ソードアートオンライン Monster Hunter World 作:GZL
チュンチュンと小鳥のさえずりが聞こえて、アスナは目を覚ました。
だが…隣にはユイがいるだけで、何も感じない。ついこの前までだったら…黒髪の少年が間の抜けた顔で寝ていることだろうに、今はその姿も形もない。
気がつけば、また泣いている。そんな自分が嫌だと思いながら、アスナは涙を拭う。ユイはまだ寝ているが、アスナは起こすことはせずに、ゆっくりと起き上がって、『例の場所』に向かう。
ログハウスのすぐ目の前…そこにはキリトが使っていた愛剣の覇王剣がある。砕かれた剣を十字架に見せかけて、墓の代わりとして使っているのだ。
アスナはこれを見るだけでも気分が幾分楽になることが多かった。まるでキリトと話をしているかのように…自分で自分を偽って…。
ドアを開けて、そこに向かおうとしたが、既に先客がいた。
「シノのん…リーファちゃん…」
「アスナ、おはよう…」
「おはようございます…アスナさん」
墓に見立てた剣の前にはシノンとリーファがいた。シノンはあの時、キリトを止められなかった罪悪感から…リーファは救いたかった兄の死をまだ受け止められなくて…。それぞれの想いを抱きながらも、キリトの分まで生きようと誓い、それを伝えたくて毎日のようにこの場所に集まっているのだ。
「アスナさん、大丈夫ですか?」
「大丈夫かと言われたら…ちょっとだけね…」
リーファがそう聞いたのは理由があった。
実はキリトが死んでから、もう1週間になるのだが、その間にアスナは何度も自殺未遂を起こしているのだ。キリトのいない世界に耐え切れず、何度と心が折れかけたのだ。
それをシノン、リーファ、ユイなどの人たちの支えがあって、どうにかまだ生きている。
「今日はどうするの?」
「そろそろ…食材が減ってきてるから、それを買おうかなって」
「私たちも手伝うわ」
シノンとリーファがそう言ってくれて、アスナは本当に助かっている。
実際、キリトが死んでしまったことで悲しんでいる人は数え切れない。それだけに支え合うことは非常に重要になっていたのだ。
「じゃあ準備してくるわ。ユイちゃんも起こさないといけないし…」
「待ってるわ」
アスナは一旦ログハウスに戻って、身支度を整える。
ところがドアを閉めた途端、抑えていた悲しみが漏れ出る形で涙が溢れた。口を塞いで、嗚咽を外にいる2人に消えないように堪える。
いつも同じだ。
みんなの前では気丈に振るっているが、誰もいなくなると、我慢出来なくなる。これの繰り返しだった。
「キリトくん…会いたいよ…」
ピクッとキリトの身体が動く。
その様子をアリスは見逃さなかった。キリトはたまに何かに反応している。何に反応しているか、アリスには分かるはずもなかったが、とにかく今日の朝食を食べさせようとスープの中にスプーンを入れる。掬ったスープに息を吹きかけ、キリトの口に持っていく。キリトは僅かに口を開けて、それを
食事をすることもままならないキリトは、1週間経った今、徐々に身体が痩せていってしまっていた。食事の量を増やそうにも、ほとんど口にしない。
「ゆっくり食べてね」
何度もスプーンを口元に持って行って、食べさせる。
アリスはこれを毎日繰り返していた。
ただ、最近はキリトのために食事を作ることが多くて、食材も減って来ていた。更には菜園で育てている野菜もまだ果実を付けておらず、どうしようかと考えてしまう。
考えた挙げ句、仕方ないため、買い出しに行くことにした。
アリスは頭巾を被り、青い服を隠すためにマントを羽織って、出掛けようと思ったのだが、そこで予想外のことが起きる。
なんと、キリトが出掛けようとしたレイナの服を弱々しくながらも掴んだのだ。それはアリスにとって大きな衝撃でもあると同時に歓喜するほど嬉しいことでもあった。
「行きたいの?なら一緒に行きましょう」
だが、キリトのことを一般のプレイヤーに見せるのは少し気が引けてしまうアリス。しかもキリトは右腕もなく、左目は完全に潰れている。そんな男を連れて歩いていると知られるのはどこか嫌だったため、キリトにも自身と同じような服装をさせた。黒い服を下に着せて、顔がほとんど見なくなるほどの頭巾を被せ、マントを付けた。
そして、車椅子を押して、自宅から出る。
外の景色はあの日から色付いて、緑から秋の紅葉に変わっている。
虚な視線をずっと向けているキリトに、アリスは優しく話しかけた。
「綺麗でしょ?キリト。あなたにはあまり無縁だったかもしれないわね」
アリスはキリトの正体を知っている。攻略の鬼と呼ばれた【白氷の姫】:アスナとゲーム上で結婚しており、彼自身は【蒼雷の二刀流】と呼ばれるこのSAOの中で最強のプレイヤーと称されている。
そんな彼が…どうしてこのようにボロボロの姿となっているのか…。それは未だに謎のままだが、とても辛い戦いを強いられたのだアリスは考えた。
それが原因で…廃人同様になってしまったのだとしたら…と考えたアリスは彼が元に戻るまで、介護してあげようと思った。他にも、
だから、アスナにも誰にも伝えず、看病しようと決心したのだ。
そのためにもキリトだとバレるのは避けなくてはならない。
それを気を付けようと思いながら、アリスは転移エリアでこう呟き、買い出しに行くのだった。
「第44層へ…」
実はアスナたちが向かったのも…第44層だ。それをアリスは知る由もなかった。
アスナはいつもの街路にある店で食材を買っていた。隣には手伝ってくれると言ったシノンやリーファもついている。アスナが買うものを手分けして買ってくれているのだ。
そんな時、珍しく店の中に罵声が轟いた。
「おい、邪魔じゃねえか‼︎」
声を荒げているのは男性プレイヤーで、怒っている対象は車椅子を押している女性プレイヤーだ。この世界で車椅子なんて珍しいと思いながら、アスナたちも騒動を眺める。
「こんな世界で車椅子なんか必要ねえだろが‼︎」
「……必要なのです」
「うるせえ!邪魔だからさっさと…!」
女性プレイヤーの頭巾を掴んで、更には拳を振り上げて、暴力に至ろうとした男性プレイヤーだったが、その拳は上がったまま下されなかった。理由としては、車椅子を押す彼女の眼力に恐れを成したからだった。途轍もなく険しい目付きが男性プレイヤーの怒りを恐怖に変えた。
男性プレイヤーは頭巾を放し、そそくさと店から出て行き、店は平和を取り戻した。
そして、露わになった女性プレイヤーの顔にアスナは思わず見惚れた。
頭巾を取った彼女の顔は端正で美しい顔だった。アスナと同じく背中にまで伸びる金色の髪を持ち、目の色はスカイブルー。恐らく日本人ではないだろう。
彼女は頭巾を再び被って、店の人にお金を渡してお店を出て行こうとする。
「あの車椅子に乗っている人…誰でしょうかね」
「さあ?NPCなんじゃないの?あの男も言ってたけど、普通のプレイヤーなら、車椅子に乗る必要なんかないからね」
そう話すリーファとシノンを
その人も彼女と同じように頭巾を被っており、その顔を見ることは出来ない。
ただ、長袖から見える左手から男性のように見えた。それにどこか懐かしいような気がして…アスナは無意識にその人に近付いてしまう。
それに気付いたアリスは、アスナをキッと睨む。
「…何?あなたもさっきの人と同じ要件?」
「いえ…その、車椅子の人は?」
「なんでもいいでしょう?あなたには関係ないわ」
アリスの誰にも引きつけないような気の強さにアスナでさえ、負けてしまいそうになる。それにアスナにはこれ以上彼らを引き止めることは出来そうもない。
黙ったままのアスナを置いて、レイナは車椅子を押して店の外に出ようとした時。
車椅子が店の角にぶつかり、座っていた人が地面に倒れかける。
それを止めようと、レイナが動くと同時に、決定的な言葉を吐いてしまった。
「危ない!キリト…!」
「キ……リト…?」
アスナの耳には、はっきり聞こえた。
車椅子から落ちかけた男性プレイヤーをどうにか受け止める際に飛び出してしまった発言が…。一瞬、頭の中が混乱するアスナだったが、すぐに我に返って、その人に駆け寄る。
その様子を見たシノンとリーファが不審に呼び止めた。
「アスナ?どうしたの?」
「…どういうこと?」
アスナの声は震えていた。喜びと怒りが混じりあって、冷静さを失っていた。
アリスは迂闊にキリトの名を呼んでしまった自分を後悔しながら、アスナを見詰める。
徐々に寄ってくるアスナをもう一度睨むが、2度も効くことはなかった。
「どうしてあなたが…!キリトくんを…ッ‼」
人前であるにも関わらず、アスナは怒声を上げた。
それを見たシノンは落ち着くようにアスナを止めようとする。
「落ち着いてアスナ!」
「離して‼︎キリトくんが…キリトくんが居るのよっ‼︎目の前に!落ち着けるわけ…」
アスナがシノンの方を向いた瞬間、アリスは転移結晶を持ち、自宅のある第83層へと帰る。逃げる隙を与えてしまったアスナはアリスがその場から消えると同時に、こう叫んだ。
「キリトくんを返せッ‼︎」