ソードアートオンライン Monster Hunter World 作:GZL
キリトは眠れずにいた。
今日はボス攻略も、死人を1人も出さずに終われた。次の層へ進めて良かった。それなのに…キリトの心はぽっかりと穴が空いてしまったような感じだった。
アリスの頬を切った時のことを、キリトは本当に覚えてない。
その瞬間だけ意識が飛び、気が付いた時には剣を向ける自分がいたのだ。恐ろしくなったキリトは紅剣をログハウスの空き部屋に押し込んだ。
あれを使うと、どんどん自分が失われていく気がしたからだ。
それを気遣ってか、アスナはあまりキリトを責めるようなことは言わなかった。しかし、アスナもあの剣の『異様』な力に、一度堕ちかけた。
全身を駆け巡る邪悪な力…全ての悪が集約されたかのような感情…。
それを握っただけで、そうなったのだから、使ったらどうなってしまうのか想像も付かない。
「キリトくん」
そっと話しかけるアスナ。
キリトはゆっくりと振り返る。その目は…何かを恐れているようなものだったが、アスナだと分かり、安堵する、
「大丈夫だよ、キリトくんなら負けない」
「…そうだと良いんだけどな」
「キリトくんはいつも通りでいればいいんだよ…。昔みたいに…闇に落ちなければ…」
「俺は一度たりとも落ちたことはないが?」
「ふふっ…そうだったね」
暫く顔を見つめ合い、2人ともゆっくりとお互いに唇を近付ける。
ほんの一瞬、触れ合った途端、アスナの脳内に龍の咆哮が轟いた。
驚きのあまりアスナは飛び退いてしまうと同時に、キリトを突き飛ばしてしまう。
「ど、どうしたんだよ、アスナ…」
あまりの怯え様に心配したキリトが肩に手を置くと…再び龍の咆哮が脳内で木霊する。
「いっ…いやっ‼︎」
キリトの手を払い退け、アスナは寝室から飛び出る。
呆然としたままのキリトだったが、時間が経つに連れて、自分が避けられていると思ってしまう。
「…アスナ、俺は…」
顔を手で覆いながら、天を仰ぐキリト。
その瞳は…赤黒い色に染まり切っていた。
その日をきっかけにアスナはキリトにどうしても近付けなくなった。
あの時と同じ…、キリトが意識のない時に感じた恐怖感そのものだった。何か分からない恐怖にアスナは怯え切り、それに気付いたキリトはいつからか、ログハウスには戻って来なくなった。
ログハウスに遊びに来たアリス、シノン、エギル、直葉の4人だったが、キリトがいないことに気付き、アスナを問い詰めると、事の顛末を聞いた。
「キリトから…龍の声が聞こえる?」
「うん…」
「…もしかして…その話…」
エギルは何かを思い出したのか、自身のポーチから一つの古文書を取り出す。これはキリトにも見せた、紅龍が君臨する時に世界で起きる事態を予言したものだった。
「それがどうかしたの?紅龍はキリトが倒して、事態は解決したんじゃ…」
「いや、この後の文章を読んでくれ」
アリスに古文書を見せる。
そこにはこう書かれていた。
『かの災厄を討ち払った者…その偉大な力を得る。そして…災厄を身に纏う』
「『災厄を身に纏う』って…意味が分からないわ」
「俺の推測だが、それが…キリトのオリジナルスキル【紅焔の威光】じゃねえかと思うんだ」
アスナの心臓がドクンと大きく鳴る。
確かにキリトは前回のボス戦もあのオリジナルスキルを使用した直後に様子がおかしくなり、今に至っている。
「つまりあの剣は…持ち主に圧倒的な力を与えると同時に……紅龍の力に溺れていく…可能性があるってことだ」
「それが本当なら…早くお兄ちゃんを探さないと!」
アスナも恐れているばかりではいられなくなった。
このままキリトを放置してたら、キリトは紅龍そのものへと変わってしまう。それだけは阻止しなくてはならない。そのためにアスナはまずログハウスの空き部屋に走った。あそこにはまだ紅剣がある。それを壊せれば…。
勢いドアを開けたアスナだったが、そこに置いたはずの紅剣は消えていた。
「まさか…」
次にアスナはログハウスを飛び出していた。
瞳には涙を溜めながら…。自分がキリトを恐れなければ…もっと自分が強ければ…と激しく後悔するアスナ。
もう既に…『代償』の時間が迫っていた。
キリトは気付けば…第90層のボス部屋に立っていた。
視界の上には《Congratulations》の文字、そして下にはボスモンスターの頭が転がっていた。更に先には傷だらけの肉塊があった。恐らくボスモンスターの胴体だろうが、原型を留めていない。
そして…キリトの両手には剣が握られており、どちらにも真っ赤な鮮血がこびり付いていた。
「ど、どうなってるんだ?俺が1人で…?」
困惑を隠せずにいると…陽気な声が耳に入ってきた。
「ヒュー!すげえな、キリト!90層のボスをたったの一人で倒すなんてなあ…」
「Poh…!」
キリトは咄嗟に剣を向けるが、Poh の剣から溢れ出る黒い妖気に包み込まれて、身動きが出来なくなる。
「くっ…!」
「まあそう暴れるな。俺の話を聞く気はねえか?」
「話…だと⁈お前みたいな人殺しと話すことなんてない!」
「…言うねえ、キリト…。だが、お前は聞かなくちゃならねえ…お前に起こっていること全てをな…」
Poh は黒剣を地面に刺し、腰を下ろす。
「俺の黒い剣とキリトの紅い剣…似てると思わねえか?」
「何?」
「まあ当たり前だ。お前の倒した紅龍は、俺がぶっ殺した黒龍とほぼ同種だからな…」
一体何の話をしているか分からないキリト。
身体を動かせないこの状態では、Poh の話を最後まで聞かざるを得ないだろう。
「こいつらの力は強大だ。プレイヤーに影響を与えるほどな…」
そう言うと、突然Pohの目は青く輝き、腕や脚、一部の身体の部位がまるで龍のような姿になる。その光景を見たのは、キリトにとって2度目だった。
「Poh…お前……」
「これが俺たちの龍の力…。禁忌の力だ!どうだ?惚れ惚れするだろ?」
「俺は…お前みたいにそんな力には屈しない‼︎」
「そうは言ってもなあ、キリト…。もう手遅れだ。お前は既に『代償』を払っているからな…」
「『代償』?」
その言葉を聞くのも2度目だ。夢の中で…男が言った言葉の中に、『代償』があった。
「さて…仕上げだ。お前も俺と同じようにしてやるよ…。禁忌の力と恐れられ、人々から忌み嫌われた存在である龍の力でな…」
Pohは黒剣を振り上げる。
闇色のオーラが纏った剣は、すぐに青白く発火し、忽ち蒼炎の黒剣になる。それは何にも遮られることなく…キリトの胴体に突き刺さった。
「がはっ…!」
今まで以上に紅龍の存在感が強くなる。キリトはもがき、耐えようとするが、Pohの黒剣の前には無力だった。
「アス…ナ…」
キリトの意識が遠くなる。
Pohはニヤッと笑い、最後に…。
「さあ、堕ちるところまで行こうじゃねえか…キリト」
【補足】
『代償』
これはMHFにあったスキルの1つです。いくつものスキルが入った複合スキルでしたが、この中に『死神の抱擁』というスキルがあり、これをベースにしています。原作は確か…1/8の確率で死亡する…というスキルだったはず(はっきり覚えてない)…。
本作では特定の剣による攻撃を受けると、特殊な状態になる。
特殊な状態…と呼べるかは微妙ですが、詳細は次話で明らかになるのでお楽しみに。