偽ギル様のありふれない英雄譚 作:鼠色のネズミ
部屋に残された我は一つだけ溜息を吐いた。
「何をしに来た……」
思わず本音が漏れる。正直に言えば、来ても来なくても変わらなかったまであるぞ?まあ、これ以上問題が増える前に退場してもらえたのはありがたい所だ。30人程度なら余裕で養える。
そんな愚痴混じりの思考を玉座の上でしていると、背後の本棚がクルリと一回転してエルキドゥが出て来る。
「そう易々と隠し通路を使われても困るのだが?エルキドゥよ」
「ゴメンね、こっちの方が楽しくて」
その言葉とは裏腹にエルキドゥの顔からは反省の色が見えない。きっとまた隠し通路で王宮内を移動し回るのだろう。その設計はエルキドゥの遊び場では無く非常用なのだが……
本棚が回転して隠し通路、又は隠し部屋。映画で死ぬ程見て憧れた構造の一つでもある。隠し部屋を作った所で、シドゥリやエルキドゥには絶対にバレるので、隠し通路にした。こんな風に王宮には
「彼女、良い子だったね。僕としても気に入っちゃった」
「胆力が座っていたな、他の者よりマシなのは認めざるを得ん」
そう言う我だが、心境的にはあの八重樫雫と言う少女の株価は大高騰している。
我じゃあ想像出来ないがギルガメッシュを前に自分の要求、それもクラスメイトの事を考えて、尚且目にした事をちゃんと伝える。
敵に立ち向かう事はとても勇気のいる事だが、仲間に立ち向かうのはもっと勇気のいる事だ。
そんな言葉がある。それ程に彼女の勇気は素晴らしい物だと思う。
「それでさ、檜山だっけ?を捕まえるのは何時にするんだい?」
「間も無くだ、逃げられても困る。早いに越した事は無いだろう。エルキドゥも来い、頼む事があるからな」
「じゃあ隠し通路を通って……」
「中庭だ、疾く行くぞ」
我がそう言うと、エルキドゥは不満そうに口を尖らせて我の後に続く。実は王宮中庭に通じる隠し地下通路もあるのだが……まあエルキドゥの事だ、我が教えなくてもその内見つけてしまうだろう。
我の部屋を出て廊下を歩く。ハリウッドスターが通る様な、高級感のある赤い絨毯を踏みながら世界の美術館の結集体と化した廊下の展示物を横目にする。そうすると、エルキドゥが突然一つの前で足を止めた。
「コレってさ、さっき彼女が凄い見てたんだよね」
そう言ってエルキドゥが指差すのは、世界最古のテディベア「ベア55PB」。シュタイフ社で100年以上前に製造され、数あるテディベアの中の「原典」……なのだが力を持たないに等しい。
本物の熊宛らの毛並みと、メルヘン特有の無機質で美しい瞳。それらが組み合わさり、抱き締めたい衝動に駆られる程の愛くるしさを秘めている。
「もうさ、物凄く食い付いてたんだよ。食べちゃうんじゃないかって思うくらいに」
「ガン見か」
「バターケーキを前にした僕みたいにね」
「余程だな」
そうは言っても、別に我は男だし可愛い物に目が無いと言う訳では無い。一つくらいは女子どもウケを狙っておいてみただけなのだが。
別に絶対に欲しいと言う訳でも無い、乖離剣やヴィマーナなら兎も角この程度なら別に無くとも変わらんだろう。
そう思い、テディベアを展示するガラスケースを取り外し、中には代わりの肉形石を置いておいた。
「何だか優しいね、ギル」
「褒美を取らせる事を忘れていた。時には健気な雑種に蜜をやるのも一興よ」
テディベアを片手に、会話をしながら歩く。しかし道のりが長くて余りにも面倒なので、四階を降りた所で窓から中庭へと飛び降りてしまった。
「でもさ、ギル」
「どうした?エルキドゥ」
「その檜山が魔法を撃った。って言うのは証言だけで実証拠が何も無いんだよね?彼が『雫は嘘を吐いている!冤罪だ!』なんて言ったらどうしようも無いんじゃないかい?」
「ふっふっふ……エルキドゥよ、我はその程度も予期出来ぬほどの蒙昧では無いぞ」
大理石で出来ている為、重さは凡そ1200kgにも及ぶが、ギルガメッシュの筋力を持ってすれば1tくらいなら簡単に持つ事が出来た。
「ギル、コレは何だい?」
我が出した物に興味を示したのか、エルキドゥは石円の男を指でツンツンとしている。
この石像の名前は、「真実の口」
きっと地球でも知らない人の方が少ないだろう、それ程までにポピュラーな物の一つ。使い方は簡単で、この男の口に手を入れて何かを話してもらう。
一度嘘を吐けば手が抜けなくなり、二度嘘を吐けば骨が潰される。そして三度目に嘘を吐くと入れた手の手首ごと噛み切られてしまう。
地球のイタリア、ローマにも真実の口は置いてあるが、それは別に嘘をつこうとも手首を噛み千切られる可能性は極小だと思うので、別に気にしなくとも良いと思う。
「論より実証だ。エルキドゥ、手を口へ入れると良いぞ。」
「うん?どれどれ……」
エルキドゥはあっさりと手を真実の口へと入れた。一回だけであれば手が抜けなくなるだけで済むので、別に痛い思いはしないだろう。とは言え、手が抜けなくなる感覚はとても慣れない物だとは思うが。
「エルキドゥ、適当に何か虚偽を言うてみよ」
「んー……僕は朝ごはんを食べてない!」
「もう良いぞ、手を引き抜け」
「特に何も変わらなかったじゃないか……あれ?」
最初はエルキドゥは怪訝そうに眉を潜め、手を引き抜こうともう一度強く手を引いた。すると腕がピンと張り、エルキドゥの本体は急ブレーキを掛けた様に空で止まる。それを何回か繰り返せば、段々と焦った様な表情が顔に現れて来る。少し性格が悪いが、その様子が中々に奇抜で面白い。
しかし、エルキドゥからすれば焦りでいっぱいの様で、必死の形相で手を引き抜こうとしている。
「い、いま呼び覚ますは星の息吹……!」
「待て、我が悪かった」
地面に手を付いて詠唱を始めたエルキドゥ。しかし真実の口が壊されてしまうと後々困ってしまうので、中断しに入る。エルキドゥの目には漫画でよく見る様に、渦巻の様なグルグルマークが浮かんでいる。
真実の口から手を抜く方法は簡単で逆の事、つまりは本当の事を言えば良いだけだ。
「焦ったよ……一生手を石に突っ込んだまま生きて行くかと思った……」
「心外だな、我はお前に斯様な不義を為す訳無かろう」
「うん、僕もギルの事は信じてるよ。ちょっとビックリしちゃって」
ともあれ「真実の口」の威力はバッチリ証明出来た。100%大理石で単体価値も高い物なので、エルキドゥに壊されたらたまらない。相当ポピュラーで知名度もあるので、宝具のランクとしては悪くないと思うが流石にエルキドゥからのマジ殴りに耐えられはしないだろう。
そんな一幕は有ったが、何とか真実の口を配置し、後は勇者達一行の到着を待つのみとなった。
「ん!来たよ!」
「[気配感知]か、便利な物だな」
エルキドゥには技能として強い[気配感知]を持ち合わせている。ランクにして【A+】でこれは大地を通じて遠距離の気配を感知する事が出来る。また、同ランクまでの[気配遮断]系の技能を無効化するオマケ付きだ。かくれんぼ最強格、そして斥候力は他の者に引けを取る事は無いだろう。
エルキドゥのその言葉の通り、勇者達一行が中庭に来るのにはそこまで時間がかからなかった。
「良くぞ参ったな、不自由は無いか」
我の[カリスマ]スキルがきちんと作動している事を感じ、堂々と話す事を心がけながら30人に余す事無く聞こえる様に程良い声を張る。勇者達の格好は日本の現代風では無い、ハイリヒに合わせた中世風の私服だ。鎧とかを着られれば少し厄介なので都合が良い。
「此度は二つ程、我の口から伝える事が有る。前フリは要らんな、本題に入るぞ。貴様等の現在の状況を省み、全員を戦闘要員として続ける事は厳しいと我は判断した。故にこれからは志願した者のみに訓練を課す。参加しない者も案ずるな、不条理に扱わず、生を保証する」
「それって……つまり……」
「戦わなくて良いって事!?」
我の言葉に少し遅れて、勇者達の一部に歓声が沸き起こる。この反応を見るに、雫の言っていた事が本当だと強く分からせられる。そしてクラスから聞こえる「ギルガメッシュ王万歳!」の声……背を這いずる様な心地良さがあるな。癖になりそうだ。
だが、二個目の事は大分ショッキングだと我は思うのだ。少し嬉しそうにしている其処の檜山、糠喜びは地獄を見るぞ。
「二つ目の事だ。貴様等には些か厳しい話かもしれんが、心して聞け。南雲ハジメの事についてだ」
我がそう言うと、歓声はまるでボタンを押した電球のように一瞬で静まり返る。予想はしていたが、やはり関わりが薄かったとは言え同郷のクラスメイトの死は、思う所があるのだろう。そして檜山、分かりやすく動揺した様な焦った様な表情が軽く浮かんだな、これはほぼ確定で黒色か?
「貴様等は神から遣わされた者だ。我として、この件を調査をする事に決めた。そこで少しばかり聴聞を行う事とする」
「待って下さい!南雲が死んだのは事故です!」
「そ、そうだ!事故で死んだんだ!」
言葉に割り込んできたのは最早恒例の勇者、天之河光輝。それに便乗する様にして檜山までが声を上げた。自分が罰されない様にと必死だな。
ふと、雫の方を見てみれば申し訳ないと言う様に胸の前で合掌し、頭を軽く下げるジェスチャーをした。幼馴染が迷惑を掛けてすみません。と言った所だろうか。
「そうだな、事故かもしれん。だが事故だからと言って調査を行わなくて良い理由にはならんだろう。寧ろ、その事故の再発を防ぐ為に調査は必要だ」
「で、でも!」
「御託は良い、貴様等の時間をそう取らせる事は無い」
そして我は真実の口の説明をする。説明では「アーティファクト」と言う事にしておいた。勇者達が使っている鎧や剣はアーティファクトなので、そちらの方が信用され易いと踏んだからだ。
一行を列に並べて、一人一人に当たり障りの無い質問をしておく。しかしこれはどうでも良い。どうせ意味の無い事で、檜山以外にはそこまで期待をしていない。
そうして、檜山の番が回って来る。
……ハッキリ言おう。100%此奴だ。
周りをキョロキョロと見渡したり、足をジタバタさせたりと、見れば落ち着いていない様子が簡単に分かる。首元には汗が浮かび、服の所々が汗汁で黒く湿っている。檜山は散々渋ったが、覚悟を決めたのか真実の口へと手を突っ込む。
「では質問をする。南雲ハジメの死に貴様は関わっているか?」
「いいえ!」
その途端、真実の口は檜山の手を捉えた。手を抜こうにも抜けなくなってしまう。
その事は、自分が南雲ハジメの死に関わっている事を意味している。
「我の前で欺瞞を為そう等、傲慢が過ぎるぞ、雑種。次に虚偽を述べれば貴様の手骨は粉々に砕ける。その上で述べよ。貴様は南雲ハジメの死に直接関わっているか?」
「いいえ!」
二度目の虚偽、それにより真実の口は容赦なく口を閉じる。一つ一つ、パキパキと耳に届く音こそが骨の砕ける音なのだと理解するが、その痛みはやはり相当な物だろう。檜山の口からは骨の砕ける音を帳消しにする程、五月蝿い叫びが張り上げられている。
これで殆ど確定した様な物だろう。しかし最後にそれを確定させるべく質問を続ける。
「では、最後の質問だ。南雲ハジメを殺したのは――貴様か?」
「は、はいぃ!はい!」
その途端、真実の口は開かれた。
引き抜かれた手は茶色く、萎びた様に薄い。手の骨を砕かれた為に薄くなったのだろう。息を荒らげながら、フラフラと立ち上がる。
檜山を見る視線は主に二つ。驚愕と、侮蔑だ。
南雲ハジメの死は事故だと疑わなかった者は前者を、そして後者を浮かべる者も少なくない。
「ひ、檜山……どうして……」
「動くなアアァ!!近付くんじゃねえよおおォ!!」
天之河が近付いた途端、檜山が突然声を張り上げる。萎びた片手を持つ腕で側に居た人物の首元を締め上げ、もう片手で【火球】の魔法陣を浮かび上がらせている。
もしかしなくとも、人質を取ったつもりなのだろう。クラスメイトからは男女関係なしに悲鳴が上がるが、女子の良く響く高音が空を裂き緊張感を生み出す。
「おい!!騒ぐな!!巫山戯やがっ……」
しかしな……檜山よ……
「性能を比べるんだね?分かるとも!」
我の親友を舐め過ぎだ。
途端、下の泥から鎖が現れる。
其れからは瞬く間の出来事だった。鎖の数は一つや二つで収まる物では無い。幾十、幾百にも及ぶ波の様な鎖の応酬。瞬く間に檜山の体はすのこ巻にされ、虚空へと固定された。
鎖の発生源の泥塊が消え、再び緑の美しいヒトの姿を取る。一瞬前には生死を握られ人質になった、その事事態が無かった様に、
「我の前で欺瞞を働き、剰え我が親友に刃を向けたその不敬!死を持ってしても償えんぞ!最早、貴様の様な雑種にも及ばん塵屑は……生かしておく価値すら無い!!」
怒りと言う物が、此処まで制御の難しい物だとは思わなかった。頭に血が上る。良く使われる表現だが、正しく今の状態なのだと、心の底から判る。
これは、我が「ギルガメッシュ」だから怒っているのだろうか。
それとも、生まれ変わって尚、消える事の無い。封じ込めた「俺」の怒りなのだろうか。
……答えは解らない。俺は我になった筈だ。だったらこの怒りは「ギルガメッシュ」と「俺」両方の怒りなのだろう。
王の財宝が開く。この輩を葬るには何が良いか、何でも良い。剣を握らせろ。
「駄目だよギル。王さまが怒ったら、皆が怒っちゃうじゃないか」
ソレの声は美しかった。天使が謳う事が有るのであれば、きっとこんな声を上げるのだろうと、そう思う程に。
目に入ったのは、美しい緑の数千に及ぶ零細の線。その束。骨に堪える様な緑のにおい。
そして、無垢で無邪気なその
怒りが、波を引く音がした。
「……すまん、エルキドゥ。取り乱した」
「良いんだよ。僕も、君に同じ事があったら居ても立っても居られないさ」
軈て、騒ぎを聞き付けた宮の衛兵がやって来る。急激に冷却された頭は上手く動かず、エルキドゥが全てを説明してくれた。
我の頭が働きを取り戻した時、既に檜山は居なくなっていた。
「八重樫雫、褒美を渡していなかったな」
何とも言えぬ胸の気持ちを呑み込む様に、テディベアを押し付けて王宮内へと繋がる道を歩く。余りにも嫌な、何にも言い換えられない気分だったから、最後に聞こえた「人類最古のツンデレ……」と言う言葉は聞こえない事にした。
個人的に今の所一番好きな回でした
エレちゃん、イシュタル様を出す方法が有るのですが…弱体化します。それでも良いですか?
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私は一向に構わんッ!
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判らぬか下郎、出さなくて良いと言ったのだ