ソードアートオンライン Monster Hunter World   作:GZL

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第8話 血濡れた手を握る者

「よし、団長から言われた通り、この第55層で訓練をしてもらう!」

 

派手な顎髭を生やした血盟騎士団メンバーのゴドフリーは意気揚々(いきようよう)に言った。元々訓練を受けるとは聞いていたのが、血盟騎士団の本部がある層で訓練をするとは…。キリトはまだ信用されていないんだなと改めて分かった。

原因の1つはキリトがビーターだからってこともあるだろう。

 

「それと…今回は俺と君以外にも…」

 

ゴドフリーが手招きすると、角から見覚えのある顔が現れた。

クラディールだ。

 

「今日からは仲間ということで…ここらでお互い仲良くしようというわけでね、分かってくれるよな?」

 

キリトが困惑した表情でいると、クラディールが前に出て、キリトに頭を下げた。

 

「先日は…失礼致しました……」

 

「いや…気にしないでくれ…」

 

「よし!仲直りも終わったことだし、張り切って行こう‼︎」

 

キリトとクラディールは、小さく「おー…」と呟くのだった。

 

 

 

 

暫く峡谷の間を歩いていくと、ゴドフリーが声を上げた。

 

「よーし!ここで一旦休憩だ。ほい、昼食!」

 

ゴドフリーが投げ渡した弁当箱を受け取り、中を見るとアスナが作ったサンドイッチが入っている……ようにキリトは見えてしまった。実際はただの水と、粗末なパンしか入っていない。

これがアスナの料理に見えてきて、キリトもとうとう自分の目もおかしくなってきたのかと思ってしまう。

溜め息を吐きながらも、ボトルの中の水を一飲みする。

途端、キリトの身体に異常が起きた。

身体が痺れ、まともに動かなくなったのだ。キリトだけではなく、ゴドフリーも同じようで地面に倒れる。

唯一…クラディールだけはそうならず、まるで壊れた人形のように高笑いをし続けていた。

 

「この食料は…クラディールが……お前…」

 

今回、キリトもゴドフリーも解毒結晶を持って来ていなかった。

2人とも、この層で使う必要はないと余裕を踏んでいたのだが…こんなことになるとは想定出来ない。

クラディールは笑いを一旦止めて、ゴドフリーに近寄る。

 

「ゴドフリーさんよお……前からみんなで馬鹿にしていたけど、マジで馬鹿野郎だよなあ!」

 

散々に罵倒して、クラディールは大剣を抜く。

キリトはクラディールが何をしようと考えているか分かり、思わず叫んだ。

 

「止めろ‼︎クラディール‼︎‼︎」

 

「おせええええんだよおおお‼︎」

 

ゴドフリーが声を上げる前に、クラディールが振り下ろした大剣が彼の頭を断頭し、完全なる死を与えた。首から溢れ出る血がクラディールの顔や服を汚し、更に恐ろしい姿に変貌させた。

そして…その姿のまま奴はキリトの方に目をギロリと向けた。

 

「よお……あの時は散々にやってくれたよなあ…。そん時の仕返し…というか…復讐?何でもいいか……。くくくく…どうせ俺の狙いはあの女だ。テメエなんか、殺せればそれでいい…」

 

「あの女……っ!貴様ぁ‼︎」

 

「今更何を言おうが…お前が死ぬことに変わりはねえよ…。Poh(プー)のボスから殺すなと言われてるが、そんなの我慢出来ねえ…」

 

「Pohだと⁈まさか…お前は笑う棺桶(ラフィン・コフィン)の…!」

 

「ご名答!流石ビーターだ。っと…これ以上話してると、ゲネポスの麻痺毒が切れちまう。その前に……よっ‼︎」

 

クラディールが振り上げた大剣はキリトの二の腕を貫いた。

ザシュッと肉が(えぐ)られる感覚が突き抜けて、キリトの口から思わず悲鳴が漏れた。

 

「あぐっ…!」

 

「安心しな…あの馬鹿みたいに一気に殺しはしねえ…。ゆっくりと…ジワジワと(なぶ)り殺しにしてやるよ…」

 

クラディールの言う通り、腕に突き刺した大剣をグリグリと抉って抜くと、今度は太ももに突き刺す。溢れ出る血が、乾いた地面を赤く染めていく。

 

「なあ……どうだよ…。これから死ぬってどんな感じなんだよ…。教えてくれよ…!」

 

キリトは口を閉じて、せめてクラディールの思い通りにならないようにするが、左上に出ているHPバーの減り具合で、焦りばかりが(つの)っていく。

 

「ほらほらぁ‼︎どうなんだよ!教えてくれよお?死んじまうぞお⁈」

 

そして、止めと言わんばかりに遂に腹に大剣を深々と突き刺した。

その途端、口の中から血が逆流し、溢れ出る。

 

「あがっ‼︎」

 

「良い表情になってきたじゃねえか!このままフィニッシュと行こうぜ‼︎」

 

キリトはここに来て…今度こそ死ぬんじゃないかと覚悟した。

今までも何度も死ぬかもしれないと思ったことはあった。それでもギリギリのところを渡り歩いてきた。だけど今回は…死を避けれそうもなかった。

もうどうでも良い…これもサチたちを殺した罪滅ぼしと思えば気が楽になった。

目を閉じて、最期の瞬間を待とうと思った時、不意に“彼女”の笑顔が脳裏に蘇った。

 

(アスナ…!)

 

彼女の存在がキリトに最後の力を振り絞らせる引き金となった。

辛うじて動く右腕を動かし、腹に刺さったままの大剣の刃を掴んだ。

素手のまま刃を掴んでしまい、掌にヒリヒリとした痛みが流れてくるが、構わず刃を腹から引き抜こうとする。

 

「あ?どうした?やっぱり死ぬのは怖いってか?」

 

「ああ…。俺はまだ……ここで…こんなところで…死ぬわけには…いかないんだ…!」

 

クラディールは顔に手を当てて、笑いを堪えていたがすぐに殺しの快楽に身を(ゆだ)ねて、高々と叫んだ。

 

「それなら…俺も頑張らなくちゃなあぁ‼︎‼︎」

 

クラディールの大剣に更に力が(こも)る。

キリトが押し返す刃も更に腹の奥へと突き進んでくる。

 

「ぐっ……おぉ…」

 

HPはもうレッドゾーンで、あと数秒も持たないだろう。

だが…キリトは最後まで諦めなかった。生存の可能性があるなら…。

 

「死ね!死ぬ‼︎死ねぇ‼︎‼︎」

 

「くっ………っ…!」

 

キリトが懸命に大剣の刃を抜こうと躍起になっていたが、突然、奴の大剣から力が失せて、剣は腹から抜けた。

そして、一瞬の間に…緑色の旋風が吹き荒れた。

 

「ぶっ!ぐはっ‼︎」

 

何が起きたか分からずにいると、横から「Heal(ヒール)!」と言う女性の声が聞こえた。

未だに痺れる首を横に動かすと、そこには居るはずのないアスナが涙目で立っていた。どうして…と聞く前にアスナがキリトを抱き締める。

 

「良かった…!生きてて良かった‼︎キリトくんが死んだら…私…!」

 

「アスナ……ありがとう…」

 

「くっ…この野郎…!」

 

キリトとアスナが抱擁してる間にも、クラディールは立ち上がり、キリトだけでなくアスナにも殺意の目を向けていた。

それに気付いたアスナは後ろを振り返る。

その目は…普段のアスナからすれば考えられない程怒りに(たぎ)ったものだった。そして…キリトでさえ聞いたことのない言葉が口から出ていた。

 

「…殺してやるっ‼︎」

 

アスナ自身も、自分とは思えないくらいの言葉が飛び出していた。

だが、今はそれ程にアスナも怒りが爆発しているのだ。

キリトを殺そうとしていたクラディールだけは許せない…。

それだけが現在のアスナを突き動かしていた。

 

「くくく…馬鹿な女だ…。大人しく待っていれば、こいつの死様を見ずに済んだってのによお…」

 

「………」

 

アスナは応えることなく、キリトから貰った細剣(レイピア)を静かに抜いた。

クラディールも小さな娘1人なら大したことないと思っているのか、余裕の笑みを浮かべていた。

そんな態度でさえ…彼女の怒りを上げていた。

だから…アスナはすぐに動いた。

12連撃SSスタースプラッシュでクラディールが大剣を動かすことが出来ないくらいに攻撃した。

クラディールもアスナの想定以上のスピードについてこれず、ただ…されるがままになっていた。そして遂に負けを認めたのか、大剣を地面に捨て、手を挙げて降伏した。

 

「ま…ままま待ってくれ!頼む、殺さないでくれ‼︎い…命だけは…!」

 

命乞いをするクラディール。

だが、アスナは無視して、細剣を逆手に持ち替えて奴の頭頂部を貫こうとした。

しかし…。

 

「死にたくねえええ‼︎‼︎」

 

悲痛な叫びに彼女の右腕が不意に止まった。

怒りに身を任せていた理性がアスナを止めたのだ。

怖いのだ。人を殺すことが…。こんな最低な奴だとしても…。

 

「……っ。もう、私たちの前に現れないで…」

 

そう言い残して、こいつとは永遠に会わない…。

そう思っていたところで…クラディールは…。

 

「おらあ‼︎」

 

「えっ⁈きゃあ‼︎」

 

アスナの剣を弾いて、高々と大剣を振り(かざ)した。

 

「あめええんだよ‼︎副団長アスナさまああああああ‼︎」

 

「あっ…!」

 

斬られる。

そう直感した時、黒衣の少年がアスナの前に出た。

麻痺から解けたキリトは左手首で奴の大剣を受け止め、残った右腕に握られた黒い剣で奴の心臓を突き刺し、そして引き抜いた。

クラディールはキリトに身体を預ける形で倒れ、最期に捨て台詞を吐いて消えていった。

 

「この…人殺し野郎が……」

 

アスナはただ黙って、キリトの寂しげな背中を見詰めることしか出来なかった。

 

 

 

 

全てが無茶苦茶だった。

やっと麻痺から解放された時、アスナは剣を弾かれ、クラディールの大剣を今、受けようとしていたのだ。

キリトはまだ痺れている身体を必死に動かして、振り下ろされる大剣を左手首で受け止めた。もちろん、切断された左手首は失われた。

だが、振り下げたせいで攻撃出来ないクラディールのガラ空きの心臓を『覇王剣』で突き刺して…完全な死を与えた。

ブシャアと血が溢れて、キリトの黒い服や顔、手にべっとりとこびり付いた。

最後までクラディールはキリトを罵倒するかのように…こう言った。

 

「この…人殺し野郎が…」

 

「……そんなの…俺が一番分かっている…」

 

そのままクラディールは…ポリゴン片となってこの世界から消えた。

たったの数分の出来事なのに…何時間も経ったような感じがした。

そしてキリトは…今、自分が何をしたのか、漸く分かった。

殺したのだ。

アスナの前で人を…殺してしまったのだ。

故意ではないとはいえ、この事実は変わらない。

 

「あ……あ……」

 

口から漏れるか細い声…。殺してしまった罪悪感がキリトを襲う。

血に濡れた手を見ながら震えていると、突然…その手を小さい手が包み込んで、温めてくれた。

 

「…アスナ…」

 

「ごめんね…私が…私がちゃんと止めを刺さなかったから…君を…キリトくんを…人殺しに……」

 

アスナの涙がキリトの手に落ちる。

 

(どうして君が泣くんだ…?)

 

アスナが泣く理由なんかどこにもない。

そう思ったキリトは、血濡れたままの手で、アスナの頬に当てて…唇を奪った。

一瞬、アスナも驚きを隠せず抵抗をしたが、やがてキリトを受け入れた。

 

「ぷはっ…き、キリト…くん…」

 

「これが俺の持っている君への想いだ…。こんな…汚れた俺だからアスナは俺から離れて行くだろうけ……」

 

「離れないよ‼︎」

 

アスナはガシッと俺の身体を抱き締めた。

前々回よりも…さっきよりも、キリトを手放さないと言わんばかりに…。

 

「絶対離れない‼︎君がどんな罪を背負っても…どんな酷い言葉を言っても絶対に!だって…私もキリトくんが…」

 

「………俺が?」

 

「…好きだから…」

 

今の言葉を待っていたのか、キリトの瞳から涙が溢れた。

 

「何で…俺に泣く資格なんてないのに…」

 

キリトがそう呟くと、アスナは首を振って、こう言った。

 

「泣いて良いんだよ…。そんなの拒む人なんて誰もいない」

 

「う…あ…あぁ……あ、あああああああああぁぁぁああああ‼︎‼︎」

 

今まで溜め込んだ苦悩が全て吐き出されたようにキリトは号泣した。

そんなキリトをずっと抱き締め続けてくれるアスナが…より愛おしく感じられた。

この日、キリトは誓ったのだった。

絶対にアスナを、現実世界に返してみせると…。




補足1
『ゲネポスの麻痺毒』
【ゲネポスの麻痺牙】から作れる麻痺毒。知識さえあれば、誰でも手軽に作れる毒薬。
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