ソードアートオンライン Monster Hunter World 作:GZL
キリトは現在、最前線である層の転移エリアでアスナが来るのを待っていた。しかし、いつまで経っても来ないのだ。昨日、何時にどこで待ち合わせにしようと決めなかったこともあるとは思うが、ここで数時間待っているキリトはそろそろ限界だった。
来ないなら来ないでそれで構わないとキリトは思っていた。メリットはない…というわけではないが、デメリットの方が大きいと感じているからだ。アスナがいれば、仮にやられそうになった時に助けてくれるが、逆の立場だったら面倒事でしかない。
そんなことを考えていると、不意にこんなことを思い出してしまうキリト。
(あの時…サチたちを助けずに放っておけば、こんな想いをしなくて済んだんだ…)と。
キリトは後悔していた。いつまで経っても、忘れることが出来ない悲しい過去を…。
すると、転移エリアの方から「きゃああ!」と可愛らしい悲鳴が聞こえてきたと思えば、即座にキリトの身体に誰かがのしかかってきた。
「どわあ!」
突然のことでキリトもこれが誰なのか分からずに身体を触っていると、やけに柔らかい場所に手が触れた。
「ん?なんだ?これ……柔らかい…」
「えっ⁈い、いやあ!何するのよ…‼」
聞き覚えがある声が耳に入ったきたが、すぐにキリトの頬にとんでもない痛みが走った。
「ぐえっ‼」
重力に逆らって身体は明後日の方向に吹き飛び、キリトの身体は破壊不能オブジェクトにぶつかって止まった。
「たたた……。何だよ、誰だ…よ…」
頭を抱えながら最初いた場所にキリトが目を向けると、そこには胸を腕で隠して、涙目のアスナの姿があった。それに怒りの表情を向けている。
そこでキリトは気付いた。彼の手は彼女の触ってはいけない場所を何度も触れてしまっていたことに…。アスナの殺気に臆したキリトはすぐに口から謝罪の言葉が出てきた。
「あ……わ、悪い。それと…おはよう…アスナ」
「っ‼」
歯を食い縛って恥ずかしさに耐えているアスナはキリトの陽気な反応に更なる怒りを覚えて、更に睨む眼力を強くした。キリトは内心『ヤバイ…』と思いながら、彼女がどう来るか、冷や汗を流しながら待った。ところが予想外にアスナは怒鳴ることも、それ以上殴ることもせず、立ち上がってキリトのすぐ後ろに隠れた。
「は…え?」
「隠れさせて!」
アスナは誰かから逃げている様子だった。
それを裏付けるような出来事はすぐに起きた。転移エリアから昨日キリトたちと会った男…クラディールが姿を現した。奴は辺りを少し見渡して、キリトの方を見るとすぐに近付いてきた。
「おい!貴様、我らの副団長を勝手に持っていくな‼」
因縁を付けられていると思ったキリトは溜息を吐きながら、クラディールに弁明するために説明を始めた。
「何か勘違いしてないか?護衛さん」
「あ?」
「俺は別にあんたのところの副団長と何かしたいわけじゃない。むしろ、無理矢理同行させられてる身なんだ。どうぞ、好きにしな」
それを聞いたアスナはびっくりした表情を作って、キリトに怒鳴る。
「ちょっと、キリトくん⁈昨日の約束、忘れたの⁈」
「元々乗り気じゃなかったんだよ、アスナ。お前も集団の規律ってやつを学べよ」
そう話していると、クラディールの表情は昨日とは打って変わって、優しいものに変わっていった。
「そうか。ご協力感謝する。…ではアスナ様!戻りましょう!」
「いやっ‼」
部下に見つかってもなお逃げようとするアスナを無理に捕まえて、本部に戻そうとするクラディールの行為は端から見れば、暴力的に見えるが、この世界ではそんなものを取り締まるものはなく、アスナは副団長だ。
勝手に動けるご身分でもないのだろうとキリトは思った。
「助けて!キリトくん!」
キリトは彼女の呼びかけに答えるつもりはなかった。だが、アスナのこのセリフとあの時の『彼女』のセリフが絶妙にマッチしていることにキリトは気づいてしまった。
『助けて!誰か助けて‼』
その時の記憶が思い出されてしまったキリトは、もうアスナの言葉を無視することは出来なかった。
「…っ」
気付けばキリトは、無意識のうちにクラディールの腕を掴んで、彼を止めていた。
「ん?」
「悪い、予定が変わった。アスナは、副団長は今俺とコンビを組んでいるんだ。今日のところは一人で帰ってくれ」
「何を言ってるんだ、貴様は!貴様如きにアスナ様を預けて無事なわけがない‼」
「護衛という名目なら、あんたよりはマシだ」
ビーターのキリトと比べられたことが余程癪であったのか、クラディールは身体をワナワナと震えさせ、怒りの表情を露わにさせてゆく。
「…そこまで堂々と言えるんなら……俺よりも強いということなんだよな⁈」
クラディールはオプションを開き、キリトにデュエルを申し込んで来た。
ここで引き下がれば、アスナは有無を言わさずにクラディールに連れていかれるだろう。
別に構わないが、あんな気障なことを言ってしまったからには引き下がれなかった。
「分かったよ。引き受けるよ」
「キリトくん!そんなことしなくていいよ!私が追い返すから!」
「アスナ、一度言ったことは変えられないんだ。大丈夫だ、俺はあんな奴には負けないからさ」
キリトはそうアスナに宣言しながら、デュエルの申し込みを受けた。
対戦方法は色々ある。攻撃を一撃でも受けたら負ける初撃決着形式。
体力を全て奪った方が勝ちになる完全決着形式。
後者の方を行えば、もちろん死ぬのだが…クラディールはなんとその形式の方を申し込んで来たのだ。
それを見たアスナはクラディールに抗議の声を上げた。
「クラディール!完全決着なんて……何考えているの⁈」
「これもアスナ様の信用を取り戻すためです!それにこいつは妬まれているビーター!死んで当然です!」
アスナは歯をギリッと噛んで、自らの剣に手を伸ばそうとしたが、キリトが止めた。
「…いい」
「でも…!」
「…慣れているから」
キリトはそう言いながら、背中に収めている『覇王剣』を抜いた。
クラディールも腰に収めていた大剣を取り、キリトに向けた。
この時、既にデュエル開始までカウントダウンは始まっている。
「ご覧ください、アスナ様!この私以外に護衛が務まる者がいないと、こいつを殺して証明して差し上げましょう!」
こいつは本当にそんなことでアスナの心を傾けられると思っているのか?とキリトは思ったが、無駄な思考は放棄して、剣を構えた。
クラディールも大剣を高々と掲げて、ソードスキルを発動する準備をしている。
奴の剣の構えを見て、あれはよく見る構えだと分かったキリトは、“あの手”を使おうと思いついた。
そして、命をかけたデュエルが始まった。
空に大きく『START』の文字が映り、その瞬間にクラディールは大剣に黄色のエフェクトを込めて、キリトに突撃していった。キリトもほぼ同時…いや、クラディールよりも少しだけ早く動いた。
キリトの予測通り、クラディールは重単発突進SSアバランシュを放ってきた。
キリトも奴の攻撃を受け流すために、突進SSソニックリープを放ち、奴の刀身にソードスキルをぶつけた。
お互いにソードスキルを放ち終えて、どうなったか見るが、キリトには何の変化もない。あったのは…クラディールの方だ。
「ば…馬鹿な…」
クラディールは刀身が半ばで折れた剣に向かって、小さく呟いた。
これはSAOの中でも屈指の実力者でしか扱えないシステム外スキル『
周りで傍観しているプレイヤーたちも「狙っていたのか?」と呟いているが、その通りだった。
キリトは殺すなんて野蛮なことをするつもりは全くなかったのだ。
剣を背中の鞘に戻して、完全に戦意を失ったクラディールにキリトはこう言った。
「武器を変えて戦うならまだ付き合うけど…どうする?」
この発言が奴の戦意に再び火を付けてしまったのか、クラディールはオプションから短剣を取り出して、キリトの方へ走り出した。性懲りもないと思いながら、もう一度剣の柄に手を付けた時、栗色の長髪が揺れると同時に奴の短剣が空中に飛んだ。
アスナがクラディールの短剣を細剣で弾いたのだ。
「アスナ様…」
アスナの表情は呆れと苛立ちを含んでいた。
「このビーター…いつものチートをしたんですよ‼血盟騎士団であるこの私がこんなチーターに負けるはずがありません!」
見苦しく言い訳を続けていると、アスナは淡々とした口調でクラディールに告げた。
「クラディール……血盟騎士団副団長として命じます。今回は直ちに立ち去ること、命令を無視するなら、ギルドからの脱退を強制します」
少し職権乱用じゃないかとキリトはツッコミを入れたくなったが、クラディールからすれば今のアスナの発言は恐ろしいものだ。そのためか、奴は暫しキリトとアスナを物凄い目で睨んでいたが、これ以上逆らっても無駄だと観念したのか、肩の力を抜いて脱力する。そして転移エリアに行って、血盟騎士団の本部がある第55層へと戻っていった。
クラディールが立ち去った途端にアスナは力が抜けたのか、キリトに寄り掛かる形で脱力した。
「大丈夫か?」
「うん…ごめんね。変なことに巻き込んじゃって…」
「いや、元はと言えば俺が悪いし…」
そう言うとアスナは少し顔を膨れさせて、キリトの顔に指差して説教を開始した。
「最初!私のこと見捨てようとしたでしょ‼どうして⁈…まあ、助けてくれたから、嬉しかったけど…」
「…どうしてって、放っとけなかったんだよ…」
「突然?」
「そ、それは…」
キリトは言いにくかった。
アスナのあの時の表情、セリフが『彼女』とそっくりだったからなんて…。
「それは?何?」
アスナが上目遣いで聞いてくるため、ちょっとだけ照れてしまったキリトはどうもぎこちなくなってしまう。
「とにかく!助けたからいいだろ‼ほら!さっさと行くぞ!」
キリトは理由を追及されまいとさっさと迷宮区の方に歩く。
追及されたくないもあるが、彼は…もう『彼女』のことを思い出したくないという深層心理も働いている気もした。
先程のデュエルを見て、流石黒の剣士と言われるだけの存在であると『奴』は思った。
無駄な動きが一切ない。
『奴』はキリトみたいな男と本当の殺し合いがしたいと思っている。理由としては、最近は動けなくなったり、ひ弱なプレイヤーを殺すことが多くなってきて退屈だからだ。
仮に殺し合いが出来なくても、仲間にすることは可能だ。
『奴』が持つ黒剣さえ使えば…どんなプレイヤーでも操り人形だ。
だがまだその時ではないと『奴』は感じた。
黒の剣士が更に強くなるまで時を待とう。
そう心の中で思いながら、『奴』は腕に彫ってある笑った棺桶が入った刺青を隠しながら、黒いポンチョを翻してこの場から消えるのだった。