龍脈の申し子も異世界へ来るそうですよ 作:ナタルア
妖刀“紅桜”。その由来は、月明かりに刀身を翳すと淡い
正しく、名刀だった。美術品としても一級品で、実戦刀としても鋭い切れ味はそう簡単に鈍る事もない。
持ち主に不幸を齎す、とも言われるがそれはその美しい刀身と切れ味が剣客たちを誘惑して止まなかったからだ。
だが、話はこれでは終わらない。
紅桜を造り上げた刀匠の息子が、この紅桜を真の化物へと変貌させてしまったのだ。
『対戦艦用
恐ろしいのが、この紅桜を握るのがただの普通の人間であったとしても、戦闘データさえ取り込んでしまえば宛ら鬼神の如し強さを手に入れる点。
問題は、使用者の負荷を一切考慮しない所。それこそ、紅桜の伝達指令によって筋繊維が千切れ、骨が折れ、神経が断絶しようとも戦わせる。最早ゾンビだ。
そんな恐ろしい兵器は、あの日光となって消えた筈だった。量産された代物も、破壊されたはずだった。
その筈だった。
*
「オオオオオッッッ!!!」
火花が散る。
黒い刀身と薄紅の刀身が噛み合い、二匹の獣は鍔迫り合い。
吉田松風と暴走騎士の戦いは、白熱していた。
いや、剣の腕もとい戦闘力的には前者に軍配が上がるのだが、紅桜の成長速度が著しい。少なくとも同じ攻撃を三度も繰り返せば、二度目には防御を、三度目にはカウンターが返ってくる始末。
何より、既に紅桜の侵食がかなり進んでいた。具体的には、騎士の右手の籠手。その金属装甲を突破した機械の触手が腕を飲み込み既に手と柄が一体化してしまっている。
「血を寄こせェ!!!」
「吸血鬼か、テメーは!!」
振り下ろされた一撃を防ぎ、反撃としてその無防備な腹を蹴り飛ばす。
松風の身体能力は、十六夜には劣るもののそれでも鉄板をぶち抜くぐらいはできる。
案の定、彼の蹴りをうけた騎士の甲冑はその胴体部分を砕かれ、その内部である肉体にも青あざを刻む。
だが、
「痛覚を捨てやがったか……!」
「ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!」
ズルズルと機械の触手を増やしながら、騎士は躍りかかってくる。
襲い来る白刃を、捌き、いなし、弾きながら松風は冷静に状況を見定めていた。
紅桜を持つ浪人と、かつて刃を交えた事が彼にはある。その時は、兄貴分の仇討ちとしてテロリストの根城へと攻め込んだものだった。
その際に経験したが、紅桜を持つ者はその動きやフィジカルなどに人間としての要素を当てはめてはならない。人の形をした、兵器である、と。
(痛覚は無し。骨折その他も紅桜の触手が補う。手足斬り飛ばしても同じか)
下手な攻撃は、自分の隙を増やすだけ。かといって生半可な攻撃では、相手を止めきれない。
「……と、くればッ!」
相手の横薙ぎに対して、松風は床を踏み砕く勢いで踏み込み、渾身の力で紅桜の刀身へと自身の黒刀を叩きつける。
周囲に衝撃が走るほどの一撃。騎士から仕掛けていた筈が、この一撃に関しては受け止めるような形となってしまう程の速度と衝撃を有していた。
金属の軋み、そして亀裂の走る音。
「な、にぃ……!?」
血走った騎士の目が見開かれた。
なんと紅桜の薄紅色の刀身に亀裂が走っているではないか。
ソレもその筈、松風の振るう卍鍔の黒刀は彼の父親の無茶にも耐える特一級品。それこそ、星の命すらも断ち切れるかもしれない切れ味と強度を秘めていた。
如何に対戦艦兵器として改造を施されていようとも、宇宙最強の得物には及ばない。
(もう一発で、折れるな)
持ち主を斬り殺しても止まらない可能性があるのなら、そもそも紅桜自体をぶっ壊す。脳筋な戦法だが、理に適ってもいた。
追撃をかけるべく、松風は柄を握る手に力を込めて姿勢を低くする。
だが、彼は失念していた。
これは、
「居たぞ!“ノーネーム”だ!」
飛鳥の方と、それから十六夜たちの捜索からあぶれた騎士たちがやって来てしまった。
彼らにしてみれば、右腕が何やら機械の異形と化して不気味な雰囲気を放っていても騎士は騎士。つまり味方であり、相対する松風が敵にしか見えなかった。
それが誤り。
「覚悟しろ!“ノーネーム”のガキ!!!」
「馬鹿野郎!!!こっちに来るんじゃねぇ!!」
松風の怒声にも、騎士たちの足は止まらない。
そのまま数で攻め潰す――――そう詰め寄った彼らへと暴走騎士が振り返った。
「血を寄こせェェェエエエエエエエエ!!!!」
「「「は?」」」
右手と一体化した薄紅色の刀身をした
突然の味方の行動に騎士たちは混乱する。だが、突っ込んだ足が直ぐには止まってくれるはずもない。
騎士たちの中で先頭を走っていた一人は、不意に周囲の景色がスローモーションになった様に感じた。
脳裏を過るのは目の前の迫りくる凶刃ではなく、これまでの人生について。生まれから今日に至るまでの一人の軌跡であった。
(あ、死んだ……)
走馬灯であったと気付いた時には、もう遅い。目の前にまで凶刃が迫り、
「ぐぅぅ…………!」
横合いから強い力に押し退けられるようにして体が凶刃の範囲から逃れていた。
代わりに斬られたのは、敵である筈の“ノーネーム”のプレイヤー。
左切り上げの軌道で切り付けられた松風の体には、大きく血を吹き出し体勢を崩してしまう。
現場は混乱の極致へと陥った。
味方である筈の暴走騎士から自分達を守ったのは、敵であったから。それも大怪我を厭う事のない行動によって。
斬りつけられた松風は膝を付いてしまう。そこを、機械の触手に包まれた巨大な左腕が薙ぎ払う。
その一発で、彼は近くの壁へと叩きつけられてしまった。
暴走騎士は松風へと一瞥くれる事も無く、及び腰となっている他騎士たちへと目を向けた。
「血だ……血、血ィィィィィイイイイイイイ!!!」
最早正気ではない。いや、そもそも紅桜に魅入られた時点で彼は最早人ならざる者へと成り果てる事が確定していたと言っても過言ではないのだ。
更なる生贄を求めて、妖刀はその刀身を怪しく煌めかせた。
だが、その凶刃がこれ以上の血を啜る事は無い。
「イッテェだろうが!!!」
「ぎぃぃぃっっっ!?」
横合いから飛んできた足が、暴走騎士の横っ面を思いっきり蹴り飛ばしていた。
跳び蹴りを敢行した松風は危うげなく着地すると、近くの壁へと叩きつけられた暴走騎士を見やり卍鍔の黒刀を肩に担ぐ。
「お、お前は……!」
「さっさと失せろ、テメーら。アイツは正気じゃねぇぞ。目につく全てをぶった切りやがる」
「ッ!敵にとやかく言われる筋合いは――――」
「テメーら程度がどれだけ集まろうが、巻き藁が増えるだけって言ってんだよ!!!」
反論しようとした騎士の言葉を、真正面から叩き伏せる。
紅桜の戦闘力は、一振りで戦艦十隻とも称される。この戦艦とは、宇宙を航行する戦艦だ。その戦艦砲は山すら吹き飛ばすだろう。
それが十隻。最早単なる人間が相手取れる存在ではない。
吉田松風は、敵であろうとも割と平気で手を差し伸べる男だ。だが、それでもやはり限度がある
特に暴走し続ける紅桜は生温い相手ではない。本当ならば、刀の状態のままへし折りたい所だったのだが、そのダメージを学習したらしく、見覚えのある片刃の大剣状態となってしまい、折るのも一苦労だろう。
「ふぅ…………」
一つ、松風は目を閉じて息を吐く。
勝ち負けを気にして戦った事など一度もない。負ける可能性など、端から考慮しない。
答えはいつだって、自身の中にある。それが、吉田松風の戦闘論だ。
ズチャリ、と気味の悪い水音と共に乾いていなかった手についている血を使って前髪を掻き上げる。血腥いオールバックだ。
同時に、彼の体からは恐ろしいほどに籠っていた力が抜けていく。
真っすぐ立つ事に、力は要らない。骨と重心で立つ。刀を握る手の力も最小限。ともすれば振るった動きですっぽ抜けそうなほどに緩んでいる。
そして開かれるその瞼。露となるのは、鋭い血の色を感じさせる瞳。
「ッ!?」
どれだけ狂っていようとも決して無視できない気配と圧が、そこにはあった。
一瞬の隙。死線はそこで分かたれる。
「ラァッッッ!!」
裂帛の気合いと共に放たれた振り下ろし。
真正面から来るのなら受け止めるのも難しくは無い。少なくとも、紅桜の防御は確かに間に合っていた。
「ガッ………!?」
薄紅色の大剣が、刀身の中ほどから真っ二つに叩き割られる。当然、防げなかったのだから騎士本人の体も袈裟切りに切り裂かれていた。
彼の兄貴分もそうであった。破るのは、自身の内側にある壁。限界という名の壁だ。
一撃目で折れなかったのなら、
つまり、今この瞬間相対している松風は先ほどの松風とは別人と思っても良い。それほどまでに、実力のふり幅があった。
「あっ………カッ……!!」
「動くなよ。狙いが逸れる」
白目を剥く騎士へと距離を詰め、松風が狙うのはピンポイントの突き。
狙うのは、右手。
紅桜の本体は、より正確に言うと柄。その核を潰すのが松風の狙いだ。
本音を言えば右腕丸々一本切り落としたい所だが、剣を使う人間の隻腕のハンデというものを知っている手前少し選びにくい。
体の捻りと踏み込みを利用した一突き。その黒刀の切っ先は容易に空気の壁を突き破り、狙い通りの場所を穿ち抜く。
残っていた薄紅色の剣身が粉砕され、その先にあったであろう核?が砕かれる。少なくとも、松風の見立てでは。
だが、結果は少し違った。ビクリと騎士の体が跳ねるとフラフラと揺らめき、そしてうつ伏せに勢いよく倒れてしまったではないか。
ズルズルと這いずっていた機械の触手も、まるで排水溝へと水が流れ込むようにして騎士の右手辺りへと集束。質量保存の法則は何処に行ったのかと突っ込みたくなる光景のまま、そこに転がったのは一振りの淡い紅色の刀身を持った日本刀だった。
(壊れてねぇな)
先程まで伸びていた金属の触手をそのまま修復に充てたのか、へし折った筈の刀身も穿ち抜いたはずの柄も綺麗サッパリ元通り。因みに、折れた後の薄紅色の大剣の剣身はいつの間にか消えていた。
松風は考える。
“紅桜”は兵器として、ぶっちゃけ何でもありだ。破壊できなければ半永久的に暴れ続ける科学の怪物とも言うべき存在。
しかしそれは、松風の元の世界で一度確かに破壊された、もとい消滅した筈だった。
にもかかわらず、今この瞬間にも存在している。
左手で頭を掻いて、呆然としながらも周りを囲む騎士たちへと目を向けた。
「おい、お前ら」
「…………」
「……まあ、聞いていようがいまいが関係ねぇか。その刀、何処で手に入れた?こいつの元々の持ち物じゃねぇだろ?」
「ッ…………数日前に、ルイオス様より下賜されたものだ。いったい、何なのだ、その刀は…………」
「紅桜。刀の見た目をしちゃいるが、持ち主を乗っ取る兵器だ。一振りで戦艦十隻程の力を振るえるようになるらしい。出来上がるのは、狂戦士だけどな」
「なっ………狂戦士、だと?」
「俺がコイツと会った時には、ほぼ飲まれてた。刀も血を吸った後だったみたいでな。大方、テメーらのお仲間でも斬ったんじゃないか?」
「ば、馬鹿な……!そんな事が――――」
「少なくとも、紅桜はそういう刀だ。俺はこっちの世界の常識にゃ疎いが、恩恵ってのは絶対に持ち主に牙を剥かないものなのか?乗っ取られたり、暴走させられる事は無いのか?まあ、紅桜が恩恵じゃなく兵器として顕現してるのなら知らねぇがな」
黒刀を肩に乗せて、改めて松風は倒れた騎士へと目を向けた。
「お前らには、二つ選択肢をやるよ。一つは、このまま俺とやり合う。心配すんな、殺しはしねぇ。もう一つは俺を見逃して生き残りを探しに行く。好きに選びな」
「ッ…………」
騎士たちとしては、戦わねばならない。
だが目の前の少年は容易い相手ではなかった。
剣の腕もさることながら、その回復力。斬られた瞬間を確かに見た彼らだが、今ではその傷跡は既に無く出血の痕とそれから髪を掻き上げる時に付着し固まったた血液のカスが残るのみ。
回復能力のある不死性。“ペルセウス”のリーダーであるルイオスならば不死性を突破するギフトを持ち合わせているが、生憎と一般騎士が持つはずもない。
彼らが逡巡する中で、松風は倒れた騎士から鞘とそれから転がった紅桜を回収。鞘へと収めた。
松風としては騎士たちが向かってこようがその場を離れようが、何の興味も無かった。どちらであっても何の障害にもならないからだ。前者を選べば、痛い目を見る事になるだけで。
果たして、決定は外野より齎される。
「な、なんだ――――!?」
世界を包んだ褐色の光と共に。