が図太いヒトが居る。

とは言え、雫は周りと比べて常識的ではあると言う自負がある。雫には今、ズカズカと部屋に入り込むだけの勇気は無かった。

 

 

「何をしておる。さっさと入れ」

 

 

その雫の躊躇を感じ取ったかの様に、もう一つの声が空を鳴らした。エルキドゥを、鈴が鳴る様な凛澄んだ声だとすれば、この声は極限まで張り詰めた弦を鳴らした様な声。張り詰めた、その中で他を圧倒するこの上ない力強さを含んだ声。

一度聞けば、そう簡単には忘れる事の出来ない。ギルガメッシュの声だ。

 

 

「し、失礼します!」

 

 

その声に弾かれる様に、雫の両足は動いた。それでも日本の行き届いた情操教育からか、一言を付けて述べてから大きく開いた扉を潜った。部屋の中を見渡す様な事はしなかったが、部屋の造りは大体分かる事が出来る。

先ず、目に入るのは巨大な玉座だろう。立った成人男性を越えるほどの大きさを誇り、両方の腕掛けには純金の金箔が輝いている。その背後にはこれまた巨大な本棚が幾つも並べられ、所狭しと図鑑並みの本が並べられている。

エルキドゥが座った長椅子はエナメルのわざとらしい輝きでは無く、控えめな本物の輝きを持っている。

 

 

「我の時間を割く。それは何十、何百の宝物を貢いだ者さえ叶わぬ事」

 

 

ギルガメッシュは玉座で頬杖を付きながら淡々と述べる。片手には薄い石版を持ち、雫とエルキドゥは意識の外に有る。それでも声色に秘められた暴力的な魅力は、冷情は、決して消える事が無い。

数えるのも億劫になるほど言葉を交わしたエルキドゥは兎も角、一度も会話らしい会話をしなかった八重樫雫には荷が重い程の重圧が音もなく襲う。その無垢な口撃に、雫の体を覆った皮膚からは汗が吹き出しては止まない。

 

 

「故に、貴様との会話には財以上の価値が有るのだろうな?雑種」

 

 

石版から、視線が外れる。そして眼を覗かれる。

体の内側から全てを見通された様な感覚。ただ視線が合っただけで陥る緊張と言う状態。

目は口ほどに物を言う。日本ではそんなことわざが有る。目で伝える情は口で伝えるのにも劣らないと言う意、ギルガメッシュの目に映る情は、雫を責める訳でも、慈愛を掛ける訳でも無い。只々、居る者として捉えているだけ。

この人物の前では他の者が脅威になる事は愚か、興味を引く事すら無くて、高貴な血筋すら持ち合わせない狗、雑種に等しいのだ。

 

でも、それっきりだ。

 

幼馴染(盲目的な正義感)親友(猪突猛進ヤンデレ)の尻拭い、その何年に及ぶ苦節に比べれば一瞬の事だ。

 

 

「今日は、お願いが有って来ました」

 

 

声が出た。メルドですら過呼吸を覚えた重圧の中で堂々と。

正義感で動いて後先考えない幼馴染(天之河光輝)に、想い人をストーキングする親友(白崎香織)。それらに何年と振り回され、胃に穴を開ける様な思いをした。時にはストレスで頭痛が止まらない時もあった。

それでも生来の面倒見の良さからか彼等に付き添い寄り添い続ける、人はそれをオカンと呼ぶ。

 

 

「ほう、我に直接会ってまで何を望む?申せ」

「クラスの、私達の戦争の参加を志願制にして欲しいです」

 

 

重圧が、より強くなる感覚。

ピリピリとした静かな痛みが全身を走る。ギルガメッシュと目を合わせる事はもう出来なかった。体に視線が突き刺さる、その分かりきった事実が胸に動悸を走らせる。

 

 

「魔人族との戦争、それに参加すると言ったのは貴様等では無いか。今更それを撤回させろと言うのか?」

「南雲くんが死んで……クラスメイトの皆の多くは意気消沈しています。この状況で皆を戦争に参加させる事は得策とは思えません」

「それが何だ、戦争では更に多くが死ぬ。当然の摂理だ。一人が死んだ所で、貴様等はそれを知っていた筈だろう?」

 

 

言い返す事は出来ない。ギルガメッシュの言葉は全てが正論なのだから。

戦争という事において、日本以上に教育が施されている国は稀有だろう。地球で唯一核爆弾の被害を受けた国であり、それを二度と起こさない、二度とこの悲劇を繰り返してはならないと言う負の遺産として、戦争の凄惨を語り、12歳にもなれば学ぶ。

 

日本において、戦争は紛れの無い「悪」だった。

 

正義を掲げ、正義感で動き、自分を正義だと信じて疑わない天之河光輝は、あの日――「悪」に助力すると言ったのだ。後悔先立たず、後の祭り。戦争は嫌だ、けれどソレが完結しないかぎりは地球に戻れる保障が無い。

だけど、どうしろと言うのだ。一介の高校生でしか無くて、特別な力が与えられたからと言って日常的に誰かを傷つける事も無くて。

 

雫は、恨まずには居られない。

 

何故、私達を選んだのか。大人と子どもの境界に立っていて、まだ全ての事も学び終えていないと言うのに。

虫の良い話だと、分かっている。それでも雫は頭を下げる事しか出来なかった。

 

 

「ねえギル、僕としては彼女の提案に賛成だけど」

 

 

そんな沈黙を破ったのはエルキドゥだった。無邪気で無垢なその表情を理知的に俯かせ、心做しか引き締まった様にも見える。雫は今、エルキドゥの正体がギルガメッシュと唯一平等に話せる親友であると知らない。なので突然話し始めたエルキドゥには少し驚いた様な表情を浮かべた。

 

 

「ほう、何故そう思う?エルキドゥよ」

「だってさ、戦えない人達は邪魔だもん。それに神の使徒で通ってるんだから、死んだらギルにも影響があるかもししれない。だったら戦える人に戦って貰った方が良いよ」

「満点だな、バターケーキをやろう」

 

 

徐に黄金の波紋が浮き上がる。そして一切れの黄色と茶色の断層を持つふわふわのケーキ生地が、ギルガメッシュの手で形を変え、エルキドゥの口元へと運ばれた。

 

 

「今の通りだ、伝えておけよ小娘」

「……ありがとうございます。それと光輝が、クラスメイトがすみませんでした」

 

 

話はそれで終わった様に見えた。しかし雫にはもう一つだけ話す内容があったので、それに続けて言葉を紡ぐ。

 

 

「南雲君が死んだ事を、死んだ原因を知っていますか」

「我が聞いた限りでは魔法の誤操作の流れ弾と聞いた」

 

 

ああ、やっぱりそうか。それで通ってしまったのか。違う、南雲くんの死は明確な意図があって起きた事なのに。

八重樫雫は全てを見ていた。あの火球は、あの魔法は――

 

 

「火球は、南雲君を殺した魔法は――檜山君の物でした」

 

 

ああ、言ってしまった。黙っていればきっと今のままでいれたのに。

南雲君は事故で死んだ。誰も悪くない。そうしてしまえばどれだけ楽だっただろうか。未だにアレが見間違いであって欲しいと願う。認めたくは無い。そうであって欲しく無い。それでも見た物は全てが現実で。

 

悩んだ。一人で悩んだ。

 

黙っている事も本気で考えてしまった。人間的に醜いと分かっていても、そうすれば誰も悪く無くて終わる。

だけど、それでも、未だに眠っている親友が、まるで自分の選択を見守っている様な気がして――

 

 

「お願いします……そうじゃなきゃ、きっと納得出来ない人も居ます」

「……良くぞ言った。貴様の勇有る言告、確かに聞いたぞ」

 

 

その言葉を終えた途端、雫の心は少し軽くなった様な気がした。

隠し事をしていれば、その分何かに影響が出る。何れバレると脅えを孕んで生きていく事は決して精神衛生上良くない。バターケーキの甘い粉末が付着したギルガメッシュの手を舐めるエルキドゥに、雫は心の底から感謝を覚えたのだった。

 

 

 

 

 

 

「だからね、ギルはツンデレって云う部類なんだよ。本当は皆と仲良くしたい筈さ」

 

 

その帰り道、雫はエルキドゥと話しながら王宮の廊下を歩いていた。

帰り道では王宮の隠れ通路の申し子、エルキドゥが雫を出口まで送る事となっていて、行きの時の様に右往左往する事は無い。それでも5、10分では辿り着けない辺り、この王宮の馬鹿げた大きさが分かると言う物だろう。

 

 

(あら、この絵は初めて見るヤツね)

 

 

廊下に等間隔で置かれた装飾品、雫はそれらを一通り見たつもりだったが、まだまだ見ていない物も当然ある。

雫達が元居た地球で、世界最大規模の博物館である故宮博物院に収められていた美術品は凡そ70万点。それに対してギルガメッシュが持つ宝物庫内の美術品は軽く1000万点を越える。

壁画など、大き過ぎたり諸事情があって飾れない物もあるが、大抵の物は飾られているのだ。

雫が目にした絵画では、カワセミが黄金の川を泳ぐ魚を密かに狙っている。そしてその隣は抽象画、その隣は騎士像で……

 

ああ、なるほど。

違和感はこれだったか、雫は納得を漸く得る事が出来た。

その違和感は単純明快、「神」をモチーフとした装品が一つも無いのだ。

ハイリヒの地に召喚された時、教会には当たり前だが神の絵画が有った。雫が泊まっている宿にも、街中でも、適当に目を走らせればエヒトをモチーフとした物は目に入った。

 

エヒト様は人類の九割が信仰している。

 

イシュタルは、召喚されたクラスメイトの前で堂々とそう言った。そして紛れの無い事実だとするのなら――

あの王は、その「信仰していない」一割に入るのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




中途半端ですみません!許して下さい何でもしませんから!(あとがきで何時も謝ってる)
感想は絶対に全て返します(鋼の意思)だから多少の返信遅れは許してヒヤシンス

エレちゃん、イシュタル様を出す方法が有るのですが…弱体化します。それでも良いですか?

  • 私は一向に構わんッ!
  • 判らぬか下郎、出さなくて良いと言ったのだ

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