ソードアートオンライン Monster Hunter World 作:GZL
ユージオが次に目を覚ました時、そこはもう温泉が広がる90階ではなかった。天井にはプラネタリウムみたいに星座に見立てた結晶や美しい絵画が広がっており、その中心にはこの空間には見合わないベッドがポツンと置かれていた。
そして…そこには銀色の長髪で、喉を鳴らしてしまう程美しい少女が寝息を立てていたのだ。一瞬、その容姿に見惚れてしまうユージオだったが、すぐに彼女が最高司祭…アドミニストレータだと分かった。
「これで彼女を刺せば……」
ユージオは首に掛けた短刀を握る。大きく振り上げて、すぐに刺そうと思ったのだが、腕を上げたところで止まってしまう。
(でも…これを使ってしまったら…アリスとイーディスを元には…)
その躊躇によって、隙を存分に曝け出しているアドミニストレータが眠りから醒めてしまう。ユージオは身構えて、反射的の腰の剣に手を伸ばそうとする。
アドミニストレータは欠伸をかきながらも、ユージオを見ながら呟いた。
「…可哀想な子」
「可哀想?」
「ええ、まるで迷える子羊ね、愛を知らない愚かな子供でしかない」
アドミニストレータの言っていることが飲み込めず、呆然としてしまう。
「あなたを愛している人はいない。昔も…今もね」
「いや…僕は愛されている…!僕が子供の時、怖い夢を見た僕を母親は子守唄を歌って寝かせてくれた!」
「それは『あなた』だけにくれた愛だったのかしら?兄弟たちから分けてもらった、『お裾分け』のようなものだったんじゃない?」
「そんなことは…!」
「あなたはそんな借り物の愛で満足してる、可哀想な坊やだこと。でも、私ならあなただけに全ての愛を与えられる。そっちの方がいいでしょう?」
「いや違う…!僕は…愛されてる!」
側から見れば、明らかに道理の通らない会話であるのに、ユージオは何故か酷く動揺している。目は揺れ動き、落ち着きがなくなり、本来の短剣を刺すという目的は完全に忘れてしまっていた。
「…そうだ。僕にはアリスとイーディスが…」
「その2人も、あなたを愛してたかしら?」
「…え?」
「あなたは忘れている。あの時の、苦い記憶を…」
アドミニストレータの右手がユージオの額に軽く触れると、ユージオの意識は一瞬で子供の頃に戻る。
周りに広がる森、そして…奥から聞こえる子供の声…。
それがすぐにキリトとアリス、イーディスのものだと分かった。
ユージオはその声のする方へと、急いで向かう。
茂みを超えて、辿り着いた先の光景は…。
「え……?」
ユージオは思わず、目を見開いた。
そこにはキリトを中心にアリスとイーディスがくっ付いていたのだ。
更に彼らの会話がユージオの心を抉る。
「おい、そろそろ行かないとまずくないか?」
「良いじゃない、もう少しだけこのまま…」
「そうだよ、もうちょっとだけ!」
信じられない光景にユージオはその場で固まったままだ。
そこにアドミニストレータが背後から現れ、小さく呟く。
「ほら、誰もあなたを愛してない。そもそも…あなたを愛するつもりなど、一片もなかったかもよ?」
その声だけがユージオの耳に残る。
そして…ベッドで腰かけていたアドミニストレータは遂に動き出す。
服を脱ぎ、一糸纏わぬ姿となり、ユージオに語りかける。
「さあ、来なさい。私ならあなたにそれ相応の愛をあげられる。あなたが私のためにしてくれた分、愛を捧げるわ」
(愛って…そんなものなのか…?何かと交換で得られるもの…。それなら…僕は…)
もうユージオの心はアドミニストレータに傾いていた。
アリスとイーディスを失い、孤独を味わった7年間は、キリトやティーゼたちといた時間では、補い切れないものがあった。
そこに漬け込んだアドミニストレータだが、ユージオは気付くはずもない。彼は差し出された彼女の手を取り、共にベッドに倒れる。
「そう…それで良いのよ、ユージオ。愛が欲しいのね…。でも、まだあげられない。私の言う通りにして。まずは神聖術の起句を」
「システム…コール…」
(これで…良かったのかな?)
「次はリムーブ・コア・プロテクション」
「リムーブ…」
(でも…)
「コア…」
(もう僕は…)
「そうよ、いらっしゃい、ユージオ。永遠なる停滞の中へ」
(悲しい思いは…したくないんだ…。だから…)
「プロテクション…」
一粒の涙を零し、ユージオの意識は遠のいていくのだった。
全ての思い出と共に…。
ドサッと物が倒れる音と自らの身体に響いた衝撃でアリスは漸く目を覚ました。彼女が起きた時には既に暁星の望桜、つまり95層に到着しており、近くではキリトが膝を付いて激しく息を吐いていた。
「まさか…キリト、ここまで気絶した私を担いで…」
「ああ…流石に、死ぬかと思ったよ…」
礼を言おうとしたアリスだったが、服に付いているシミを見るなりに態度を急変させる。
「あ、あなた汗だらけではありませんか!私の服にまで付けて…!」
「はあ⁈ここまで運んできたのは俺だぞ?なんて言い草だ…」
キリトの愚痴を聞いてる間に、アリスは自身の右目に触れる。そこは布状のもので傷口を塞いでくれているが、痛みは微かにあり、視界も半分失われていることに、不安感は隠せない。
「止血するのが精一杯だった。アズリカ先生みたいに治せるかなと思ったけど、無理だった」
「仕方ありません、身体の部位を治すのは簡単ではありませんし、ましてや夜です。ソルスによる恵みもない。それよりもこの布は?」
「ああ、俺の服を千切ったんだ。俺のせいでアリスは目を失った訳だし……」
突然、コツン…コツン…と足音が響く。
2人とも臨戦態勢に戻る。中央の階段から誰かが上がってくるようだ。
アリスは警戒しているようだが、キリトは「ユージオか?」と呟き、階段の方へゆっくりと歩を進める。
だが、唐突に濃霧がこの95層を包み込む。
突然の事態にキリトは驚き、困惑する。逆に後ろで未だに構えていたアリスは階段を上がってくる主が分かる。
「この霧…キリト!戻りなさい‼︎」
アリスの声が届く前に凄まじい殺気がキリトを襲う。
背筋が凍るような殺気にキリトは剣を抜き、相手の攻撃を受け止めた。
大きな剣圧にキリトは大きく後退る。
霧の中から突然飛んできた斬撃は、キリトの服を掠めた。
「イーディス殿!お止めを‼︎彼は…罪人兼味方です!」
「おい…」
キリトは突っ込むが、アリスは未だにキリトを罪人と思っているらしい。
その声が聞こえたのか、霧はすぐに1つの場所に集合し、霧散した。
「全く…それならそうと早く言いなよ、アリス」
霧の中から姿を現したのはイーディスだった。
しかし、彼女の鎧は一部砕けており、更には右目も閉じているが赤く腫れ上がっている。
「ど、どうしたんですか⁈イーディス殿!その身体は…」
「まあ…そこの黒髪の坊やの友達と死闘を繰り広げたのよ。右目は別の要因だけどね」
(『別の要因』…。彼女もアリスと同じように自力で封印を破った…ということか?)
「でも、彼と戦ったお陰で色々と分かったわ。教会の実態と、私自身のこともね…」
「イーディスど…イーディス、私も本来の使命が漸く分かりました。この国を救う方法はただ一つ、アドミニストレータを倒すことです!」
イーディスも同じように頷いた。
ユージオがどうやらイーディスを変えたようだ。しかし…肝心のユージオはどこにも見当たらない。
「なあ!彼は…ユージオはどこだ?」
「ユージオは恐らく元老長チュデルキンによって、最高司祭の所へ連れて行かれた。何をされるかは…想像が付くけど」
「まさか…処刑⁈」
「急がないと‼︎」
キリトは我先へと階段を駆け上がる。
「ユージオ…待ってろ!」
今回は短いですが、ここまでです。