偽ギル様のありふれない英雄譚   作:鼠色のネズミ

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【幕間】オルクス大迷宮②

――地獄を見た

 

 

頭を割られ、血で地表を濡らし、息を失った者達。今もなおクラスメイトを襲う骸骨兵の背中。

叫び出したい様な惨状の中、酷く心だけは冷たく現状を受け止めていた。現実じゃなくて、夢であって欲しいと、強く願う事しか出来ない。そんな一抹の希望さえも、地を捉える両足が現実という事を瞬く間に呼び起こしてしまう。

 

誰かが叫ぶ、誰かが泣く、誰かが絶望する。

その光景をハジメは見つめる事しか出来ない。

 

 

――地獄を見た

 

 

知る顔も、知らない顔も、多くの者の命が転がる中に、現実という地獄を見た。

魔物が、ヒトが、自分自身が、終わりを持つ生物であるという実感。それと本能に刻まれた恐怖。

ベヒモス、それに伴う大量の骸骨兵。

怖いという感情が、こんなにも残酷で、こんなにも近いのだと改めて理解する。

心の底から爪先に至る全ての細胞が、命の危機を伝達して震えを引き起こす。一瞬前の決意を揺るがすような、ハジメの中で起きた小さな地震だ。

 

 

――地獄を見た

 

 

奪われた命があると言う事実が、何時かは理解しないといけない「死」は、最悪の状況で訪れた。

誰かの喧騒が煩わしい。誰かの慟哭に嫌悪感すら抱く。力を持っている筈なのに、死を恐れて動く事すら出来ていない者達。

 

自分だったら、という馬鹿らしい考えと下らない憶測は意味を成さず、力を持ち得ない自分自身が酷く恨めしく思える。

 

その名前を付けられない様な感情を糧に躰は動く。

絶叫。無能の精一杯の咆哮だった。

 

 

「“錬成”!!」

 

 

地面が迫り上がる。そしてハジメの正面に位置していた骸骨兵が奈落へと身を滑らせた。幾つかの遺体と共に。

誰かが名前を呼ぶ、声が聞こえる。熱い地面の感触。それらを感じ取るより早く、骸骨の第二波が現れる。

 

 

「邪魔だよ!“錬成”!!」

 

 

変わらない手段で、奈落へと幾つかの骸骨兵が身を滑らせた。その隙に骸骨兵達の合間を縫ってクラスメイトの方へと駆け抜ける。

不意に、影が自分の背後に立つ。背中から走る寒気、全身から吹き出す汗。鉱物の様に固まった首を振り向かせれば、爛々と窪んだ目を輝かせて骸骨兵が、鈍い光を放つ鈍ら剣を振り上げている。

 

――死

 

それを確信して目を瞑る。が、訪れる事は無かった。

 

 

「大丈夫かしら?南雲君。」

 

 

骸骨兵の剣は、もう一方の剣によって止められていた。白崎香織の親友、八重樫雫の手によって

ハジメは冷静に、腰元からナイフを引いて骸骨兵の足を砕くようにして切り裂いた。バランスを失った骸骨は奈落の底へと姿を消す。

 

 

「どうして此処に来たかは問わないわ。香織は光輝達の所よ」

「ありがとう!」

 

 

骸骨兵へと立ち向かうクラスメイトは決して少なくない。次に自分の命が失われるかもしれないと言う危機が、急速にクラスメイト達の心を奮い立たせていた。骨が砕ける音を聞きながら、石橋の上を走る。

そして、その先に居る彼女の背

 

 

「白崎さん!」

「南雲くん!?」

 

 

石橋の上、バランスを崩して崩落しない程度に“錬成”を発動させて陥没させる。ベヒモスはそれに足を取られ、一瞬だけ時間が産まれる。

 

 

「南雲くん!どうして此処に……」

 

 

驚愕を全面に押し出した、その顔を見て安心感を第一に覚える。

良かった、彼女は生きているのだと。その実感が何よりも嬉しかった。

 

 

「ごめん!後で話そう、天之川君!坂上君!一度離れて!」

 

 

二度目の錬成。それはベヒモスの右前足を捉え、動きと体勢を一時的に崩す事に成功する。

その間、前線でベヒモスに軽攻撃を加えていた数人が離脱して戻ってくる。彼らの目に映る驚愕の視線が何十と突き刺さる。

未だ2桁しかない薄い魔力だが、ハジメには[魔力効率上昇]の技能があるため、少しはマシになっている。それも錬成に限られるが。

 

 

「後方から離脱したい!八重樫さんのおかげで一瞬持ち直してるけど、数が多過ぎる!天之川君みたいな高火力で薙ぎ払って欲しい!」

「分かった!ベヒモスはどうするんだ!?」

「少し、一瞬だけだったら足止め出来る!」

 

 

錬成の落とし穴、ヒット・アンド・アウェイではなく遠くからの遊撃に伴う離脱をすれば、きっと時間稼ぎ程度なら出来る。

 

 

「無茶だ!南雲、お前には!」

「良いから!早く!」

 

 

ベヒモスの足が引き抜かれた。そろそろ限界だ。

地面に手を付いて“錬成”を掛け直すが、やはり長くは持たないだろう。土の崩れる音、鉱石が砕ける音、それらが急激に鳴り出す。再動は既にそこまで迫っている。

魔力の余裕はまだ有る。少なくとも足止めに必要な分は。

 

 

「坊主!」

 

 

そう呼ばれると、ハジメは背を引かれて体を反転する。そして背を引いた張本人のメルドと視線が交差する。

メルドは、ハイリヒ王国騎士団の団長であり、ハジメ達の訓練をつけていた人でもある。尤も、工房に配属されたハジメは殆ど話したことは無かったが。

 

 

「……出来るんだな?」

「はい、やらせて下さい」

 

 

真っ直ぐ、愚直に目を見つめる。

出来る。最弱で、誰よりもありふれた天職で、だけどここには一人しか居ない自分なら、足止めは出来る。あくまで確信と言う仮定の中だけれど、信じて疑っていない。

 

 

「光輝達が道を拓く。1分……欲を言うと2,3分欲しい」

「大丈夫です。やれます」

 

 

そう言ってメルドさんと目を見合わせると、メルドさんは大きく頷いた。そして声を張り上げて天之川達、前衛職の者達を撤退させる。

 

 

「待って!南雲くんは……南雲くんは!?」

「大丈夫、直ぐに戻るよ」

 

 

皆が下がる中、彼女は、白崎香織はハジメに泣きつく様にして服の袖を引いた。彼女の顔は泣き出す直前にも、怒りのあまりに言葉が上手く紡げない様にも見える。

磐が一つ一つ剥がれて乖離する音が大きくなる。きっと間もなく怪物は再動する。彼女を早く戻らせなきゃいけない。そうハジメは思った。

 

 

「あっ、そうだ。白崎さん」

 

 

遂に怪物の四肢は解き放たれた。この場に立つのは既にハジメと香織の二人だけで、二人の持つ4つの耳を打ち破るような狂音が怪物の口から放たれた。怒りを強く含んでいる発声だった。

[言語理解]の技能を持ってしても理解は出来ない魔物の言葉。いや、きっと言語とは呼べないモノ。それが酷く心を殴り付け、心を打ち震わせる。

その啼声に、不安や恐怖に酷似した感情が巻き起こる。しかし、自分がするべき事は既に決めてしまったのだ。その実感と、感情を無理矢理に奮い立たせる為にも言葉を作る。

 

 

「足止めをするよ。でも、別にアレを倒しても構わないんだろう?」

 

 

そう言って、ニヤけてしまう自分が居る。

転移先で出会った、憧れにも似たモノを抱いた王様。それに出会い、言葉を交わしたという真実は未だに実感が沸かない。

それでも、その事実は全くもっての事実で、目の前で見た圧倒的な「王」としての威厳と、手元に残る莫大な財の一端がそれを現実味を帯びさせていた。

 

そして自分の状況が、決して叶うことの無い相手の足止めを務める事が、酷く知っている状況に酷似していた。そうであれば為す様に言っても良いだろうと思う。

正義の味方なんて大層な目標も持ってないし、それに見合うような力も授からなかった。

この言葉は、きっと自分の気持ちを立たせる為に言った言葉だった。

彼女の返答を聞く間もなくベヒモスは動き出す。彼女を手で後ろに下げて地面に手をつける。

 

 

「“錬成”!」

 

 

再動したベヒモス、今度は埋め落とすのではなく、()()

ベヒモスの両足が付いたタイミングで“錬成”を発動させて、地面から四肢が覆われる様に薄い岩の膜を張り巡らせる。

体から抜け落ちていく魔力の不快感を誤魔化すように声を張り上げ、筋に力を込めて地面を掴む様に力を込める。

 

 

「“圧縮錬成”!!」

 

 

[錬成]の派生技能である[圧縮錬成]。それをベヒモスの上から掛け直す。

薄い石の膜が圧縮され、ベヒモスの四肢をキツく締め付ける。岩の隙間から血が数滴滴り落ち、錬成した岩の膜を赤く染める。

これで、ベヒモスの両足は封じた。そして仕上げだ。

 

 

「“高速錬成”!」

 

 

[高速錬成]それを天井に向けて発動させると、ハジメの立つ石橋から天井に届く一本のポールが生まれた。

ハジメはそれを握り、もう一度“錬成”を発動させる。今度は天井伝いで。

枯渇が迫っている魔力、それを嫌という程感じながら行った最後の錬成。天上を構成する鉱物が形をゆっくりと変え、鋭く、刺し穿つ様な形へと変わる。

尖った大量の突起を一点に集中させる。狙いはベヒモスの脳天だ。細く、鋭く、そして早く。石の膜が、破れるより先に――

 

 

「“錬成”!」

 

 

魔力が間もなく尽きる、その確信は間違いなく必中するだろう。現にハジメの体からは魔力が抜け、体から見えない力が抜け落ちていく感覚で一杯だ。

痙攣する指先をもう片方の震える手で抑え、魔力を流し続ける。愚直に、ただ一点だけ、其処に説明のつかない力を流し込んでいく。

そして――

 

 

「“錬成”!!」

 

 

喉から振り絞った掠れた叫び。それでも役割を果たし、天井に形成された巨大な鏃を天上から切り離した。

岩で形成された巨大な鏃は法則に従い、ベヒモスの胴体へと向う。落下の中で起きる加速のエネルギーを伴って、武器としての役割を果たす。

 

硬い物が互いにぶつかった衝撃音が響く。その衝撃音と伴って石橋に衝撃が加わり、大きく揺さぶられる。

その衝撃が収まると、ハジメの目前には鏃を背負ったベヒモスが見えた。貫く事こそ叶わなかったが、皮膚の装甲が割れて、錬成した鏃が背に突き刺さっている。

 

魔力に余裕など既に無い。叶うことなら今直ぐに寝転んで、この疲労感から沸き起こる強烈な眠気に体を委ねたい。

しかし、こんな場所で睡眠を取るなど自殺するのと何も変わらない。ハジメは石橋を急いで引き返す。汗が身体中に湧いて気持ちが悪い。額の汗が幾つか目に入る。バクバクと煩い程に生を実感させる心臓を押さえ、荒い息のままに全速力を崩さない。背後から絶えずに聞こえるベヒモスの鳴き声が一層、恐怖を生み出し足に入る力を加速させる。

前を見れば、クラスメイトの多くが隊列を組み、ハジメを待つようにして並んでいる。

どうやら撤退は問題なく行われた様だ。

 

詠唱を唱える者の一人には、昨日のこの頃にハジメを虐め、嫌う檜山大介の姿もあった。檜山の心の内に渦巻くのは、ハジメの帰還に対する歓喜でもなければ、ハジメに対しての嫌悪でもない。

それは嫉妬だった。

檜山こと、檜山大介は白崎香織に好意を抱いている。しかし、彼の好意は決して彼女に届く事は無いだろう。

その理由は、偏にハジメの存在。白崎香織が南雲ハジメに好意を抱いていると言うのは、クラスメイトも心の何処かで勘付いており、事実でもある。ハジメと香織が出会ったのは高校に入る前、そして一瞬の出来事だった。

それ故に、事の真実を知るのは当事者の香織、そしてその出会いを耳にタコが出来る程聞かされた親友の八重樫雫のみ。

それでも、檜山には納得が行かなかった。檜山はハジメが自身の下に位置する人物だと信じて疑わず、その人物が香織に好意を抱かれていると言う事実が何より苦しめた。

その苦悩は、ハジメへの怒りに変貌する。

 

逆恨みだと、客観的に考えれば分かる事だろう。それでも、檜山には到底受け入れ難い真実で、あまりに重かった。

そして、檜山の内側から悪意が形を成し、現れる。

 

ハジメは、それに気が付く事が出来ない。いや、出来なかった。

 

多くの魔法が、ハジメの頭上を越えてベヒモスに襲いかかる。クラスメイト達は時間稼ぎを買い、自ら窮地に飛び込んで来たハジメに対して、恩や感謝の念を少なからず抱いている。この魔法群は、その想いが多少なりとも詰まっているのだろう。そう、

 

━━ハジメへと飛来する火球を除いて

 

ベヒモスへと向う魔法、その一つは方向を変えてハジメへと襲いかかったのだ。

 

どうして、と

 

ハジメはそんな気持ち以外は抱く事が出来なかった。突然の出来事に、脳は動きを停める。

一度、ハジメはその衝撃に耐えた。石橋の上の突起に手を伸ばし踏ん張るが、体の所々を強く打ち、走る事など到底出来ない。それでもハジメはフラフラになりながら歩き、石橋を渡ろうとする。

その途端、石橋が倒壊を始めた。

後続のベヒモスの重量、そしてクラスメイト達の放った魔法が衝撃となり、ハジメの後ろから倒壊を始める。走らなければいけない、でも体の負傷でそう行かない。

 

 

「南雲くん!」

 

 

誰かが、そう言った。酷く、優しい声色で。

 

━━行かなきゃ

 

義務感にも等しい、沸き起こった感情。

戻らなければいけない。彼女を悲しませてはいけない。そんな感情だけは未だ尽きず、ボロボロの体を動かす原動力へと変わる。

身体中の火傷、打撲、器官の損傷。それでもハジメは歩みを止める事はしない。

 

けれど━━

 

橋の倒壊は止まる事をしない。

一つ一つ、足場は失われて行き、何一つとして残る事はしないだろう。

希望が、失墜する。

 

 

━━嗚呼、駄目だ

 

 

その声を最後にハジメは完全に途絶えた。

躰は、落下を始める。法則に従い、当たり前のように奈落へと落ちていく。

 

その頃、外では空に一筋の流星が流れた。

透き通った空、それでもまだ日の在る時刻のため、見る事が叶った者は決して多くない。

空に流れる、名も無い星屑の落下。

 

人は、それを凶兆と言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




長く待たせた上にほぼ原作とか……辞めたら?この仕事(趣味)

すみません!許して下さい!次話にはギル様出しますから!

エレちゃん、イシュタル様を出す方法が有るのですが…弱体化します。それでも良いですか?

  • 私は一向に構わんッ!
  • 判らぬか下郎、出さなくて良いと言ったのだ

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