ソードアートオンライン Monster Hunter World   作:GZL

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第34話 失った義務

「キリト!待ってよ〜!」

 

ユージオはそう叫ぶが、キリトはどんどん離れていく。

いくら手を伸ばしても、一向に届きそうにない。

もう少しで届こうかというところで…彼の身体は崩れる。目の前で倒れ、血の海で動かなくなるキリトにユージオは必死に声をかける。

 

「キリト…!死んじゃダメだ…!」

 

「何を言ってるんだ?」

 

途端に後方からキリトの声が聞こえる。

そこには左腕がなく、身体中から血を流すキリトが亡霊のように立っていた。大切な友のはずなのに…ユージオは恐怖に固まって動けない。

 

「お前が俺を殺したんだろう?」

 

「違う…僕は…」

 

「ユージオが、アドミニストレータの言葉に惑わされなければ…俺は今も生きていた。お前が…お前のその心の弱さが…俺を殺したんだ」

 

キリトはゆっくりと歩を進める。残った右腕には黒剣が握られている。

ユージオは逃げたくても動けず、迫り来る恐怖に思わず涙を溜める。

 

「や…やめてくれ…」

 

キリトは何も言うことなく、剣を振り下ろす。

 

 

 

 

「やめろおおおおおおおおおおおおおォッ‼︎‼︎」

 

 

 

 

叫び声を上げながら、ユージオはベッドから飛び起きた。

身体中からは汗が滴り、自分が無事であることを確認する。

ホッと一息吐くが、ユージオは顔をベッドに埋めて、何度も同じ言葉を呟く。

 

「キリト…ごめん…僕が…僕が弱かったせいで…」

 

こんな日がほぼ毎日続いている。

壁にかけられた冰龍の剣は悲しそうに月夜に照らされ、輝いている。

しかし…ユージオはその剣にも瞳を向けようとは思わなかった。

あの時の記憶を忘れたくて…仕方なかったから…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アリスは濡れた服を脱ぎ、別の服を着ていた。

今考えると、整合騎士が持つ普段着は色違いなだけでほぼ同じ。同じ服であることに疑問を感じていなかったが、この時点でアドミニストレータの奴隷である証だったのだろう。

アリスがいるのはガリッタとセルカに協力して作ってもらった家だった。外には赤王の寝ぐら、畑があり、アリスにとっては充分すぎるものだった。央都では狭い部屋でただ寝て過ごすだけだったため、こういった『家』に触れた時、アリスは漸く枷から解放されたと実感できた。

普段なら一人で夕食を摂るところなのだが…今日は初めての来客があった。キリトの剣をすぐに取り、ドアを勢いよく開けた。

 

「誰です?」

 

「…いきなりそんなものを向けるなんて…ちょっと酷くない?」

 

そこにはなんとイーディスが立っていた。驚きと同時に警戒感が高まった。整合騎士たちがアリスの行方を探してることくらい、アリス自身がよく分かっている。その確保にイーディスを遣わせた可能性は捨てきれない。剣を下ろさずに、アリスは淡々と「何の用です?」とだけ言った。

 

「冷たいなあ…。今日は私情だよ、あなたの手作りの料理を食べに来ただけよ」

 

言いながら、イーディスは勝手に家に入ると邪魔な鎧を取った。圧迫感から解放されたイーディスは背伸びして、台所にあるシチューを勝手に摂り始めた。

 

「その様子だと…私を連れ戻しに来た訳じゃないのね」

 

「…私は、ね」

 

イーディスの呟きと同時に旋風が吹き荒れる。上空には飛竜に乗ったエルドリエがいた。

 

「イーディス…尾行されていたんですね」

 

「申し訳ない」

 

アリスは溜息を吐くと、黒剣を鞘に納めるのだった。

 

 

 

 

 

机にアリス、イーディス、エルドリエが座り、アリスが作ったシチューとエルドリエが持参したワインで小さな夜会を開く。

アリスはどれも口にせず、エルドリエに質問する。

 

「私を連れて帰るつもりには…やけに軽装ですね」

 

「我が師のアリス様を無理やり連れて帰ることなど…出来るはずがありません」

 

「イーディスを尾行した理由は?」

 

「たまたまです、本当に。最近、ゴブリン共が崩落させた洞窟を掘り返して、性懲りもなくこの神聖な人界に侵入しようとしておりまして…。そのために果ての山脈内の洞窟の偵察を行い、央都に戻ろうとしたらどこかへ向かうイーディス殿を見かけましてね…。これは何かあると思い、ついて行ったら…」

 

イーディスは手を合わせて「ごめん」とだけ呟く。

そして…エルドリエは机から勢いよく立ち上がり…アリスに向かって懇願した。

 

「ここで再び(まみ)えたのも何かの運命!アリス様‼︎騎士団へお戻り頂けないでしょうか?私たちは1000の兵よりも、あなた1人を必要としています!」

 

そう言うとアリスは予想していた。

今の人界の戦力では到底暗黒界の軍勢には太刀打ち出来ない。アリスたち整合騎士の1人1人が死力を尽くさねば…人界は守れないだろう。

そんなことはアリス自身、よく分かっている。

だが…アリスはエルドリエから視線を外し、弱々しく呟いた。

 

「…出来ません」

 

「何故です⁈素晴らしい剣技を持つアリス様がどうして…⁈…あの罪人共のせいですか?」

 

罪人…キリトとユージオのことを指しているのだろう。

 

「カセドラルの牢から抜け出し、私を含めた数多の騎士を傷つけ、惑わせ…果てには最高司祭様を手にかけた彼らに…一体どんな正義があるというのです⁈」

 

思わずイーディスが声を上げようとした時…衝撃のことが起きる。

アリスは机を倒し、キリトの黒剣をエルドリエの首元に押し当てたのだ。この行動にはエルドリエ自身が最も驚き、イーディスも呆然とするばかりであった。

 

「黙りなさい…」

 

殺意にも似た感情を放出させるアリス。

すぐに剣を下ろしたが、エルドリエは硬直したままだ。

 

「剣を交えたあなたなら…分かるでしょう?何故我ら最強の整合騎士が…最高司祭が、負けたのか。それは彼らが確固たる覚悟と信念を持って戦いを挑んだからです!そんな彼らを侮辱することは…私は許しません。たとえ誰であろうと…」

 

「…失言でした、それは認めましょう。確かに最高司祭様が行おうとしてた、人を傀儡の竜に変えることは私も反対したでしょう。だが…それなら最高司祭様を手にかける必要があったでしょうか⁈ただ闇雲にしてるだけにしか…私には思えません。人界に真なる平和をもたらすためにやったと申してましたが、彼らの行為は、むしろ人界を破滅へと追い込んだ!それだけならまだしも、あのユージオはどこで何をしているのです⁈何故剣を取らずに、未だに姿を見せないのですか⁈」

 

エルドリエの叫び、それは届くと思われた。

イーディスも実際、今の状況で戦争になれば勝ち目はないと思っている。強制するつもりはないが、アリスには戻ってほしいという気持ちがないわけではない。

だが…アリスの答えは決まっていた。

 

「…ごめんなさい、エルドリエ…。私はやはり行けません。私には…もう整合騎士を名乗る意義も…剣を振る力もありません。先程の不意打ちが、私の限界です」

 

アリスの覇気のない声を聞いたエルドリエは、「分かりました」とだけ言った。ただの少女に戻ったようなアリスに…エルドリエは悔しい気持ちになりながら…家から出て行った。

暫しの沈黙の後、イーディスが口を開いた。

 

「アリス…本当にこれでいいの?」

 

「……」

 

「私も…今の状況で人界を守れるなんて全く思ってない。アリスの力が必要なの。…いつまであの時のことを引き摺って…」

 

「私だって…戦えるなら戦いたいッ‼︎」

 

アリスは鞘に納まったまま、黒剣を地面に叩きつけた。

 

「ですが!今更何と言えば良いんです⁈最高司祭の操り人形だった私が…手のひらを返すように戦うなんて…都合が良すぎます‼︎それに戦いに行けば…今度こそ命はないでしょう。そうなったら…キリトが己の命を落としてまで私やユージオを助けた意義が無くなってしまう…」

 

アリスの掌からは血が滲んでいた。

それまでにアリスは悔しいのだろう…。

 

落としたキリトの黒剣にアリスは涙ながらに語りかけた。

 

「キリト…私は…どうしたら…」

 

その悲しい後ろ姿を、イーディスは静かに見詰めているだけだった。

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