鼬の道をまた2人で   作:ヤンデレ大好き星人

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5. 相談

 部室ではいつも、泉さんと2人で机を挟んで座っていた。しかし今日は、隣にぴったりとくっついている。

 

「泉さん……近くないか?」

 

「そうかしら。でも新くん嫌がらないから」

 

 泉さんにはいつもお世話になっているから、好きにさせていた結果こうなった。肩にもたれかかってきて、そのまま俺の腕を抱え込んだ。

 

 当たってる……。

 

「これもいいんだ。どこまでやっていいのかしら」

 

 何をされても気にしないふりをしていたせいで、泉さんの行動はエスカレートしていた。

 

 彼女の気持ちを知っているから邪険に出来ない。なにか話題を振ることで、一時的に意識をそらすことにした。

 

「泉さんは昨日、何してたんだ?」

 

「部室に居たわ。新くんは、どうして昨日来てくれなかったのかしら?」

 

 そう答えた泉さんの表情に影が落ちる。昨日来なかった事を怒ってるのかもしれない。

 

 後ろめたい事なんてないから、正直に話す。

 

「一昨日、部活の見学にきた奴いただろ。そいつといろいろ話してたんだ」

 

「そうなの?どこで?」

 

「ファミレスだけど」

 

 泉さんは目を合わせないまま、小さな声で問い詰める。

 細い指に力が入り、絡まれた腕に痛みが走る。

 

「……私は新くんとデートするのに1年もかかったのに」

 

「昨日のはそういうのじゃないさ」

 

 そもそも千佳を俺に押し付けたのは、泉さんじゃないかーー

 

 そう言い返そうと思ったが、それで場が収まるとも思えないのでとりあえず謝った。

 

 結果、次の休日に一緒に出かけるという約束で手を打つことになった。

 

 

____________________

 

 

 

 昼休み、教室のドアから俺を呼ぶ声がした。

 

「あ、いたいた。ご飯いこー」

 

 千佳だ。

 

 ずかずかと別のクラスの教室に入っては、座っている俺の手を引っ張ろうとする。

 

「なんで一緒に飯を食うことになってる」

 

「だってー、私たち仲良しだし」

 

「ほとんど初対面だろう」

 

 千佳を無視してもよかったが、クラスの連中が俺達に注目し始めた。

 

「分かったよ。今回だけだからな」

 

「やった。じゃあお弁当買ってベンチで食べよー」

 

 こいつ本当に記憶が戻ってないのか。

 俺がこういう押し切られ方に弱いのを、知っているみたいじゃないか。

 

 結局こうして、二人で中庭のベンチに座って昼飯を食べている。

 

「そう言えば柊木くん、友達いないんだってねー」

 

「……それ本人に言うか普通」

 

「あ、本当だったんだー。じゃあ今度からは、私と一緒にお昼食べよう」

 

「悪いけど俺は、昼は部室で食べるって決めてるんだ」

 

「私も部活入るから大丈夫」

 

 大丈夫じゃない。

 千佳が部活に入るのだけは阻止しないといけない。

 

 いっそここで突き放す事を言ってしまえばいい。完全に拒絶してしまえば、もう会おうだなんて思わないだろう。

 

『お前なんか嫌いだ』

 

 そう言おうとしたが、声が出なかった。あの頃みたいに、また彼女を傷つける様な事は、俺には言えなかった。

 

「唐揚げもらいー」

 

 くそっ、油断するとすぐこれだ。

 千佳は華麗な箸さばきで、俺の弁当に入った唐揚げを持っていった。

 だが、彼女のこういう悪戯には慣れている。

 

 悪戯に成功した直後は油断する。その瞬間を狙って、千佳の箸から直接唐揚げを食べてやった。

 

「私の唐揚げが……」

 

「元は俺のだ」

 

 そんなくだらないやり取りで、何故だか2人して笑ってしまった。

 

「やっぱり柊木くんと一緒にいると楽しいなー」

 

 そう言って目尻に溜まった涙を小指で拭った後、ベンチに両手をついて首を傾けて見せた。

 風になびく日の光に透けた長い髪を、軽く手で整える。そんな仕草に、子供っぽかった昔と違う女性らしさを感じて、つい見惚れてしまった。

 

「どうしたの?」

 

 お互いに見つめ合っていたのに気付いて、動揺してしまう。

 そんな俺を見て楽しそうにしていた千佳だったが、なにかに気付いて固まった。

 

 何事かと思い観察すると、彼女の目線の先には、先ほどから弁当を食べていた箸があった。

 

 そういえば唐揚げを取り返す時に、俺が口を付けてしまっていたな。

 

「悪い。嫌だったよな」

 

「別にー。でもちょっと、ドキドキしてる……っぽい」

 

 千佳は口元を押さえて、耳まで真っ赤になっていた。

 

 初々しい反応だ。昔はキスだってしていたが、今の彼女にとっては、こんな些細な事も初めての経験だった。

 

 小さなやり取りから、彼女の中から俺が消えてしまったのだと実感してしまう。

 

 胸が締め付けられる。やはり会いたくなかった。

 

「なんかキミ、時々悲しい顔するね」

 

「……気のせいだ」

 

 心配そうにしている千佳を見て、心の底から思った。もう千佳とは会わないようにしよう。

 

 だが俺だけでは、どうにか出来る気がしない。

 

 やはり泉さんに相談する必要があるだろうか。

 

 

 

____________________

 

 

 

 その後千佳は、何度か部室を訪ねては、泉さんに断られていた。

 

「あの子、また来たわ。それに新くんもどこか変よ……」

 

 じっと目を見てそう問いかける泉さん。

 俺が何かを隠しているのを分かっているのだろう。

 

 最近の千佳は、廊下ですれ違うたびに声をかけてくる。部室にまで来て、一緒に帰ろうと言ってくる始末だ。

 

「正直に話して。何か悩んでることがあるんじゃないの?例えばあの千佳って子に付き纏われてるとか……」

 

「いや、そうじゃない」

 

 もともと泉さんには、千佳のことを話そうと決めていた。

 

「実はな、前に話した記憶を失った恋人は、千佳のことなんだ」

 

 

「………え」

 

 

 泉さんは数秒固まった後ーー

 

「ま、待って……え?どういうこと?アレ……じゃあ新くんは、あの子とまた恋人に……」

 

 激しく取り乱した。

 呼吸が荒く、頭を抱え目を見開いている。まるで強烈な頭痛に襲われているようだ。

 

 話が唐突すぎたかもしれない。

 

「泉さん。大丈夫か」

 

 まさかここまで取り乱すとは予想外だ。落ち着かせようと泉さんの肩に手をかけようとするが、彼女は怯えたように体を逸らせてそれを拒んだ。

 

「い、嫌……聞きたくない……!」

 

 このままではまずい。

 

 俺はなりふり構わず現状を話した。千佳がまだ記憶喪失のままだと言うこと。そして俺はもう、彼女とどうこうなろうという気がないことを。

 

「そう……だったのね」

 

 説明し終える頃には、ほとんど落ち着きを取り戻していた。

 

「ごめんなさい。あなたが居なくなってしまう気がして……いえ、やっぱり忘れて」

 

 普段冷静な彼女だが、時々こうやって取り乱す。告白の時も最後に泣き出してしまった。何が切っ掛けでそうなるのかは、まだ俺には分からない。

 

「本当に記憶をなくしたままなのかしら。だって偶然再会なんてありえないでしょう」

 

「ああ。俺もそこは気になったが、どうも本当に偶然らしい」

 

 お互いの情報を完全に遮断していた。どこの学校を受験したかなんて分かるはずがない。

 

「それで、新くんはどうしたいの?」

 

「俺は……もうあいつとは関わりたく無い。あいつにとって俺が悪影響になることは、もう昔に分かったことだ」

 

 このまま何もなかったことにして、また別々の生活に戻ればいい。俺の存在は、いつか千佳を苦しめる。

 

「分かったわ。部室は鍵を掛けるようにしましょう。あの子が来ても、私が対応するわ」

 

「いつもありがとう泉さん」

 

 泉さんはこうやって、俺に逃げ場所を作ってくれる。

 あまり彼女に甘えても悪いと思うが、今回は俺が頭を使ったところで裏目に出るだけだ。

 

「羨ましいわ」

 

 泉さんはそう言って俺の方にもたれかかった。

 

「まだその千佳って子のこと、心配しているのね。1年以上経ってるのに、私じゃまだそこを埋められないんだもの……」

 

「そんなこと……」

 

 そこまで言って、口を噤む。

 こんなに良くしてくれているのに、まだ受け入れるのが怖い。正直今の俺は、男として最低なのかもしれない。それでも、千佳の泣き顔を思い出してしまうんだ。

 

「ねぇ、デートの約束覚えてる?」

 

「ああ」

 

「楽しみね」

 

 千佳との再会。その出来事は6月の雨みたいに、重い冷たさで時を鈍らせる。

 でも泉さんは、やさしく傘を差し伸べて、ゆっくりとした歩幅で一緒に歩もうとしてくれていた。

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