鼬の道をまた2人で   作:ヤンデレ大好き星人

9 / 12
9. 謝罪

 千佳が帰った後の室内は静かだった。それは彼女が騒がしかったとかではなく、憂さから来るどんよりとした沈黙だった。

 

 リビングで座るお袋に、千佳と再会してからの一部始終を話した。

 話し終えると、お袋は鬱々としたため息をつく。

 

「千佳ちゃんについては、ちゃんと情報を握っておくべきだったわ。まさか同じ学校に通っているなんてね」

 

「あいつと再会した時は俺も驚いた。それよりも、千佳となにかあったような口ぶりだな」

 

「いえ、私はないわよ。でも……まぁこれは話す必要はないわね。とにかくあの子と関わるのはやめなさい」

 

 やはり話してくれないか。

 

 千佳の事で何かあるとしたら、中学時代、彼女が停学になった日の事だろう。

 

 大人達があの事を隠すのは、千佳を守るためか、それとも俺が彼女に余計な刺激を与えないようにするためだろうか。

 

「もしこのまま千佳ちゃんとの関係を続けるなら、転校も考えてもらうわよ」

 

「そこまでしなくてもいいと思うが」

 

「大袈裟に聞こえるかもしれないけど、私は本気で心配して言ってるの」

 

 強い口調の中に、どこか申し訳なさがあった。人間関係に口出しする事への後ろめたさがあるようだ。

 

 しかし転校か。

 今の状況だと悪くないのかもしれない。

 

 千佳について、今後どうするべきは散々考えた。だが現状なにも変わっていないどころか悪化の一途を辿っている。

 

「分かった。でも少し考える時間が欲しい」

 

「本当にごめんね。お父さんにも後で話しておくから」

 

 転校するなんて言ったら、泉さんはどう思うだろうか。

 彼女には散々お世話になったのに、何一つ恩を返せていない。俺を好きだと言ってくれているが、その気持ちにすら、もう答えられそうにない。

 

 

____________________

 

 

 昼休み、数学教師の声が隣の教室にも響き渡っている。この教師の授業はいつだって長引く。そのせいで千佳はまだ俺の所には来ていない。

 

 誰も来ないのだと油断していると、突然誰かに腕を掴まれた。

 千佳はまだ授業中だ。不思議に思い振り返る。

 

「昨日部室に来なかったから……迎えに来たの」

 

「あ、ああ、泉さんか」

 

 思わぬ人物の登場に、俺だけでなくクラスの連中も驚いていた。

 泉さんは同学年は当然として、下の学年にも人気があった。外見だけでなく、成績もよくて、なにより優しい先輩だ。

 

「謝りたいと思って」

 

 首を絞めたことを、まだ怒っていると思っているのだろう。

 

「あれは……まぁ驚いたが、気にしていないから謝る必要はないよ」

 

「そういう訳にはいかないわ。お詫びになるかわからないけれど、お弁当作ったのよ」

 

 わざわざ弁当まで用意してくれたのか。素直に嬉しい。それにそんな事で彼女の罪悪感が和らぐなら願ってもない事だ。

 

 

 

 部室に入ると、いつもより薄暗い印象を受けた。窓のカーテンは閉められ、扉の窓ガラスにも、布が被せてある。

 日差しが強くなるのは、もう少し先のはずだが。

 

「これ、お弁当。口に合うか分からないけど」

 

 少し照れながら、お弁当を渡される。可愛らしい袋に入ったその中身は、思っていたよりも豪華だった。

 

「凄いな。時間かかっただろ」

 

「ちょっと凝りすぎたわ。あなたの事を考えていたら、あれもこれもってなっちゃって」

 

 おかずを一口食べてみると、見た目通り美味しかった。

 もくもくと食べている俺を、泉さんはただじっと見つめていた。

 

 

 

「ごちそうさま。美味しかったよ」

 

「そう言ってもらえると嬉しいわ。でもやっぱりお弁当なんかじゃ、謝罪にならないわよね」

 

「いや十分だ。何度も言うが、俺は最初から怒っていないしな」

 

 それでもまだ心配だと言いい、席を立って近くにやって来ては、俺の首に手を当てた。

 

「まだ痛くない?跡とか残っていたら嫌だわ」

 

 体を案じてくれているのは分かるが、彼女の手が首に触れると、どうしても先日のことを思い出して体がこわばる。

 

「だ、大丈夫だから」

 

 その答えを聞いて、泉さんはほっとしたように首から手を離した。

 しかし手を離した後も、俺を見下ろしたままだった。まるで彼女以外を視界から遮るかのように、長い髪が覆い被さっている。

 

「じゃあ、キスしたことも許してくれる?」

 

「あ、ああ、それも気にしてないから」

 

「そう、よかった」

 

 ようやく泉さんが笑顔を見せた。

 俺はそれにほっとしたが、次の瞬間2人の唇は重なっていた。

 

 質問の意図を取り違えていた。彼女の言う『許す』は、キスをしたことに対する許しではなく、許可を求めるものだった。

 つまりここで言うキスを許すとは、キスをしても良いと言う意味になる。

 

「んっ……ち、違……そういう意味じゃな……!」

 

 誤解を解こうとするが、口はすぐに塞がれる。

 力づくで抵抗しようとも考えたが、絞め落とされた記憶が染み付いて、うまく体が動かない。

 

 それでもなんとか口と口との間に手を割り込ませる事で、強制的に終わらせる。

 

「さっきのはそう言う意味じゃない。この前のことを気にしないって意味だ」

 

 泉さんは、早く続きをしたいと言わんばかりに、そわそわしながら俺の話が終わるのを待っている。

 

「付き合ってもないのに、こんなことをするのはおかしいだろ」

 

「だったらもう一回言うわね」

 

 ぬらりと姿勢を正して俺を見下ろす瞳は、もっとずっと奥を見ているようだった。

 

「新くん、好きよ。だから私の恋人になりなさい」

 

 2度目の告白。それは最初のものとは明らかに違った。

 やさしく包み込むような告白だった。しかし今回は何かが違う。引きずり込まれるような、そんな強引さがあった。

 

「……すまない。恋人とか、今は考えられない」

 

「どうして?いいじゃない。恋人いないんでしょう?重く考えすぎなのよ。みんな恋人って簡単に作るじゃない。試しに付き合うなんてよくあることよね」

 

 子供をあやすように、俺の頬に手を当てながらの、優しい口調の説得。

 確かに学生同士の恋愛なんて、もっと気軽なものだ。

 

 ……本当にそうだろうか。千佳との関係は、そんな軽いものだとはとても思えなかった。

 

「ごめん」

 

「恋人じゃないとキスも駄目。だったら当然その先も出来ないわよね。じゃあどうやって結婚するの?どうやって子供作るのよ!」

 

 興奮気味に捲し立てる。

 中途半端な説明では意味がない。やはり転校のことを、彼女には伝えておくべきだろう。

 

 俺は立ち上がり、泉さんの頭に手を乗せて、長い髪をそっと撫でた。

 瞳をうるませて見上げる彼女の表情は不安げだった。

 

「俺、転校するから」

 

「え?」

 

「千佳とのことが、どうにもなりそうになくてな」

 

 泉さんは目を白黒させた後、落ち着きなくわなわなと身を震わせた。

 

「なによそれ。そんなのおかしいじゃない……!」

 

 震える彼女のからだを治めるため、また頭に手を載せようとすると振り払われてしまった。

 

「転校って、どこに行くの」

 

「それは言えない。些細な情報も、千佳に伝わるかもしれないから」

 

「言ってよ。そしたら私もそこに転校するわ。そうだわ、アパートでも借りましょうよ。そこに2人で住んで、一緒の大学を目指すの」

 

 その言葉にどう答えたら良いのか分からない。だから俺はただ目を逸らすことしか出来なかった。

 

「意地悪しないでよ。教えてくれたら、なんでもするから。本当になんだってするわ。誰かに見られる心配もないから……安心して」

 

 体を密着させ、豊満な胸を押し付ける。

 

 窓や扉のカーテンが閉められていたのは、そういうことか。最初からこの展開に持っていくつもりだったようだ。

 

 俺だって男だ。こんなことをされるとどうしても体が反応してしまう。あらがえない生理現象。脊髄神経の伝令は、血液を一部へと集中させる。

 

 硬くなったものを太ももで感じ取った泉さんは、今日一番の笑顔を見せた。

 

「勃ったってことは、いいってことよね」

 

 細い手が俺の下半身へと伸びる。お互いの息が荒く、この狭い部室で、二人を遮るものは何もない。

 

「私初めてだけど……満足させてみせるから」

 

 俺のスボンに手をかけ、ゆっくりと__

 

 

ドンドン

 

 

「もしもーし!アラタいるー?んー、鍵掛かってるー」

 

 扉を強く叩く音と共に、千佳の声が聞こえてきた。

 何かの係を押しつけられたのか、遅い登場ではあったが泉さんの意識が逸れた。

 

 泉さんは動きを止めて乱れた服を整えたあと、無表情のままドアの鍵を開ける。

 

「ここに居るなら連絡してってばー」

 

「……」

 

「泉先輩も気使ってくださいよー。これ私の彼氏なんですからー……」

 

 その何気ない言葉で、泉さんの表情が裏返る。

 

 振り上げられた手を見たときには、もう遅かった。

 

パシーン

 

 放たれた平手打は、狭い部室に乾いた音を響かせる。

 

 千佳はなにが起きたか理解できず、しばらく放心したあと、頬を抑えた。

 

「あなた都合が良すぎるのよ!記憶を失ったからって、全部なかったことになんかならないわ!あなたはもう……」

 

「やめろ、泉さん」

 

 とっさに口を押さえる。

 それでも矛は収まらない。

 俺は手を押さえて、2発目を止めた。しかし泉さんは足を思い切り上げて、千佳を部室から蹴り出した。

 

 千佳も反撃すると思いきや、蹴られた脇腹を押さえながら「いったいなー……もう」と言って、とぼとぼと部室から去っていった。

 このまま放っておくのも可哀想だとは思ったが、止めるべきは冷静にその場を離れた千佳ではなく、未だ怒りが収まらない泉さんの方だった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。