柊木 新。
最近は彼のことばかり考えている。机に座りながら、何をするでもなく。
ふと時計が目に入る。もう夜中の12時か。この時間までの意識が飛んでいたみたいな感覚だった。
両腕を上げ体を伸ばすことで頭を切り替えるも、気を抜くとまた彼のことを考えてしまう。
明日も学校で会えるのに、今すぐにでも会いに行きたい。
もう分かっている。私はアラタが好き。
記憶を無くす前の私には、好きな人がいたのかもしれない。でもその人は、今私の側にはいてくれていない。
だから今側に居る人と、真っ直ぐ向き合いたい。
だから私は、明日も彼に会いに行く。
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昼休み、アラタの教室に行くと、彼はもう席を離れていた。
とっくに気付いてる。私は彼に避けられている。
泣きたい。
一緒にいる時は、すごく楽しそうなのに、彼は時々悲しそうな顔をして、また距離を取ろうとする。
気持ちが晴れないまま、とぼとぼと廊下を歩いていると、一人の女子生徒が私を引き止めた。その少しぽっちゃりとした女子生徒は、私に話があるのだと言った。
そうして廊下の壁に腰掛けながら、私は彼女の話を聞いた。
「私のこと覚えてる?」
「ごめん、わかんない。もしかして知り合い?」
「記憶喪失って本当だったんだね……。ほらこれ、修学旅行の写真。離れてるけど、私とあんた映ってるでしょ」
そこには昔の私が映っていた。
間違いない。昔の知り合いだ。こういう人、久しぶりに会った。
確かクラスは違うけど、同じ学年だ。
「私のこと知ってるなら、どうして話しかけてくれなかったのー?」
「だって私たち別に友達じゃなかったし。あんたイケてる女子グループだから話しかけにくいもん」
私は話しかけにくいグループに属していたようだ。
少しショック。
でもだったらどうして、こうして声を掛けてくれたんだろう。
それを尋ねると、彼女は私と同じように壁に腰掛けて言った。
「なんか見てられなくてさ。口止めされてたんだけどね」
「口止め?誰に?」
「……柊木新だよ」
思わぬ名前が出てきて、瞬きを忘れてしまうほど驚いた。
もしかして、アラタって昔の私の知り合い……?
「な、なんでアラタが」
「だから、あんた達さ、恋人だったじゃん。ほら、あんたの隣に写ってんの柊木新だよ」
写真を見ると、確かにアラタに似た少年が私の隣に写っていた。
……え?
じゃあ私の好きだった人って、アラタ……なの?
うそ……どうしよう。
嬉しいような、でも隠されていたことが悲しいような、とにかく混乱している。
「だってあんた達、あんなにラブラブだったじゃん。なのに記憶喪失のあんたに、それ教えないって酷くない?」
それから先の彼女の話は、よく聞こえなかった。
アラタが私の恋人だった。その事実だけで心がいっぱいだった。
どうして?どうしよう。よく分からない。
本当にどうして彼は、自分が恋人だったことを黙っていたのだろう。
理由はともあれ、とある事実に気付いてしまった。
なんらかの理由で記憶を無くした私。そんな恋人を、アラタは近くでずっと見守ってくれていた。
きっと学校で出会ったのも偶然じゃない。
本当にどうしよう。心臓が爆発しそうなくらいドキドキ鳴ってる。
私は勘違いをしていた。
好きな人がいたんじゃない。これが恋なんてもののはずがない。
言葉で表せない、もっと積み上げてきた何かだ。記憶を失っても、私は彼を好きなままだったのだから。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
最近、知らない生徒に話かけられることが増えてきた。
それは千佳が俺に会いにくるせいだろう。
彼女は外見や性格から、男女ともに親しみを持たれているようだ。千佳が俺の話を誰かにするから、変な親近感を持たれてしまった。
今日だって知らない女子生徒に、廊下ですれ違ったタイミングで挨拶をされた。恐らく千佳の友人だろうが、知らない人に話しかけられると、とっさに返事が出来ないから困る。
今日もまた昼休みに千佳が来た。クラスメイト達は俺達の方を見ては、クスクスと笑って何かを話している。悪気はないんだろうが、地味に傷つく。
教室に入って来た千佳を席に座ったまま見上げる。なぜだかいつもと様子が違うように感じる。
「ぎゅ~っ」
そう言って、千佳は突然俺にのしかかってきた。
意味が分からなすぎる。
クラスの連中もさすがに驚いて俺たちに注目している。
「おい、なんなんだ」
「えー、いいじゃーん」
余計に腕に力をこめて、抱きついてくる。
それを押し返そうとするが、しつこくくっついてきた。
クラスの女子が俺達、というよりも千佳を茶化すように言った。
「あれー、もしかして2人ってもう付き合ってるの?」
やはり誤解されていた。
否定しようとすると、千佳が先に口を挟んだ。
「うん。そうだよー」
待て。
まさかお前ーー
「お前、記憶が……!」
俺の反応を見て、千佳は不敵な笑みを浮かべる。
「やっぱり本当だったんだ。同じ学校だった人から聞いたんだー。私達が恋人同士だって」
……嘘だろ。口止めはしたはずだ。いったい誰から。
いや、違う。客観的に見たら、千佳に肩入れするやつが出てくるのも当然だ。
記憶を失う前の恋人が、理由も分からず過去を隠している。そして事情も聞かされていないとなると、千佳に同情する気持ちも分かる。
誰かのせいにしても仕方がない。ここは冷静になるべきだ。
それにクラスの連中が騒いている。とにかく場所を変えよう。
俺は千佳の手を引っ張り食堂に連れて来た。
千佳は俺の前の席に座り、机に肘を掛けて微笑みかけてくる。秘密がバレた俺が、どう反応するのか楽しんでいるようだ。
「ねぇねぇ、なんで隠してたのー」
「それは……」
「まぁいいやー、きっと色々事情があるんだろうし」
千佳が昔のことを聞かないでくれたことは正直助かった。だがまだ思考がまとまっていない。彼女にどう説明したものかと未だに迷っている。
「事情は聞かないであげるー。でもその代わり、もう私を避けないでね」
脱力した喋り方をする彼女だが、『避けないでね』の部分だけは、妙に力がこもっていた。
本当のことを全て話したほうが良いのだろうか。
今の千佳なら大丈夫かもしれない。
分からない。
また昔みたいに壊れてしまうかもしれない。
そう思うと、自然と口が動いていた。
「わかった」
ここは承諾するしかなかった。
だが問題を先延ばしにしているだけで、何も解決していない。このままだと記憶を取り戻すか、記憶が戻らないにしても昔の状態に戻ってしまうかもしれない。
とにかく、このまま恋人を続ける訳にはいかない。
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千佳は放課後の部活にもついてきた。
部室に堂々と入ってきた千佳を見て、泉さんは戸惑っていた。
「新くん、どうしてこの子がここにいるのかしら」
泉さんは俺に尋ねていたが、千佳が割り込んで返事をした。
「見学でーす」
「見学はもうしたでしょう」
泉さんは少し苛立ったように言ったが、千佳はそれを無視した。そして部室を見回す。
「アラタ、やっぱ帰ろー。ここなにもないし」
俺が通っている部活だったから興味を持った千佳だったが、彼女にとって興味を引くものはなかったらしい。
すっかり部室に飽きてしまった千佳は、俺の腕を掴んで部室を出ようとする。
泉さんは俺に説明を求めるよう目線を向けた。
「悪い泉さん。事情は後で……」
最後まで話す前に、千佳に腕をひっぱられる。俺はとにかく後で説明するとだけ言ったが、泉さんは納得していないようだった。
泉さんに対する千佳の態度は最悪だった。
初めてこの部室に来た時とは明らかに違う。まるで俺のことしか見ていない昔の千佳のようだった。
そんな千佳を泉さんは鋭く睨みつける。こういう顔をする彼女を、俺は見たことがなかった。明日しっかりと事情を話さなければならない。
それから1日経って、泉さんは、俺と千佳が付き合っているという噂を耳にすることとなった。