鼬の道をまた2人で   作:ヤンデレ大好き星人

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3. 過去と今

 日曜日、待ち合わせ場所である駅前に着いた。

 早めに来たはずだが、泉さんはもう待っていた。

 

「あ、きたきた」

 

「早いな」

 

 私服姿の泉さんは新鮮だった。

 家庭教師をして貰っていたから、彼女の私服は見慣れているはずだった。しかし最近は学校でしか会っていなかったし、なにより前よりもずっと大人びていた。

 

 シャツにスカート。

 無地で飾り気のない服は一見地味だが、ハイウエストのスカートが彼女のスタイルの良さを強調している。

 

「泉さんモデルみたいだな。俺みたいなのが隣を歩いて大丈夫か?」

 

「どういうこと?もしかして、私が美人だから遠慮してるのかしら」

 

 ふざけまじりにモデル風のキメ顔をする泉さん。

 

 なんだか力が抜けた。服装が違っても、いつも通りだ。

 

「そうだな。いつも通り泉さんは綺麗だよ」

 

「えっ……そ、そう……?そうでもないと思うけど…」

 

 耳まで真っ赤にして、後ろを向いてしまった。自分ではからかってくるくせに、褒められるのは弱い。

 

 今日1日のスケジュールは泉さんに任せていた。

 映画を見たり、少し雰囲気の良いお店で食事をしたり。

 友達の遊びと言うよりも、恋人同士でデートをしている様だった。

 そう思うのは、触れるような近さで並んで歩き、時々はにかんだような笑顔を向けてくる泉さんの距離感のせいかもしれない。

 

 

 

 途中で、とある駄菓子屋の前を通った。

 

 そういえば、千佳との初デートは駄菓子屋だった。デートと言うよりも、付き合ってからも、いつも通りの場所で遊んでいただけだが。

 なんで今更千佳の事なんて考えているのだろうか。あいつはもう俺のことを覚えていないし、俺の知らない所で楽しく暮らしているかもしれないというのに。

 

「駄菓子屋さん、気になるの?」

 

 しまった。立ち止まってしまっていたらしい。

 

「いや、ただ懐かしいと思っただけだ」

 

「そう。私ね、親があんまり駄菓子とか食べさせてくれなかったの。だから新くんのおすすめとかあったら、食べてみたいわ」

 

「ああ、いいよ」

 

 店に入り、食べやすい物をいくつか選ぶ。

 久しぶりに入った駄菓子屋は思っていたよりもずっと狭かった。

 

 選んだ駄菓子を見ると、どれも千佳と一緒に食べたものばかりだと気付いた。

 本当に千佳とばかり遊んでいたんだな……。

 

 

 

 泉さんは俺の買った駄菓子を「意外と美味しいのね」と言って嬉しそうに食べていた。

 

 

____________________

 

 

 今日1日泉さんと一緒に居て、時間も忘れるほど楽しかった。

 友人がいた頃に戻ったみたいだった。

 

 夕焼けに向かって2人並んで歩いていると、泉さんは立ち止まり後ろから俺の袖を引いた。

 

「ちょっと公園寄らない?」

 

「いいよ」

 

 すぐ近くには広い公園の入り口があった。子供の遊び場というよりは、自然を楽しむ散歩コースだ。

 

 

 

 夏へと切り替わるこの時期の夕焼けは、想像よりも暗い。泉さんの表情が横から差す夕日で影になっている。

 なにか真剣そうな雰囲気だ。会話もどこかぎこちなく、そのうち2人して黙ってしまった。

 

「ちょっと休もう」

 

 泉さんはそう言ってベンチを指さした。

 

 ベンチに座り、しばらく沈黙が続いた後、ようやく話を切り出した。

 

「……今日は楽しかったわ」

 

「そうだな」

 

「新くんと一緒にいると楽しい。だからこれっきりって言うのは嫌だなって思うの」

 

「また誘ってくれれば……」

 

「違うわ」

 

 泉さんは立ち上がり、俺に背を向けた。それから一拍置いて、彼女の手に力が込もる。

 

「これからもこうやって一緒にいたい。それは学生の間とかじゃなくて、これからもずっと」

 

「それって……」

 

 そうして彼女は振り向いた。

 夕陽に赤く透かされた髪の毛先が、ふわりと靡く。

 

 その幻想的な光景に心が奪われそうになるが、彼女の真剣な言葉が現実に引き戻す。

 

「私と恋人にならない?」

 

 

 

 薄々勘付いていた。

 しかし、これほど魅力的な女性から好意を抱かれるはずがない。そう思って、念頭に置かなかった。

 

 千佳のことを思い出す。

 千佳は俺を好きでいてくれた。それなのに俺は、彼女のためだと勝手に思い込んで裏切った。

 

「あ、あれ……?待って、ごめんなさい。私ったら」

 

 見ると泉さんは溢れた涙を袖で拭っていた。どうやら俺は相当酷い顔をしていたらしい。

 

「ごめんなさい。今のは……忘れて」

 

「待ってくれ泉さん。これは違うんだ!」

 

 折角泉さんが想いを伝えてくれたんだ。

 

 今まで誰にも話したことなんてなかった。しかしもういい頃合いかもしれない。

 

 俺も少しづつ進まなければならない。

 

「泉さん。聞いて欲しいことがあるんだ」

 

 

 

 そうして俺は、千佳のことを全て話した。

 

 昔恋人が居た事、その人を傷つけてしまった事。

 そして、それが原因で自分を信用出来ず、まだ誰かと付き合うということは考えられないのだと。

 

 泉さんは、それをただ黙って聞いてくれた。

 

 

 

「だからごめん。俺は泉さんとは付き合えないんだ」

 

「そんな事情を抱えていたのね。なにかあるとは思っていたの。……なんかこめんなさい。やっぱり私、告白なんてするんじゃなかった」

 

 やっぱり泉さんは優しい人だ。告白なんて勇気がいるはずだ。それを自分勝手な理由で断った相手に対し、怒るでもなくただ自分を責めている。

 

「迷惑だなんて思ってない。むしろ嬉しかった。だが俺は、昔のことをいつまでも引きずっているような男だ。最初から泉さんには釣り合わないよ」

 

 悪いのは最初から最後まで俺なんだ。

 

「ねぇ新くん。もしね、そういった理由がなかったら、この告白はどうなってたのかしら」

 

「そんなの断るわけがない。泉さんは優しいし、綺麗だし。なにより一緒にいて楽しい」

 

「それが聞けて良かったわ」

 

 そうして泉さんは笑顔を作った。

 一目で分かる作り笑いだ。それが彼女が今出来る精一杯の気遣いなのだろう。

 

「じゃあこの話はおしまい!明日からまた、いつもの関係に戻りましょう」

 

「ああ、そうだな」

 

「新くんのことも知れたし、もっと仲良くなれたかもしれないわね。そう思うと良かっ……」

 

 笑顔は一瞬にして崩れ、顔を背けてしまった。

 

「うっ……流石に、ちょっと泣かせて……だって、好きだったから……!」

 

 そのまま泣き崩れる。

 こんなに好きでいてくれていたなんて、考えもしなかった。

 

 俺なんかのせいで、自信を失って欲しくない。

 そう思った俺は、泉さんに今までの感謝を述べた。

 それでもまだ足りなくて、最後の方はただ彼女を褒めるだけになっていた。

 

 そうしていると、やがて泣き止んだ。

 泣き止んだ後も、俺の腕にしがみついて離れなかったから、そのまま家まで送ることになった。

 

 

____________________

 

 

 次の日の放課後、部室を尋ねるとまだ泉さんは来ていなかった。

 

 昨日の事が切っ掛けで、もうここには来ないかもしれない。

 そう思うと読書に手が付かない。そして結局、手持ち無沙汰なまま眠ってしまった。

 

 

 

 目を覚ますと、泉さんがいつものように机を挟んで座っていた。

 

 そして彼女の手が、俺の手に触れている事に気が付いた。俺が起きたと分かると、急いで手を離す。

 

「ご、ごめんなさい」

 

 怯えたように引っ込める手を、俺は掴んで引き戻した。

 

「いいよ別に」

 

 このまま気まずくなるのは嫌だった。

 告白は断ったが、彼女自身を拒絶した訳じゃないのだと伝えたかった。

 

「いいの?……じゃあ」

 

 そうして泉さんは、俺の手を両手で包み込んだ。

 指を一本一本なぞったり、時々指を絡めたりしている。

 

 流石にこうもねっとりと触られると、恥ずかしくて手を引っ込めたくなる。

 

 告白を断ったことで、泉さんを泣かせてしまった。だから今後は彼女の要求に対し、相当なことがない限り断らないと決めた。

 

「昨日は元の関係戻ろうって思ったけど、難しいわね。私はもう好意を伝えているもの」

 

 そう言って愛おしそうに俺の目をじっと見つめる。

 そんな泉さんを前にして、体温が上がるのを感じた。

 

 昨日断ったばかりだというのに、もう心が揺らいでいる。このまま彼女を受け入れてしまいそうだ。

 そもそも誰にも話したことのない千佳のことを話した時点で、俺にとって彼女はもう特別な存在だったのかもしれない。

 

 握られた手がゆっくりと引っ張られる。同時に体も彼女へと引き寄せられた。

 そうしてお互いの顔が徐々に近付いてーー

 

 

 

 ガラッ

 

 突然、部室のドアが開かれた。

 俺たちは飛び退いて、泉さんからは「ひゃい!」と言う訳の分からない声が漏れていた。

 

 ドアを開けたのは一人の少女だった。

 

「やっと見つけたー。これで体験入部コンプできる」

 

「え……なに?1年生?」

 

 泉さんは半ば混乱しながらも、その女子生徒に返事をした。

 

「あのー。体験入部したいんですけど。ってか先輩、部室の表札くらい付けてくださいよー。探すの大変だったんですけど」

 

「ごめんなさいね。ここは部員を募集してないから」

 

 体験入部コンプとか言っていたな。全部の部活の体験入部をしているのか。とてつもなくアクティブな娘だ。

 

 コミュ力も高そうだし、苦手なタイプかもしれない。ここは泉さんに任せよう。

 極力絡まれないよう、読書に没頭して目を合わせないようにする。

 

 泉さんがやんわりとお断りしていると、女子生徒は俺を指差しこう言った。

 

「えーでも新入部員いるじゃないですかー」

 

 そのまま俺を方にやってきて、目を逸らす俺を無理やり覗き込んできた。

 

 突然現れた顔を見て、心臓が止まりそうになった。

 

「やっほー。って何びっくりしてるの?もしかして知り合いだったりするー?なんてね。そんな訳ないか」

 

 まさか……ありえない。

 

 少し癖のある赤茶がかった長い髪。小さくまとまった顔立ちに、スレンダーな体型。そして気だるげな話し方。

 気のせいだと思いたいが、俺が見間違えるはずがない。

 

 彼女はまたドアの近くに戻ると、俺達に自己紹介をした。

 

「あ、ちなみに私、夏野千佳っていいまーす。なんか、けっこう前の記憶が飛んでるらしいので、昔の知り合いだったら教えてくださいね」

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